Chapter.5 「傷心の砦」
――王都アストレリア北部。
「敵がヘルメスであることがわかった以上・・・俺も本気を出さないといけないみたいだ」
セイレンは装備を念入りにチェックしていた。オルトロスがいるとわかった以上、手は抜けそうにない。
「クエス・・・本当に来るのか?」
「私には、セイレン様についていくことくらいしかできませんからねぇ」
「・・・前から思ってたんだが――」セイレンは口を開きかけて「いや、やっぱりいいや」
「もー! なんですかぁ、気になるじゃないですかぁ!」
クエスは頬をはち切れんばかりに膨れ上がらせている。たった数日しか共にしていないのに、この膨れっ面には、何とも言えない愛着が湧いていた。
俺は、言葉にするのが怖かったのかもしれない。身近なものに裏切られる恐怖は、誰よりも知っているつもりだから。
「クエス、お前は――」
「・・・?」
「いや」首を振りながら「すまん、何でもない。とにかく、怪我だけはするなよ」
「・・・セイレン様」
「ん?」
「いつから・・・ですか?」
え・・・? と、心の中で思った。まさか、とは思っていたが、本当に、クエスは――。
「いつからそんなに、焦らし上手になったんですかぁ?」
もの凄くキラキラした目で俺を見てくる。
「そ、そうなんだよ! た、たまには焦らすくらいしとかないと、な! はは!」
我ながら訳のわからない言い訳をしてしまった。
「いやーんセイレンさまぁ! そこまで私の趣味をわかってくださっていただなんて! しかもそれに応えてくれるだなんて・・・クエスティナ・トワイスボーン生まれて初めての感謝感激ですぅ」
こんなにも喜びながら涙を流す人を初めて見た・・・。
俺が誤魔化すたびにどんどんクエスに懐かれていく。・・・でも、悪い気はしない。むしろ――天の恵みに感謝すべきだろうか。ああ、全知全能のエロスの神様・・・この世界に産んでくれて、ありがとう!マジで!
「セイレン様の目に炎が点ってる・・・! もしや、これはチャンス!?」
そして、俺の知らないところで、クエスのセイレンに対する愛情はどんどん深まっていくのであった。
――王都アストレリア北部郊外山地、砦アスガルド。
「アスガルド・・・」
「ああ、俺が知っているヘルメスは、攻城戦が開始されてからたったの一度も敗北をしたことがない、伝説のギルド。最高峰拠点と称される、Ria最強の砦だ」
いかにも、というような禍々《まがまが》しい雰囲気を醸し出していた。陰湿な気配、モンスターすら寄り付かない要塞。それでも――。
「ここが噂のアスガルドの中・・・でも・・・」
そう、かつてのような緊迫感は感じられない。俺が所属していたギルド“|College of Crown《勇気を戴く者》”が攻城戦を仕掛けに来た時は、こんな蛻の殻のような所ではなかった。やはり、サービス終了し、大勢のプレイヤーがいなくなったからだろうか。
それでも疑問は尽きない。何故、プレイヤーで構成されていたギルドのメンバーが、プレイヤーのいなくなった世界でそのギルドを語り、悪事を働いているのか。
何故、かつてのプレイヤーであるオルトロスがいるのか。
――その答えが、この奥にある。
「ここが、宝玉の間だ」
アスガルドの最新部、攻城戦の最終防衛線である宝玉の間に着いても、誰の気配もない。嫌な予感がして仕方ないが、俺は扉を開けることにした。
過去のことを思い出した。
カレッジオブクラウンの全盛期に、大勢のメンバーでアスガルドを攻めた。拠点にはヘルメス傘下のギルドまで防衛に駆り出されていた。その上、ボスモンスターまで配置される攻城戦では、一筋縄で攻略することはできない。
それでも、この宝玉の間までは、当時のメンバーたちでたどり着くことができた。俺と、エステスさんと、エリクシアさん・・・他にもたくさんいた。
いいチームだった。それでも・・・開いた扉の先、宝玉の間にいた数人は、別格だった。
――よくぞ、ここまでたどり着いたのぉ・・・大した奴らじゃ
ヘルメスの頂点、ギルドマスターであり、第二の魔王とも噂される、ヘルメス・グラン・マハカーラ。燻銀のマハーカーラと呼ばれる老人だ。そして・・・。
――頑張ったほうじゃ。このわしと犬コロの前で10秒以上耐えるとは。
――のぅ? オルトロス君
――・・・10秒以上耐えたところで、20秒耐えられなければ同じこと
ヘルメスの猟犬、オルトロス・ザ・ハウンドドッグ。
あの頃の俺たちでは、全く足元にも及ばなかった。
――小僧、また攻めてくるがよい。
――わしらのギルド、ヘルメスの名を世に知らしめる駒としてな!
暗転する中で、老人は俺に語りかけていた。
――また会おう、小僧。わしはいつでもここで待っておる。
扉を開く。伽藍とした宝玉の間が、ただ静かに構えているだけだった。
王を失った城が、王家の紋章をボロボロにしながら朽ちていくように。
「・・・いない」
過去のイメージとのあまりのギャップに肩を落とした。
敗れた悔しさに止めを打つ、あの老人の高笑いが、今でも脳内で再生されるのに、オルトロスの容赦ない猛攻が、今でも網膜に焼き付いているのに・・・ただ、静寂が包んでいた。
本心はほっとしていた。しかし、どこか物寂しさを覚えていた。
俺の心中を察してか、あまりの静けさに俺が剣を握り締める音が聞こえたのか、クエスは心配そうに俺の顔を眺めてきた。
「と、とにかく、何か手がかりがあるかもしれないじゃないですか! 探しましょう! うん、それがいいですよ!」
クエスが気を使ってくれるのは嬉しかった。でも、それ以上に・・・。
「手がかりなんてあるわけないだろ!」
俺は怒鳴り散らしていた。発した言葉の残響が、いつまでも残っていた。
元気が取り柄のクエスから、俺は笑顔を奪っていた。それでも、俺の叫びは終わらなかった。
俺が探していたのは、悪事を働くヘルメスのメンバーなどではなかったのかもしれない。自分でも叫びの理由はよくわからないが、俺は、俺のことを知るヘルメスのメンバーを探していたのだろう。
しかし、この砦の有様を見てわかった。この拠点に誰も何もいないのは、ここがプレイヤーのみが利用する場所だからだ。プレイヤーがいなくなった今、ここを利用する者は誰もいない。そのことの証明にほかならなかった。
自分の境遇と同じ人物が居ることが、自分の心の支えになったかもしれない。オルトロスは別として、あの老人なら・・・。
「俺は・・・本当に、この世界で一人ぼっちだ・・・」
「セイレン様!」
珍しくクエスがシリアスな感じを出して俺に怒鳴りつけてきた。
「なんでそんなこと言うんですか・・・わたしは・・・」
「・・・やめてくれ」
「わたしは、セイレン様のこと――!」
「やめてくれ!!」
クエスは驚いた表情をした。そして、俯いた。
「ごめん・・・クエス。お前の気持ちはうれしい、けど――」
「――わたしは、ここにいるんですよ、セイレン様」
俺は、思わずはっとした。
「わたしは、わたしなりに、この世界で生まれて、この世界で生きているんです。そして、この世界に来たあなたに、この世界を知ってもらうこと、案内すること、それがわたしの使命でした」
「・・・。」
「わたしたちは違う世界を生きていた存在、そんなことはわかってます。でも! わたしがここで生きていることを否定しないでください。セイレン様」
「ごめん、クエス・・・ごめん・・・」
俺には、謝る事しかできなかった。
この世界に住む全ての人が、俺には作られた存在にしか見えなかった。役割があって、目的があって、それに応じたプログラムによって行動しているとしか。
クエスの涙を、心の叫びを聞いて、胸が裂けそうになるくらい苦しくなった。
自分が現実社会で向けられていた、自分が孤独と感じていた、他人から思われたくないと思っていたことを、俺は、この世界の人々に向けていたんだ――。
「クエス――お前は」
「安心してください、セイレン様」
ずっと独りだった。
友人もいた、同僚もいた。それでも、この心が埋まることはなかった。
職場があって、仕事があって、その中で自分の評価に怯えて、心の中でどう思われているかから逃げ惑ううちに、いつしか人のことを本気で信じることができなかった。
クエスは、そんな俺の深い溝を、塞いでくれた。
柔らかい、それでいてとても、温かい口づけで――。
「わたしは、ここにいますよ。これからも、ずっと」
静寂に包まれた広間の中で、お互いの鼓動の響きだけが、強く感じられた。




