Chapter.4 「特務機関」
――サンシベリア国、王都アストレリア 「掲示板」地下。
原因不明の地下一室崩壊。王都アストレリアのメインストリートに所在する情報屋内で起きたアサシンギルド“ヘルメス”構成員殺傷事件は、原因不明の地響きと壁の崩れ落ちる凄まじい音によってすぐに知れることとなった。
現場は騎士風の者たちが立ち入っていた。王家の紋章、黒銀の甲冑を身につけたもの、軽装で白いシャツに革のベスト、黒いロングパンツを身につけたもの――様々だが、彼らは王国騎士団である。
事件が起きるとすぐに王国騎士団に伝えられる。入口は封鎖され、現場には数多くの騎士たちが現場検証に当たっていた。
「ひどい有様・・・どうなっているのかしら」
現場に来た王国騎士団の女、騎士というには若く、鍛えられているような雰囲気ではない。確かに騎士団の格好はしているが、茶色いローブを身に纏っているところを見ると、魔法職系か何かであろう。肩あたりまでの長さの黒髪に、整った顔立ちは、美人のそれと言っていいほどであろう。
「アリア第六次席」
騎士の一人に呼びかけられ、アリアは立ち上がった。
「連中、一命は取り留めたようね?」
「ええ、ですが・・・」
「この男だけ、殺されている、ようね」
アリアは周囲を見渡す。壁も扉も壊されているほどの破壊力なのに、ヘルメスの構成員のほぼ全員が生きている。恐らく、何らかの魔法で吹き飛んだに違いないだろうが、なぜかこの男だけは胸を一突きで殺されている。
「見せしめに殺されたのでしょうか」
「そんなはずないわ。・・・多分だけど。見せしめに殺すようなら、わざわざ全員を吹き飛ばす必要ないもの」
アリアは詠唱を始めた。ここで起こったことを読み取るために。
「“完璧なる真実”」
この魔法を発動するためには、触媒となるマジックストーンが必要だ。また、その場所にいること、その場に残る“思念”が必要であること。レベル60を超える“ウィザード”(上位の魔法職)のみが使用できるスペルである。
アリアの脳裏に数時間前の光景が浮かび上がる――。
「・・・おかしい、靄がかかっていてはっきりと視認できないなんて」
アリアの見た光景は、肝心なところがノイズのように走って見ることができなかった。
殺された男――目の前の何者かに怯えている。どうやら剣を突きつけられているようだ。
建物は――既に崩れていて、砂埃が舞い上がっている。
突然、男の目の前が真っ赤になった。これは、何者かに殺されたことを表している。
「――目の前にいた何者かがこの場所を破壊、大勢の盗賊たちをなぎ払った。そして、何かをこの男から聞き出そうとしていた・・・が、この男は別の何者かに殺害された・・・そんなところかしら」
「して、その犯人は・・・?」
「わからないわ。向こうにも私と同等・・・それ以上のキャスターがいるようね」
“完璧なる真実”を防ぐには、“不滅の嘘”を発動するしかない。しかも、“完璧なる真実”を習得することが“不滅の嘘”を習得する条件。これは只者ではない、ということは、アリアにはすぐに知れたようである。
「何か、隠す必要があったのかしら」
「調べ甲斐が・・・ありそうですね」
「そんな皮肉は言わないで欲しいわ・・・特務機関だって、暇じゃないのよ」
アリアはため息混じりの声で言った。ふと、地面に視線を落とすと、妙な亀裂が入った場所が目に付いた。
「そういえば、いつも真っ先に現場にいらっしゃる第六主席は、どちらに?」
「・・・だから、さっきから言ってるでしょう」妙な亀裂を探りながら、アリアは言った。「特務機関は・・・暇じゃないのよ」
何かを確信したように、アリアは立ち上がり、すーっと息を大きく吸い込んだ。
「王国騎士団に伝令! 両手剣系の武具を身につけた剣士と手練そうなキャスターを捜しなさい。ただし、油断は禁物。どちらも・・・最上位級よ」
「はっ!」
敬礼をした騎士たちは、数名を残し一斉に部屋から出て行った。
アリアは出ていこうとするさきほどの騎士を呼び止めた。
「あなたは本部に帰って、このことを報告して。それから・・・クリーマに合流したいと伝えて欲しいの」
「わかりました」
呼び止めた騎士が出て行くと、すれ違いざまに体格の良い、古風な、厳つい騎士が部屋に入ってきた。
「相変わらず、鋭い洞察力と的確な判断力だ」
「び、ビオラント・ユエグイッシュ様! 第一主席様がなぜこのようなところに・・・!」
赤いマント、白銀のフルプレート。茶色い短髪でオールバック。歴戦の勇士さながらの力強い眼光。重装備さえその重量を感じさせない余裕の表れが見て取れる。
「アリア・スティンフェンリル第六次席、特務機関きっての優秀なウィザードが、こうも《《恐れる》》連中、楽しみで仕方がない」
「私が・・・恐れている?」
ビオラントの眼光。何者も見透かすかのような視線がアリアに突き刺さる。背中越しにですら、こちらを視認できているかのような、そんな雰囲気を醸し出している。
「アリア第六次席、君ならまず部下を動かさず自ら前線に出るはずが・・・クリーマ・アン・ターリヤ特務官を召還するたぁ、珍しいこともあるものだ。そう思わないか。な?」
アリアは冷静な思慮を巡らせても、返辞をすることができずにいた。そう、図星だからである。
「どうだ? 手にあまりそうなら、私も出向こうか・・・と、言いたいところだが」鋭い眼光を今度はやや曇らせながら、アリアに振り向いた。
「第六主席の小僧はどこにいる」
「・・・お答えできません」
「もう一度聞こう。リゲル・ウィンズ・バルド第六主席・・・今どこにいるのか。答えよ、アリア・スティンフェンリル第六次席」
ビオラントから発される言葉は、殴られるような重みを兼ね備えていた。妙な緊張感をアリアは覚えていた。
「・・・申し訳ございませんが、これだけはお答えできません」
ビオラントはアリアに近づきながら、その整った顔立ちの顎を捕らえ噛み付くように言った。
「では、あの小僧が死のうが死ぬまいが関係ないということだな。その責を貴様が負う、と」
アリアは目をビオラントから逸らしながら必死に歯を噛み締めて耐えていた。
「・・・貴様は、美しすぎる」
そう言うと、ビオラントは不意に手を離した。座り込み、咳き込むアリアの肩に手を置き、話を続けた。
「美しすぎるのだ・・・アリア第六次席。貴様の忠誠心、見事なものだ」
アリアはビオラントを見上げた。
「第一主席様には、不敬を働き申し訳ございません。・・・ですが、私は第六次席。直属の上官たるリゲル様の命を守ることが務め、お許し下さい」
「礼節、美徳・・・全てを弁えた者はかくも美しい。私は、貴様のような者が好みだ」
そう言うと、ビオラントは徐ろに立ち上がり、部屋から出るところで足を止めた。
「この部屋もひでぇ有様だ。こんな強えヤツと戦えると思うか?」
「・・・?」
「この所業、キャスターなら造作もないことだろうが、剣士の技なら・・・下手したら例の、“猟犬”レベルってことだ」
「!?」
「食らいついたな、アリア第六次席。“猟犬”と戦うにゃあ、一個師団じゃ到底敵うまい。しかも、“猟犬”級の剣客がもう一人いるとなれば、更に戦力が分断される。お前も、あの小僧もただでは済まん」
「し、しかし・・・」
「現実を見ろ、アリア第六次席。お前は、美しすぎるのだ。世の中ってのはな、美しいものを見る目に肥えている。できるだけの上玉をモノにしてぇってな。理想ばかりが高くなる。いずれは理想を追いきれない半端ものが潰えていく。残念ながら私はそんな半端者たちを見捨てられない。手に余る自体に対処できるのは、汚ねぇケツ拭くことのできる、清濁併せ持った半端を極めた、一部の極端者だけだ」
ビオラントは部屋を出て行った。
力を失ったように座り込むアリアは、それでも力強く立とうとした。
「敵わないことは百も承知よ・・・それでも・・・」
立ち上がり、ゆっくりと歩き始め、アリアも部屋から出て行った。
「それでも、私たちは美しく生きたいのよ」




