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画面の中の戦争の日常  作者: ぐりこ


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閑話 贈り物の価値

※この話は、レンナの視点で進みます。


⸻


私の朝は、いつも同じ順番で始まる。


部屋についている洗面台で顔を洗い、歯を磨く。それから軽くランニングをして部屋に戻り、冷たい水で濡らしたタオルで汗を拭う。


レンが来ている日は、つい一緒にのんびりしてしまうこともあるけれど、彼がいない日はこのルーティンを欠かさない。朝に走ると、身体も頭もすっきりするのよ。


その日も、いつもの時間に食堂へ向かった。


この時間の食堂は、いつも空いている。私は配食カウンターで朝食を受け取り、レンがよく座っているテーブルへ向かった。


……この時間に来ている理由は、食堂が空いているから。それだけ。


そういうことにしている。


レンは、ほとんど毎晩お酒を飲んでいる。酒場で遅くまで過ごすことも珍しくない。それなのに、朝食だけはいつもこの時間に食べに来る。


「混み合うのが嫌なんだ。それに、朝に身体を動かして汗をかけば、昨日の酒も抜ける」


本人はそう言っていた。


無愛想な見た目のわりに、意外と健康に気をつかっている。そういうところも、ちょっと好きだったりする。


私はレンの向かい側に座った。彼と一緒に朝食を食べられるこの時間が、私にとっては大切だった。


でも最近、その席にはもう一人、よく来る子がいる。


セリーナちゃんだ。


礼儀正しくて、品行方正。誰とでも自然に会話ができて、整備士にも戦闘員にも好かれている。もちろん、しつこく声をかける人や素行の悪い人は別だけれど。


私はセリーナちゃんが好きだし、セリーナちゃんも私の部屋に泊まりに来るくらい仲良くしてくれている。


だから、こんなことを思うのは大人気ないと分かっているのだけれど。


セリーナちゃんは、いつもレンの隣に座る。


私はだいたい向かい側。私が少し遅れて食堂に行って、レンとセリーナちゃんしかいない時にも、彼女はレンの隣に座って食事をしていた。席なら他にも空いているのに、よ。


その時、私は思ったの。


――これが女子力なのね。


私には、隣に座るという選択肢がなかった。レンの向かいに座って、普通に話して、普通に食事をする。それがいつもの形になっていたから。


セリーナちゃんはまだ十六歳の女の子だ。レンの趣味の範囲外だし、私も安心している。


安心はしているのだけれど……隣に座るのは、ちょっと羨ましい。


レンは相変わらず、夜になるといろいろな女性を連れていることがある。


彼なりに線引きはあるらしい。「商売で身体を売っている人たち」で彼女たちとは、「心まで通わせているわけじゃない」と言うのだ。


「あまり一人に絞ると、どちらかがいなくなった時に大変だからな」


そういう話を聞くたびに、私は少しだけむっとする。


だって、リリアの時には命をかけて助けに来てくれた。今だって、レンと私はお揃いのロケットペンダントを身につけている。


もう十分、特別な関係なんじゃないかしら。


でも、私たちはまだ正式に付き合っているわけでもないし、ペア登録をしたわけでもない。


ペア登録というのは、外の世界でいう結婚に近い制度で、式を挙げるわけでも、戸籍が変わるわけでもない。ただ、二人の口座が一つになる。


子どもを作ると決めた時に登録する人が多いらしい。どちらかが亡くなっても、残った方が共有口座を使える。二人の生活を守るための仕組みなんだそうだ。


レンと私は、まだそこまで進んでいない。


……そういうことを考えると、ちょっとだけ寂しくなる。


*


そんなある日、セリーナちゃんから飲食区域へ一緒に行こうと誘われた。


「甘いものが食べたいんです。レンナさんも一緒にどうですか?」


「もちろん。私も久しぶりに食べたいな」


普段の食事は、食堂で配られるものが中心だ。月額で三食分が天引きされるから、食べることには困らない。でも、おいしいかと言われると……ううん。栄養は十分らしいけれど、味はかなり複雑なの。


飲食区域は、そういう食事の物足りなさを忘れさせてくれる場所。少し高くても、甘いものや好きな料理を食べれば、気持ちがふわっと軽くなる。


私たちは甘味専門店に入った。


私はコーヒーゼリーを選んだ。ほろ苦いゼリーに、甘いメロディアンシロップとミルクシロップがかかっている。苦みと甘みが合わさって、とてもおいしい。


セリーナちゃんは、色とりどりのフルーツ味のゼリーを選んだ。小さな四角いゼリーがいくつも入っていて、甘いシロップに浸かっている。


「わあ、かわいい。見た目もきれいだね」


「ですよね。どの味から食べようか迷います」


セリーナちゃんは、ゼリーをひとつずつ眺めていた。


私は一口もらったけれど、私には少し甘すぎた。セリーナちゃんはおいしそうに食べている。甘いものが好きなのね。


外の世界では、ゼリーはそこまで高いものではなかった。けれど、この要塞では貴重な食材を使った贅沢品なの。値段は読んでる貴方たちの世界の感覚で四千円ほど。飲み物をつければ、五千円近くになるわ。


私たち整備士にとっては、それなりに思い切った買い物なのよ。


私たちは笑い合いながら、ナンパ男をどうあしらうかとか、好きなご飯は何かとか、私が外の世界にいた頃の話をした。話題はいくらでもあった。途中でレンの女遊びの話にもなった。


「レンさんって、夜に色々な女の人と歩いていることがありますよね」


セリーナちゃんは、少し不満そうに頬を膨らませた。


「そうなの。私もたまに見かけるよ」


「すぐ近くに私たちがいるのに!」


「レンには、レンなりの理由があるらしいのよ。一人に絞ると、自分や相手がいなくなった時に大変だろって」


「……まあ、それは分かりますけど」


セリーナちゃんは納得したような、しきれていないような顔をした。


その気持ちはよく分かる。理解はするけど、やっぱり少し、、、すごくむかつくよね。


「ね。そういうところは、ちょっと困るよね」


私は彼女に同意した。


その時、セリーナちゃんの胸元に、ハート型のネックレスが揺れているのに気づいた。ハートには小さなガラス玉がついていて、彼女によく似合っている。


「そのネックレス、かわいいね」


私が言うと、セリーナちゃんの顔がぱっと明るくなった。


「レンさんにプレゼントしてもらったんです!」


瞳がきらきらしている。


私は笑顔で「よかったね」と答えた。せっかくの楽しい時間に、水を差したくなかったから。


けれど、胸の奥に小さな棘が残った。


レンが、セリーナちゃんにネックレスを贈った。


私以外の女性に、身につけて残るものを贈った。


セリーナちゃんは嬉しそうにネックレスを指でつまみ、光にかざしていた。その横顔を見ながら、私は心の中で決めた。


――セリーナちゃんを、あのケダモノから守らなきゃ。


もちろん、セリーナちゃんが悪いわけじゃない。レンだって、きっと深い意味はなかったのだろう。だけど、私の胸は勝手にざわざわしていた。


*


次の日、私はレンを食事に誘った。


いつものように向かい合って食べて、何でもない話をした。彼は私の好きなものを覚えていて、お店のメニューから選んでくれた。


食事の後、レンは私の部屋に来た。


私は笑顔を作って、彼に尋ねる。


「セリーナちゃんには、自分からネックレスをプレゼントしたんだね」


「俺がプレゼントしたのは確かだが、俺が選んだわけじゃない」


レンはすぐに意味を察したらしい。


「隊の買い物をしている時に、欲しそうに見ていた。今後の活躍に期待してる、と言って買ってやっただけだ」


「そうなんだ」


私は笑顔のまま答えた。


「お前と買い物に行った時だって、気に入ったものがあれば買ってやるだろう。同じようなものだ」


たしかに、レンは私にも時々何かを買ってくれる。


でも、レンが私以外の人に、身につけるものを贈ったのを見たのは初めてだった。


「私には、私だけの特権だと思ってた」


口に出してから、少し恥ずかしくなった。


「大人気ないよね。でも、すごく寂しかったの」


レンは一瞬、言葉に詰まった。


「……あまり意識していなかった。すまん」


「ううん。私が勝手に嫉妬してるだけだもの」


私はそう言って、彼の手を取った。


「でも、寂しかったのは本当」


「分かった」


レンは、私の手を握り返した。


その優しさに、私はつい甘えてしまう。彼が謝ってくれたからといって、胸のざわつきがすぐ消えるわけではない。それでも、ちゃんと受け止めてもらえたことが嬉しかった。


*


次の日の夜、レンが突然、私の部屋にやってきた。


「どうしたの?」


「これを渡したくなった」


彼は小さな箱を差し出した。


私は驚きながら、箱を開ける。中には、クローバーの形をしたピアスが入っていた。


「かわいい……!」


思わず声が弾んだ。


「どうしてこれを?」


「見つけた時、お前に似合うと思った」


それだけ言って、レンは少し気まずそうに目をそらした。


胸がいっぱいになって、涙が出てきた。


「えっ、泣くほどか?」


「だって、嬉しいんだもの」


私はピアスを大切に箱から取り出し、耳元に当ててみた。


「ありがとう、レン。すごく嬉しい」


「そうか」


「ねえ、うちで少し飲んでいく?」


「いいのか?」


「もちろん。せっかく来てくれたんだもの」


レンは部屋に上がり、私たちは一緒にお酒を飲んだ。


その先のことは、皆さんの想像にお任せするわ。


……たぶん、想像している通りよ。

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