第06話 深紅の冒険者
熱が、来た。
先ほどとは、まるで違う。
浅く裂いたときの熱は、じわりと滲むように広がるものだ。腕が軽くなり、目がよく利くようになり、世界が少しだけゆっくり見える。その程度のものだ。
今度のそれは、殴りつけてくるようだ。
深紅の蒸気が全身を包み、皮膚のすぐ外側で渦を巻く。息を吸えば熱い。剣を握る指が、自分のものではないほど力に満ちている。萎えていたはずの膝が、鋼の棒でも入れたように張りつめた。
世界の速度が、落ちた。
いや、落ちたのではない。自分が速くなったのだ。壁を這う無数の脚の一本一本が見える。爛々と光る複眼の、明滅する周期まで数えられる。
(――こんなもんか)
レンは、自分の掌を握って開いた。
悪くない。これなら、あれの前に立てる。
だが同時に、体の芯が冷えていくのもわかった。
妙な感覚だった。表面は灼けるように熱いのに、内側だけが順に冷えていく。指先から、爪先から、順番に温度が抜けていく。噴き出した血が熱に変わるたび、その分だけ、どこかが空になる。
耳の奥では、細い音が鳴りはじめていた。
蚊の羽音に似た、高い音。うるさいわけではない。ただ、ずっと鳴っている。それが鳴りやんだときが終わりなのだと、理屈ではなく体でわかった。
視界の縁も、わずかに暗い。
まだ端のほうだけだ。だが確実に、外側からじわじわと墨を流し込まれている。
――砂時計が、ひっくり返った。
そういう感覚だった。この熱が続くのは、砂が落ちきるまで。落ちきったとき、自分がどうなるかは考えないことにした。
考えたところで、選べる道がひとつしかないのだ。
「レンさん……」
背後で、ミラが息を呑む音がした。
「来い」
レンは、闇の奥へ向かって低く言った。
「オレはここだ。こっち向いてろ、化けもん」
闇が、応えた。
黒甲百足が、通路から広間へ躍り出た。
狭い道を抜けた瞬間、それは水を得たようだった。
押し込められていた胴が、一気に伸び上がる。うねりが岩の柱を巻き込み、太い石柱が飴のようにへし折れて崩れた。無数の脚が壁を掻き、天井を掻く。節が次から次へと通路から吐き出され、広間はたちまち黒い胴で埋まっていった。
狭いところなら足枷になる、とレンは踏んでいた。
その読みは正しかった。だが同時に、こうも思い知らされた。
――広いところでは、こいつは何倍も速い。
鎌首をもたげた頭部が、はるか上からレンを見下ろした。
人の頭ほどもある複眼が、いくつも。そのすべてがレンひとりを映している。
大顎が、かちりと鳴った。
次の瞬間、それが落ちてきた。
落石、と表現するほうが近い。回避するという発想すら追いつかない速さで、鋏のような大顎が真上から迫る。
レンは、真横へ跳んだ。
いつもの体なら、間に合わなかった。異能の力がなければ、いまごろ噛み砕かれていた。大顎が床石を砕き、破片が霰のように飛ぶ。掠めた頬が切れる。
(速ぇ。……だが、見えてんだよ!)
着地しざま、レンは地を蹴って懐へ潜り込んだ。
剣を、脚の付け根へ叩き込む。
がぎん、と衝撃が腕を駆け上がった。だが、刃は滑らなかった。硬い甲殻の隙間へ切っ先が食い込み、半ばまで断ち切った。
「ゴシャアアアアアアアッ!!」
黒甲百足が、はじめて鳴いた。
金属を裂くような悲鳴。四腕鬼のそれと同じ質の音だ。だが、桁が違った。あれが刃物で鉄を引っ掻く音なら、これは鐘楼をまるごと引き倒すような、腹の底に響く低さだった。
(通るっ!)
だが、それだけだった。
この巨体にとって、脚の一本を失ったところで、蚊に食われたほどの意味しかない。現に、傷を負ってなお動きは鈍らなかった。
四方八方から無数の脚が一斉にレンへ振り下ろされる。避ける隙間などどこにもない――はずだった。
レンは、動いた。
一本目が右から。半歩下がってやり過ごす。二本目が頭上から。首をわずかに傾けるだけで、風だけが頬を叩いて通り過ぎた。三本目、四本目が同時に。両方の軌道が、落ちきる前から見えている。二本のあいだへ滑り込むように体を通した。
地面が抉れ、破片が飛ぶ。
だがレンの体には、かすり傷ひとつ増えていない。
(――遅ぇ)
妙な感覚だった。
この化け物は速い。四腕鬼の比ではない。それは間違いない。
なのに、遅く見える。脚が持ち上がる。角度が決まる。振り下ろされる。その一連が、まるで律儀に段取りを踏んでいるように見えるのだ。
四腕鬼と斬り合ったときですら、紙一重で捌くのが精一杯だった。それがいまは、避けたうえで剣を返す余裕まである。
五本目は、避けずに剣で受けた。
あの重さが、逸らせる。腕は痺れたが押し負けはしない。
六本目が来た。
これも避けた。避けながら、脚の付け根へ二撃目を叩き込む。より深く沈んだ。
――と、そこで初めて、七本目に追いつかれた。
真横から、胴。
「がっ……!」
受けた腕ごと持っていかれ、体が宙を飛ぶ。石壁に叩きつけられ、肺の空気が絞り出された。
(――くそ)
目で追えても、体が追いつかない瞬間がある。速くなったのは反応と力であって、体そのものは元のままだ。骨も、筋も、皮膚も、無理をすれば壊れる。
立ち上がる。口の中が鉄の味で満ちていた。
(痛みは、あとだ)
口の端を拭って、レンはまた前へ出た。
(痛いのも、怖いのも、悔いるのも、ぜんぶ生きてから考えりゃいい!)
「レン!」
背後でルカが叫んだ。
「頭だ! 頭を下げさせろ! そこじゃ届かねえ!」
わかっている。
わかっているが、できない。
複眼は、はるか頭上にある。鎌首をもたげた黒甲百足の頭部は、レンの背丈の三倍も上だ。届くはずがない。跳んだところで、届く前に大顎が閉じる。
脚を刺しても、頭は下りない。胴を斬っても、甲殻に弾かれる。
(どうやって、あの頭を引きずり下ろす)
考える時間が、砂時計の砂と一緒に落ちていく。指先の痺れが、手首まで這い上がってきていた。
「《水弾》っ!」
細い声とともに、水の玉が飛んだ。
ミラだ。杖を両手で握りしめ、震えながら、それでも撃っている。狙いは複眼。だが届く前に勢いを失い、甲殻に当たって散った。
黒甲百足は、瞬きひとつしなかった。
それでも、ミラは撃つのをやめなかった。二発、三発。届かないと知りながら、それでも杖を向け続けている。
石も飛んだ。ネルの投石だ。風をまとった一投が脚に当たり、乾いた音を立てて弾かれる。
どちらも、傷ひとつ与えていない。
だが。
(……ああ)
レンは、奥歯を噛んだ。
あいつらは、逃げなかった。無駄だと知っていて、それでも撃っている。浅層で「やってみろ」と言ってやった時から、あの三人はずっと、そうやって食らいついてきた。
ならば、こっちが折れるわけにはいかない。
そのときだった。
壁際で、ノルドは大剣を抱えていた。
言われたとおりに拾った。それだけで、まだ立てずにいた。腰が抜けたまま、震えが止まらないまま、ただ柄を握っている。
目の前で、あの人が戦っている。
化け物の脚の嵐を、信じられない速さで潜り抜けていく。ノルドの目には、もう何が起きているのか半分も追えなかった。それでも、わかることがある。
あの人は、一度も下がらない。
さっき壁まで叩きつけられて、それでもすぐに立って、また前へ出た。半歩も退かない。退けば自分たちが死ぬからだ。それだけの理由で、あの人はあそこに立っている。
――おれのせいだ。
この依頼を受けたのは自分だ。割がいいと言って、みんなを誘ったのは自分だ。
悔やむのは生きて帰ってからだ、とあの人は言った。今それを言うな、と。
だが。
(じゃあ、いま、おれは何をすればいいんだ)
答えは、簡単だった。
簡単すぎて、体が言うことを聞かなかっただけだ。
剣を落としたまま帰るな。あの人はそう言った。落としたままでいるな、と。
ならば。
ノルドは、震える脚に力を込めた。
立てた。
自分でも驚くほど、あっさりと立てた。
「――うおおおおおッ!!」
悲鳴のような雄叫びが、広間に響いた。
レンが目を見開く。
少年が、大剣を頭上に振りかぶって、黒甲百足の胴へ突っ込んでいく。裂かれた腿を引きずり、顔じゅうを涙と鼻水でぐしゃぐしゃにして、目をつぶったまま。
「馬鹿、下がれ!」
叫んだが、遅かった。
狙いも何もない、力任せの一振り。ノルドの一撃。
それが、当たった。
運が、としか言いようがなかった。振り下ろされた刃が、たまたま脚の付け根の――甲殻と甲殻の継ぎ目に、まっすぐ入ったのだ。
ぶちり、と嫌な音がした。
脚が、二本まとめて、根本から千切れた。
巨体が、崩れた。
無数の脚で均衡を取っていたそれが、ちょうど地面に着地しようとした二本の脚を失った途端、支えを崩して大きく傾いだ。壁を掻いていた前半身がずり落ち、天井近くにあった頭部が――地面へ向かって、落ちてくる。
「――っ」
ノルド自身が、いちばん驚いた顔をしていた。
大剣を握ったまま、口を半開きにして、崩れていく巨体を見上げている。自分が何をしたのか、わかっていない顔だ。
(――上等だ、ノルド!)
落ちてくる。
あの、天井近くにあった頭が。手の届かないはずだったものが、いま目の前へ。
二度は来ない。
この機を逃せば、あの化け物は体勢を立て直し、また鎌首をもたげる。そのときにはもう、自分の砂時計は空だ。
だから、迷わなかった。
レンは、地を蹴っていた。
落ちてくる頭部へ、正面から跳びついた。
組みついた。
人と、山とが。
両腕を大顎の付け根へ回し、全身の異能の力をそこへ注ぎ込む。腕の筋肉が限界を超えて膨れ上がり、みしり、と軋んだ。血管が皮膚を破りそうなほど浮き上がる。毛穴という毛穴から赤い蒸気が噴き出し、レンの姿はもはや人というより、燃える柱に近かった。
(動くな)
黒甲百足が暴れる。
頭を振り上げ、地から引き剥がそうとする。途方もない力だった。腕が、肩が、引き千切られそうになる。骨が悲鳴をあげる。
(動くな。動くな)
視界が狭まっていく。端のほうから、じわじわと黒く塗り潰されていく。耳鳴りが遠雷のように鳴り響き、指先の感覚はもうなかった。砂時計の砂が、音を立てて落ちていく。
押し合いだった。
人一人と、山ひとつの。
道理で言えば、勝負にすらならない。この巨体が本気で首を振れば、レンなど紙屑のように振り払われる。実際、二度、体が浮いた。二度とも、腕の力ではなく執念で戻した。
黒甲百足が、大顎を開いた。
自分に張りついた邪魔者を噛み砕こうとして、しかし顎の付け根を押さえられているせいで、その口はレンに届かない。かちかちと空を噛む音だけが響く。
届かない。届かないから、暴れる。暴れるから、余計に頭が地へ寄る。
(そうだ。そのまま暴れてろ)
レンの唇が、笑いの形にひきつった。
この化け物は、いま自分を殺そうとして、そのぶん自分の首を差し出している。噛みつこうとするたびに、頭が下がるのだ。
それでも、離さなかった。
そして、レンの目の前に――複眼があった。
人の頭ほどもある、爛々と光る眼。装甲のない、たったひとつの弱点。
こんな至近に、それがある。
(――ここだ)
だが、両手は塞がっている。
片方でも離せば、この頭は跳ね上がる。跳ね上がれば、すべて終わりだ。
――知るか。
レンは、片腕を離した。
残った一本だけで巨体にしがみつく。当然、支えきれるはずがない。体が浮きかけ、肩が抜けそうになる。それでも、空いた手で腰の剣を掴んだ。
抜く。振りかぶる余裕はない。
突き出すだけだ。
目の前の、爛々と光る眼へ。
ずぶり、と柔らかいものへ深く沈む感触。
「ゴ、ゴシャアアアアアアッ!!」
絶叫が、至近で炸裂した。鼓膜が破れるかと思った。
黒甲百足が頭を振り回そうとして、しかし刺さった剣ごとレンにしがみつかれて、思うように動けない。
動きが、止まった。
ほんの、一瞬。
「――ルカァッ!!」
レンは、ありったけの声で叫んだ。
だが、背後で雷は落ちなかった。
振り返る余裕はない。それでも、レンにはルカの顔が見えるようだった。
当たり前だ。
いま《雷帝招来》を撃てば、あの雷は複眼を灼く。同時に、その眼にしがみついている男も灼く。天から降る極大の一撃だ。人ひとりを避けて落ちてくれるような、器用な代物ではない。
「レン、どけ!」
ルカの声が、悲鳴のように裂けた。
「離れろ! そこにいたら、お前も――!」
レンは吠え返した。腕が軋む。視界の黒が、また一回り広がった。
「俺ごといけっ!いま撃たなきゃ、こいつは止まらねぇ! 次はねぇんだ!」
「だから、それじゃお前が――!」
ルカの声が、途中で潰れた。
わかっているのだ。この相棒は昔から、こういうところだけは回転が速い。
撃たなければ全滅する。撃てば相棒が死ぬ。天秤の両方に命が乗っていて、しかも軽いほうを選ぶ権利が、自分にある。
最悪の役回りだった。
背後で、荒い息の音がした。
「……なんでだよ」
絞り出すような声だった。
「なんで、いつもお前なんだよ」
答えている暇はなかった。腕の感覚は、もうほとんどない。組みついている実感すら薄れてきている。黒甲百足がまた頭を振り上げようとして、レンの体が浮きかけた。
あと数呼吸で、離れる。
「ルカァアア!」
名を呼んだ。それだけで伝わるはずだった。何年も背中を預けてきた相棒だ。
「――撃て!」
沈黙が、一拍。
それから、聞いたこともないような声が返ってきた。
「――このッ、大馬鹿野郎がァ!!」
肌が、びりびりと痺れた。
背後で空気が張りつめる。魔力が一点へ収束していく気配。あの一発の前触れだ。
レンは目を閉じ、腕に最後の力を込めた。
(すまねぇな、相棒)
「――《雷帝招来》ッ!!」
世界が、白く灼けた。
音が消えた。熱が来た。体が浮いた気がした。
――そこで、途切れた。
***
最初に戻ってきたのは、匂いだった。
焦げた匂い。髪が焼けたときの、あの嫌な臭い。
次に、音。誰かが名前を呼んでいる。何度も、何度も。
最後に、痛みが来た。全身が、まとめて殴られたように痛い。
(……ああ。生きてんのか、オレは)
瞼を開けるのに、ずいぶん手間がかかった。
石の天井が見えた。その手前に、汚れた顔が四つ。
「――起きろ!おい!」
ルカだった。真っ青な顔をして、鼻の頭に煤をつけて、いまにも泣きそうな顔でこちらを覗き込んでいる。
「レンさんっ!」
「レンさん、レンさん……!」
ノルドとミラの声が重なる。ネルは何も言わず、ただレンの腕を両手で握っていた。その手が、震えている。
四つ。
声が、ちゃんと四つある。
それを数えられたことが、いまはただ嬉しかった。
「……勝った、のか」
喉から出たのは、自分でも驚くほど掠れた声だった。
「勝ったよ。お前が勝たせたんだろうが」
ルカが吐き捨てるように言って、それから顔を歪めた。
「……なんで生きてんだよ、お前」
「オレが訊きてぇ」
本気でそう思っていた。
あの至近で極大の雷を浴びたのだ。焼き尽くされて当然だった。腕ごと、体ごと、灰になるはずだった。
なのに、腕がある。脚もある。服の背は焼け、髪の先は縮れ、腕の産毛は残らず消えている。だがそれだけだ。皮膚の下まで焼かれた感触はない。
ルカが、黙って顎をしゃくった。
示された先を、レンは首だけ動かして追った。
広間の中央に、山が横たわっていた。
黒甲百足だった。全長のすべてが力を失い、無数の脚がだらしなく投げ出されている。あの、四腕鬼を菓子のように噛み砕いた化け物が、いまはただの巨大な骸だった。
その頭部からは、まだ煙が上がっている。
節と節の隙間という隙間が、内側から焼け焦げていた。
「……内側から、焼けたんだ」
ルカが、低く言った。
「おれの雷、あの目玉に落ちる前に、お前の剣に乗り移りやがった。刃を伝って、そのまま頭ん中へ流れ込んで――中で暴れた。あの甲殻、外から見りゃ鎧だけどよ。中に閉じ込めたら、ただの釜だ」
レンは、天井を見上げたまま黙っていた。
「肉より鋼のほうが通りやすいんだと。だから雷は、お前を避けたんじゃねえ。お前より通りやすいもんが、たまたまそこにあっただけだ」
「……たまたま、か」
「たまたまだよ」
ルカが、噛みつくように言った。
「お前が刺したのは、あいつを止めるためだろうが。雷が通るなんざ、考えてもいなかったはずだ。違うか」
違わなかった。
あの瞬間、そんな理屈は一片も頭になかった。ただ、動きを止めるために突き立てた。それだけだ。
「運が良かっただけなんだよ、お前は」
ルカの声が、震えていた。
「あと少し刺す場所がずれてりゃ、お前はいま炭になってた。わかってんのかよ」
レンは答えなかった。
答えようがなかった。
しばらくして、体を起こす気力がわずかに戻った。
ノルドとルカに支えられて、なんとか壁にもたれる。そこで初めて、レンは自分の剣を見た。
いや、剣だったもの、と言うべきか。
複眼に突き立ったまま残されたそれは、刀身が青黒く変色し、根元から飴のようにねじれていた。柄の革は焼け落ち、刃こぼれどころか、もはや刃の形すら保っていない。
(……そりゃ、そうか)
あれだけの雷を通したのだ。鋼が保つはずもない。
あの剣に助けられた。そして、あの剣は死んだ。
腰に残っているのは、解体用の小さなナイフが一本きりだ。魔物の腹を裂いて素材を取るための、刃渡り一尺にも満たない代物。木の枝を削るには向いていても、魔物を斬るために作られたものではない。
あんなもので、この深部を切り抜けろというのか。
しかも自分は、血を流しすぎた。体がずいぶん冷えたように感じる。
しばらくは異能も使えまい。使えたとしても、次に切れる場所がもう見当たらない。
剣がない。血もない。
残っているのは、あいつらと、相棒だけだ。
(……親父に、なんて言おうかな)
今の得物じゃ保たん、と言われたばかりだった。金が要る、新しいのを打ってやると。その金を稼ぐために受けた依頼で、こうなった。
怒鳴られるだろう。間違いなく。
それでも。
(……帰れる。こいつらと、街に)
その一点だけが、確かに胸へ灯っていた。
ドランの鍛冶場の熱。マーゴのがなり声。揚げ物の脂の匂い。ルカと歩いた、あの目抜き通り。
まだ遠い。だが、道は途切れていない。
「……帰るぞ」
レンは、掠れた声で言った。
「全員でだ」




