第14話 氷の治癒師
南門の外に、荷馬車が六台並んでいた。
朝の早い時分で、光がまだ低い。馬が鼻を鳴らすと息が白い。人足が幌の縄を締め直し、御者が車輪を蹴って具合をみていた。
その脇に冒険者が固まっている。
数えるまでもなく多い。二十日の護衛に、しかも一人頭あれだけの報酬でこれだけ雇うのかと、まず思った。
「おい」
ルカが肘で突いてきた。
「さっきから気になってんだけど」
「なんだよ」
「それ」
顎で示したのは、レンの腰だった。
「昨日までなかったろ」
「あったよ」
「鞘は無かったろ。布巻いてたよな」
言われて、レンは柄に手をやった。
そこには昨日ドランから受け取った、黒い皮に一本だけ細い金の線の飾りがされた鞘に包まれた剣が、ぶら下がっている。
「ドランに作ってもらったんだよ」
「へえ~」
ルカが屈み込んで、下から覗いてきた。
「……お前さあ」
「なんだよ」
「まともな冒険者に見えるぜ、今日は」
「うるせぇ!」
することがないので、レンは頭数を数えた。
自分とルカで二人。深酒が三人。銀鈴が六人。午睡が四人。それに、少し離れて立っている女がひとり。
合わせて十六。
荷馬車六台に、十六人。
その女を、レンはもう一度見た。
淡い髪をうなじで無造作に束ねている。銀を溶かしたような色だ。旅装は飾り気がなく、どこも汚れていない。
耳の先が、人より少しはっきりと尖っていた。
「あ」
ルカが声を出した。
「あれ、あの時の治癒師だぜ」
「……ん?」
と言われて、レンは記憶を探る。
気絶した時の事を、後日聞いた時の話を思い出した。
「そういえば、崩落の時に流れの治癒師がなんちゃらっていってたな、あれがか?」
「間違いねえ、と思う!」
レンはその立ち姿を見ていた。
細いのに、隙がない。荷馬車のほうを見ているようで、たぶん全体を見ている。
あの夜、レンは迷宮を出て、そのあとの丘の上の松明までしか記憶がない。
「なぁ」
「なんだ?」
「オレは、あいつに診てもらってねぇんだよな」
「そうだな。診てもらってねえよ」
そうか、とレンは思った。
なら、初対面だ。
「全員、集まってくれ!」
声がしたのは、荷馬車の列の中ほどからだった。
男が一人、木箱を踏み台にして立っている。
四十を少し過ぎたくらいか。上背はさほどないが、肩と胸の厚みが商人のそれではない。旅慣れた者の立ち方だった。外套の下は上等な仕立てだが、袖も裾もよく使い込まれているように見える。
「カルデン商会の頭で、ヨルン・カルデンといいます。クィエスから参りました」
よく通る声だった。にこやかな表情をしており、頭数がそろっていることに安心したようだった。
「皆さんご存じかと思いますが、南へ参ります。アルゼンで市が三日、それから峠を越えてミルドナ。向こうで商いが七日。往復で二十日を見ています」
ヨルンが指を折るでもなく淀みなく言った。日程が体に入っている喋り方だ。
「街道は歩き慣れておりますが、近ごろ物騒でしてね。それで、これだけの人数をお願いした次第です」
「近ごろってのは、どのくらいだ」
ガロだった。腕を組んだまま訊いた。
「……ここひと月ほどでしょうか」
「ふうん」
ガロはそれ以上訊かなかった。
「もうひとつ、いいか」
セインだった。
「クィエスからここまで、歩いて七日はあるな」
「ええ」
「その七日は、誰が護っとった」
場が少し静かになった。
言われてみればそのとおりだ、とレンは思った。荷馬車六台を北の端から動かしてきて、ここまで護衛なしということはない。どこかで誰かが付いていたはずだ。
「クィエスのギルドで雇いました。契約は、ラドフェンまででしたので」
「区切って雇ったのか」
「ええ」
珍しくはない、とレンも知っている。
護衛の契約は区間で切るのが普通だ。冒険者は自分の街の管区から遠く離れたがらない。先まで付いていけば、帰りの日数は丸ごと自分持ちになる。
「延長は頼まなかったのか」
セインが言った。
「頼みませんでした」
ヨルンははっきり答えた。そこまでで質問は終わった。
「荷は麻と塩、それに北の細工物です」
ヨルンが荷馬車を順に示した。
「一台目から五台目まで。六台目は」
そこで少しだけ言葉が止まった。
「六台目は、私どもの手の者だけで触ります。近づかないでいただきたい」
誰も何も言わなかった。
こういう荷はある。壊れ物、傷みやすい物、値の張る物。冒険者はいちいち訊かない。
ただ、レンは六台目を見た。
外から見てほかの五台と何も変わらなかった。それが、かえっておかしい気がした。
「最後にひとつ」
ヨルンが少し声の調子を変えた。
「今回、迷宮に潜っておられる方に受けていただけました。……これは、めったにないことです」
冒険者のほうから、ばつの悪そうな笑いが漏れた。
街道の護衛は割に合わない。二十日も街を離れて、その間ずっと迷宮へ入れない。迷宮で稼げる者ほど受けない仕事だ。
だから普段は、銀鈴のような護衛しかやらないパーティが受ける。
「不謹慎な言い方になりますが」
ここまで終始笑顔だった顔を真顔に変えたヨルンが続けた。
「私どもにとっては、僥倖でした」
誰も何も言い返さなかった。どういう意味を込めた発言なのか考えさせられた。
なぜなら、迷宮の冒険者は強い。
そもそも、迷宮で稼ぐためには根本的に強くなければならない。
その強さとは身体強化、感覚強化の強度といった基礎能力や、戦闘技術といった戦闘機会の多さからくる経験値を含めたものである。
この集まった中で、レンにわかる限りでは、少なくとも深酒、午睡は十年以上もの間迷宮で生き残ってきた猛者である。
それを僥倖と言う、それに先ほどの近頃物騒という発言。
「では、こちらから」
ヨルンが踏み台を降りると、ガロが前へ出た。
「深酒のガロだ。二級。両手剣」
それだけ言って、親指で後ろを示す。
「イーナ。斥候。弓」
外套の女が軽く手を上げた。
「モーグ。盾。喋らねえが聞いちゃいる」
大男が頷いた。
「以上だ」
場が少しほどけた。二級が最初に名乗って、しかも短く済ませたからだ。長い自己紹介を誰もしなくてよくなった。
「銀鈴、セイン・ロウ。三級。剣だ」
次に出たのは、四十がらみの男だった。日に灼けて、肩から下が細く締まっている。長く歩いてきた体だ。
後ろの五人を、順に顎で示していく。
「ダグ、カイル、ロブ、ハンナ。全員剣だ」
「最後にリーゼ。見た通り魔法使いだ」
剣が五人に魔法使いが一人。
「全部で六人。ワシらは護衛しかやらんパーティだ」
「迷宮は?」
誰かが訊いた。
「潜らん。二十年潜っとらん」
言い切ったので、また少し笑いが起きた。
セインは笑わずに続けた。
「その代わり、街道のことなら大抵知っとる」
「午睡。三級。手前からベン、クロト、ペトラだ、全員剣と盾」
ベンは三十そこそこで、目つきの落ち着かない男だ。落ち着かないというより、始終どこかを見ている。
「そして、シド。弓で、斥候だ」
背の低い男が弓を掲げてみせた。
「四人だ。魔法は一人もいねえ」
そこで一度、言葉を切った。
「俺たちはメインは迷宮でたまに護衛って感じだ……。言っとくが、おれは何も起きねえのが一番いいと思ってる。護衛ってのは、暇なのがいちばんいい仕事だからな」
順番が回ってきた。
レンは名乗るのがあまり得意ではない。
「レンだ。三級。剣だ」
「……それだけかよ」
ルカが横から呆れた声を出した。
「あとは……まあ」
「まあじゃねえだろ。ルカ・ソレル、三級。魔法が多いが剣も使う。こいつが前で、おれが後ろだ」
ルカが胸を張って言った。
誰も何も言わなかったが、一人だけこちらを見ている者がいた。
「クレア・ヴァイス」
最後に女が名乗った。
声は低くもなく高くもなく、よく通った。
「準二級。治癒魔法と氷魔法を使います」
おお、と知らない者たちが反応した。
護衛の中に治癒師がいる。それも準二級。二十日の旅で、これがどれほど有り難いかは全員が知っている。
「ただし」
クレアが続けた。
「治癒魔法の連発はできません。一日に診られる数は限られます。誰から診るかは私が決めます。異論のある方は今のうちにどうぞ」
誰も異論を出さなかった。
(キツそうな女だな)
レンはそう思った。
しかし、言っていることは正しい。むしろ、それを先に言う者のほうが信用できる。
ガロが笑った。
「気持ちのいい女だな」
「それは褒めているのですか?」
「褒めてるにきまってるだろ」
「では、そう受け取っておきます」
クレアは表情を変えなかった。
名乗りが一巡したところで、セインが前へ出た。
「護衛依頼に関してはワシらが専門のようだし任せてもらう、ということでいいか?」
全体、特にガロ達のほうに視線をやりながら問うた。
それに皆が無言で首肯する。
反応を確認したセインが話し出す。
「それでは割り振りだが」
「前は午睡。盾が三枚あるからな。シド、あんたが先頭のそのさらに先を歩いて道を見て索敵を頼む。中ほどをうちが持つ。後ろは深酒だ」
「一番強えのを後ろかよ」
ベンが言った。
「そうだ」
セインはそれ以上説明しなかった。
「レン、ルカ、クレア。おまえら三人は遊軍だ。どこへでも回れるようにしておいてくれ」
「遊ばせとくのか?」
レンが訊くと、セインは首を振った。
「決まった場所に全員を配置するだけじゃなく。自由に隙間を埋められる、手が空いとる者が一組要る。それだけの話だ」
筋が通っていた。
「それに、治癒師は自由に動けるほうが良いだろう」
二十年護衛専門と言い切る男の言い分は、迷宮のそれとは違う理屈でできている。
「夜番は二人置く。組ごとの持ち回りだ。クレアはガロと組んで貰う、ということでいいか?」
文句を言う者はいなかった。
***
街道へ出たのは、日が屋根の上まで来た頃だった。
南門から二時間ほど行った先で、道が分かれる。
右へ折れれば丘陵へ上がって、迷宮の入口に着く。この二年、数えきれないほど通った道だ。
今日は通り過ぎた。
分岐の脇に詰所の旗が見えて、その下に人が二人立っている。見張りだ。閉じている入口を、それでも見張っている。
「なんか変な感じだよな」
ルカが言った。
「なにが?」
「毎日曲がってた角を、曲がらねえのが」
レンも同じことを考えていた。
言われるまで、自分がそれを考えていると気づいていなかったが。
商隊は思ったより速く進んだ。
荷馬車は重いが、街道が良い。この道は王都まで通じているので、地方の街道と違って手入れが行き届いている。轍が深くならないよう砂利が入れてあるし、橋も落ちていない。
「なあ、セイン、一つ訊いていいか」
レンはふと気になったことを思い出した。
「言え」
「一番後ろが深酒ってのは、どういう理屈なんだ」
「囲まれたときに、尻から捨てるからだ」
セインは前を向いたまま答えた。
「襲撃の規模が大きい場合、馬車を六台全部は守れん。切り離して逃げるなら尻から順にやる。追う側はそっちに食いつく。それを犠牲に前が生きるんだ」
「……捨てんのかぁ」
「捨てるしかない状況になれば、だがな」
情のない言い方だった。二十年その理屈でやってきた男の言い方だ。
「だから尻には、捨てていい荷しか積まんのが商いの常識だな」
「一、二……六台目って、一番後ろだよな」
レンは前から順に、振り返って最後尾までの馬車の数を数えながら言った。
「そうだな」
「触るなって言われた荷が、捨てる場所にあんのか?」
セインが、はじめて少しだけこちらを見た。
「積まんな。普通は」
それだけ言って、また前を向いた。
話はそこで終わった。
夕方、街道の脇の広い場所で商隊が止まった。
人足が幌を下ろし、各々が火を焚いた。
護衛依頼の場合、冒険者の食事は冒険者自身が用意して持っていく場合と、依頼者側が用意する場合がある。
特にその辺が書いていない、説明をされない場合は冒険者自身が自分で持っていくものだ。
レンは麦粥に干し肉を入れて一緒に炊いたものを二人分作り、ルカと一緒に食べていた。
すると、銀鈴の男が一人近づいてきた。
「ロブだ。ロブ・ソール」
男は手に持った干し肉をそのまま齧り、ニヤつきながら言った。
「あんた、あの噂のレンだろ、聞いたぜ」
椀を持つ手が止まった。
「あぁそうかよ」
「悪い噂じゃねえ。三級が四つ腕を落としたって話だ」
ロクでもない話が来ると思っていた。
違った。いや、ロクでもない話ではあるか。
「しかも血塗れで……一人でやったって聞いたぜ?本当か?」
「……」
血のほうも一緒に回っているらしい。
本当かと訊かれても、どう答えるのが正しいのか分からなかった。
「まあいいさ。どっちでも」
ロブは肩をすくめた。
「おれは腕のいい奴と組めりゃそれでいい。二十日間、よろしくな」
それだけ言ってレンの肩を二度ほど叩き、火のほうへ戻っていった。
それ以上は詮索も、値踏みもなかった。
どうやら話しかけたかっただけらしい。
その夜は、特に何事もなく過ぎ去っていった。
***
二日目の昼過ぎ、先頭が止まった。
止まれ、の合図が後ろへ伝わってくる。人足が手綱を引き、車輪の音が順に消えていった。
止めたのはシドだった。
隊列のはるか先を歩いていた男が、道の左の斜面の木立を見上げたまま動かない。弓に手がかかっている。
「どうした」
ベンが前へ出た。
「敵だ」
シドは斜面の茂みの一点を見つめたまま。
「あの茂みの方面から、明らかに人の気配がする。賊だろう。あの左の、岩が出てるあたりが怪しい」
「何人いる」
「正確にはわからんが、5人くらいはいるだろう」
後ろから、イーナが上がってきた。
最後尾にいたはずが、呼ばれもせずに来ている。
「そっちだけじゃない」
イーナが言った。
「後ろからもなにか来てる。……たぶん待ち伏せされたわね。囲まれてるわ」
セインの動きが速かった。
「馬車を寄せろ! 六台まとめて、間を空けるな!」
人足が弾かれたように動いた。荷馬車が寄って、車体と車体で壁のようになる。
「銀鈴、外を向け! 午睡は前! 深酒は後ろ! 誰も追うな、離れるな!」
言い終わる前に配置ができていた。
それぞれの役割を理解できている動きだった。
イーナが身をひるがえして、最後尾へ走っていく。
「治癒師どの」
セインがクレアのほうを見た。
「お前は真ん中だ。前へ出るな」
「いいえ、私も戦えますので」
クレアはセインの発言を無視し、中央付近から敵の来る方角を警戒した。
左の斜面から声が上がった。
草が波打って、人が出てくる。数えるより先に、後ろでも同じことが起きた。
「後ろから十!」
最後尾からイーナの声が飛んだ。
「左の上に五!」
シドの声が響く。
左前と後ろの援護に銀鈴が分かれて動き出す。
そこから少し遅れて、右の側面からも賊が顔を出した。
「右の側面から五人だ!」
ルカが叫んだが、中央付近の銀鈴は既に前後の援護に向かってしまっている。
賊はバラバラに斜面を駆け下りてくる。
装備もバラバラだ。革の胴当てを着けている者と、布のままの者がいる。得物も、山刀、槍、棍棒、それに斧。
だが連携は悪くなかった。散らばりながら来る。まっすぐ来るだけの素人ではない。
「荷を、荷を置いていけ!」
前方の賊が、脅しというには少々震えた声でなにかに怯えるように大声で叫んだ。
「そ、そうすりゃ誰も死なねえぞ!」
中央付近に留まっていたレン、ルカ、クレアの三人は、必然的に右の側面に対応することとなった。
レンは剣の柄に手をかけた。
かけたところで、隣で息を吸う音がした。
横で、クレアの右手が上がっていた。
溜めがない。息を吸って吐くだけの間もない。
「《氷原》」
キシキシと空気が鳴った。
斜面の裾から街道の縁まで、地面の色が一息に変わる。
白だ。霜が降りたのではない。土そのものが凍って、昼の光を返している。
先頭の男が下りきる前に足を取られる。前へ出ようとした上半身だけが行って、顔から倒れる。
二人目が避けようとして横へ跳んだ。しかし跳んだ先にも氷が迫っていた。
「《氷柱》」
地面の氷がせり上がってくる。
人の背丈ほどの柱が、間隔を置いて五本。
駆け下りてくる列を、ちょうど断ち割る位置にだ。
一人が肩から柱にぶつかって跳ね返った。
一人は避けようとして足を滑らせ、そのまま斜面を転がり落ちてくる。
残る一人が止まった。
止まるしかなかった。前は塞がっている。足元は凍っている。
「……は?」
ルカが声を出した。
レンも同じ顔をしていたと思う。
「あの魔法の規模で溜めがいらねぇのか」
ルカが自分の杖を握ったまま、口を半分開けていた。
「斜面ごと凍ったぞ、すげぇな!」
クレアは追わない。
白くなった地面を見たまま、指を軽く曲げた。
「《氷枷》」
倒れた男たちの手首と足首に、細い輪ができた。氷だ。厚くはない。ただ地面から生えて、手足をそのまま縫い留めている。
斜面を転がり落ちてきた賊の一人が、レンの足元で起き上がろうとしたが、剣を鞘ごと持ち上げて上から胸へ当てて押さえこんだ。
それで動けなくなったようだ。
「……結構丈夫そうだな」
レンは鞘を見た。ドランの仕事だ。押さえつけてもびくともしない。
剣が中でしっかりと固定されていて鞘の軋みも感じない。
それにしても、レンとルカはなにもする必要が無かった。
「殺さねぇのか」
レンが訊いた。
「動けなければ充分でしょう」
クレアが答えた。
「殺すと後始末が要ります。この人数で運べません」
「それに、聞かなければならないこともあるでしょうから」
右の側面は、それで終わった。
前と後ろは、もう少しかかったが、レンとルカが援護に行くまでもなく終わった。
左前の斜面の五人は午睡が受け止めて、横から銀鈴の二人と連携を取り、挟み込むように潰した。
後ろの十人はガロが真ん中に切り込み、崩れたところをモーグとイーナ、そして援護に来た銀鈴の四人が刈った。
誰も死ななかった、こちら側は。
向こう側は、そうではない。
***
道の脇に、縄で繋がれた連中が並べられていた。
七人。
うち五人は、右の側面から来てクレアに止められた連中だ。あとは左前から一人と、後ろから一人。
残りは全部死んだ。
セインがその前をゆっくり歩いていく。一人ずつ、顔ではなく手と足を見ていた。
しゃがんで、一人の靴を掴んで裏を返す。
それから胴当ての紐を指ではじいた。
「ヨルンさんよお」
セインがヨルンを呼んだ。
「これは、食い詰めた連中じゃないぞ」
「……と、言いますと」
「靴の底があまり減っとらん。歩き回っとらん証拠だな」
セインは立ち上がって、手を払った。
「胴当ての紐も新しい。一見みすぼらしい装備に見えるが、ただ汚してあるだけだ」
冒険者のあいだで、少しだけ空気が変わった。
「金をもらってやっとる連中だな」
セインが言い切った。
「街道に湧いた盗賊じゃない。誰かが雇って、ここへ置いた、と?」
「二十人だぞ」
ベンが言った。
「街道に二十人まとめて張らせとくのは、それだけでそれなりの金がかかる」
尋問はした。
誰に雇われたのか。どこから来たのか。何を狙っていたのか。
だが七人とも、知らない、自分たちはただの盗賊だと言うばかりで、何ひとつ出てこなかった。
ただ、怯えていた。
目の前に転がっている仲間の死体にではない。ここにはない、見えない何かに怯えるように、目を泳がせるばかりだった。
レンはヨルンを見ていた。
見ようと思って見たわけではない。たまたま視線がそこにあった。
ヨルンは何も言わなかった。
顔色も変わらなかった。
驚いてもいなかった。
「……そうですか」
それだけ言って、ヨルンは荷馬車のほうへ戻っていった。
六台目の脇を通るときだけ、歩く速さが少し落ちた。




