不思議の森
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目を開けると、リュカは見知らぬ場所にいた。
薄緑や桃色に薄紫と、見たこともない色の草木が茂っている。
葉っぱの所々には金色だったり赤いものもあった。
空を見上げても、太陽も月も見えない。
ただただ明るく、それは全体に虹を滲ませたような空だった。
どこか不思議な、ぼんやりとした景色が広がっている。
周りには誰もいない。
「エリーナちゃん? いる?」
心細そうにリュカはラファエラを呼んだ。すると。
「ここよ、リュカ」
すぐ隣に立っていた。
「ずっといたの?」
「多分ね。でも私も今、目が覚めたところだから」
ワン!
リオラも傍らにいて、リュカを見上げて尻尾を振っている。
なにかふわふわとした、不思議な感触をリュカは覚えた。
「よかった。みんな来られたみたいね」
いつの間にか、ベルもそこにいた。今は全く透けていない。
「ねえ、ここってなんなの? 不思議な場所ね」
ラファエラが不安げな表情を浮かべ、周囲を見渡す。
「ここが、”絵の中”よ」
「本当に、絵の中に入っちゃった、ってわけ!?」
驚きと戸惑いを隠せないラファエラ。
「ちょっと! ちゃんと帰れるんでしょうね!?」
「ええ、たぶん、おそらくは、そのはずなんだけど……」
「たぶん、じゃ困るのよ!」
「と、とにかく! 魔女はこの先の森の奥にいるから、サクッと、退治しちゃいましょう! それで帰りのことは、後で考えましょ!」
「ベルって、ほんといい加減ね……」
頭を抱えるラファエラ。
「分かったわ! 乗りかかった船だもの、行くわよ!」
歩き始めるベルとラファエラ。
「ま、待ってよ二人とも! ぼくたちも行くよ、リオラ!」
ワン!
リュカたちも二人を追った。
「そういえばラファエラは、魔法とか使えるの?」
「魔法? 使えないけど?」
「じゃあ、教えてあげる!」
ベルは右手を前に向けてかざすと、得意げに何かを呟き始めた。
“Naur! Dagra!”
するとベルの手のひらから小さな火の玉が現れて、
そして正面に飛んでいった。
「すごい! 魔法使えるの、ベル!?」
「まあねぇ」
ラファエラに感心されて、誇らしげに照れるベル。
「さあ、ラファエラもやってみて!」
ラファエラも真似をして、呪文を唱える。
「なうる、だぐら?」――
しかし、何も起こらない。
「出来ないわ……。向いてないのかしら……?」
「おかしいわねぇ。現し世では無理なことでも、こっちだと、けっこう出来るはず、なんだけどなぁ……」
しばらく考え込むベラ。そして何かに気づく。
「あっ! そうか! ごめん、ごめん。人間の呪文は、こっちだったわ。えっと……なんだっけ……?
ああ、そうだそうだ! “Globus ignis.”よ!」
そしてラファエラにもう一度試すように促した。
“Globus ignis!”
ラファエラの手のひらから、真っ赤な火球が生じる。
そしてそれは勢いよく飛んでいった。
「できた! できたわよ! 今の見た、リュカ!?」
いつになくはしゃぐラファエラに、リュカも少し嬉しくなった。
「や、やるじゃない、ラファエラ……。結構筋がいいじゃないの。いいわ! あたしが知ってる魔法の呪文、全部おしえてあげる!」
「呪文だけ? さっきみたいにやって見せてよ」
「無理よ。だってあたしできないもん。知ってるのは呪文だけだから」
「あ……そう。ほんと、ベルって適当よね」
呆れることにも慣れてきた様子のラファエラ。
「いいの、いいの。気にしない、気にしない」
こうしてラファエラは、いくつかの魔法をベルから教わった。
森を進む一行。相変わらず不思議な、色とりどりの植物が生い茂る。
「ふしぎな場所よね。こんな色の草も木も、私たちの街の近くには、どこにも生えていないわ」
そう言って、前にある紫色の薔薇の花を触ろうとするラファエラ。
すると花の根元からモコモコと綿毛が生えてきた。
そしてそれはフワフワと浮き上がり、目の前で浮遊し始める。
「え!? これ、動くの!?」
驚くラファエラたち。一行は身構えた。
しかしそれはゆっくりと反転して、こちらへと向き直す。
そこにはつぶらな瞳のようなものが二つ、
そしてにこやかな口のような空洞が空いていた。
「きゃー! カワイイ! みてみて、リュカ!」
はしゃぐラファエラ。
「まって、あぶないよエリーナちゃん!」
「そうよ、ここは魔女の森なんだから、油断しちゃダメよ!」
注意する二人をよそに、ラファエラはその”生き物”に近づいていく。
「あなたは花の妖精さんなのかしら? どこからきたの?」
その生き物はキュルキュルと音を立てている。
「きっと迷子なのね。一緒に行きましょう!」
そういってラファエラはその生き物に手を伸ばした。その時――
それの頭上にある紫の薔薇から、青白くキラキラした粉が吹き出した。
その粉塵にラファエラは包みこまれ、それを吸い込んでしまう。
そして咳き込み、その場にへたり込んだ。
リオラはその浮遊する毒花に吠えかかり、そして体当たりする。
毒花はどこかへと逃げ飛んでいった。
リュカたちは倒れ込んだラファエラに急いで駆け寄る。
「エリーナちゃん! だいじょうぶ!?」
「ケホケホッ、なんだか息苦しいわ……とってもだるいの……」
青ざめていく顔色。リュカはどうしていいか分からず狼狽える。
「ちょっと、どいてて」
いつにもなく真剣な表情でラファエラを覗き込むベル。
「これは、毒ね。大丈夫、治し方知ってるわ」
そう言うと、ベルは目を閉じて聞き慣れない言葉を発し始めた。
ラファエラに当てられたベルの手が白く優しく光る。
しばらくすると、ラファエラの呼吸も穏やかになり始めた。
そしてすっかり元気になり、すぐに立ち上がれるまでになった。
「すごいわね! あんなに苦しかったのに!」
「解毒の魔法よ。あたしだって、やる時にはやるのよ」
「ありがとう、ベル!」
ベルは嬉しそうに照れている。
そしてその横で、リュカも目を輝かせた。
「ベル、ぼくにもその魔法、おしえて!!」
「あら、リュカも魔法に興味があるの?」
「ううん。でも、さっきのは知りたい!」
不思議そうにキョトンとするベル。
「もっと派手な魔法もあるのに。そっか、珍しいわね。でもいいわ、教えてあげる!」
「やった!!」
大喜びするリュカに、今度はちゃんと人間の呪文をベルは教えた。
「どう? できそう?」
「ぼく、やってみる!
るくす、くらら、うぇねぬむ……。
えっと…………」
しかし何も起こらなかった。
「まあ、おいおいね。きっとできるようになるわよ。これは『ウェネクシス』って魔法よ、覚えておいてね」
ひどく落ち込むリュカ。
「だ、大丈夫よ、リュカ。ベルにだって、できるんですもの。
あなたにも絶対に、できるわ!」
「そうよ! ”あたしにだって”できるんだから……。
ってどういう意味よ?」
二人のやり取りで元気を取り戻したリュカ。
リュカの笑顔に二人も、そしてリオラも安心した。
こうして再び一行はその不思議な森を歩き出す。
あいも変わらず不思議な景色が続く。あまりに異様過ぎるその様は、
同じ場所をぐるぐると回っているかのような錯覚すら覚えさせた。
そんな折、少し向こうの方に、なにか見慣れた色の木々が見えてくる。
一つは、暗褐色の幹から枝が伸び、鮮やかな緑の葉がその先に茂る。
そして真っ赤な実がその枝先には生っている。
もう一つは、太い灰褐色の幹から斜め上に、細くしなやかな枝が伸びる。
その枝からは濃緑色の長細い葉が軽く垂れ下がる。
その葉が揺れるたび、白銀色にきらきらと輝いて見えた。
どちらもあまり馴染みのある木ではなかったものの、それでも
他の異様な木々と並んで、その二本だけが異質に浮いて見える。
「何かしら? ふつうの木? 変ねえ。変じゃないけど」
ラファエラは首を傾げる。
すかさずベルも、このおかしな会話に参加する。
「確かに。変じゃない木がここにあるのは、変よね」
リュカは二人の会話を聞いてすっかりと混乱してしまった。
リオラもいつもの仕草、首を傾けながら二人の声を聞いている。
その木々に近づいてみると、余計にその様相がおかしく見えた。
風もないのに枝葉が揺れていて、まるで生きているかのようだった。
「ねえ、なんだかあの木、動いてない? さっきより、こう、少し左に寄ってるような……」
ラファエラが訝しそうに木を見つめた。
先頭のベルは、ラファエラに向かって振り返る。
「ラファエラも案外、臆病なのねえ。気のせいよ。木が動くだなんて、有り得ないわ。木の精、トレントじゃあるまいし。
木の精だなんて、気のせい……。我ながら面白いわね」
クスクス笑うベルをよそに、ラファエラは前を見つめ続け、動かない。
「どうしたの? こんな時はいつもだったら、『ほんとうにしょうもないわね~』とか言ってくれるじゃない?」
しかしラファエラは無言でベルの背後を指差した。
リュカも怯えた表情を浮かべ、リオラは身を低くしている。
そしてベルはゆっくりと、恐る恐ると振り返った――
「わあ!」
飛び上がるように驚くベル。
その木は、二本ともに動いていた。
枝をしならせ葉をふるわせ、幹からは手足すらも生えている。
「ちょっ、ほんとにトレントじゃないのお!」
二体のトレントはゆっくりと近づいてくる。
「ど、どうするの!? た、たたかう!!?」
「に、にげ、ようよ! あぶないよ!」
慌てふためくラファエラとリュカ。
リオラは威嚇しながらも尻尾は巻かれている。
「ま、まって! あたしが、話をつけてくるから!」
「え!? できるの!? 無理よ!」
ベルの言葉にラファエラは驚きを隠せない。
「あたしを誰だと思ってるの? 任せなさい! 逃げたりなんかしたら、イシリエルに何を言われるか。
森のエルフが、トレントにビビってなんかいられないわよ!」
赤い実をつけたトレントは、リュカの家の二階の窓よりも高く、
十六、十七尺は優に超える高さに見える。
銀色にきらきら光るトレントは、それよりもさらに大きかった。
そんな二本の巨体に近づいていくベル。
そして引きつった笑顔を浮かべ、緊張した声色で話し始めた。
「Suilad... Enyd. Mae govannen. Im Belwen Haldiriel... Mellon nín...」
リュカもラファエラも、彼らの会話を殆んど聞き取れなかった。
しかしなんとも聞き心地の良い音だとリュカは感じた。
ラファエラはどこか、それに懐かしさを覚えていた。
そしてトレントたちの低い声が、二人をとても落ち着かせた。
会話が終わり、ベルは笑顔で戻ってきた。
「いい人たちで良かったわ。あ、いや、人じゃなかったわね」
「それで! どうなったの!?」
ニコニコのベルとは対照的に、ラファエラは真剣に問いただした。
「ああ、そうね。二人とも、あたしたちを襲う気はないみたい。ただこの先には魔女が住んでるから、行ったら危ないって。そう教えてくれるつもりだったらしいわ」
ほっと胸を撫で下ろすラファエラ。
「それでね、あたしたちが魔女をやっつけるって話をしたら、魔女の家まで案内してくれるって」
「ほんとうに!?」
「やった!」
喜び合うラファエラとリュカ。
そしてみな揃って、トレントたちのところへと近づいた。
「えっと、こちら赤い木の実をつけた薄茶色の方が、ロワネントのカルンファランさん。そして、こちらのキラキラする枝垂れた大きな方が、ウィロワントのシルタサレさんよ」
二人のトレントは恭しく会釈するかのように、しなやかに幹を傾けた。
それにつられてリュカたちも頭を下げる。
“Le sui gwaith nín, mellyn nín.”
とても心地の良い低音の声で、そして実にゆったりと、
カルンファランは子どもたちに語りかけた。
「なんて言ったの?」
リュカは思わずベルに聞いた。
「『よろしくね』って、言ったのよ」
子どもたちも笑顔で挨拶をする。
こころなしか、トレントたちも笑って見えた。
「じゃあさっそく、行きましょう! いざ、魔女退治に!」
ベルがそう言うと、カルンファランはリュカとラファエラを、
シルタサレがベルとリオラを担ぎ上げ、その肩に乗せ歩き始める。
「ひゃあ、ちょっと怖いわね」
「高いところ、私もちょっと苦手だわ」
「うわぁ! 高いよ!! それにすごくはやい!」
二人をよそに、目をきらきらとさせるリュカ。
こうしてトレントたちの肩の上で揺られながら、
一行は魔女の棲家を目指すのだった。
風を切るように進むトレントたち。
とても器用に木々を避けながら、森を抜けていった。
そしてやがて、あの絵に描かれていた家が、目前に見えてくる。
丸みを帯びた屋根。煙突からは葡萄色の煙が上がり、窓は黒く中は見えない。
しかし近づくにつれて、不思議にその家が歪み始める。
そしてみるみると大きくなっていった。
二階建ての大きな屋敷。正面には半開きの大きな扉。
そして相変わらずに、煙突からは葡萄色の煙を上げ、
そしてどの窓も黒く、その中は見えない。
「ねえ! あれが魔女の家なの!?」
トレントたちの足音に負けじと、ラファエラが叫ぶ。
「ええ、そうよ! たぶんね!! それにしても大きいわね。思ってたのと違うわ…」
「ええ!? なに!?」
後半が聞き取れず、聞き返すラファエラ。
「なんでもない! さあ!! いくわよ!!」
更に近づくと、その大きな両開き扉の前に、”何か”が見えてくる。
確かに先程までは存在していなかった、大きな人影が二つ見え始めた。
それらの頭は二階の窓よりもなお高く、そして筋肉質な肉体で、
鬼のように恐ろしい顔をしていた。
トレントたちは静かに立ち止まる――
そして枝葉を激しく揺らし始めた。
”Grrraa... Cen, mellon nín...”
カルンファランが唸り、そしてシルタサレがそれに答える。
”Hrrum... Teryg!”
二人のトレントは静かに、そして優しく子どもたちを地面に下ろした。
そして巨人たちに向き直ると、勢いよくその巨体で突進し、掴みかかる。
4体の巨人たちが掴み合う。そしてカルンファランが力強く叫んだ。
“MENO, HÍN NÍN!!”
「い、いくわよ!」
ベルが叫び、扉へと走るように促し先頭を行く。
「だ、大丈夫なの!?」
「『行け!』って言ってるし、それに大丈夫よ! トレントは強いわ! トロールなんかに負けない!!」
大きな扉へと走るリュカたち。扉は少し開いている。
ベルとラファエラ、そしてリオラが館に飛び込む。
リュカは扉の前で一瞬足を止める。
「ありがとう!!」
そしてトレントたちにそう言ってから、中へと飛び込んだ。
彼らが屋敷に入ったその時、重い扉が低い音を立てて閉まった。
第一部完結まで、毎週金曜・日曜20時20分、週2話更新予定




