妖精
<第二章 The Elvish Painting - 妖精と魔女>
あれからしばらく経ち、リュカも七歳となっていた。
辺りはすっかりと雪解けし、春の到来を皆、首を長くして待っている。
そんな頃も変わらず、サント・フロールは平穏だった。
リュカとエドワードと、そしてラファエラの三人も益々と仲良くなり、
毎日のようにリオラを連れて街中で、そして門外でと遊び回っていた。
しかし、そんなある日のこと――
「ふむ、熱があるな。風邪を召したか」
エドワードの額に手を当てて、セフィアンが様子を診ている。
エドワードは呼吸も荒く、時々咳をしている。
「夜はまだまだ冷える故、寝冷えしたのやもしれん」
エドワードの顔を心配そうに覗き込むセフィアン。
「旦那様、エドワード坊ちゃんは私が看ておきますので、どうかお勤めにお向かいください」
エプロン姿のセルジオが、そう言ってセフィアンを急かした。
セフィアンはエドワードを優しく撫でると、静かに立ち上がる。
「相分かった。遅くならぬように帰るゆえ、よろしく頼む」
部屋の隅では、リュカがエドワードを心配そうに見つめていた。
「さあさあ、リュカ坊ちゃん。風邪がうつりますから、お部屋のお外に出ていましょうね」
しかしリュカはセルジオに部屋から出されてしまう。
後ろ髪引かれながらも仕方なく、リュカはリオラを連れて、
一人でラファエラの宿に向かった。
宿の前では、主人のテオと町長のピエールが立ち話をしていた。
「確かに、私も誘われましたよ。何でしたっけ? リュミエーラとかいう教会? の、信者のお客さんたちから。まあね、私も信心深いってわけでもないけれど。それでもオルディア神さまへの祈りくらい、
人前程度には、欠かしませんからね。
それを出し抜けに、新しい神に祈れなんて言われても。ねえ……」
テオが困ったような顔で苦笑した。
「皆テオさんみたいに用心深いと、いいんですがね。しかし住民の何人かが、もう入信してしまったそうなんですよ。財産でも騙し取られたりしなければ、いいのですがね」
そんな会話を困り顔でする二人も、リュカに気づく。
「こんにちは、リュカ。遊びに来たのかい? エリーナは部屋にいるよ。おあがり」
テオもピエールも優しい笑顔になってリュカを迎えた。
そんな二人に会釈して、リュカは宿の扉をくぐった。
リュカとリオラは、ラファエラの部屋で彼女と遊んでいる。
「ふうん、”鬼のかくらん”って、やつかしらね」
「なあに、それ?」
リュカは首を傾げた。そしてリオラも同様に傾げた。
「普段元気な人でも、急に風邪引いちゃうことよ。前にお母さんが風邪を引いて、お父さんがそう言ってたわ」
「そうなんだ。でも、すぐに良くなるよね?」
リュカは心配そうにたずねる。
「ただの風邪だったら、そうね。すぐに良くなるわよ!」
リュカが安堵の表情を浮かべて、リオラを撫でる。
「だからしばらくは、静かに寝かせてあげましょ。リュカはうちで遊ぶといいわ」
「うん!」
リュカたちはエドワードが早く良くなる事を願いつつ、
その日は一日中ラファエラの部屋で遊んだ。
しかし翌日、翌々日になっても、エドワードの熱は引かなかった。
それどころか、今度はセフィアンまでもが寝込んでしまった。
リュカの家だけではなく、街中で寝込む人が出てしまっている。
「まさか、流行り病なんてことは……」
セルジオが心配そうに呟きながら、水で濡らしてタオルを冷やしている。
リュカはラファエラのことが心配になって、彼女の家へと急いだ。
ラファエラは元気だった。
しかし彼女の母マドレーヌが倒れてしまったという。
二人はラファエラの部屋からなるべく出ないようにと、テオに念押しされた。
「どうしよう、お母さんまで倒れちゃった……」
珍しくラファエラも弱気で、リュカはその深刻さをひしひしと感じた。
「私、まえに読んだことがあるの。悪い魔女の呪いで、みんなが病気になったって……。
ええ、分かってるわ! あんなの、子供向けのおとぎ話だもの……。
でも、そういう話って、本当のことも何かしら書かれてることだってあるでしょう!?」
ラファエラがまくしたてる話を、リュカは殆んど理解出来なかった。
しかしラファエラが取り乱す姿を見て、リュカは泣きそうになる。
リュカの表情を見て、ラファエラは我に返った。
「ごめんね! リュカ! 大丈夫だから!
みんなきっと、大丈夫だから……」
二人がしんみりしていると、リオラが吠え始める。
開けてくれ、と言わんばかりに、部屋の扉を前脚で引っ掻いた。
「どうしたの? 出たいの?」
リュカが扉をゆっくり開けると、開ききるのも待たずに、するりと飛び出す。
「ちょっと、待ってよ!」
慌てて追いかける二人。
リオラはリュカの制止も聞かず、どんどん客室の方へと走っていってしまう。
そしてある部屋の前で立ち止まった。
尻尾をばたばたとさせながら、扉の下の隙間から臭いを嗅ごうとしている。
「だめだよ、こっちに来ちゃ!」
そういってリュカはリオラを捕まえた。
しかしリオラはまたもや、開けろ開けろと扉を掻いた。
「ここは客室よ? 今は誰も泊まってないわ」
それでもリオラは諦めない。
「わかったわ。でも中を散らかしちゃダメよ? お母さんが元気になったら、怒られちゃうわよ?」
結局ラファエラは根負けし、ゆっくりと扉を開けた――
中はベッドが二つある、なんでもない普通の部屋だった。
壁には絵画が飾られている。
ワン! ワン!!
しかしリオラは部屋の隅っこに向かって吠える。
「ひゃあ! やめて!! あたし犬、苦手なのよぅ!」
壁の方から声がした。
しかし誰もいない。リュカにはその時に、そう見えた。
「あれ、誰かいる! 誰なの!? うちの客室で、何してんのよ!」
ラファエラが叫んだ。
「え? エリーナちゃん、だれもいないよ?」
「何言ってるのよ、リュカ。ほら、あそこ!」
狼狽えるリュカの肩を、ラファエラが軽く叩いて指を指した。
その瞬間、うっすらとだが人影のようなものが見えてくる。
それは次第に色味も帯び、やがて半透明ながらも、くっきりとし始めた。
銀色の髪を後ろに編んだ、女の子のような姿。そして耳は尖っている。
「あんた誰なの!? ここで何してるのよ!?」
ラファエラが警戒しながら詰め寄る。
「え? あなたたち、あたしのことが見えるの?」
「見えてるわよ! だから聞いてんの!」
急にその半透明な女の子が近寄ってくる。
「やっと見つけたわ! あたしが見える人!」
「ちょ、ちょっと急に近づかないでよ! 怖いじゃない!!」
身構えながらラファエラは睨みつける。
女の子は少し後退りして、落ち着いた口調で話し始めた。
「ごめんなさいね。驚かすつもりはなかったのよ。なにせ、あたしの姿、誰にも見えないし。驚かすもなにも、ないけどね」
「そんな事はいいから、ここで何してるのか、話しなさいよ!」
「ああ、またまたごめんなさいね。あたしすぐ、話が逸れちゃうのよね。
あたしは、ベルウェン。みんなあたしのこと、ベルって呼ぶわ。“勇敢なる乙女”って意味なのよ。あたしにぴったりじゃない?」
ため息を漏らすラファエラ。
「勇敢? リオちゃんに吠えられて、あんなに怖がってたのに?
……って、そうじゃなくて、ここで何をしてるのよ」
既に怒りも恐怖も驚きも消えて、半ば呆れたようにラファエラが聞いた。
「ええ、そうだったわ! あたしは、助けてくれる人を探しに来たのよ」
そしてベルは、先程よりも少しだけ神妙そうに話し始める。
「あたしたちの国には昔、悪い魔女がいたの。といっても、人間とかじゃなくて、魔物なんだけどね。魔物なのに”魔女”って言えるのかしら? 考えてみたら変な話よね。なんで魔女って呼ぶのかしら? 不思議ねぇ」
ラファエラのジト目な視線がベルに刺さる。
「あらら、また話が逸れちゃったわ。
そうよ、そう。魔女がね、いたの。魔女はね、昔、むかーし、あたしの里の”エライかた”が、絵の中に閉じ込めて、退治して下さったのよ。その”絵”っていうのが、ここに飾られてる、これなのよね」
ベルは部屋に飾られている絵画を指差す。
不思議な色彩で描かれた絵だった。森の奥には小さな家が描かれている。
丸みを帯びた屋根。煙突からは葡萄色の煙が上がり、窓は黒く中は見えない。
そして正面の扉は半開きで、今にも何かが出てきそうだった。
「でもその魔女がね、絵の中から色々と、悪さをし始めちゃったのよ。それであたしの国のみんなも困ってるわけ。だから助けてほしいのよ」――
少しの間、頭を抱えて考え込むラファエラ。
ベルの説明は、リュカには何のことだか、さっぱり理解が出来なかった。
とりあえずリオラがベルに飛びつかないよう、抱いて抑えることに専念した。
「ちょっと待って。その魔女を閉じ込めた絵が、どうしてここにあるのよ? なんであなたの国でちゃんとしまっておかなかったの?」
頭を抱えながらも、必死に整理して問い返すラファエラ。
「ちがうのよ。絵は、もう一枚あるの。それはちゃんと、あたしの国にあるわ。この絵は、それと”対”になる絵なのよ。兄弟みたいなものかしらね。ん? 姉妹かしら? 親子かもしれないわね。
どうして対になる絵がここにあるのかは、分からないけど……。とにかく、その魔女が絵の中からみんなに呪いをかけてしまったのよ。
ニム族長様も起きなくなっちゃったし……。イシリエルも……。もう、あたししか……いなくなっちゃったのよ……」
「それで、助けを呼びに来たわけ?」
「そうなの! あたしだけでも、その魔女をなんとかしようって、そう思ったんだけど。でも一人じゃやっぱり、かないっこないわ。だから一緒に退治してくれる人を、こっちの絵から出て探しに来たのよ」
「でも私たちだって、魔女の退治なんてできないわよ。まだ子供だもの。こういうことは、大人に相談するべきだわ」
そう言うとラファエラは部屋を出ていく。そしてテオの袖を引っ張り、
部屋につれてきた。
「なんだい、エリーナ? お母さんの看病で今、お父さん忙しいんだよ」
困惑した表情を浮かべるテオ。
「お父さんにも聞いてほしいのよ、ベルの話を」
テオに真剣に語りかけるラファエラ。
「ベルだって? 誰だい? 新しいお友達かな?」
「そこにいるでしょ、ほら!」
ラファエラはテオの腰に手を当てながら、ベルを指差す。
「ほら、さっきの話を、おとうさんにもしてあげてよ」
しかしベルが必死に話しても、テオには聞こえていない様子だった。
「そうか、リュカたちと”妖精さんごっこ”で、遊んでいたんだね。でも、ごめんねエリーナ。お父さんは今、本当に忙しいんだよ。お母さんが良くなったら、またちゃんと遊んであげるからね。それと、あんまり客室で遊ばないようにね。お母さんに叱られちゃうよ?」
そう言うとテオは戻っていった。
「おとうさんには、ベルが見えなかったの?リュカはちゃんと見えるようになったのに……」
「こんな感じで、あたしが見える人は見つからなかったのよ。声だって、ぜんぜん聞こえないんだから……」
「……そう、みたいね……」
ワン!
リオラの声でラファエラとベルの意識は現実に引き戻された。
「みんな、困ってるんでしょ? それで、ぼくたちしか助けられない。だったら……
やってあげようよ!」
リュカは怖がりながらも、新たな冒険に少し胸を膨らませた。
「そうね、私たちしかいないんだから。それにもしかしたら、その魔女を退治すれば、みんなの病気も治るかもしれないわ」
これを聞いて、ベルの顔がぱっと明るくなった。
「よかった! もし断られたら、どうしようかと思ったわ」
ベルがラファエラとリュカに駆け寄り、二人の手をとろうとするも、
しかし透けてしまって触れない。
「そうだったわ。触ったりまでは出来ないのよね」
「さわれないなら、この子を怖がる必要もなかったんじゃない?」
「やっぱり、苦手なものは、苦手なのよぅ」
ベルは恥ずかしげにはにかんだ。
「そういえば私たち、自己紹介してなかったわね。
私はラファエラよ。そしてリュカ」
「リュカ、です」
「これはどうも、ごていねいに」
「そして、この子がリオラ。リオちゃんって呼んであげてね」
ワン!
「ひゃあ! ……慣れないわねぇ……」
リュカが笑い、ラファエラもつられて笑った。
「とはいえ、不思議よねぇ。どうしてラファエラには、あたしが見えたのかしら? もしかしたらあたしたち、親戚だったりして?」
「妖精の親戚なんて、いるわけないでしょう」
「そうよねぇ」
首を傾げる二人。リオラも真似をしている。
「そんなことより! どうやって助ければいいの?」
ラファエラの質問にベルはポンと手をうち、絵画の方へと近づく。
「そうそう、この中に入るのよ。魔女はこの中にいるわ!」
「中に入るって……。あなたは出てきたって言うけど。私たちでも、そんな事できるの?」
「大丈夫よ。やり方を教えるわ。今すぐ行けるの?」
そう聞かれて慌てるラファエラ。
「ちょっと待って! 魔女退治なんてそもそも、手ぶらで行くものじゃないでしょう!」
そういって部屋から出ていった。
暫くしてラファエラが戻ってくる。
鍋の蓋や布団たたき、そして短い木材を持って戻った。
「これも使えるといいんだけど」
そういって果物ナイフも取り出した。
「だめだよ、あぶないよ!」
リュカがぎょっとしてラファエラを止める。
「まあね。でも魔女退治なんて、もっと危ないでしょ。大丈夫よ。ちゃんと入れ物に入れて持って行くから。それに十分気をつけるわよ」
リュカは右手に木材を持ち、鍋の蓋を左腕に布で巻きつけた。
そしてラファエラは布団たたきを”装備”する。
「さあ、準備できたわよ、ベル!」
「じゃあふたりとも、こっちに来て」
そういってベルは全員を絵画の前に集めた。
その場に座らせて、そして目を閉じるように促す。
リオラもリュカの脇に伏せた。
「いい? 体の力を抜いて。静かにゆっくり息を吸って、吐いて……。それを繰り返して……。
そうするとだんだんと…………」――
ベルの声が遠のき、そして徐々に聞こえなくなっていく。
そして意識が次第に溶けていった……
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第一部完結まで、毎週金曜・日曜20時20分、週2話更新予定




