逃避行
<第二章 The New Hometown - 新たなる故郷>
森へ逃げ込んで、そこからさらに少し歩いて距離を稼ぐと、
リュカとエドワードをランプのもとに残し、
月光を頼りにセフィアンとセルジオは木の枝を集める。
そしてランプの火を火種として、
地面を少し掘った場所に小さな焚き火を起こした。
火や煙が見つかりにくくするための、最低限の焚き火だった。
リュカもエドワードも疲れ切っていて、
その焚き火の温もりの中で眠りについた。
翌朝セルジオは一人、ローゼンシュタットの城下街へと、
危険を承知の上で必要な物資を求めに向かう
そして昼過ぎには野営に戻った。
馬一頭立ての小さな馬車に、豪華でもみすぼらしくもない古着、
そして馬車には、時間が許す限りに集められた物資が載っていた。
「さあ皆様、これらにお着替えください」
促されるままにリュカも少しサイズが大きい服に袖を通す。
「皮の鎧とはいえ、ありがたい」
「急いで調達できる限界がそれでした。面目ございません」
「いいや、上出来だ。流石だな、セルジオ。ありがとう」
一行は行商人といった風貌の出で立ちとなった。
こうしてセフィアンたちの逃避行が始まったのだった。
一行は、彼らの船がある南西の港を目指す事にした。
既に追手が先んじている可能性は高かったが、
一縷の望みをセフィアンたちは捨てきることが出来なかった。
先ずは街道を避けつつ西へと向かう。
馬車のお陰で子供たちの体力に依存せずに進めた。
馬の消耗を避けるために、大人たちは交代で歩いた。
日が暮れたら風がしのげる場所を見つけて火を起こし、
そして夜明けの前には出発する。少し肌寒い、春先の旅となった。
ローゼンシュタットの城を発って四日ほど過ぎた頃、
農村集落が見えてくる。
ここでは食料などに加えて馬一頭を購入した。
馬は少し痩せてはいたが、贅沢は言えない。
そこから道の状態次第では、セフィアンたちも馬車に乗った。
六日歩くとはるか前方に、南北に流れるトレーネンの大河が見えてくる。
一行はここから川の流れと同じく、南へと進路を向けた。
川沿いは人目があるためこれを避けて、少し離れた辺りから南下する。
水は日が暮れてから、大人一人が川に汲みに行った。
目立たないように慎重に三日進むと、少し大きな街が見えてくる。
「あれは王都へと向かう折にも立ち寄った、ブライトンヒルか」
セフィアンがつぶやく。
「ええ、国境警備の兵が常駐するグレンツホールド城が、この街のすぐ近くにはあるはずです。長居は危ういかと……」
「しかし物資も買わねばなるまい。それに街近くでの野宿は目立つ故、城の兵らの要らぬ注意を引きかねぬ」
大人たちの議論は続く。
その結果、一行は目立たないように街へと入り、一泊する事になった。
屋根のある場所で久しぶりに寝られる事に、エドワードは歓喜した。
昼過ぎ、増えた人通りに紛れて、一行はブライトンヒルに入った。
馬車で物資を手早く買い揃え、そして敢えて安めの宿の個室を借りる。
宿の食堂では、城から逃れて以来の久しぶりとなる温かい食べ物を、
子供たちは夢中で頬張る。
決して贅沢な食事ではなかったが、リュカたちは心から満足した。
翌朝、早朝に一行はブライトンヒルを後にした。
ここからすぐ南西には、ルノリス旧領へと続く国境大橋がある。
そこへと続く街道には人目も多く、また少なからず兵の往来もあった。
街より伸びる街道からは速やかに離れて、内陸側より南へと向かう。
「これより先は丘陵です。私たちが来る際に通った街道が山間を抜けておりますが、流石にここは通れますまい」
セルジオもセフィアンも険しい表情で話し合っている。
「では西の川沿いを抜けるか、それとも東の山を越えるか。子供らの事を考えれば、山越えは避けたいところだが……」
「川沿いならば緩やかで、水の確保も容易でしょう。しかし、それだけ人目に付く恐れはあるかと……」
しばしの沈黙のあと、セフィアンが決断する。
「追手に見つかる、これだけは避けねばならぬ!
これより我らは、山を越える!」
セフィアンたちは険しい山越えを選択した。
急斜面を避けて、なるべく硬い地面の緩やかな丘を登る。
上り坂ではエドワードも馬車を降りて歩いた。
途中で見つけた池では、水をろ過して飲水も補充できた。
ブライトンヒルで十分な食料を確保していたものの、
木の実や山菜、食べられるキノコを慎重に採集して食料を温存した。
下りに差し掛かってからが、より過酷だった。
緩やかな斜面を選んでも地面は滑り、また崩れやすい足場もある。
馬車が転げ落ちないように、馬も大人たちも必死に抑えつつ下る。
エドワードは非力ながらもと、大人たちに助力し加わろうとするが、
さすがにそれは制された。
こうして一行はついに丘陵地帯を越えた。
ほんの少しの距離にも関わらず、四日間もの時間を費やした。
いよいよ港を前にして、森の中に野営を作る。
そして朝を迎えて、先ずはセルジオが単独で港の偵察に出た。
朝冷えがすっかりなくなり、木々の間から強い光が差し込み始める頃、
セルジオは野営へと戻った。
「やはり、危惧していた通りでした……。」
セルジオは暗い顔でセフィアンに報告する。
「船は全て、既に焼かれていました。乗員もおそらく無事では……」
「そうか……。皆さぞ無念であったであろう……」
落胆の中、暫しの沈黙が続いた。
追手の痕跡を見つけた以上、日中の移動は危険と判断して一行は夜を待った。
日が沈んでから森に沿って西へと移動し、夜陰に紛れて素早く街道を横切る。
そして海沿いへ。そこから北上して、トレーネン川の河口を目指す。
夜のうちに河口を越えて北へ。
浅く流れの緩やかな場所を求めて川の上流へと移動する。
ルノリス旧領へと越境するために。
夜が明けた頃、ようやく流れの緩やかな場所を発見した。
深さは腰の少し下で、さらに足元もしっかりしている。
ここで馬車は破却することになった。
最低限の荷物を大人二人が背負い、馬にも可能な限り背負わせる。
そして子供たちはその上から馬の背にしがみついた。
ロープで馬同士をつなぎ、前をセフィアンが先導し、
後ろからセルジオが補助する。
前の馬にはエドワードが、後ろにはリュカが乗った。
「リュカ! 私が先に行く! だから、大丈夫だ!」
不安そうなリュカをエドワードが励ます。
リュカは力のかぎりを振り絞って、馬と荷物にしがみついた。
時折冷たい水がリュカの顔にもかかり、思わず目を瞑りたくなったが、
前を行くエドワードから決して目を離さないでいた。
対岸は想像以上に遠い。一行は徐々に下流へと流されてしまう。
「流れには逆らわずともよい! だが一歩一歩、しかと前へ!」
セフィアンが力強く鼓舞した――
そうして随分と流されながらも、見事無事に川を渡りきる。
馬から降りると、安堵からエドワードはその場にへたり込んだ。
リュカも、そしてエドワードも、へとへとに疲れ切ってしまった。
だがそれ以上に、セフィアンやセルジオも困憊した様子だった。
日が昇りかける中、残る力を振り絞って川辺から移動し、
木陰で火を起こして服や荷物を乾かしながら、
ようやくして一行は休息を取ることが出来たのだった。
第一部完結まで、毎週金曜・日曜20時20分、週2話更新予定




