第一章 第二話「リヒトハルト」
大きく立派な帆船が風を切り進む。
船尾には、三色下地に羽を広げた金の鷲が悠々と。
マストの頂では、黄金の獅子が雄々しく翻っていた。
そして船は、リヒトハルト王国領軍港にゆっくりと入港する。
港では正装に身を固めた儀仗隊が出迎えた。
船を降りた一行は、暫しの休息の後に馬車へと乗り込む。
そして警備の騎兵たちの準備が整うと、
豪奢な馬車を中心とした車列は、よく整備された街道を進んでいった。
いくつかの町や駅を中継し、10日あまりの順調な道程を終えると、
頂きに白化粧をまとったローゼンベルクの山々を背負って、
リヒトハルト王都ローゼンシュタットが目前に現れる。
車列は城下に入ると、城へと続く大通りを真っすぐ進んでいく。
通りに面した建物には、歓迎の旗がいくつも掲げられていた。
城門をくぐり、そして広い庭を過ぎると、大きな城の入り口が見えてくる。
頭上に冠を載せた、落ち着いた雰囲気の男性が一行を出迎えた。
衛士が扉を開けると、馬車から立派な姿の男性が降り立った。
その頭上にも王冠が輝いている。
そして王冠を戴くその髪は、漆黒ながらも陽光を赤く照り返す。
その男性に手を差し伸べられ、淑やかに女性が降りる。
腰まで伸びる黒髪のその女性は、馬車の中から幼い子どもを抱きかかえた。
その黒髪の幼子は、とても女性に似ていて可愛らしい。
「セフィアン王、遠路遥々、よう参られた」
「ヘンリー王、久しゅうござりまする」
熱く握手を交わす二人の王。
そして挨拶はそこそこに、積もる話は後ほどにと、
用意された部屋へと王自らが一行を案内した。
「後ほど皆で大広間へと参られよ。我が家族を紹介しましょうぞ」
そう告げるとヘンリー王は去っていった。
セフィアンたちが旅装束から正装に着替えると、
休息の間もなく案内の者が現れ、彼らは大広間へと促された。
ヘンリー王とともに、宝石がついた冠をのせた王妃、
そして二人の王子が、その広間にてセフィアンたちを出迎えた。
リュカと同じくらいの年頃に見える幼い方の王子は、
王妃にひっつきながらずっと俯いている。
一方の兄の方は少し体も大きく、悪戯っぽいやんちゃそうな笑みを
リュカに向けていた。
「我が王妃、ロクサーヌじゃ」
ヘンリー王は隣の女性から紹介し始めた。
「そして末の子リチャードに、その右は我が嫡男のエドワードじゃ。
エドワードには、恥ずかしながら、手を焼かされておりますわい」
困り顔のヘンリー王の横で、エドワードがリュカに向かって舌を出して見せる。
「ふむ。なれど、男の子はこれくらいが丁度よいというもの。
かくいう私自身も、よく父の手を焼かせておりましたぞ」
「将来そなたのような立派な男になれるのならば、それは楽しみじゃの」
セフィアンの言葉に目を細めて、嬉しそうに答えるヘンリー王。
そして今度はセフィアンが家族を紹介した。
「これなるは我が妻マリア、そしてこちらが
我が息子のリカリウスにござりまする。
どうぞ、リュカと呼んでやってくだされ」
「セフィアン王に相応しき、素晴らしい女性じゃな。
そして御子息もまた、聡明な顔をしておる。そして良き名じゃ。
見るに年の頃は、リチャードと同じくらいかのう」
ヘンリーはリュカに優しい微笑みを向けた。
「息子は今年で四歳にございます」
「ほう、では同い年か。エドワードは六歳ゆえ、少し歳は上じゃな。
仲良うしてやってくだされ、リュカ王子」
少し人見知りのリュカは顔を赤らめながら、ヘンリーに頷く。
「さて、これ以上は子供たちには退屈じゃろうて。
エドワード、リュカ王子に城を案内して差し上げなさい」
「わたしも、あにうえさまと、ゆきとうございます!」
リチャードが急に顔を上げて、元気な声でヘンリーに訴えた。
「ああ、ああ、もちろんじゃ。エドワード、二人を頼んだぞ」
「はい、父上!ばんじこのエドワードに、お任せくだされ!」
エドワードは誇らしげに、二人の幼い王子を伴って広間を後にした。
「よいか、リュカ。おまえを私の"弟分"にしてやろう」
「おとうとぶん、ですか?」
少し困惑しがちなリュカに対して、エドワードは続ける。
「そうだ。リチャード、おまえも私の弟分だな?」
「はい、にいさま!」
さっきの引っ込み思案なリチャードとは打って変わって、
エドワードの問いかけに対して目を輝かせるリチャード。
「よし!ではリュカ、おまえも私を『にいさま』と呼ぶんだ!
なんなら『アニキ』でもいいぞ!」
エドワードの勢いに困惑するリュカは、それに押されて仕方なく
リチャードに習って『にいさま』と呼んだ。
それを聞いて満足そうにエドワードは頷いた。
「殿下、いけませぬ。必ず私めを伴って頂かなくては!」
若い男がエドワードに駆け寄る。
「ふむ、見つかってしまったか。このまま二人を連れて、
城下にでも連れて行ってやろうと思ったのにな」
「危のうございます!殿下一人ならばまだしも、
幼い王子様二人も連れて、そんな事は許されませんぞ!」
「相変わらず、ゆうずうがきかんな、フレッド」
「殿下!!」
結局フレッドに連れられて、城見学をすることになったリュカたち。
エドワードは不満そうに頬を膨らませ続けていた。
しかし食堂横の大厨房を横切ろうとしたあたりで、
エドワードはリュカに毛むくじゃらな塊を渡してきた。
一瞬ぎょっとして手を引くリュカだったが、
それがネズミの姿をした、猫のオモチャだとすぐに気づいた。
「リュカ、これをあいつに渡してくるんだ」
エドワードがニヤリとしながら、リュカに促す。
それに渋々ながらも、リュカは従った。
「うん?どうされましたか?」
リュカはフレッドにネズミのおもちゃを渡す。
「ひやぁ!」
飛び上がるように驚いてのけぞり、尻餅をついてしまうフレッド。
足元に落ちたネズミのおもちゃから、少しでも離れようと後退りした。
それを見てエドワードは笑い転げる。
「殿下!またですか!!いい加減にしてください!」
「何を言ってるんだ。これはフレディのオモチャだぞ?
なのに、どうしてそれが怖いんだ?」
「それは猫のフレディでしょう!私は猫じゃありません!」
「同じフレディでも、あっちはネズミ取りの名人なのにな」
エドワードによる城案内が終わると、
リュカは二人と別れて客室に案内される。
廊下を歩いていると、部屋の向こうに王妃ロクサーヌがいた。
誰かと一緒だった様子で、その銀色の髪と真っ赤な瞳が印象に残った。
リュカはその冷たい瞳を見て、胸の奥がざわついた。
そして無性に母に会いたくなってしまった。
リュカが部屋に戻ると、既に父も母も戻っていた。
「楽しかったですか、リュカ?」
「うん…」
ソファに腰掛け優しく問いかける母に、リュカは駆け寄り抱きついた。
「あらあら、甘えん坊さんですね」
母はリュカを抱きかかえると優しく撫でる。
そしてそんな二人を、愛おしそうに父は見つめた。
セフィアンたちはヘンリー王から晩餐に招待される。
そして宮廷晩餐室にて和やかに両王家は歓談を楽しんだ。
リュカは異国の美味しい料理に舌鼓を打った。
デザートを食べ終えた頃、リチャードがウトウトとし始める。
そしてお世話係が彼を抱きかかえて寝室へと連れて行った。
「ロクサーヌ、そなたも王子とともに下がるかの?」
「いいえ、陛下。今宵は特別なお客様をお迎えしておりますので、
私はこのまま残りますわ」
「ふむ、しかし長旅を終えたばかりじゃ、無理もない。
リュカ王子も眠そうにしておられるゆえ、宴も酣。
今宵の晩餐は是迄といたそうと思うが。いかがか、セフィアン王」
「お気遣い、痛み入りまする」
そしてロクサーヌがマリアに話しかける。
「では女同士、夜風に当たりながら、
バルコニーで少しお話をいたしませぬか?
同じ年頃の子の母として、色々とお話を聞きとうございます」
「そうですね、是非そういたしましょう。陛下、よろしくて?」
セフィアンが優しく頷くと、二人は部屋を後にした。
「では我らは、我が居室にて今一献傾けましょうぞ、セフィアン王。
実に良い酒が手に入りましてな」
「おお、それは楽しみにござりまするな」
そのような会話をするセフィアンたちに、
傍に控えていた少し恰幅の良い男がにこやかに歩み寄る。
「では私めが、リュカ王子をお部屋にお連れいたしましょう」
「おおそうか、では頼む。セルジオ」
セルジオは眠そうに目をこするリュカを優しく抱き上げる。
「エドワード、そなたもついてまいれ」
「私めも父上たちとご一緒してもよろしいのですか!?」
「馬鹿を申すでない。そちの部屋は近いでな、
送り届けるだけじゃ」
がっかりするエドワードの顔に、リュカがくすりと笑った。
そんなリュカに、エドワードは口の動きだけで「おやすみ」と告げる。
「では参りましょうか、殿下」
セルジオはリュカを抱きかかえながら、晩餐室を出ていった。
「今宵は殿下のお好きな『レオンとライオンのくに』を、
お眠りになる前にお読みましょうね」
「うん!」
そんな会話をしつつ進む廊下の窓からは、階下にバルコニーが見える。
そこにはマリアの顔とロクサーヌの背中が目に入った。
「ははうえがいるよ、セルジオ!」
リュカは少し足をばたつかせる。
「そうですね。きっとすぐにお戻りになられますから、
殿下は先にベッドに入って、一人で寝られたところを見せて、
お母上様を驚かせましょうね」
リュカはそれに笑顔で頷くも、すぐに母マリアを恋しそうに見つめた。
――しかしその時、マリアの背後から長身の影が忍び寄る。
暗がりの中でも、その銀色の髪がはっきりと見て取れた。
そしてマリアは気を失ってか、その場に倒れてしまう。
物陰から数人が現れて、マリアを何処かへと連れ去った。
そしてロクサーヌもまた、その人影たちと共に消えていった。
呆気にとられるリュカ。そしてセルジオもその異変に気づく。
セルジオは踵を返すと、急いでヘンリー王の居室へと向かった。
「両陛下、おられますか!」
セルジオが部屋の前で叫ぶ。
「いかがした、セルジオ?」
セフィアンが扉を開ける。
セルジオはリュカを抱えたまま部屋に飛び込んだ。
「大変な、ことが…!王妃…さまが!!」
息切れしながらセルジオは訴える。
「マリアがどうしたのだ!?」
「王妃様が、何者かに拐かされました!!」
「なんと!」
ヘンリー王も身を乗り出した。
「ロクサーヌはいかがしたのじゃ!?」
「分かりませぬが、王妃様を拐った者共の後を、
付いていたように、私には見えました」
「なんと…!?」
その瞬間、ヘンリーの顔が青ざめて吐血。そしてその場に倒れた。
「ヘンリー王!いかがなされた!!?」
セルジオはリュカの目を覆いながら奥の部屋に連れて行く。
「殿下、この部屋から出てはいけませんよ」
無言で頷くリュカを残して、セルジオは居室へと戻った。
「セルジオ、護衛の兵たちを呼んで参れ!」
セフィアンが命じるとすぐにセルジオは部屋を飛び出していった。
ヘンリー王は息も絶え絶えながらに、セフィアンに訴える。
「息子…を、エドワードをここに…呼んでくだされ…」
セフィアンは隣室のエドワードを連れて戻る。
「ち、父上?これは…い、いったい…?」
狼狽えるエドワードに、振り絞るようにヘンリーは話しかける。
「よいか……よく聞け。これは…謀反じゃ…。父はもう、助からん…。
だが、そなたは生き延びよ…。ここにいては、危険じゃ…。
すぐに…、逃げよ!!」
「父上!」
「ヘンリー王!今助けを呼んでおりまする!お気を確かに!」
ヘンリーはセフィアンの手を取る。
「セフィアン殿……そなたを無二の友…として、我が息子を、
エドワードを……託しとうござりまする…。
この部屋の、暖炉……。奥に…隙間が……。その先に…通路が……。
どうか…なにとぞ……息子を…。」
そう告げると、リヒトハルト王ヘンリー四世は息を引き取った。
悲しむ暇もなく、セフィアンは言われたように暖炉を調べた。
確かに奥まった場所には隙間があり、煉瓦が外れるようになっている。
セフィアンはそれを一つ一つ外す。そしてその先には通路が続いていた。
その矢先、セルジオが駆け戻ってきた。息も絶え絶えながらに、
確認できたその深刻な状況を報告する。
「御付きの衛兵たちは皆、殺されておりました。
もはや、我々しかおりませぬ…。
しかし、何ゆえ王妃様を…。殺めるでもなく拐かす必要が…?」
「まさか……あの男が…。マリアを狙ってのことか……?
いや!今はそれを考える時ではない!我らは子らを逃さねばならん!」
「そうですね陛下、今は逃げることだけを考えましょう。
入り用かと思われたものを、いくつか取ってまいりました」
セルジオはセフィアンの剣や外套といった最低限必要そうなものを、
部屋から持ち出してきていた。
「でかしたぞ、セルジオ。これは役に立ちそうだ」
そしてセフィアンはさらに王の寝室から幾枚かの毛布、
部屋に置かれていた水差しを袋に詰め、オイルランプを手に取った。
先頭に、セフィアンがランプを右手、左手にエドワードを連れて。
後ろからリュカを抱きかかえたセルジオが追って、
暖炉の奥に隠されていた、真っ暗な狭い秘密の通路を進んだ。
入口付近は暖炉から入り込んだ煤で、天井も床も壁も黒く汚れている。
少し中程に進むとさらに空気が悪くなり、子供たちは咳き込んだ。
足元に気をつけながら階段をいくつか降りると、徐々に湿気も増してくる。
天井にはクモの巣が張り、床もじんわりと濡れていた。
外気の匂いが感じられ始めて、眼の前に鉄格子が見えてくる。
どうやら引き上げ式の落とし格子のようで、
こちら側にのみ巻き上げ式のレバーがあった。
セフィアンがそれを力強く回し、格子を上へと引き上げ、
そして備え付けの楔でレバーを固定した。
「さあ、早く!」
通路の中にセフィアンの声が響く。
セフィアンに続き、セルジオは急いで格子門をくぐった。
そこから少し進んだ先に、今度は上へと伸びる階段が見えてくる。
そしてその先は石の蓋がされている。
これをセフィアンが力任せに押し上げて蓋をどかした。
外に出てみると、完全に城の外だった。
城下町とは逆の北側、堀の外に通じていた。
城から見られることを嫌い、セフィアンはランプに布を掛けて
その光を遮断する。
そして4人は静かに奥の森へと逃げ込んだ。
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