第一章 第一話「運命の花嫁」
<序文>
これは古より 語り継がれし物語――
天の救世者と 魔界の王が和睦し 世に平和が訪れてから幾百年
魔界には 一人の邪なる人間がおりました
その名は ミルヴィニウス
男は王を裏切り 国を裏切り 魔王となってしまいます
国々は 魔王と戦いますが 次へ次へと滅ぼされ 皆望みを失いました
しかし神様は 人々のため 新たなる救世者様をお遣わし下さいます
救世者様は奮闘し 仲間とともに 神聖なる塔を登ります
しかし哀れ 救世者様は 志半ばにて落命なさられました
事此処に至りて神様は 魔王を封印せんと 御自ら挑まれます
天は荒れ 地は揺れ 壮絶なる戦いと相成りました
ついに魔王は 魔界奥底にて封じられ 神様も深い眠りにつきました
一つの予言を残して
天の救世者の血 これ絶えず また選ばれし縁交わりし時
新たなる希望は生まれん
祈りに導かれ 光この地に 再びもたらされん
魔王復活に際し 神様は目覚め そして新たなる救世者が誕生する
その予言には 斯く語られております――
「エレンミーレは、この物語が本当に好きなのですね。
母の一族に伝わる、この叙事詩の一遍が」
金髪を後ろで編み纏めた、長く尖った耳をした女性が語りかける。
「はい!母上!」
同じく尖った耳の少年が答えた。
「しかし母上。救世者とは、いったい何者にございましょうか?」
「それは、勇者様のことですよ」
「なるほど!」
そして少年は目を輝かせる。
「母上!私は父上と共に、魔王討伐に加わりとうございます。
勇者様をお助けし、必ずや魔王を討ち果たしてみせます!」
外は夕刻。窓から見える石の尖塔が赤く染まる。
窓台の上に置かれた小さな鉢植えには、黄金色の花が咲いていた
――――――――
<プロローグ>
「まあ、ひどい怪我!」
女は、男に駆け寄った。
男はうつ伏せに倒れ、腹部から出血している。
女に気づくと、男は立ち上がろうと這い上がるように膝をついた。
「大事ない……少し休めば、これしき……」
「いけません!この少し先に、私の住む集落があります。
あなたの手当をさせてください」
女は男を助け上げ、そして肩を貸した。
「かたじけない…」
「歩けますか?」
男は女の肩に支えられながら、体を引きずるように歩いていった。
――――――
「お怪我の具合はどうですか?まだ痛みますか?」
「一晩眠って随分と楽になりました。ありがとう」
そう言うと男は体を起こそうとするも、傷の痛みで表情が歪む。
「いけません!まだ寝ていなくては!」
女に叱られると、申し訳なさそうに男は再び横になった。
「私の名はセフィアンと申します。貴女の名を伺ってもよいかな?」
「マリアと申します。よろしくお願いしますね、セフィアンさん」
マリアの笑顔に、セフィアンの顔が少し赤らんだ。
「どうされました!傷が痛みますか!?」
「いいえ、何でもありませぬ。こちらこそ宜しく、マリアさん」
――――――
「マリア、私はそろそろ母国へ帰らねばならない。
だが、君と離れ離れになるのだけは、耐え難いのだ。
私と一緒に、来てはもらえぬだろうか?
我が伴侶に――私の妻になってほしい!」
セフィアンは片膝をついてマリアに求婚した。
彼女の黒曜石の瞳が潤み、そして光が涙でほどける。
しかしマリアは瞳を閉じる。その瞼からは大きな雫が溢れた。
そして彼の手をためらいがちに離す。
「セフィアン、ごめんなさい。でも無理なの。私は”巫女”だから。
一族への責務があるの。だから、あなたと一緒には行かれない…」
黒く長い髪をたなびかせ走り去るマリアを、セフィアンは追う。
そこへ、一人の男が立ちふさがった。
「いい加減にしろ、他所者!マリアをこれ以上困らせるな!」
「邪魔立てするな、ルシオ!」
しかしルシオはセフィアンに掴みかかる。
「マリアはここ以外では生きられない。
もしも里を去れば、彼女は必ず後悔することになる!
私と共に、”巫女の責務”を果たす定めなんだ!」
セフィアンはそれに抗って突き放す。
「私が、決してマリアを後悔などさせない!私が守り切る!」
そしてセフィアンはマリアの後を追った。
「後悔するぞ――必ず!後悔させてやる!!」
ルシオの叫び声を振り払うように、セフィアンは精一杯に走った。
――――――
「あの日、ともに里を出たこと、決して後悔はさせぬ。
君を必ず幸せにしてみせる。愛している、マリア」
「はい、私も愛しています、セフィアン…」
暫しの間、抱き合う二人。
「さあさあ、今日はあなたの晴れの舞台です。
しっかりとやり遂げてくださいね、私の旦那様!」
マリアに促され、壇上へと登るセフィアン。そして司祭の前に跪く。
「アクィリアヌス・アウレリウス・レクス・グランテリエが嫡子、
イオセフィアヌス・アウレリウス・フィリウス・レジス・グランテリエ、
神の名において、汝を正統なる国王として、ここに推戴する。
これに異議ある者は、今ここに申し出よ。
この者を我らの王として認めるか!?」
「承認する!」
司祭がセフィアンに王冠を乗せる。
セフィアンは、ゆっくりと立ち上がり民衆へと向き合った。
そして――
「見よ、ここに第十二代国王、
イオセフィアヌス・アウレリウス・レクス・グランテリエが誕生した!
御代に栄光あれ。」
「王に永遠の栄えあれ!」
人々の祝福と歓声が、こうしていつまでも続いた。
――――――
「陛下、とにかくお座りくださりませ!」
「分かっておる!分かっておるが…」
落ち着かない様子のセフィアンを、臣下たちがたしなめる。
「やはり私がそばに居らねば…!」
「なりませぬ!どうかご辛抱を!!」
押し問答をする男たちのもとに、女官が扉を開けて駆け寄る。
「お生まれになられました!男の子です!王子様です!」
「おお、そうか!して、マリアは、王妃は!?」
「母子ともに、健やかであられます」
安堵から膝を付くセフィアンだったが、急ぎ立ち上がり、
そして母子のもとへ向かった。
「セフィアン、何だが出産を終えた私よりも、
あなたの方がずっと窶れて見えるわ」
赤子を抱きながらマリアはくすりと笑う。
「うむ、情けない話だが、私はただ、うろたえるほかなかった」
その声はこころなしか涙声に聞こえる。
「しかし、ようしてくれた、マリア。ほんとうに……」
「抱いてあげてください。男の子ですよ」
恐る恐る赤子を受け取り、セフィアンは優しく抱きかかえる。
「これが私の子か…。この子のためならば、この命とて惜しくはない」
「さあセフィアン、私たちの子に名前を与えてください。
ずっと考えていたのでしょう?」
「マリアは何でもお見通しだな。うむ、しかと考えてある。
王国の未来を託す、この子の名前を。」
セフィアンが赤子を少し掲げて、誇らしくその名を宣言する。
「我が子よ――
そなたの名は……」
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― The Brides of Destiny ―
《運命の花嫁たち》
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第一部 Nostalgia - 望郷
<第一章>
「リュカ、眠れないか?」
少し肌寒い夜空の下、大きな外套と毛布に包まった幼子に、
セフィアンが優しく声を掛ける。
「ゆめをみました…。ちちうえと、ははうえのゆめです。
ちちうえが、ばたばたって、はいってきて、
それで、ははうえがわらって、それから…それから……」
「そうか……リュカよ、母が恋しいか?」
暫しの沈黙が焚き火の音、風が草木を撫でる音を際立たせた。
焚き火がセフィアンの髪を真っ赤に染めている。
そして震えきった涙声でリュカは答えた。
「いいえ……へいき、です…」
「そうか…、そなたは強いな。この父よりも……」
セフィアンは思いつめたように、暫し夜空を見上げる――
そしてリュカに顔を向け、その灰色の瞳で優しく見つめた。
炎の明かりが瞳の中に滲んでいる。
「寒くはないか?であれば、もう少し火を大きくしよう」
「だいじょうぶ。さむくありません、ちちうえ」
「そうか」
優しい微笑みをうかべ、父は我が子の髪を撫でた。
「夜明け前には発たねばならぬが、今はもう少し寝ておきなさい」
「はい、おやすみなさい…」
自らは外套もまとわず、我が子に毛布をかけ直す父。
そうしてリュカは、再び眠りへと落ちていった。
――――――
次回第二話は、明日6月20日土曜日、20時に投稿します




