平坦ならざる旅路
<第二章 The Catcher in the Cabbage - 再会>
ツァウベルハイムを発って、先ずは街道を東へ。
そして道は南北に分岐する。そこから北へと入った。
街道はとても賑わっていて、幾度となく旅人や馬車とも行き交う。
足元には轍が残り、そこには数日前に降った雨が溜まっていた。
そして丘陵を避けるように、街道はうねりながら東へと伸びていった。
北には少し高い山々も遠くに見える。
やがて日が傾くと、街道を北に外れて、林へと移動する。
この辺りには盗賊の出没報告があると聞いたので、
街道沿いを離れる方が安全と判断してのものだった。
適度に開けた場所を探して、そして野営を作り、
そこで一日目の旅を終えた。
街道は更に東へ。平原を過ぎると少し険しい丘陵へと入った。
南にはとても高い山脈が東から西へと連なっている。
この丘陵を越えるのに、三日間を要した。
エドワードの水袋がほぼ空になり、いよいよ水不足の心配が出る。
そこで街道から東へと外れ、渓谷の沢にて水汲みを試みることにした。
小さな森を抜け、そして前方にそびえる双峰の山へと向かう。
するとその両峰の間に、ゴツゴツとした岩肌の谷が見えてきた。
地図によれば、これを越えた先に沢があると記載されている。
「前にも街道から離れて山に近づいて、魔物に襲われたから、特に注意して行こう」
そうしてリュカたちは、この岩壁の谷を登っていった。
しかし少し進んだ先で、妙な光景を目にする。
岩肌の一部がやけに小刻みに揺れていて、
ガタガタと岩同士がぶつかる音が聞こえる。
それは次第に大きくなり、岩肌から大きな塊が外れるように崩れた。
そしてその塊は斜面をゆっくりと転がり、そして落ちてきた。
「落石か?」
エドワードが目を凝らしながらその岩塊を眺める。
するとそれは更にゴロゴロと回転しながら、ゆっくりと近づいて来た。
そして谷間の丁度中程で回転を止める。
それから再び岩同士がぶつかるような音が、岩壁の間で反響した。
そして突如、その岩塊が立ち上がる。
「た、立った!? 岩が!!」
それはまるで熊のような姿に変わる。
そして叫ぶエドワードを威嚇するように、両腕を上げてこちらに対峙した。
「岩の獣、クラッガーに御座る! 早く、此方へ!」
バリアンが叫び、エドワードを後退させた。
「クラッガーは硬く、某の剣はおおよそ通じませぬ。されど動きは遅い。横を走り抜けましょう」
そう言ってバリアンは剣を抜き、そして盾を構えた。
しかしその後ろに、同じようにゴロゴロと転がる岩塊が現れる。
少なくとも二つは転がっていた。
「どうする? 走るのか!?」
しかしすぐにバリアンは剣を収めて盾を背負う。
そして強い口調でエドワードたちに進言した。
「いいえ、ここは退きまする! いくら動きが遅くとも、囲まれれば危うく御座る」
バリアンの判断に従い、そして四人は急ぎ引き返した。
出来うる限りに速く、谷間を駆け下りる。
暫くクラッガーが追いかけてきたが、確かに動きは鈍かった。
そして程なく、その追跡から逃れることが出来た。
「もう……追っては、来てないみたいだね……」
リュカが息を切らしながら、膝に手をついた。
「お水は……汲めませんでしたわね……」
「仕方がないから、街道に戻ろう。この先に、湖がある。そこまでなんとか、やりくりしよう」
「エドワードさんには、私のお水をお分けしますわ」
「ありがとう、ローラ……」
こうしてリュカたちは急いで街道へと戻り、
そしてその先を急いだ。
翌日、ついにリュカたちは街道沿いの東に湖を見つける。
地図によれば、それはブレチェット湖と呼ばれている、かなり大きな淡水湖だった。
そして早速、湖の畔へと向かう。
エドワードの水袋はもとより、皆既に残り少なくなっていた。
「恵みの水だな! 地図で見るに、街道はこの後も湖沿いに行くから、当分は水も飲み放題だぜ!」
そう言うと、エドワードは勢いよく水袋をシャブリと湖に浸ける。
リュカたちも同様に、空になっていた袋を水で満たした。
そしてエドワードは、両手で水をすくって飲み、その渇きを癒した。
水を補給して、エドワードたちは意気揚々と湖畔の街道を進む。
しかし暫く歩いていると、エドワードの顔色がみるみると青くなる。
そして次第によろけ始め、最後にはしゃがみ込んでしまった。
「どうした、エドワード!?」
「いかがされましたか!?」
皆がエドワードに駆け寄る。
「き、気持ち……悪い……。ウッ……!」
エドワードは力を振り絞って草むらに飛び込み、そして嘔吐した。
「さあ、先ずは横になりましょう」
ローラがゆっくりとエドワードを横向きに横たえ、
背中を優しくさすって介抱している。
「一体どうしたんだ、エドワードは?」
リュカも心配そうに顔を覗き込んだ。
「これは、何かの中毒ですわ」
ローラがそう言うのを聞いて、リュカが何かに気づく。
そして一冊の本を取り出して調べ始めた。
それは街で購入した、旅の知識が記された本だった。
「これだ! エドワードは湖の水をそのまま飲んでたけど、それは中毒起こすから危険だって、ここに書いてある!」
「私も聞いたことがあるような気がしますわ。流れのある川と違って、湖の水は濁っているとか」
「それさ……頼むから早く言ってくれよ……」
エドワードが苦しそうに唸った。
すぐにローラの解毒魔法がエドワードに施された。
「これが食中毒にも効くとよいのですが……」
そうローラは心配したが、思いのほか効いた様子で、エドワードの容態は安定した。
しかし体力をかなり消耗していたため、リュカたちはこれ以上の移動を諦めた。
そしてまだ日は高いが、湖畔の近くに野営を作った。
「僕たちの水も、このままじゃ飲めないね……」
そう言ってリュカは、再び本を読み始める。
「ここに書かれてる"水の濾過"を試してみよう」
そう言って鍋を取り出し、そこに水を移して暫く放置した。
そして沈殿物ができると、それを除去する。
布を取り出して何枚かに重ね、そしてその上に小石を並べた。
そこに鍋の水を掛けて濾し、これを何度も試みた。
濁りは結局、完全に取れなかったものの、今度はそれを煮沸する。
十分に沸騰させたら、それを冷ました。
冷ましている間に別の鍋を使って、同じように濾過して、そして煮沸する。
それを三人分繰り返す。
遂に全て終える頃には、すっかり夜も更けていた。
冷ました水を全て水袋に移して、それでようやく就寝したのだった。
翌朝、エドワードもすっかりと回復し、旅が再開された。
湖を右手に望みながら、道は真っ直ぐと東へ伸びる。
そして再び湖畔で一晩を過ごした。
翌日、日が傾き始める少し前に、湖の東端が見えてくる。
街道はそのまま湖を離れて、北東へと続いていた。
しかし再び水を確保するために、その日は湖畔に留まり野営した。
水袋を再び満たして、街道を北東へと進んだ。
翌日、右前方に山岳が見えてくる。
街道はそれを避けて左へと曲がっていった。
そしてやがて潮の香りを感じられるようになる。
左に海を望み、道は真っ直ぐと東へ。
それからは特に何もなく、順調に三日間歩き続けた。
街道を歩いていると、前方から馬車の車列がこちらへと進んで来るのが見えた。
とりあえずリュカたちは、その車列に道を譲る。
それは荷馬車5台に数人の騎馬の護衛を伴った、中規模のキャラバン隊だった。
そしてエドワードは、通り過ぎようとする馬上の人に話しかける。
「なあ、あんたたち。サンセルモから来たのか?」
「ああ、我々はサンセルモから、シエラ・ブエナへと向かっている」
「そのサンセルモまでは、もう近いのか?」
「我らが街を発ってここ迄で二日だが、歩きなら三日ほどだろう」
「ありがとう」
そしてキャラバン隊は、リュカたちが来た道を西へと進んでいった。
「よし! もうすぐだ!」
「あと一息だね!」
「がんばります」
「街が近いとは申せ、盗賊や魔物への警戒怠らず、参りましょうぞ」
新しい街への期待を膨らませ、そしてリュカたちは再び歩き出した。
前方左手に丘陵が広がり、道はそれを避けて南東へ。
南は高い山々が連なり、街道は丘陵と山々の間を抜けて伸びていった。
そしてキャラバンとすれ違ってから三日後の夕刻前、
門を過ぎて港街へと足を踏み入れた。
そこは潮風が心地よく、遠くではカモメの鳴き声も聞こえる。
リュカたちは長い旅を経て遂に、サンセルモへと辿り着いたのだった。
毎週金曜日、20時20分更新




