薄暮の森
翌朝一番に、すぐ近くにある傭兵ギルドを訪れるリュカたち。
まだ早かったためか、あまり人は多くなかった。
一行は中へ入ると、エドワードを先頭に受付へと進む。
シエラ・ブエナでのことが頭をよぎり、緊張するエドワード。
そして意を決して、受付に話しかけた。
「お、俺たち、仕事を探してるんだ……。何か、ないかな?」
少し気難しそうな男がエドワードたちを一瞥し、
そして彼らから視線を外すと、無言で背を向けた。
それから箱の中にある書類を手に取り、目を通し始める。
ゴクリと生唾を飲み込むエドワード。そして男が振り返った。
「ギフトピルツの胞子嚢、拳大より大きいものなら六つ。それよりも小さいものなら八つ。
ブルートドーネの吸血官、前腕よりも長いものなら四本。それよりも短ければ六本。
今日明日での、急ぎの依頼だ。できるかな?」
てっきり断られると思っていたエドワードたちは、一瞬固まる。
そして緊張した表情から一転し、いつものエドワードの調子で答えた。
「できる! できる、できる! 必ずやるよ!」
そしてリュカが今度は、少し冷静に実務的な質問をする。
「『ギフトピルツ』とは、魔物でしょうか?」
男は鼻に掛けていた眼鏡を少し下げて、上目でリュカを見る。
「ひょっとして新顔か? まあいいだろう。ギフトピルツはキノコの魔物だ。お前さんの膝上くらいの大きさはある。大して強い魔物じゃない。だが毒々しいその見た目通りに、毒の胞子を吐くから気をつけるんだな。それに手足も生えてるから、歩き回る。侮るなよ。
胞子嚢は傘と柄の付け根にある、膨らんだ部位だ。切り取る時は、決して潰すなよ? それだけ価値が下がるし、それに毒の胞子が漏れるぞ」
「ふむふむ……」
リュカも、そしてローラも真剣に聞いている。
「ブルートドーネは蔦の魔物だ。『ブラッドヴァイン』と、
他の地域では呼ばれている。それと同じやつだ」
「ぶらっど、ばいんですか……?」
「そっちも知らないって顔だな。まあいい。仕事は、やりながら覚えろ。
蔦の姿をしているが、うねうねと動き回る。絡みついてきて、茨の棘みたいに刺してくる。それで血を吸ってくるから、注意するといい。この血を吸い上げる管に、価値がある。上手く切り取れないなら、蔦丸ごと持ってくるといい。こっちで切ってやる。ただし、節以外を切るなよ? 管が潰れたら価値がなくなる」
受付の男の話を、ローラは熱心に書き留めた。
さらに男は続ける。
「こいつらがどの辺に生息しているのか、どうせ何も見当がついてないんだろう?」
「はい、すいません……」
「まあ、近場にいるから心配するな。日帰りが十分可能な距離だ。他所から来たなら、この街周辺程度の地図くらいは持っているな?」
「はい!」
リュカは地図を取り出して、そして見せた。
「ふむ。そいつでまだまだ十分だ。今回の依頼品は、ここ。このデンマーヴァルトの森で見つかる」
そう言ってツァウベルハイムの北東にある小さな森を、地図上で指さした。
「報酬は後払い。今回は前金なしだ。いいな? 納品の後に支払う。基本報酬は、50ティエラ。指定の物品を不足なく収めたら、追加で30ティエラ支払う。不足しててもいいから、必ず納品に戻ってこいよ。明日までだぞ」
「はい! がんばります!」
「任せとけ! 全部持ってくるぜ!」
そう言って二人は勢いよくギルドを後にする。
受付の男にローラは深々と頭を下げて、そして二人の後を追った。
ギルドを出ると、その足で街の外に向かう。
旅の物資がまだ残っているので、リュカたちはそのまま出発した。
そして地図に従い、北東を目指す。
『日帰りの距離』の話通りに、太陽が登り切るよりも前に、
そのデンマーヴァルトの森へと辿り着いた。
森は昼でも薄暗く、リュカたちに侵入を躊躇させた。
「地図で見る限り、そんなに大きい森じゃないけど、やっぱり入るのは、怖いね……」
「ま、まあ、何とかなるんじゃないか?」
そう言ってどんどん進んでいくエドワードを、バリアンが止める。
「待たれよ! 森を歩く時は常に、目印を作りまする。ここならば、あの大岩。これが見える場所より入った。然様に覚えまする。そして暫し歩いては、斯様にして……」
そう言ってバリアンは剣を抜く。
そして大きめの木に一太刀、斜めに切り込みの痕を付けた。
「樹木に印を残すので御座る。これは”壱の目印”。目印は常に、こちらが向かう面に残しまする。さすればこの目印より背後が、外への方角となりまする。然様にして次は二本にて、弐の目印を残しまする。
さらにはこの壱の目印と共に、あの近くの連なる二股の二本木。これも共に覚えまする。さすれば目印の木も、探し易くなり申そう」
「では、私がそれを書き記しておきますわ」
ローラは紙を取り出す。そして木炭を使って器用に、
目印の番号と、さらにその目印となる樹木を素早く書き記した。
そしてリュカたちはその方法に従い、奥へと入っていった。
いくつもの目印を付けて、そして獲物を探し続ける。
すると、やがて大きな朽ちた倒木を見つけた。
その樹皮は湿っていて、大部分が腐っている。
「こいつは目立つから、この近くの木にまた目印付けようぜ」
そう言って倒木に近づくエドワード。そして何かに気づく。
「キノコ? 青いな。でも動いてないし、違うか……?」
青いキノコが数本、朽ち木のそばに生えていた。
しかしよくよく見ると、その傘はとても大きい。
「でかいな、こいつ……」
そう言ってゆっくりと近づく。すると――
一本のキノコがスポッと跳ね上がり、そしてもぞもぞと動き始める。
そして他のキノコもそれに続いた。
「き、キノコ動いたぞ! こいつらだ! ギフトピルツっての!」
そう叫び、エドワードは剣を抜く。
「待って! エドワード! 気をつけないと!」
そういうリュカの制止も聞かず、エドワードは飛びかかる。
そしてキノコを頭からバッサリと、一刀両断にしてしまった。
さらに隣のギフトピルツも、同じようにして斬った。
そうして三匹目を真っ二つにした、その時――
「うわっ! なんか吹き出した! ケホッ、ケホッ……」
エドワードに斬られたキノコから、青白い粉塵が舞う。
エドワードは口を腕で覆いながら、堪らず後退した。
ぐったりするエドワードを、ローラが介抱する。
しかしそうしてる間にもギフトピルツたちは、
カサカサ音を立てながらその場から移動し始めた。
三匹のギフトピルツは、素早く木々の間を抜けて逃げる。
リュカとバリアンは逃げるキノコたちを全力で追った。
しかしその時――
「リュカ殿! お待ちを!」
バリアンがリュカを止めた。
その直後、地面の草むらがウネウネと動き始める。
そして数本の長い蔦が姿を表し、触手のようにキノコたちに巻き付いた。
身動きできずに手足をばたつかせる、三匹のギフトピルツたち。
バリアンはそれらの胴を、横一文字にスパッと斬った。
さらに、動く蔦の根元を切断する。
そして全ての植物たちは動かなくなった。
「やったのか!」
エドワードとローラが駆けつける。
「この蔦が、もしかしてもう一つのあれか?」
そう言ってエドワードが二本の蔦を両手で持ち上げる。
「そうみたいだね。きっとこれが、ブルートドーネだ」
「依頼は確か、吸血官を四本でしたわ。そして節ごとに切りなさいと、受付の方は仰られていました」
ブルートドーネの二本の死骸は、先端部分と根元部分で、
二節に分かれていた。
「もしかしたらこれ蔦一本で、その吸血官ってのは、二本ずつ取れるんじゃないか?」
そしてエドワードは、節の部分に刃を当てて
ゆっくりと体重をかけるようにして、慎重に切断した。
「これで、四本か? どれも俺の前腕よりも長いな」
「とにかく、これを持って帰ろう。あとはキノコだね」
そう言ってエドワードとリュカは、倒したギフトピルツを並べた。
「全部で六匹か。傘と柄の付け根に、何だっけ……? そうだ、胞子嚢があるんだよな?」
そういって真っ二つになったキノコを調べる。
すると、それと思われる膨らんだ部分は、
エドワードの剣によって、見事にも切り裂かれてしまっていた。
「……エドワード……?」
「しくじったな……」
「足りなくなったね……。もっと探さないと……」
落ち込むリュカとエドワード。
しかしバリアンが倒した方のギフトピルツを、ローラが覗き込む。
「お待ちください! こちらをご覧下さい!」
それらキノコは、傘は無傷だが、柄が横に斬られている。
ローラがその傘をひっくり返すと、その付け根部分を見せた。
するとそこには大きなコブが、左右に二つ見える。
「もしかしたらここから二つ、取れるのではないでしょうか?」
ローラはナイフを取り出した。
そしてゆっくりと傷つけないように注意しながら、
付け根のコブの部位を切り取った。
こうしてバリアンが倒したキノコから、
全部で六つの胞子嚢が採取できた。
そしてエドワードが倒した分からは、なんとか二つが取れた。
「四つくらい小ぶりだったけど、全部で八つもあるから、きっと十分だよね?」
そう言って胸をなでおろすリュカ。
そして採集した素材を持って、森を出ようとする一行。
途中につけてきた目印が、とても役に立った。
そしてまだ日が高いうち、無事に森から出ることが出来た。
ツァウベルハイムに帰ると、既に日が傾きかけていた。
日が暮れれば報告出来ないので、リュカたちは傭兵ギルドへと急ぐ。
「早かったな」
そう言って受付の男が出迎えた。
そしてエドワードが意気揚々と、持ってきた物品を帳場に置いた。
「ほう、全部集めたのか。新人なのに、やるじゃないか。正直に言えば、全部までは無理だと思っていたが」
そう褒められて誇らしげに喜ぶエドワード。
「ひい、ふう、みい……。ギフトピルツの胞子嚢が八つ。その内、大きめが四つと、少し小さいのが四つだな。そして、確かにこれはブルートドーネの蔦だ。それが四本と。ふむ、これなら十分な長さの吸血官も取り出せるだろう。
よし! 依頼達成だな。待っていなさい」
そう言って受付の男は奥へと下がる。
そして袋を持って戻ってきた。
「契約の通り、基本報酬の50ティエラに、追加の30ティエラ。それと胞子嚢は少し多めだったからな。初仕事成功の祝いも兼ねて、10ティエラ追加しよう。ひょっとして80ティエラは、ルナ銀貨4枚のほうがいいか?」
「いいえ、ティエラ銅貨のままでお願いします」
「はいよ」
そしてリュカは90ティエラを受け取った。
「おつかれさん。明日も、また来な」
そう言われて、リュカたちはギルドの扉を開いて外に出る。
辺りはすっかり日も落ちて暗くなっていた。
長い一日を終えて、そして昨日の宿へと帰る。
「なあ、リュカ! 個室、借りようぜ!」
「なんだよ、エドワード。出し抜けに個室だなんて」
「いや、俺たちもな。稼げるようになってきたんだしさ」
しかしローラがそれに反対する。
「稼げたと言っても、明日もまた仕事があるとは限りませんよ? それにもっともっとお金を貯めて、エドワードさんには良い防具を着ていただかないと!」
「ローラ、ありがとう……」
ローラの言葉に感激するエドワード。しかしリュカは個室賛成に転じる。
「考えてみれば、僕たちにも持ち物が増えてきたから、そろそろ個室が必要かもしれないね。でもたしかに贅沢はできない。だから小さい個室を借りようか」
そしてその晩は、個室を借りた。
二人用の部屋で、一泊20ティエラだった。
部屋に荷物を置いて、リュカたちは食堂で軽く食事を取った。
そして部屋へと戻ると、疲れていたため早々に眠ったのだった。




