旅情
第二篇 The Long Detour - 急がば廻れ
<第一章 The Seeker of the Truth - 魔法の家>
食堂で行商に訊いた所、ツァウベルハイムまでおよそ四十リーグ。
旅が順調であれば、一週間くらいの道のりだという。
また旅人や商人の往来が頻繁で、整備された街道もあって治安も良く、
彼らにとってはさほど難しいものではない。
しかし初心者であるリュカたちは、地図を注意深く見ながら、
脇道に入らないよう注意した方がよいとも助言された。
リュカたちはその助言を忠実に守り、慎重に街道を進む。
まず最初の左への分岐。北西へと向かう道は、
世界有数の採掘量を誇る、シエラ・ブエナ鉱山へと向かう。
当然、こちらではなくもう一方。北東へと伸びる道を進む。
ここからは丘陵地帯へと入っていった。
大きな山ではないものの、しかし起伏が激しい丘が連なる。
そんな中、道は極力平坦な場所を選びつつ、蛇行しながら伸びていった。
この丘陵地帯の中で、旅の初日を終えた。
翌日、丘陵を抜ける。そして道は草原へと伸びていった。
それはとても歩きやすく、その道程全体を通しても、
最も距離を稼げる区間だった。
シエラ・ブエナ鉱山地帯の東面を左手に望みながら、
そんな草原の道を北へ北へと歩く。
そしてやがて太陽が山の向こうへと落ちて、その日を終えた。
翌日も平原を進む。
鉱山地帯は西へと離れ、遠い山々の稜線は青白く霞み行く。
そして太陽がまだ少し高い頃、宿場へと辿り着いた。
まだまだ明るかったが、しかし今後の道のりを考えた上で判断し、
リュカたちは今夜の野営地をここに定めた。
宿場には先客が既に何人かいた。
柵で仕切られた宿の庭には、斧で薪を割る男や、
夕餉の支度をする女が忙しそうに働いている。
「あの宿で泊まれればいいのにな」
そう呟くエドワード。しかし所持金がもう少ないので、
今夜もまた野宿する他なかった。
しかし宿場近くには、野営に適した空き地があった。
リュカたちはそこで、今夜の野宿の準備をした。
適度な林もあって、風もしのげる良い場所だった。
近くには小川も流れている。
また周囲には、ぽつりぽつりと他の野営客もいた。
人が多いというだけで、安心感はとても高かった。
以前に誰かが使った焚き火跡のある場所で火を起こし、
川で水を汲む。そして鍋で豆を煮て食べた。
そしていつもの野宿よりも少し安心して、眠りについた。
翌日は少し早く出発した。道に従い、北東へと進む。
やがてそれは、深い森の端へと差し掛かり、
その縁に沿って北西へと伸びていった。
そしてやがて道は、森の中へと入っていく。
しかし既に日も傾き始めていたので、
リュカたちは夜間の森を嫌って、その手前で野営した。
翌日早く森に入れば、日中には森を抜けられる。
そう判断した結果だった。
夜明けとともに、リュカたちは森へと入った。
しかし意外にも、森の道は開けていた。
馬車などが行き交うことが出来る幅に留まらず、
街道脇の木々もよく伐採されていて、見通しも良い。
しかしながらその奥の森は鬱蒼としているので、
リュカたちも全く油断せずに道を進んだ。
そして前日の読みの通りに、昼過ぎには森を抜ける。
その先は地峡となっていて、両海岸から砂が運ばれ砂丘が広がる。
しかし全てが砂に覆われているわけではなく、硬い地面もあった。
塩害の影響などで草木は疎らで、耐塩性の灌木くらいしか生えていない。
「前に砂丘で焚き火作れなくて苦労しただろ? だから今回は、ここで木を拾ってから、この先に進もうぜ!」
エドワードのこの提案で、木材を拾ってから砂丘地帯へと入った。
砂を極力避けて、街道は北へと伸びていった。
しかし風で運ばれてくる砂に、道も所々覆われ隠されてしまう。
リュカたちはより慎重に、道から外れないよう気をつけて進んだ。
そしてあまり距離を稼ぐこともかなわず、日が傾き始めてしまう。
リュカたちは街道を少し西へと逸れて、野営を作ることにした。
南東からの風を遮るために窪みを作り、掻き出した砂で更に壁を作る。
そしてその中で、予め集めておいた燃料で焚き火を起こした。
窪みの中で毛布にくるまる三人。
今回は火の温もりもあって、とても暖かかった。
しかし夜半をすぎると、南風が強くなる。
壁をすり抜けた風が、焚き火の炎を強く吹き流した。
準備できた燃料が足りず、夜明け前に焚き火は消えてしまう。
しかし今回の砂丘での野宿は、十分に快適なものとなった。
翌日、街道は砂丘を越えて、そして丘陵へと入った。
東には山々が連なりそびえ立つ。
街道はそれを避けるように、北西へと伸びていった。
リュカたちもそれに従い、先を急ぐ。
しかし宿場で汲んだ水が残り少なくなり、
早急にまたどこかで汲む必要があった。
地図には、東の山の渓谷に沢があるらしいことが、
恐らくは前の持ち主によって描き込まれていた。
これを頼りに、リュカたちは街道を離れて、
川を求めて丘陵の先の渓谷へと向かう。
緩やかな斜面を登り丘の上に立つ。すると地図に記された通り、
丘と山の間の渓谷、山脚の根本に流れる川を見つけた。
それは小さいながらも、北の高地から南へと、力強く流れていた。
「やった! 川だ! 水だ!」
エドワードが空の水袋片手に、丘を駆け下りる。
それをリュカとローラも追った。
バリアンは周囲を警戒しながら、慎重に丘を下る。
「我らは街道から離れておりまする。注意怠り召されるな」
「分かってるって。さっさと水汲んで、早く戻ろう」
そう言ってエドワードは川に袋を浸して、水を汲み始めた。
ローラもその隣で、服が濡れないよう慎重に、袋を川に浸す。
リュカは少し下流で手を洗っていた。そんな時――
目の前の傾斜の向こう、茂る木々の奥から、
何やら微かだが羽音が聞こえる。
そして突如、巨大な蜂のような生物が、樹陰より飛び出した。
それは瞬き一つの間に、ローラへと迫る。
「い、痛い!!」
ローラの悲痛な叫びが上がり、そして彼女は地面に倒れた。
その巨大なスズメバチの尾からは、大きく鋭い針がでている。
「ローラ!」
水袋を放り投げ、エドワードはローラに駆け寄った。
しかし今度は、そのエドワードを蜂が襲う。
しかしエドワードは、盾でその針を受け止める。
そしてそのまま盾を使って蜂を殴り叩いた。
堪らず蜂は飛ばされる。しかしすぐに体勢を戻し、
そして再び針を突き出してエドワードに飛びかかる。
しかし針が届くよりも早く、エドワードの剣が蜂を斬り裂く。
スズメバチは羽を切り落とされ、地面をのたうち回った。
しかしすぐに他の蜂たちが現れ、そして襲いかかる。
だがそれらを、今度はバリアンが次々と斬り落としていった。
五匹斬り殺した所で、残りのスズメバチは山へと逃げ去っていった。
リュカたちは倒れたローラに駆け寄る。
「だ、大丈夫か! ローラ! か、回復を! いつもの回復を!」
エドワードが狼狽えつつ叫ぶも、ローラは苦しそうに首を振る。
「ど、どうやら、毒を受けた……ようです……。魔法は……集中を必要と……しますわ……。だから、こ、こんな状態では……む、難しい……のです……」
「そんな!」
その時、決然とした面持ちで、リュカが二人の前で片膝をついた。
「僕に任せて、エドワード…」
ローラが刺された箇所に手を当てて、リュカは目を瞑る。
そして呼吸を整えて、静かに呪文を唱えた。
“Lux clara venenum expellat, corpus purificet...”
するとローラの患部が優しく光り、やがて彼女全体を包んだ。
そしてローラの呼吸が穏やかになる。
更に続けて、リュカは別の呪文を唱える。
“Lux clara vulnera sanat, corpus reficit.”
今度はローラの刺し傷が、みるみると塞がって消えた。
「やった……。上手くいった!」
「すごいです、リュカさん。解毒魔法ウェネクシスに、治癒魔法サナリスまで。もう、出来るようになられたのですね!?」
そう言ってローラが身を起こす。
彼女の手をエドワードが取り、そして立たせた。
「実は、ウェネクシス使ったの、これが初めてじゃないんだ」
「そうなのか?」
エドワードが落とした水袋を拾い、リュカは続ける。
「うん。子供の頃、ベルっていう妖精に教わって、絵画の中の世界で使ったんだよ」
「なんだよそれ? 夢の話か?」
キョトンとするエドワード。だがすぐに何かを思い出した。
「ああ、そんなこと言ってたな。子供の頃、俺の風邪が治った時に」
「うん。もしかしたら、実際に夢だったのかもしれないけど。でもさっきの感覚と、記憶の中のあれは、同じだったよ」
「お前といると、本当に不思議なことばっかりだし、まあ、そういうことも、本当にあったのかもな!」
エドワードが子どもの頃と同じように、ニカッと笑う。
「幼少より、リュカさんは回復の魔法と御縁がおありなのですね」
そしてローラも優しく微笑んだ。
小川で水を汲み治すと、リュカたちは街道へと戻った。
そしてそこから再び歩き出そうとする。
しかしローラの疲れが酷く、またリュカも少しふらついたので、
その日はそこで野営を組んで休むことにした。
そしてその晩リュカは、懐かしい子供の頃の夢を見たのだった。
翌日は丘陵地帯を更に越えて、今度は湖畔を進んだ。
山々を遠くに望む湖は、鏡のような水面に、その稜線を静かに映している。
「なんだよ。もう少し進んだら、水場あったのかよ。あんなに苦労して汲んだのにな、俺たち」
「仕方がないよ。どのみち水は、ここまで持たなかっただろうし」
悔しそうにエドワードは、小石を拾って湖に投げた。
「だったら湖が、もっと手前にあればよかったんだよ」
「ふふふ、エドワードさんって、面白いことを仰るのですね」
ローラが笑って、エドワードが嬉しそうにはにかんだ。
「さて、もうすぐ街だ。頑張ろうぜ!」
エドワードは皆を率いて、元気に湖畔を歩いていった。
湖畔で一晩を過ごす。そして翌日、街道は平原へと出た。
いよいよ、ツァウベルハイムへと向かう西への道の分岐が見える。
それをまっすぐ北へと進むと、サンセルモ港へとその道は伸びている。
しかし焦る気持ちを抑えつつ、リュカたちは西への道へ。
そして八日間の旅を終えて、ついにツァウベルハイムへと到着した。
所持金が12ティエラしかなかったので、滞在初日は野宿を覚悟していた。
しかし幸いにも、沢で倒したスズメバチの針を採取していた。
そして街に入ってすぐに、一行はこれが売れそうな道具屋を探した。
「ほお、これは……『ホーネトックス』の針かな?」
「大きなスズメバチの魔物だったぞ」
誇らしげにエドワードは、残りの針を台に乗せた。
「ではそのようだね。だったら、毒嚢はどうしたね?」
「どくのう?」
ポカンとするエドワード。
そして道具屋の主人は、残念そうに首を振る。
「持ってないのか。毒嚢だったなら、一つ1ルナは出せたんだがね……。針も、買い取りはするが……。一つ精々、2ティエラだな」
「……そんなの、早く言ってくれよ……!」
情けない声を出して、エドワードは道具屋の帳場の前にへたり込んだ。
ホーネトックスの針は、道具屋の主人がエドワードを憐れんで、
六本を15ティエラで買い取ってくれた。
そして宿を探す。
シエラ・ブエナに比べれば小さい街だが、意外と宿は多かった。
リュカたちはその中でも、街の傭兵ギルド近くに宿を取ることにした。
宿は一床あたり6ティエラと、少しだけ高かった。
しかし翌日のことを考えて、それでも一人一床を借りた。
そして明日からのことに胸を膨らませて、リュカは眠りについた。
次回、9月28日月曜12時00分更新予定




