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The Brides of Destiny - 運命の花嫁たち  作者: Telda Caladlimion
第二部 第一篇 A New Journey - 新たなる旅立ち
17/26

明日への渇望

 早朝、人通りが少ない内に、リュカたちはリオ・クラーロを発った。

西へと向かうと、すぐに草原が途切れて砂丘が広がっている。

砂に足を取られて少し苦労しながらも、一行は先を急いだ。

そして夕方前には、前方に海岸線が見えてくる。

これまで伝いに歩いてきた川も、ここで海へと合流した。

そしてその日は、海を見渡す川の岸辺で野営を作り、夜を明かした。

翌日、河口付近まで来ると、今度は海岸沿いに北へ。

リオ・クラーロで購入した地図は精巧ではなかった。

なので最も間違いのない経路として、

川から離れてより先は、海岸線を頼りに進むことにした。



 海沿いを一日歩いていると、太陽が西の水平線へと沈んだ。

そして肌寒い夜の闇が、彼らを包む。

しかし焚き火を作れそうな木も見当たらず、野営を組めない。

まだまだ夜風は凍えるような寒さだった。


「こんなことだったら、木を拾っておくべきだったな。しくじったぜ……」

暗がりでエドワードの表情ははっきり見えないが、

しかし声からも悔しさが十分に伝わる。

「仕方がないよ。こんな砂しかない所を進むなんて、僕も予想していなかったし……」

「まあ、いい経験になったな」

そう言うとエドワードはしゃがみこんだ。そして――


「なあ、ここを少し掘ってさ、それで窪み作ったらどうだろうな?掘った分の砂を風の方、そうだな、向こう側に寄せて。それで壁作ってみようぜ。少しは寒さが和らぎそうだぞ?」

このエドワードの提案に、リュカもローラも賛同し、

三人は素手で砂を掻いた。そして三人入れそうな窪みを作り、

その砂を海と反対側の方へと集めて壁を作る。

そして窪みの中で、三人は毛布に包まった。

バリアンも鎧から出て、リュカの横に収まる。


「まあまあ、一晩くらいはしのげそうじゃないか?」

「いいこと思いついたな、エドワード」

「ええ、お手柄です」

「ま、まあな」

二人に褒められて、まんざらじゃなさそうなエドワード。


最低限の食事の後、三人は明日のため、早く眠りについた。

こうして寒空の砂丘の夜は更けていった。



 翌日、砂丘よりも砂浜と呼ぶのが相応しい地形へと出た。

右手、東の方には緑の草原が広がる。

リュカたちは海岸が見渡せる程度に内陸へと移動し、

この草原を北へと向かう。



 それから三日ほど草原を歩くと、小さな林が見えてくる。

そしてリュカたちは、そこで何かの果実を見つけた。

リンゴのような果物だが、渋くてとても不味かった。


「サント・フロールの果樹園に落ちてた果物に似てるけど、味はぜんぜん違うな。贅沢言える立場じゃないけどさ。それでも、渋くて食えたもんじゃないぞ」

エドワードが顔を歪ませながら呟いた。

「確かに……。でも勿体ないね。なんとか食べられないかな?」

考え込むリュカ。

そしてローラが思いつき、二人に提案する。

「でしたら、焼いてみるのはいかがでしょう? 未熟な渋い梨でも、焼けば美味しくなりますし。このリンゴも甘くなるのでは?」



 そこで三人は今夜の野営で試してみようと決め、

取れそうなリンゴの実を袋に詰めた。

そしてその晩、焚き火を起こしてリンゴを焼いてみる。


「思ったほど甘くはないけど、随分渋みは取れたな。これなら食えるぞ!」

「外側は少し酸っぱいけど。うん、美味しいね」

「本当に、いい香りですわ」

三人は楽しそうに、焼きリンゴを味わう。

そしてバリアンは、その紺色の体に焚き火を照り映し、

ぷるぷるとしながらそれを見守るのだった。



 草原を北上して、さらに四日。

以前の川で組んだ水が完全に尽きてしまう。

しかし乾き切る既(すんで)のところで新しい川を見つけ、

そうしてなんとか命拾いするリュカたち一行。

その川を越えると、今度は少し勾配を登る。

そして登りきった先には、右手に森林が広がっていた。

今度は食料も少なく、森でキノコなどが取れないかと探すが、

しかし何一つ見つからない。

そして翌日、野営で最後の備蓄を食べた。


「これで、最後か……。さようなら、俺の干し肉……」

そう言ってエドワードは、噛みしめ味わって干し肉を食べた。

「あと何日歩けば、その大きな街に辿り着けるんだろうか……」

リュカが呟き、皆で項垂れる。


「悪いことは考えなくていい! 前だけ見て、とにかく進もうぜ!」

エドワードが立ち上がり叫んだ。

「そうですわ。どうにかなる、信じましょう!」

「うん! そうだね! でも、エドワードはそんなに叫んだりせず、体力を温存しないと駄目だよ」

「まあ、そうだな」

空元気かもしれないが、三人は笑った。



 その後、何も食べずに二日歩いた。

もう三人共にふらふらで、今にも倒れそうに歩いている。

「腹減ったな……」

エドワードがそう呟く頻度も、随分と少なくなった。

特にローラの状態は深刻で、リュカとエドワードが交互に支えた。

そして二人が無理な時はバリアンに掴まり、ローラは歩き続けた。

そんな辛い空腹の夜を超え、絶食三日目を迎える。



 三日目も、朦朧としながらも三人は歩き続ける。

そして太陽が天辺を越えて、海岸の方へと傾きかけた。

その時――


森の奥から何かが近づいてくる。

そして突如、それはリュカめがけて突進した。

リュカは残り少ない力を振り絞り、これを横に躱す。

海を背にしたそれは、大きな牙を持つ猪の姿の魔物だった。

明らかに普通の猪よりも大きく、そして陽光を背にして、

その長い体毛は紫色に輝き、風に揺れている。


「な、なんだこいつら!」

エドワードが叫ぶ。

しかしその背後からも鼻息が聞こえて振り返った。

「おい、囲まれてるぞ!!」

森の中から同じ猪の魔物が数頭、群れをなして囲んでいた。

そして先ほど突進してきた猪が、今度はローラを襲う。


「きゃああああ!」


しかし既のところ、間一髪のタイミングで、

バリアンが紫猪に一太刀を浴びせた。

甲高い鳴き声を上げて、その猪はひっくり返る。

そして仲間の悲鳴を聞いて、群れは森の方へと逃げ去っていった。



「なあ、これって、もしかして、く、食えるか……?」

ゴクリと喉を鳴らし、エドワードが躊躇いがちに呟く。

「まあ、とりあえず切ってみようぜ」

そして器用に剣を使って、魔物から肉を一切れ取った。


「うわ……。紫色だな……」

「すごい色ですわ……」

「お腹、壊さないかな……?」

三人はその肉の色に絶句した。赤みがかった部分もあるが、

その殆どが紫色をしている。明らかに普通の肉ではなかった。


「と、とにかく! 焼いてみようぜ! 話はそれからだ!」

まだ太陽が沈むより随分と早かったが、三人は急ぎ野営を作った。



 焚き火が出来ると、エドワードは早速、

肉を枝に刺して火にかざし、そして良く炙った。

ジュウジュウと音を立てて、徐々に焼け目がついてくる。

色を無視すれば、三日の絶食をしているリュカたちには、

これは紛うことなき”ごちそう”だったであろう。

焼きながらエドワードは、無意識によだれを垂らしてしまった。


「よし!もう焼けただろう!さあ、食うぞ…!」

そう言って深く息を吸い込み、そして吐き、

エドワードは意を決して一口、その肉をかじった。


「ん……?んん……?んんんん……!」

エドワードが肉を噛みながら、くぐもった声で唸る。

「結構、食えるぞ、これ! 塩ふったら絶対美味いよ! ちょっと、臭みはあるけどさ、いけるいける!」

リュカにはそれが殆んど聞き取れなかった。

しかし紫肉は食べられる。これだけは十分に伝わった。


バリアンに人数分の肉を切り取ってもらい、リュカたちも肉を焼いた。

エドワードはおかわりをしている。

こうして三日ぶりの食事を堪能し、三人に活気が戻った。



 満腹になり、リュカは今後のことを考え始め、そして呟いた。

「まだこの猪から、肉は取れるよね? この肉を持って行けないかな? 明日以降の食料にするんだ」

「そうしたいところだけどさ、流石に、腐らないか? 明日の夕方でも、結構危ないと思うぞ?」

エドワードは、しかし惜しそうに、そう反対した。

しかしローラが提案する。

「では、塩漬けにするのはどうでしょうか? 幸い、お塩はまだまだありますわ」

キョトンとする二人。しかしローラは続ける。


「お塩をふると、お肉から水分が抜けます。そうすると、幾分ですが、腐りにくくなるのです。母から昔、そう教わりましたわ」

「そうなの?」

「うーん、難しいことは分からないが。まあ、やってみようぜ!」

二人ともに完全に理解できたわけではないが、

ローラがそういうならと、早速それに取り掛かった。



 猪から削げるだけ肉を削ぎ、ローラの指示でそれを細く薄く切った。

満遍なく塩をふり、それを肉に塗り込む。

そして長い枝にそれらを吊るして、焚き火の近くに垂らした。

「乾燥すれば、それだけ長くもちますわ。干し肉ほどに、とまではいかないでしょうが」


こうしてリュカたちは、一晩中火を絶やさずに、

紫の塩漬け肉を干した。

朝になる頃には、それらはある程度乾いていた。

その肉を布で包み、そして袋にしまった。

肉が尽きるまでに、腐るまでに、目的地に辿り着けること祈り、

そしてリュカたちは出発するのだった。



 地図によれば、森林の辺りから更に北西へと海沿いに進むと、

その先に半島が広がる。目的地はその半島の中程にあるという。

とにかくそれを信じて、リュカたちは力強く歩いた。

満腹に食べることが、これほどまでの活力になるのかと、

リュカたち自身とても驚いた。

こうして一日が終わり、昨日の肉を取り出して焼いた。

まだまだ臭くもなく、安心してリュカたちはそれを食べた。



 翌日も、三人はとにかく歩いた。

もう二度と、空腹の地獄を味わいたくない。その一心で歩いた。

途中で見つけた川で水を汲み、水袋を満たす。

そしてひたすらに北西を目指した。

やがてついに太陽が傾き、そして水平線へと沈んでいった。


野営を作ると、早速袋から肉を取り出す。

そしてエドワードがそれを嗅いでみた。

「んー、なんか、臭いか?」

「うーん、どうだろう……」

「だったらもう一度、焚き火に当てて燻(いぶ)してみましょう」

こうしてその日食べる分を焼いて食べ、

残りを前回と同じように焚き火で燻した。


「明日は早めに食事にしようか、少しでも腐る前に」

「そうだな」

「明日には着けると良いですね……」

そしてリュカたちは、不安な夜を過ごした。



 翌朝、太陽が森の向こうから顔を出すよりも前、

少し白んだ頃に、リュカたちは出発した。

そして昼前、海岸線がずっと西へと伸びていく場所に出た。

ずっと向こう、はるか先だが、人の往来が見える。

さらには馬車が走っているのも確認できた。


「あれって!? もしかして!?」

リュカはそちらを指差し叫んだ。

「ひ、人だ! 人が歩いてるぞ! 着いたんじゃないか!?」

エドワードは飛び跳ねて喜んだ。

「急ぎましょう!」

いつになくローラまで興奮しているのが分かった。



 人通りを目指して急ぐ。するとやはり、道があった。

リュカたちはその道を歩き、それが伸びる先へと急ぐ。

そして夕方になる前に、街の入口へと辿り着いた。


街道を歩く人をつかまえて、エドワードは質問する。

「ここは、何という街ですか?」

そして少し怪訝そうな顔をしながらも、通行人は答えた。

「え? ああ、シエラ・ブエナ、ですけど?」


こうしてリュカたちは、目標の街『シエラ・ブエナ』へと

辿り着くことが出来たのであった。



 シエラ・ブエナの街に入るに際し、バリアンはローラの袋に隠れ、

リュカとエドワードで分担してその装備を運ぶことにした。

そして早速、一行は道具屋を探す。

紫の猪の牙二本を売って、まずはお金を得る必要がある。

そして賑わう市の片隅で、買い取ってくれそうな店を見つけた。


「なあ、おやじ。これを買ってもらえないかな?」

エドワードが交渉を買って出た。

そして道具屋の主人は、それを鑑定し始める。

「ふむ、こいつは……ハバラドの牙だね?」

そう言って袋から、銅銭をじゃらじゃらと取り出した。

「12ティエラだな。一本6ティエラ。悪くない取引だと思うぞ?」

道具屋は銅銭を『ティエラ』と呼んだ。


「くそ、足元見やがって……。どうする、リュカ?」

「仕方ないよ、その値段で」


「へへ、まいど」

そう言うと道具屋は微笑み、牙をしまった。



 とりあえず銅貨12ティエラを握りしめ、その日の宿を求めて、

日も落ちかけたシエラ・ブエナの街をさまようリュカたち。

そして町外れに、あまり綺麗とまでは言えないが、一軒の宿を見つけた。


宿に入ると、少し仏頂面の主人が出迎える。

「何人だい?」

「三人です」

そう言うリュカに、これまたぶっきらぼうに応えた。

「大部屋雑魚寝で一床、5ティエラだよ。三床なら、15だな」

しかしお金が足りず、リュカたちは困り果てた。


「ん? どうしたね? 泊まるのか? はっきりしな」

そして言い出しにくそうに、リュカが伝えた。

「あの……、銅貨12枚しか、なくて……」


宿屋の主人は暫し無言で、リュカたちをジロジロと見て、

そして言った。

「いいよ、三人、12枚で。泊まっていきな」


「あ、ありがとうございます!」

「やった! ついてるぜ!」

「ご親切、痛み入ります」

喜ぶ三人。こうして滞在初日の宿を、なんとか確保できた。


「あのう、火をお借りできますか? 食堂で食べるお金が、もうなくて……」

リュカが申し訳なさそうに、主人に頼んだ。

「そこ突き当り、左曲がったら、炊事場あるから、勝手に使いな」



 リュカたちは炊事場の炉を借りて、残りの塩漬け肉を焼いた。

昨日の燻しが効いたのか、臭いは気にならなかった。


「お? あんたその肉、どうしたね?」

肉を焼いていると、エプロン姿の男が話しかけてきた。

「これは途中で魔物を倒して、それで取れたんです」

リュカが答えると、男は感心した。

「そいつは、”無鉄砲(インプルデンテ)”って魔物の肉だな。紫色してただろ、そいつ?」

「はい」

「まあ正式には『ハバラド』っていうんだけどな。まんま、”紫イノシシ”って、意味だわな」

そう言って男は笑った。


「いい状態でその肉を街まで持ってこられりゃ、銀貨何枚にも、なったかもな。そいつは極上の珍味として、この辺りじゃ高値で取引されてるよ」

「なんてこった! 勿体ないことしたぜ!」

これにはエドワードが一番悔しがった。



 そしてエプロン姿の男が席を外して、肉が焼き終わる頃に戻ってきた。

「ほら、肉だけじゃ味気ないだろ? やるよ」

そう言って黒パンを三人に一つずつ渡した。

「よろしいのですか!? 私たち、お金持っていませんのに……」

「いいの、いいの。珍しいもん見せてもらった、お礼だよ」

ローラにそう言って、男は笑いながら厨房へと入っていった。


三人はありがたくパンを頂き、そして肉を平らげた。

そして食事が終わると、早々に床についた。

固くてごわごわとした寝床ではあったが、

野宿よりは遥かに寝心地が良かった。

そして、シエラ・ブエナ最初の夜は更けていくのであった。


毎週金曜20時20分更新予定

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