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The Brides of Destiny - 運命の花嫁たち  作者: Telda Caladlimion
第二部 第一篇 A New Journey - 新たなる旅立ち
15/26

紺碧のスライム

 海の上に漂う小舟。リュカとエドワードは必死にそれを漕いだ。

太陽の位置から大まかな方角を割り出し、西にあると聞いた陸地を目指す。

パクステルナの島は既に遠く、周りは見渡す限りが海だった。

進んでいるのかも、流されているのかも、全く分からない。

三人はアルフが準備してくれた食料を食べ、水を飲んだ。

四人分でおおよそ三日分といった量だった。

しかし鎧の兵士は飲みも食いも、全くしなかった。

食料、特に水が尽きるまでに陸地に辿り着くことが出来なければ、

彼らの自由への望みは、そこで潰えることになる。

だがそうしてついに、三日が過ぎてしまった。



 四日目の朝、朝日を背にして再び漕ぎ出す。

しかしその朝の海は荒れていた。

大きな波が何度も小舟を大きく揺らす。

その度に海に放り出されそうになり、必死に舟にしがみついた。

だがその時、波間の向こう遥か、靄の先に陸地のような影が見える。


「おい! あれ! 陸じゃないのか!!」

「陸だ! やった! 僕たち助かったよ、エドワード!!」

エドワードとリュカは叫び、オールを握る手に力が入る。

ローラも船にしがみつきながら、一緒に喜んだ。



 意気揚々とボートを力いっぱいに漕ぎ出す。そんな矢先。

巨大な波が小舟を襲った。

必死にしがみつく三人と鎧の兵士。

しかしそれを嘲笑うように、波は小舟を傾けていく。

ついにはほぼ垂直になるまでに傾斜し、

そしてローラは力尽きて片手が小舟の縁から離れてしまう。

ズリズリと落ちていくローラ。それを下から必死にリュカが支えた。

しかしついには舟の外へと投げ出されそうになったその時、

リュカは力いっぱいに彼女を船内へと押し上げる。

そしてその反動で、リュカは海へと落ちてしまった。


海に落ちるその刹那、リュカは船から何か、

紺(・)色(・)の(・)物(・)体(・)が海へと、弧を描き飛び込んだように見えた。

しかし波にさらわれ、リュカは海へと引きずり込まれる。

そしてそこで、リュカの意識は途切れた。



 朦朧としながら目を覚ますと、目の前にはつぶらな瞳があった。

それはぷるぷると震えながら、心配そうにリュカを覗き込んでいる。

リュカの意識が徐々にはっきりとしてきて、

幼少より図鑑でよく見た、『スライム』と呼ばれる生き物だと分かった。

天辺に登った太陽に照りつけられて、

そのスライムは真夏の青空のように、陽光を透かして照映えている。


「君は誰? どこから来たの?」

ピキィー!

リュカの膝の上でスライムが嬉しそうに跳ねた。

「ここは、どこだろう。確か僕は、舟から落ちたんだ。それでここに流れ着いたみたいだ。エドワードたちは無事かな? 早く探さないと」


リュカが立ち上がると、スライムは彼の肩に飛び乗る。

「一緒に来てくれるのかい?」

ピィー!

スライムはリュカの肩でぷるぷるとしている。

それが「一緒に行く」という意味だと、リュカには何となく感じられた。

「じゃあ、行こうか」

そしてリュカはスライムと一緒に、浜辺を歩き出した。



 浜辺を歩いていると、小屋があった。

窓から恐る恐る中を覗き確かめると、それは物置のようだった。

まだ春先で肌寒く、濡れた服では風が吹く度に凍えそうだった。

リュカはやむを得ずその小屋に入り、床に座り込んでしまう。

そして彼の目の前に、小さな錆びたストーブがあるのを見つけた。

中には薪がまだ入っていて、火を起こせば使えそうだった。

しかし肝心の、その火を起こす方法がない。

震えながら、リュカは途方に暮れる。しかしその時、扉が開いた。


「ん?誰かいるのか?」

そう言って、男が部屋に入ってきた。そしてリュカに気づく。


「ご、ごめんなさい、勝手に入って。余りにも寒かったもので……」

しかし男は、驚くでも怒るでも、また怖がるでもなく、

無言でストーブの所までやってきて、そして手早くそれに火をつける。

それから奥の箱から毛布を一枚取り、それをリュカに手渡した。

「服を脱いで、そこに掛けて乾かせ。その間はこれに包まるといい」

そう言うと、男は小屋から出ていった。



 リュカが毛布に包まりストーブで温まっていると、やがて男が戻ってきた。

その腕には鍋を抱えている。

そして鍋をストーブの上に置くと、中のスープを温めた。

そしてそれを碗によそってリュカに差し出す。

「食え。腹減ってるだろ?」

「あ、ありがとうございます」

魚介と野菜に、パンが浸されたスープだった。

それを食べると、リュカは体の芯から温まるのを感じた。



 食べながら、リュカは男に事情を話した。

「そうか。この辺りはその教団って連中が幅を利かせる地域だが。奴らは少し前に突然現れた。それ以来、我が物顔でのさばってやがる。だからあいつらを良く思ってるやつは、いないだろう。俺も、もちろんそうだ。

あんたの話を信じるよ。大変だったな」



 体がすっかりと温まったリュカ。

服はまだ生乾きながら、それでもすぐに出発しようと準備した。

「親切にしていただき、ありがとうございました。本当に助かりました。

僕はリュカといいます。是非、お名前を伺いたいのですが」

「俺はラモンだ。漁師をしている」

「ラモンさん。本当にありがとうございました」

「いいってことよ、困ったらお互い様だ。この先、北の方に俺も住んでる集落がある。もしかしたら、何か知ってるやつがいるかもしれねえぞ。行ってみるといい。

ダチにすぐ会えるといいな」

「はい!」


外に出ると、いつの間にかどこかに隠れていたスライムが、

再びリュカの肩に乗った。

「おまたせ。じゃあ、いこうか」

そしてリュカは、海岸沿いを北へと歩いていった。



 海岸沿いを歩いていると、リュカは桟橋を見つける。

そしてそこには、見覚えのある小舟が泊まっていた。

そこに駆け寄るリュカ。だが舟には誰もいなかった。


気を取り直して、近くにあるという集落を探す。

暫くすると海岸が途切れて、西へ緩やかに傾斜していく。

そして東の海沿いは急斜面の崖になった。


リュカは海から離れてその丘を登る。前方には林が見えてきた。

そして丘を登り切る頃に、何やら叫び声が聞こえてくる。



「来るな! あちへ行け!!」

エドワードの声だった。

ローラが木を背に、その前にエドワードが立ち塞がる。

彼は左手に盾、右腕であの鎧兵を突き出すように壁にして、

必死に何かから身を守っている。

鎧兵は全く動いていなかった。


エドワードたちを襲っていたのは、鳥のような魔物だった。

大きな頭とクチバシに、太い脚には鋭く長い鉤爪が見える。

そんな鷹のような姿の魔物は、その鋭いくちばしで素早く啄み、

エドワードに襲いかかろうとしている。



「エドワード!」

精一杯走るリュカ。

しかしリュカが距離を詰めるよりも早く、

エドワードたちはどんどんと追い込まれていく。

しかしその時、リュカの肩からあのスライムが飛び上がり、

素早く弾むように、エドワードの方へと飛び跳ねていった。

そして間近まで来ると、鎧に飛びつく。

そしてみるみると、スライムは鎧の隙間から中へと入ってしまった。


突如鎧が、再び動き出す。

そして素早く鷹の魔物に距離を詰めると、強烈な右拳を見舞った。

堪らず魔物はよろめき倒れる。しかしすぐに立ち上がると、

ものすごい速さで近くの木に登っていった。

そしてその梢から飛び上がり滑空し、再び他の木につかまる。

こうして鳥の魔物は、遠くへと飛び去っていった。



「リュカ! 無事だったか!!」

「リュカさん!」

「良かった、エドワード、それにローラさん!」

リュカはエドワードたちに駆け寄り、互いの無事を喜びあった。

そしてあの鎧から、再びスライムが飛び出した。


ピキー!

「まあ、可愛らしい」

「お前が、あの鎧を動かしてたのか! ビックリしたぜ!」

「僕も、今さっき知ったよ。砂浜で目が覚めた時に、一緒にいたんだけど。もしかして君が、僕を浜まで運んでくれたのかい?」

ピキュー

「そうなんだね、改めて、ありがとうね!」

スライムは再びリュカの肩に乗り、ぷるぷるとしている。



 そしてエドワードが思いついたように叫んだ。

「そうだ! 名前を付けてやらないとな! リュカもそうだが、俺達もさっき助けてもらったんだ。いい名前を付けてあげないと!」

キョトンとするスライムをよそに、エドワードは捲し立てる。

「やっぱりな、格好いい名前がいいもんな! こんなのはどうだ?

『エース』、『ブレイズ』、『ソー』、『シャドウ』!

なあ、どれがいいと思う、リュカ!?」


「う、うーん……」

既視感を覚えながら、困惑するリュカ。

しかしリュカの肩からスライムが飛び、再び鎧へと入る。

そして鎧スライムは――


「某(それがし)、スライムガーディアンのバリアンと申しまする。以後何卒、お見知りおきを」


「しゃ、しゃべったあー!」

エドワードが腰を抜かす。そしてローラも吃驚して目を丸くした。

リュカも吃驚したが、すぐに笑顔で受け入れた。


「バリアン、いい名前だね! よろしくね、バリアン!」

「ええ、よろしくお願いしますね、バリアンさん」

「ス、スライムの時と印象が違いすぎて、すごいな……。まあなんにしても、よろしくな。バリアン!」


こうして、スライムガーディアンのバリアンが仲間になった。



 適当な木陰を見つけて、リュカたちは今後について話し合っている。

「さて、無事にみんなで陸地に辿り着けたわけだが。これからどうしようか」

まずは軽いトーンで、エドワードが切り出した。

しかし、リュカが思いつめたように応える。

「僕はやっぱり、サント・フロールに戻りたい……」

「……そうだな、約束だもんな……」


二人の重い空気に、ローラとバリアンも心許なさそうにしている。

しかしエドワードが、再び場を明るく切り替えた。

「よし! 帰ろうぜ! サント・フロール! 俺も一緒だ!」

「うん。帰ろう!」


「私も、他に行場もありませんし、ご一緒しても宜しいでしょうか?」

二人の邪魔をするのが、少し申し訳なさそうに、ローラが尋ねた。

「ぜひ、是非! 一緒に行きましょう! もちろん大歓迎ですとも! なあ、リュカ!?」

「うん、今後ともよろしくね、ローラさん」

「はい、よろしくお願いします」

ローラは伏し目がちにも、嬉しそうに微笑んだ。


「バリアンも、一緒に来てくれるんだろ?」

ピキー!

バリアンはスライムの姿のまま、楽しそうに跳ねている。

木の陰の中で、その体が藍色に光沢を帯びていた。

「まあ、言わずもがなだよな」



「でも問題は、どうやって行くかだよね」

「そうだな、正直な話、ここがどこなのかすらも、分かってないし」

「私が知っているのは、この辺りはルミナリア教皇国という、教団が治める地域ということだけですわ」

「なら、なるべく早く、ここも離れたほうがいいな」

思い思いに話し合う三人。そしてリュカはラモンの言葉を思い出す。


「ここに来るまでに、親切な漁師さんに助けてもらったんだ。それで、この近くに漁師の集落があるって、教わった。だからそこに行けば、何か分かるんじゃないかな?」

しかしリュカの提案に対して、エドワードが眉を顰める。

「この辺りは教団の領地なんだろ? 大丈夫なのか?」

「そうですね。警戒したほうがよいでしょう」

そしてローラまで懸念を示した。



 しかしリュカは続ける。

「あの漁師さんは、信頼できると思う。もしも僕を教団に引き渡すなら、あの時にしていたはず。温めたり、食事を振る舞う必要はないはず。助けてくれたことが、それを証明していると思う。僕は、あの漁師さん。ラモンさんを信じる」


「そうだな。じゃあ俺は、リュカを信じるよ」

「そうですね。親切な方を疑うのは、申し訳ないですし……」

ピキュー!


こうして三人の同意を得て、ここから少し北にあるという集落を、

リュカたちは探すことになった。



 潮の香りを感じながら、ひたすら北へと向かう。

地形は再び緩やかに下り、また砂浜を右手に望めるようになった。

そしてその辺りから、人が歩いたであろう道のようなものが見えてくる。

リュカたちはその道沿いを歩いていった。

そして程なくして、林に囲まれた小さな集落を発見した。



「おっ、ボウズ。ダチを見つけられたんだな」

聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはラモンがいた。

「ラモンさん! はい、おかげさまで!」


リュカがエドワードたちを紹介すると、

ラモンはリュカたちを彼の家に招いた。

そしてリュカは彼に、これからの目標を話して聞かせた。


「なるほどな。そのサント・フロールってのがどこなのか、俺には分からんが。しかし、もしかしたらサンセルモ港に行けば、何か分かるんじゃねえか?」

「その、サンセルモ港というのは?」

「ここからずっと、北の方にある大きな港町だ。このサントレオーネ大陸では、一番多くの船が集まる。当然、船乗りも多いからな。それだけ色々な話が聞けるだろうぜ」


「だったら、話は早いな。北を目指そうぜ」

しかしエドワードの話を遮り、ラモンは続ける。

「いいや、北はやめておけ。

何よりお前たちは、教団から逃げてきたんだろう? だったら北は駄目だ。奴らの総本山、聖都ルミナリアがあるぞ?

それに、こことサンセルモとの間には険しい山もある。それを越えられても、その先は森林や湿地帯だ。到底抜けられるような地形じゃねえよ」

「じゃあどうすれば……」

不安げな表情でうなだれるリュカ。

しかし元気づけるように、ラモンは続けた。


「西回りで目指すといい。遠回りにはなるが、一番現実的だろう。俺は行ったことがないが、大陸の西には、大きな街があるらしい。そんなでかい街があるなら、サンセルモまでの街道だって、あるんじゃねえか?

それに西に抜けられれば、教団の連中も手が出せねえ。お前たちには、うってつけのルートだと思うぜ?」



 こうして、リュカたちの進路が西回りに決まった。

ラモンは漁師仲間に声をかけ、旅に必要な物資をかき集めてくれた。

まずは携行に必要な麻布の背負い袋。

その中には皮の水袋、小さい鍋、

火打石と火打金として折れた刃物の破片、火口の束、

数日分の食料と、そして毛布が入っていた。

質素であったが着替えの服も、そして何より靴まで用意してくれた。

さらにラモンは炭を使って、分かりうる限りに詳細な地図を、

手持ちの布に描き記し、それをリュカに渡した。


「正確な地図はねえが、俺が知ってることは書いておいた。

ここを出たらまずは西へ向かって、そして山の間を抜けろ。それからは南へ行けば、川が見えてくる。その川伝いに西へ。そうすれば町が見えてくるだろう。

俺が分かるのは、この辺りまでだ」



「本当に、ありがとうございます。この御恩は、決して忘れません」

リュカはラモンの手を取り、強く握りしめた。

「言ったろ? 困ったら、お互い様だ。今度はお前が、困ってるやつを助けてやんな」

「はい!」


エドワードたちもしっかりとラモンや漁師たちに感謝を述べ、

そして早速出発した。

一晩泊まってはどうかとも勧められたが、

教団の追跡を恐れて、それは断った。

こうして、自由を求める長く険しい、リュカたちの旅は始まった。


毎週金曜20時20分更新予定

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