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The Brides of Destiny - 運命の花嫁たち  作者: Telda Caladlimion
第三篇 The Last Steps of the King - 護るべきもの
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ルノリス

<第二章 The King's Wish as a Father - ルノリス>


ゴブリン騎士を目撃して、エドワードの興奮は中々冷めなかった。

そして父の勇姿を再び目撃したリュカもまた、高揚感に包まれた。

しかしセフィアンは依然として、冷静を保ちながら子どもたちを連れ、

出来うる限りの速さで森を急ぐ。



 森を抜けるとすぐに、セフィアンがまた空の影に気づく。

リュカはその影を見る度に、胸騒ぎを覚えた。

しかしそれからは、特に何も起こらなかった。

そして森での一件から四日ほどを経て、食料が尽きかける中、

アルクヴィルの町へとひとまず辿り着くことが出来た。



 アルクヴィルは、丘の上のルノリス王城の麓に栄えた、

古い町だった。しかし国が滅び、城が打ち捨てられてからは、

随分と寂れてしまっていた。

しかしそれでも、かつて王都だった事が

そこかしこに残る立派な建物からも伺い知れる。

町の周囲にはいくつもの農村が点在しており、

サント・フロールとは比較にならないまでも、

方々から物資が持ち込まれているので、市は賑わっている。



 昼過ぎに町へと入り、セフィアンはとりあえず宿を探す。

長旅の疲れで、子どもたちには屋根のある寝床が必要だった。

賑わう市場を通り過ぎて、北の奥まった場所に宿があった。

さほど大きくはないが、十分立派なつくりをしている。

両開きの入口の前には、大きな看板があった。

そこには金色の稲穂が描かれている。

「エリーナちゃん、元気かな…」

リュカは黄金の天輪花亭の看板を思い出し、

ラファエラに思いを馳せた。


「麦穂亭にようこそ、旅のお方」

扉をくぐると、宿の主人が挨拶した。

「三人と、犬も伴っておるが、よいか?」

「ええ、構いませんよ」

「では一部屋を、とりあえず二晩頼もう」

セフィアンは宿泊費を主人に渡し、そして部屋へと案内される。

「お食事は、この奥が食堂となっております」

そう言うと主人は戻っていった。


「久しぶりのベッドだ!」

エドワードがベッドに飛び込む。

「くつは脱がなきゃダメだよ、エドワード!」

そんな二人に向けて、セフィアンは優しく微笑む。

「二人とも、今はゆっくりと休みなさい。後ほど、食事に参ろうぞ」

それを聞いたリュカもエドワードも、

疲れからすぐにベッドで眠ってしまった。



 日が暮れかけた頃、リュカたちは起こされた。

そして部屋から出て廊下の奥の、木戸の向こうの食堂へと向かう。

食堂に入ると、既に客で賑わっていた。

空いているテーブルに座る三人。

ここ連日の干し肉や乾パンには飽いていたので、

いい匂いのスープに子供たちは食欲がそそられた。

「旦那、うちの名物は麦酒だよ。要らないかい?」

店主にそう勧められるセフィアン。

「今は酒を控えたい。また今度、所望いたそう」

しかしそう言って苦笑し、断った。


温かい食事を楽しみ、リュカたちは満足した。

そして部屋へと戻り、その夜はふかふかのベッドで、

子供たちは心身ともに休めることが出来た。

セフィアンもまた、久しぶりに熟睡した様子だった。



 翌日は朝早くから、セフィアンは一人買い出しに出かけた。

食料など旅の物資を、この町で揃える必要があった。

そしてその間、子供たちは宿の部屋で留守番となった。

することもないので、エドワードはベッドに寝転がり、

リュカはリオラと適当に遊んで過ごすことにした。

だがしかし、程なくしてセフィアンが戻った。

その表情は険しい。


「子供たちよ、支度しなさい。すぐに出る」

「どうしたのですか?」

エドワードがベッドから立ち上がって聞いた。

「そなたもサント・フロールで見かけた、あの兵士たちがこの町にも来ている。追跡されたとは思えぬが……。ともあれ、ここに長居はできぬ」

そう言って支度し始めるセフィアン。

子供たちも同様に急いで身支度を始めた。


「今すぐにこの町を離れたいが、しかし食料も揃っておらぬ。故に私だけで後ほど戻り、買い揃えてからここを離れる。そなたらは丘の上に見える、あの城の中にて身を潜めよ」


セフィアンたちはアルクヴィルの北から町を離れ、丘を登った。

そして昼過ぎ頃に登りきり、ルノリスの廃城へと辿り着いた。



 城はすっかり廃墟と成り果てていた。

ルノリス王家断絶の後、誰も住まなくなって久しい。

城門は立派だったが、門も格子戸も朽ちていて閉じる様子もない。

壁の石は苔むし、所々には蔦が這っている。

城壁の内側は静寂に包まれていた。



 城内に入り、壊れていない階段を見つけて二階へと上がる。

どこか子供たちが隠れられる場所がないか、セフィアンは探した。

いくつか部屋があったが、まずは書庫らしき場所から調べた。

しかし埃っぽく、どうやら長居するには適していない。

仕方なく、部屋を後にする一行。


しかし書庫の窓辺に置かれた鉢植えに花が咲いているのが、

ふとリュカの目に止まった。

ギザギザの鋸歯(きょし)を持つ淡い灰緑色の葉。

そして花は少し萎れていて茶色みを帯びていた。

今にも枯れそうながら、それでもしっかりと立っている。

そして少し離れた場所でも、微かに甘い匂いがした。

誰かが世話をしている、そうリュカには感じられた。

しかしセフィアンたちを追って外に出るリュカ。

不思議ではあったが、それ以上気にする暇はなかった。



 反対側の西棟を調べるために、屋外の通路に出るセフィアンたち。

そこはどうやら、屋上庭園があったらしい場所だった。

かつては花々が咲いていたであろう花壇らしき場所。

それを囲うように崩れた石像が打ち捨てられている。

そこから見下ろす中庭の先には、城門もよく見えた。

足元の瓦礫に気をつけながら、

セフィアンたちはゆっくりと屋上庭園の通路を渡る。



 中程に差し掛かったあたりで、リュカはふと何か気づいた。

それは真っ白い球状の石だった。

しかし表面はとても滑らかで、それは瓦礫の類でも、

また自然に出来た石にも見えない。

とても興味を惹かれて、リュカはその石を拾い上げた。

子どもの手には少し大きく、手のひらから溢れるほどの大きさ。

しかし思ったほどの重さはなかった。

リュカがその白く丸い石を両手のひらで抱えると、

その石は微かに光った。しかしそれはすぐに消えた。


「リュカ、いかがした? 先を急ぐぞ」

セフィアンから呼ばれて我に返るリュカ。

「いま、いきます!」

そしてリュカはその石を、とっさに石像の瓦礫の下に隠した。

それを隠すべきだと、リュカはその時に何故か感じたのだった。



 通路を渡りきり、西棟へと入ろうとしていた矢先、

城門付近に動く影をセフィアンは発見する。

子供たちを建物の中に隠れさせ、セフィアンは慎重に外を覗き込む。

それは人ではなく、トカゲのような姿の異形の者。

リザードマンたちだった。

漆黒の鉄鎧に身を包み、剣や槍を装備している。

そして城門の上に、青い飛竜が降り立つ。

その飛竜にもリザードマンが跨っている。


「まさか、あれが先々で見た飛竜では、あるまいな……」

セフィアンの顔に一筋の汗が流れる。

その矢先、城門の外から一人の男が姿を現した。

それは人に見える。顔まではよく見えないが、髪は銀色だった。

「閣下! 標的はこの中に」

飛竜に跨るリザードマンが男に呼びかけた。

そして男が応える。

「大義である。あとは空にて監視を続けなさい」

飛竜はその命を聞くと、再び飛び上がっていった。



「あの飛竜は、斥候であったか……。そして明らかに、あの者らは我らを追っている。ぬかったわ……」

セフィアンの顔色がみるみる青くなっていく。

「リヒトハルト王妃が、まさか魔の者と繋がっていようとは。認識が、甘かった……」


そして子供たちに向き直り、こう告げた。

「よいか、子供たちよ。有り体に申そう……。

深刻な事態と相成り、我らはこの城に追い詰められた。一つしかない城門を抑えられていては、他に逃げ道もない。故にこれを突破するには、力尽くにて押し通る他にない……」

エドワードが唾を飲む。


「敵が城内に入り、門が手薄になる頃合いを見て、我らはそこを突破する。決して遅れず、ついて来るのだぞ。出来るか?」

「はい……」

エドワードは神妙に返事をした。

リュカは泣きそうな表情をしている。

リオラはそんなリュカの顔を心配そうに覗き込んでいる。


「リュカのことは、おれが守ります!

リュカ、おれの手を離すな。それだけでいい!」

リュカは無言で頷き、エドワードの手を強く握る。

「頼もしいな、エドワード。では、任せたぞ!

そしてリュカ。そなたに伝えねばならぬことがある。もしも万が一、この父に何かあった時には、そなたは、サント・フロールの自宅に戻らねばならぬ。その地下室に、そなたに伝えるべきもの、渡すべきものを残してきた。よいな、忘れるでないぞ?」

もう既に泣き顔となりながらも、リュカは大きく頷いた。

威勢の良さとは裏腹に涙目のエドワードの頭と、

そしてリュカの頭を優しく撫でるセフィアン。

一行は静かに、そして慎重に、一階へと降りていった。



 一階から窓を使って中庭に出る。

そして茂みに身を隠しながら、城門の様子を探る。

男とリザードマンはいなかった。

「総出にて捜索を始めたか。これは、好機! 参るぞ!」

城門をめがけて一斉に走り出すセフィアンたち。しかし――


城門の前に立ちはだかるように、あの男が突如出現した。

セフィアンは驚くも、咄嗟に子供たちを庇いながら後退する。

そして周囲を見渡すが、他のリザードマン兵の姿はない。

リュカはこの時、初めて男の顔をよく見ることが出来た。

その髪は銀色で、そしてその瞳は赤い。

忘れもしないあの夜、あの場所で母を連れ去った、あの男だった。


「ちちうえ、あいつです。あいつが、ははうえを……」

しかしリュカの言葉をかき消すように、

男が丁寧な口調でセフィアンに語りかける。

「グランテリア王、イオセフィアヌス陛下とお見受け致します」

セフィアンも落ち着いてこれに応える。

「私をイオセフィアヌスと知って、如何にする……?」

「陛下に恨みは御座いません。しかし、ここで死んで頂きます」

「然様か……」



 両者が剣を鞘から抜いた。

「子らには手出し無用! そなたも将たれば、これを聞き入れよ」

しかし男は答えず、にやりと笑うだけだった。


リュカの眼の前で、素早く斬り合う二人。

その速さは、あのゴブリン騎士との決闘を上回って見えた。

しかしセフィアンは決して引けを取っていない。

寧ろ、赤い目の男が押されているようにすら、リュカには見えた。

ついに男は大きく後ろに飛び退いた。

そこで魔法を使ったのか、セフィアンとの間に炎の壁を作る。

そして――



「そこに控えておるか? 出て参りなさい」

男が命じた直後、彼の後ろから二つの異形の影が現れる。

一人は爬虫類のような姿。しかしリザードマンとは違い、

下半身はヘビのようにうねっている。

右手にとても鋭い槍を持ち、左には鏡面の盾を構えていた。

もう一人は牛のような姿の巨体の獣人。

漆黒の角に、赤く燃えるような瞳が恐ろしかった。


「はい、エクシディオ様。我らはここに」

巨体の獣人が太い声で応えた。

「二人で相手をして差し上げなさい」

そう言うと、エクシディオと呼ばれた男はさらに後退した。

そして異形の二人がセフィアンに襲いかかる。


蛇男の槍を巧みにいなし、牛男の拳を素早く躱すセフィアン。

一対二ながらも、セフィアンは互角以上に立ち回っている。

ついに牛男が業を煮やして、セフィアンに突撃した。



 牛男が大ぶりで、セフィアンの顔面を潰そうと強打を繰り出す。

しかしそれをセフィアンが後退して躱す。

そこに連撃で左の拳を振りかぶったその刹那、

セフィアンが大きく跳躍した。

そして牛男の頚筋に、セフィアンの刃が吸い寄せられていく。

しかし牛男は反射的に、巨躯に見合わぬ素早さで仰け反った。

切先が頸からそれて、牛男の右目を捉える。

牛男は血を流す右目を押さえ、叫びながら後退りした。



 そしてセフィアンの前に蛇男が割って入る。

盾を構えながら、セフィアンとの間合いを慎重に測っている。

その盾には、セフィアンの背後にいるリュカが映り込んでいる。

しかしその姿はいびつで、グロテスクに歪んでいった。

セフィアンはリュカを気にして背後に気を取られる。そう見えた。

蛇男はその機を逃さず、素早く槍を突き出した。

しかしセフィアンはそれを見越して、半身で躱して間合いに入る。

そして左手で蛇男の槍を掴み、右から横に剣で薙いだ。

だが、既(すんで)の所で蛇男は槍を手放し、そして素早く後退りした。



「そこまでです」

エクシディオがリュカを掴む。そして喉元に剣を突きつけた。

「ちちうえ……」

周囲にはいつの間にかリザードマン兵も集まっていて、

エドワードやリオラも拘束されている。


「気配が読めぬ……。何かの魔法か。またもや、ぬかったわ……」

「さあ、槍を返して差し上げなさい。そして勿論、その剣も捨てて頂こう」

エクシディオに従うしかないセフィアン。

その剣を投げ捨てた。


「よろしい」

満足気に冷たく笑うエクシディオ。

「人質とは、卑怯な…。そなた、将としての矜持は持たぬのか」

悔しそうにエクシディオを睨みつけるセフィアン。

しかしエクシディオはそれを意にも介さない。

「誉れ、誇り、それが何になりましょうや? とうの昔に、然様に無意味なものは、捨てました」

そう言って笑い、蛇男と牛男に目配せする。



「しかし然りとて私はこう見えて、とても慈悲深い男です。もしも貴方が、一切の身じろぎもせずに、ここで死んで見せて下さるのならば、お子様方だけは助命致しましょう。どうですか?」

「それをどうすれば、信じられるというのだ」

「子供たちを生かすも殺すも、私にとってはどうでもよいのです。だからもし、あなたが私を楽しませて下さるなら、生かすもまた一興。そういうことです。

これでも信じられぬとあらば、私(・)の(・)神(・)に誓いましょうか?」


「ふむ……。もう、よい……」

セフィアンはエクシディオに剣を突きつけられるリュカを見つめ、

そしてゆっくりと頷いた。

「相分かった。我が命、奪うが良い。我は動かぬ……!」


それを合図に、セフィアンを襲う蛇男。

蛇男の鋭い槍の一突きで、その腹部から背中へと貫かれる。

しかしセフィアンは、本当に身じろぎ一つ、しなかった。



「リュカ……。決して諦めず、そして、強く生きなさい……!

そなたには……いつも……父と母が……ともに……いる……ことを……」


「お見事! 感服致しました。そして、楽しませて頂きましたよ。これはそれに対する、謝意を込めた手向けです。偉大なる戦士を、盛大に冥府へと送って差し上げましょう」


“Naur beleg, síla a thondatha!

Dagro i thond naur dan i gwaith!”


「ちちうえ! ちちうえ!!」

エクシディオの笑い声とともに、その頭上に巨大な火球が生じる。

そしてつんざくような音がリュカの声をかき消し、火球はセフィアンを襲う。

すると一瞬にして灼熱の炎がその身を包んだ。

しかしほどなくして、辺りには静寂が戻った。



「では、子供たちは神殿へ、連れて行きなさい」

「閣下、この狼は如何いたしましょう?」

「ふむ。それは狼ではなく、セイバーウルフの幼獣です。幼獣とはいえ魔獣と主従の契りを、斯様に幼くして結ぶとは……。詰まらぬ血ながら、それは争えぬものですね……。

まあ宜しい。それは捨て置きなさい。たとえその絆を繋いだとて、所詮は幼獣。己が主の事も全て、程なくして忘れましょう」



 薄れゆく意識の中で、父の立っていた黒焦げた場所に手を伸ばす。

しかしリュカはリザードマンに担ぎ上げられ、それは遠のいていった。


アオォォォン……


そして最後に聞いたのは、リオラの悲しげな遠吠えだった。

それはいつまでも、ルノリス城の静寂の中にこだましていた。



 ――第一部 完――




毎週金曜20時20分更新予定

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