騎士道
<第一章 Chevalier Gobelin - 騎士道>
街の西外れまで慎重に移動し、そして森の入口までたどり着いた。
「それでは、私めもここで、お見送りとさせて頂きまする」
そう言うとピエールは、セフィアンと固い握手を交わした。
「これまでの長きに渡り、感謝いたす。この恩は生涯、忘れませぬぞ」
「必ずや、生き延びてくだされ。そして、再び会いましょうぞ。王子様方も、末永くお健やかに……。
セルジオ殿が戻ったら、仔細はお伝え致します。では、お気をつけて」
そしてピエールは街の方へと戻っていった。
「エドワード、そしてリュカ」
セフィアンが神妙に子どもたちに語りかける。
「この先は、どの様な危険があるやも分からぬ。故に、そなたらにこれを授け置く」
そう言ってセフィアンは短剣を二人それぞれに手渡した。
「しかし、いたずらに抜いてはならぬぞ。その身が危うい時のみ、それで身を守るのだ。よいな?」
二人は緊張した面持ちで頷いた。
そしてふと、リュカがセフィアンの腰の剣に気づく。
「ちちうえ、その剣。あの鳥が付いていないです」
「ふむ、あの剣は置いてきた」
これにはエドワードも驚く。
「よろしいのですか? 大切なものでは?」
「よいのだ。人目を惹くあの剣は、今は我らの枷となりかねん」
リュカたちは寂しそうな表情でセフィアンを見つめる。
「なに。街に戻れば、再び握ることも叶おうぞ!」
しかしそう言って、セフィアンは笑った。
セフィアンたちは、夜通し森を西へと歩いた。
月明かりが一行の足元を照らし、彼らを助けてくれた。
しかしながら、子どもたちを連れての移動には、
想像以上に時間を要してしまう。
それでも、無理のない範囲で上手く配分して進んだ。
大人の足なら一日で抜けられた森だったが、三日かかった。
森を抜けると、さらに北西へと進路を向ける。
ルノリス旧王国の都を、先ずは目指すことにした。
平原に出ると、東の空に何やら黒い影が浮いている。
朝日を受けて、羽ばたく姿がうっすらとだが見える。
「あの影は、鳥ではないな……。飛竜か?」
空を見上げながらセフィアンが呟く。
「見たところ、こちらを襲う素振りはない。構わず先を急ぐぞ」
リュカはその影が気になりつつも、セフィアンの後を必死に追った。
万が一を考えて、追手から目をくらますためにと、
セフィアンたちは再び森へと入る。
森とはいっても、木々は疎らで開けた場所は多かった。
それでも平原を進むよりは、多少なりとも安心できた。
木々が少ないことで、魔物の襲撃からも身を守りやすく、
特にセフィアンもゆっくりと野営で休憩できた。
そんな森の中を北西に進み始めて三日目のこと。
少し遠くから奇妙な音が聞こえる。
「ラッパ? 角笛か……?」
セフィアンは聞き耳を立てている。
そんな矢先、四本先の木の根本あたりの草木が揺れる。
そして小さなゴブリンが一匹、ひょっこりと顔を出した。
そして一目散に、音の方へと駆け出した。
「あいつ!」
「待て!!」
ゴブリンを追おうとするエドワードを制止するセフィアン。
「あれは、逃げたのではない。しかし、誘い出す罠とも思えぬ……」
ゴブリンが走り去った方向を睨むセフィアン。
「そなたらは、この木陰に隠れていなさい」
そう言ってセフィアンは一人、音のした方へと歩み出ていった。
すると、ずっと向こうの方。かすかに目視できるくらいの距離に、
数体のゴブリンたちが現れる。
そしてその後ろから、悠々と何かに騎乗する人影が姿を現した。
少しずつ近づいてくるゴブリンの群れ。
その騎兵の姿も徐々にはっきりと見えてくる。
それは馬ではなく、大きな黒い狼に跨っている。
「ワーグ……」
低い声でセフィアンが静かに唸る。
黒いワーグに乗るそれは、やはりゴブリンくらいの大きさに見えた。
しかし、その姿は異様そのもので、銀色の甲冑に身を固めている。
背中には大きなヒーターシールドを背負い、腰からは剣をさげていた。
ワーグに乗せられた鞍には、馬上槍のようなものも備えられている。
それはさながら、まるで『騎士』のような出で立ちだった。
「ゴブリンの、騎士……? なんとも面妖な……。それはよい。ワーグストーカーとゴブリンの群れ……。囲まれれば、子らを守りきれるか危うい……」
セフィアンの表情に焦りが見える。
しかしその時再び角笛が鳴り、ゴブリンの集団は一斉に止まった。
最初のゴブリンを目撃した、それの倍ほどの距離だった。
ゴブリン騎士は集団を置いて、独りゆっくりと近づいてくる。
そしてセフィアンまで十歩ほどの位置で、狼の歩みを止めた。
止まるやいなや、おもむろにその兜のバイザーを上げる。
この緊迫感の中でもその表情は、非常に落ち着き払ったものに見える。
そしてゴブリン騎士はセフィアンに向かって語りかけてきた。
「貴殿を、一角の武芸者とお見受け致す! 拙者、名をジョフロワと申す! 貴殿の御名を伺いたい!」
「セフィアン、と申す!」
少し困惑しながらも、セフィアンは堂々と答えた。
「セフィアン殿。拙者とのお手合わせ、願えますかな?」
妙な求めに対して、セフィアンは少し間をおいて問い返す。
「断れば、如何に……!?」
両者の間に無言の時間が流れる。
そしてゴブリン騎士がその静寂を破った。
「この森は、我が所領、狩場にござる。余所人が戯れに抜けること、決して罷り通らぬ。然れど強者とあらば、それを許す事、吝かに非ず」
「そなたに勝てば、我らを通すと申すか」
「如何にも」
「ならば、是非に及ばず……!」
セフィアンがそう告げ、静かに剣を抜く。
すると、ゴブリン騎士ジョフロワは、なんとワーグから降りた。
そして腰から剣を抜き、背中から盾を取り出す。
「徒士を馬上にて討つは、無作法というもの。貴殿と同じく、徒士にて手合わせ願おう!」
こうして、セフィアンとゴブリン騎士の決闘が始まる。
戦いは静かに始まった。
両者いたずらに間合いを詰めたりもせず、
ただ互いに様子を見合っている。
最初に動いたのはジョフロワだった。
盾を突き出しながら一気に間合いを詰める。
そして盾をひらりと翻し、その陰から電光石火に真っ直ぐと突いた。
しかしセフィアンは更に速く左半身となり、それを躱す。
そして剣を右に振り抜いた。
それをすかさずジョフロワは盾で防ぐ。
そしてそのまま盾で叩こうと鋭く振った。
しかしセフィアンは素早く後ろに下がりそれを避けた。
次はセフィアンが先に動いた。
一気に間合いを詰めて、素早い斬撃を数回入れる。
それをジョフロワは盾でしのぎながら反撃の機会を待った。
大ぶりの一撃を盾で弾き、セフィアンの剣が下がる。
そして、ついに隙が生じる。そう見えた。盾を左へ薙いで、
その流れで渾身の突きを繰り出そうとするジョフロワ。
しかしセフィアンはそれを待っていたかのように、
剣を振り上げてその盾を外側へ弾く。
バランスを崩すジョフロワに、そのまま返して剣を振り込んだ。
すんでのところでジョフロワは、これを剣で防いだ。
「面白い。実に面白い!」
豪快に笑うゴブリン騎士。
「是程に滾る決闘は、久方ぶりじゃ! セフィアン殿。貴殿ほどの剣の使い手は、そうはおるまい」
そう言ってジョフロワは、自ら盾を地面に突き立てた。
「ならば、この盾は無粋というものよ。此度は剣のみで、いざ勝負と参ろうぞ!!」
ここからは、リュカの目には速すぎた。
瞬き一つの間に、両者は数度斬り合う。
それは傍目に、両者互角と映った。
そして強者同士、最後の斬り合い。
これだけはリュカにも不思議と見ることが出来た。
ジョフロワが彼の右上から剣を振り下ろし、
セフィアンはその間合いに素早く一歩踏み込んで、
その一撃を鍔で受ける。
そして手首を返して剣を回転させると、
ジョフロワの剣を下に、それを低く押し込めた。
そしてジョフロワの上体に大きな隙ができる。
しかしその時だった――
「モン・セニョール! 騎兵多数、接近中にございます!」
少し小さめのワーグに跨ったゴブリンが駆け寄り、叫んだ。
「モン・エキュイエ! 割り込むでない! 決闘の最中ぞ!!」
しかしジョフロワはその意味をすぐに察する。
東の遠くから、何かに跨った姿の人影がいくつか見える。
それは駆け足で近づいてきている。
近づくにつれて、その姿がはっきりする。
イグアナのような生物にリザードマンが跨っている。
鎧を着込み、槍を構えていた。
「リザードマン共め。折角の決闘に水を差しおって……」
ジョフロワが低い声で唸る。
そして剣を収めてセフィアンに向き合った。
「邪魔が入った。此度は是迄と致しましょうぞ」
そう言うと盾を拾い、そしてワーグへと騎乗した。
「強者の証は立てられた! いつでも歓迎致すぞ、セフィアン殿!」
そして従者ゴブリンの一人が角笛を鳴らす。
「無作法者が、我が領地踏み荒らすこと、罷り成らん!」
そう言うとジョフロワは盾を構え、
リザードマン騎兵達にワーグを向けた。
そしてセフィアンに語りかける。
「何れ、またお手合わせ願おうぞ! 我が認めし好敵手よ!」
そして兜のバイザーをさげ、槍を手に取る。
鬨の声を上げ駆け出した彼を、従者たちは追っていった。
「今だ。参るぞ!」
そう言って子どもたちに出発を促すセフィアン。
こうして不思議なゴブリンの騎士との決闘を終え、
一行は森を北へと駆け抜けたのだった。
第一部完結まで、毎週金曜・日曜20時20分、週2話更新予定




