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The Brides of Destiny - 運命の花嫁たち  作者: Telda Caladlimion
第二篇 Sainte-Flore - 邂逅
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朱金の天輪花

<第三章 Vermilion-Gold Célestagète - 再会の約束>


あれから月日は経ち、暑い夏も終わってすっかりと涼しくなった。

森の木々は朝霧に包まれ、金色に色づき始めている。

特に朝冷えする日には、フロリーヌの川面にしばしば靄が漂う。

今年も再び、冬の足音がすぐそこまで近づいていた。

しかしそんな中でも、収穫祭を前にして

サント・フロールの市場は今日も賑わっている。



「セルジオ、今ごろはもう着いてるかな?」

「まあ、川を下って行ったから、そろそろ着いてる頃かもな」

セルジオは数日前、大きな船で大河を下りナヴィスベリーへと向かった。

家業の貿易商として、取引を行うためだった。

こうして時折、セルジオが中心となって商売を行っていた。


「セルジオいつ頃帰るのかな、エドワード?」

「そうだなあ、もうすぐ冬が来るから、来年の春くらいかもな」

「そっか……」

リュカは寂しそうに俯く。


「しかし、セルジオがいないと、なんというか、なあ……」

「うん……」

セルジオが作る朝餉を恋しがる、リュカとエドワード。


「如何した? 父の作る朝餉は、もしや口に合わぬか?」

エプロン姿のセフィアンが、不安そうに子どもたちに聞いた。

「ううん! そんなことないよ! ちちうえのごはん、おいしい!」

「そうですとも! 父上の食事は、美味しいです!」

リュカとエドワードが一生懸命に励ました。


「子供は気を使わずともよい。己でも分かっておる。こうした事は、昔から、不得手なのだ……」

珍しくはにかんだ表情を浮かべるセフィアン。

「ちちうえにも、苦手なことがあるのですか?」

不思議そうな顔のリュカ。


「無論だ。誰しも得手、不得手はある。故に皆で、ともに力を合わせる必要があるのだ」

セフィアンは笑顔で、力強く語った。

「エドワードも、リュカも、ともに得手不得手は違う。だからこそ、助け合うことで大きな力になる。

今後も互いに、支え合うのだぞ」

「はい!」

「わかりました!」

元気に返事をするエドワードとリュカの頭を、

セフィアンは優しく撫でた。



 セフィアンが仕事に出た後、リュカたちは遊びに出かけた。

ラファエラは宿屋の手伝いが忙しく、その日は合流できなかった。

宿は毎年、この時期は書き入れ時で、とても賑わっている。


「今日もラファエラは遊べないのか、忙しそうだな」

「うん……」

「そんな顔するなよ! あいつの分も、おれたちで遊ぼうぜ!」

寂しそうな表情のリュカを励ますエドワード。

「そうだな。今日は厩舎に遊びに行こうか。馬に乗せてくれるって、エドモンさんが前に言ってたし!」

「うん! いこう!」

南門近くの厩舎を目指して、二人は駆け出した。



 厩舎につくと、南門はいつも以上に人通りが多かった。

馬房は既にいっぱいで、日帰り訪問者の馬は馬留に繋がれている。

「いた! エドモンさん! 遊びに来たよ!」

エドワードが厩舎前で忙しそうに働く男性に駆け寄る。

「悪いな、坊ちゃん。今日は忙しいんだ。また今度にしておくれ。今日は異国の兵士さんも来てて、ただでさえ忙しい時期だってのに、輪をかけて客が多いんだよ」

しかしそう言われて、二人は追い返されてしまった。



 残念そうに頬をふくらませるエドワード。

そして厩舎に馬を預ける数名の兵士に気付いた。

革の鎧に身を包む自警団の門兵と比較して、明らかに違う。

焦げ茶の外套の下に鈍色の鎖帷子を着込んだ姿。

鎖帷子の上には黒と白の対角四分割のタバードを羽織り、

外套の下からはその左胸あたりに、

黒い花と赤い蔦の様な紋様がちらりと見え隠れしている。


「ん? あのかっこう、まちの自警団じゃないな。エドモンさんがいってた、異(・)国(・)の(・)兵(・)士(・)ってやつか?」

何かを考え込むエドワードの顔を、リュカが覗き込む。

「どうしたの、エドワード?」

「いや、なんでもない。しかたないから、ほかで遊ぼう!」

そういってエドワードは橋の方に駆け出した。



 寄合所の向かいにある教会。ここでは毎週礼拝が開かれ、

参加すると小さな焼き菓子と甘い飲み物が配られる。

それを目当てにリュカとエドワードは、教会を訪れていた。


「オルディアの神は云われました。『汝、希望絶やすなかれ』……」

祭壇では司祭が、参加者のための説教を行っている。

しかしエドワードは既に飽きているようで、退屈そうに欠伸した。

「早く終わらないかな、いのり」

「しーっ! おこられちゃうよ?」

リュカが精一杯の小声で、エドワードに注意した。



「天なる賢者様はこれまで、数多の勇者様をお導きになられました。此度(こたび)も、賢者様のお導きに依りて、勇者様が然る時に顕現なさり、苦難より我らを、必ずやお救い下さります。

さあ、祈りましょう……」


「イェヒ・シャローム……」


「いぇひしゃろーむ! やっと、終わったか」

エドワードは目を輝かせ、配られる菓子と飲み物を受け取った。

ひし形の焼き菓子には、白く砂糖がまぶされている。

そして飲み物は、淡く金色に煌めいていた。

リュカもエドワードも、お菓子の甘さに頬が落ちそうになった。

そして飲み物も、優しい甘さにほんのりと酸味が効いて、

お菓子の甘さにとても合っていた。


「タイクツな話、聞いたかいがあったよな、リュカ!」

「そうだね」

すべて食べ終えて、満足そうなエドワード。

対してリュカは、説教の内容にもまた、心惹かれるのを覚えていた。



 昼になり、リュカたちはラファエラの旅籠の食堂を訪れる。

セルジオが不在の際は、いつも昼食をここで取ることにしていた。

しかし繁忙期とあって食堂も混んでいたので、

時間をずらして少し遅い昼食となった。

ちょうどラファエラも休憩がてらに、ともに食事することになった。


「つかれたわ。今日は本当にお客さんがおおいのよ……」

「エリーナちゃん、たいへんだったね!」

「リュカの笑顔をみたら、でもなんだか、元気がでたわ。

午後もがんばるわよ!」

「むり、しないでね?」

そんな会話をする二人をよそに、

エドワードは他の大人の客席に混じって話をしている。



「今年の夏は上流地域に例年ほどの雨が降らなかったので、大河の水位はあまり高くありません。浅瀬に注意して下りましょう」

「川沿いでの襲撃報告は、今のところ三件だ。だが十分注意した方がいい」

「本格的な冬が来る前に、下流域に到着したいが、可能かね?」


他の席では、航海士や警護隊長、それに商人といった人々が、

それぞれの席で思い思いの相談をしている。

その席の中には、一人の年老いた男性がいた。

粗い布のチュニックを着ており、裾からは鎖帷子も見える。

そのチュニックは、ところどころに錆が染みていた。

曰く、ルノリス王国の巡礼の旅をする、騎士だと名乗った。

エドワードは、特にこの老騎士の話に釘付けとなっている。



「童(わらべ)よ、そなたはゴブリンの騎士を存じおるかな?」

老騎士は優しくエドワードに語りかけた。

「ゴブリンの騎士? そのような者がいるのでしょうか?」

「某(それがし)も、この目で見た訳でない。だが我ら騎士の間では、それは語り草となっておる――

黒き狼に跨り、銀の甲冑に身を包み、そして盾と剣を持つ。従者を連れおるが、だが決して徒党は組まぬ。強者を見定め、名乗りを上げ一騎打ちに挑む。誉れを重んじるその様は、まさしく騎士。

斯様なゴブリンの騎士がいるという」



 エドワードは目を輝かせながら聞き入っていた。

しかしそこに商人が割って入る。

「騎士様、子供をからかってはいけませんよ。『シュヴァリエゴブラン』は、ただの伝説です。おおかた、ワーグストーカーを見間違えたんでしょう」


「ふむ。某もこの目で見たわけではない。故に確信などないが……。

然れど、斯様なゴブリンがいるやもしれぬ。これを鑑みるに、我ら騎士の身は引き締まるというものよ。騎士道において、ゴブリン騎士には負けられぬとな。

存外、然様な思惑で創られた、狂言の類やもしれぬ」

そういって老騎士は力強く笑うのだった。



 食事を終え、ラファエラは手伝いへと戻っていった。

リュカとエドワードは、すっかりと空いた食堂に残り、

午後の時間をどう過ごすのかを相談している。

そんなおりだった。


「リュカ! エドワード! いるかい!?」

血相を変えてテオが食堂に入ってきた。

「お父上が待っているから、いますぐ一緒に来ておくれ!」

そう言われて、リュカたちはテオについて宿を出る。

入口にはリオラも連れてこられて待っていた。

ただならぬ雰囲気に、緊張するリュカとエドワードだったが、

言われるがままにテオについていった。



 黄金の天輪花亭から中央の橋に向かい、その手前で北奥の道に入る。

そしてその先には小さな家屋、曳航夫たちの詰め所がある。

扉をくぐって中に入ると、セフィアンとピエールの二人が、

真剣そうな面持ちで話し合っていた。


「おお、来たか。ではピエール殿、諸々の事宜しく頼む」

「はい、お任せくだされ」

ピエールは子どもたちに微笑みかけると静かに出ていった。

そしてセフィアンは二人に語りかける。



「そなたらには正直に話さねばなるまい。どうやら、追手にこの場所が知られてしまった。街の内外には、既に追手らしき者たちが目撃されている。我らはなんとかして、ここを脱さねばならぬ」

リュカは言葉が出なかった。


「門のまえで見た兵士。あいつらって、まさか……」

エドワードは何かを悟ったような表情を浮かべる。

「私も見た。あの兵は薔薇の紋を付けている。あれは紛うことなく、リヒトハルトに連なる紋様。正規兵か、それとも私兵かまでは分からぬが」

エドワードの顔が真っ青になり、リュカも不安で汗をかいた。



「ここから北の造船所に小舟で向かい、そこで夕暮れを待つ」

セフィアンはリュカたちを連れて、曳航夫や船大工たちが利用する、

すぐ近くの小さな船着き場へと移動した。

そこで二艇に分かれて小舟に乗り、フロリーヌ川を静かに下る。

そしてトレーネン大河合流手前で船をつけ、造船所へと入った。



 造船所の中に入ると、大きな船が組み立てられているところだった。

所々に資材が山積みとなり、金槌や鋸などが乱雑に置かれている。

そして一人の船大工が、セフィアンを見つけて近づいてきた。


「ジャック親方!」

その船大工に声をかけるエドワード。

「おっ、坊主か」

船大工もエドワードとは顔見知りの様子だった。

「ジャック殿、世話になり申す」

「セフィアン様、話はピエール町長から聞いています。夕暮れの終業までの間、あの船に隠れていただきます」

セフィアンはジャックと握手を交わし、船へと向かった。

「坊主。今日は見学とはいかねえかもしれねえが、作りかけの船の中を見られるぞ」

「ありがとう、ジャック親方!」



 こうして、セフィアンたちは船の中に隠れた。

中はまだ甲板部分が造られておらず、

資材などが大量に置かれている。その物陰に毛布を敷いて、

三人と一匹は夕暮れを待つことになった。


セフィアンは度々船外の様子を見に出かけ、

戻る度に険しい表情になっていった。

そして日差しに赤みが増した頃、ピエールと一緒に戻ってきた。



「やはり危惧した通り、大河に停泊する船は追手のものです……」

「ふむ。さもあろう。この街に”あたり”を付けているならば、最も恐れるべきは、我らに川を下って逃げられる事。それを監視するのは至極当然とも言えよう。ならば、当初の計画を変えざるを得まい……」


子どもたちは、二人の会話を固唾をのんで聞いている。

「では、セルジオ殿と合流するために、まずは東へと抜け、そして陸路、ナヴィスベリーへと向かわれますか?」

「それは、追手が最も望むものやもしれん。東へ行くほどに、リヒトハルト領に近い。それだけ兵も動かしやすくなろう」

深刻な表情で考え込む二人。


「やはりここは裏をかき、西へと向かうが上策やもしれん」

「しかし、西は最果て。その先には港もありません。さらに北へと行くほどに、街も集落も少なくなります。袋小路に陥りませぬか?」

「なに追手とて、いつまでもこれだけの手勢を動かすこと、そうそう容易には出来ぬ。それにもうすぐ冬が来る。我らの足跡さえ消す事が叶えば、間もなく諦めざるを得まい。さすれば、上流で船を用立てて川を下り、この街に戻るなり、ナヴィスベリーを目指すなり、また活路も開けよう」

こうして、一行は西へと向かう事に決まった。



 太陽が西へと沈みかけた頃、セフィアンたちは造船所を出て、

再び小舟に乗り川をのぼる。

そして街の近くに差し掛かる頃、東岸に人影が見えてきた。

それはテオとマドレーヌ、そしてラファエラだった。

テオはできる限りかき集めた物資を、船の上に降ろしていく。

そしてラファエラは岸から船に飛び乗った。


「必要そうなものは、全て入れましたわ。おじさま。道中、どうかお気をつけて。

それにエドワード、あなたも。お腹を出してねたりしたら、風邪引いちゃうわよ?」

そしてラファエラはリオラに向いてかがみ込む。

「リオちゃんも、冬は寒いから、これを首に巻いてね」

そういってバンダナをスカーフのようにリオラの首に巻いた。

リオラはどこか寂しそうに、しかし尻尾をめいっぱい振って

ラファエラを見つめ続けた。



 そしてラファエラはリュカの前に立つ。

「エリーナちゃん……」

「ほら、リュカもそんな泣きそうな顔しないで。大丈夫、また会えるわよ!」

そう言うと、ラファエラは一輪の花を差し出した。


「これはね、前に話したでしょ。うちの宿の看板の花。セレスタジェットの花よ。言ったとおり、ほら赤いでしょ?」

「うん……」

「この花はね、季節ごとに色が変わるけど。その花言葉もね、季節で変わるの。この秋のセレスタジェットにはね、『再会』って意味があるのよ」

リュカは花をラファエラから受け取る。


「こうして、お別れのときにね、相手に渡すと、必ず再会できるって、そう言われてるのよ!」

「うん!」

ラファエラに笑顔を見せるリュカ。

潤んだラファエラの紺碧色の瞳が、夕日で朱金色に染まる。

それはまるで、手元のセレスタジェットの花、そのものだった。



 ラファエラが岸に上がると、ゆっくりと小舟は西岸に寄せて付ける。

そしてリュカたちは岸に上がった。

川を挟んで、テオとマドレーヌ、そしてラファエラが手を振る。


「テオ殿、マドレーヌ殿、お世話になり申した!」

「セフィアンさん、また立ち寄ってくださいね!」

「また会おうな! ラファエラ!」

「げんきでね、エリーナちゃん!」

「また会いましょうね、絶対よ!!」

思い思いに声を掛け合い、そして一行は西へと向かう。


リュカが何度振り返っても、ラファエラは手を振り続けていた。


第一部完結まで、毎週金曜・日曜20時20分、週2話更新予定

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