22話『氷室政明vs夢川ユウカ②』
「はあ、はあっ、はあッ!」
──痛い。体中が痛い。ギシギシと音を鳴らしている。こんなにも体を動かしたのは一年ぶりぐらいかもしれない……。
微かにだが、再び夢川との距離が空いたという瞬間。ちょうど下り坂を下りきる直前だった。
久しぶりの痛みに耐えながら、僕は自分の計画遂行のため──……一歩、走る脚を大きく前に踏み込んだ。
クククっ、この僕が、ただただ純粋な体力勝負をするとでも思ったのか!
「おら、これでも喰らえ!」
「きゃっ!?」
僕の前を優雅に走っていく夢川の背中に、僕は自身の懐からある物を取り出して投擲した。もちろん、彼女の背中に向かって。
「なにを投げたのよ!?」
「──フっ、そんなの決まっている! ねちょねちょベタベタのスライムだ!」
「っ!」
彼女の首に直撃した青色の半液体半固体の物体。その名を、スライムという。そのスライムは自由自在に形を変えて、彼女の首筋にくっついたのだ。
それが気持ち悪い感覚を誘ったのか、分かりやすいほどに彼女の走るスピードが低下した。
「あなた、外道だとは思ってたけど、これほどまでとはね……!」
「そんなことを言われる筋合いはないぜ、夢川──ぜぇ、ぜぇ! 僕はルールに従順な男だからな! このマラソンは相手への妨害ありの勝負だ。僕はただ、ルールの中で正々堂々戦っているだけに過ぎない」
言葉ではそういうけれど、実際に僕がそう思っているわけではない。流石の僕でも、この戦いが正々堂々であるとは言わない。
「ルールではOKだからって、相手を妨害する戦法をすぐ使っちゃうのは、正々堂々とは言えないわよ……!」
「言ってろ! ──おらっ!」
夢川ユウカは僕に対して文句を言っているが、無視。無視して、僕は低速で走っていた夢川を追い越すのだった。
そして同時に、長い坂を下りきった。
「こんなもので妨害して、勝てても嬉しいのかしら?」
「嬉しいかどうかなんて気にしてられるか! 僕にとって勝負は、勝ち負けの結果が全てだ!」
「へえ、なら……貴方に全力を使わせた上で、完膚なきまでに私が勝利してあげるわ!」
夢川は再び速度を取り戻し、僕に追いついてしまう。
──速い!
「ほら、貴方なんてすぐに追いついて、そのまま抜き去ってあげるわよ!」
「させるか!」
僕は彼女の進路を妨害するように、彼女の前方コースを走るのだが……夢川がいつの間にか取っていたスライムをこちらへと投げつけてきたことをキッカケに、僕はまた彼女に追い抜かれてしまうのだった。
「ぁ!」
彼女の背をまたしても捉えることになる、僕の視界。
しかし。
「きゃっ!?」
──彼女はそんな悲鳴をあげ、減速した。
僕を追い越して進んでいった夢川の進路に、水溜りがあったのである。僕を追い抜くことに意識を割いていたのであろう彼女は、それに気付かなかったのだろう。見事にドボンだ。
水溜まりに踏み込み、地面に溜まっていた泥水が空中へと跳ね上がった。
「悪いな!」
彼女にとってのアクシデントは、僕にとっての希望である。僕は彼女が気づかずに水溜りに突っ込んだことを幸運と捉え、そして夢川ユウカを追い越していく。
「わざとかしら……!? 私の制服が汚れたじゃない」
「戦いに怪我はつきものさ! 勝負で汚れないことを諦めろ!」
「あなたこそ、勝つことを諦めなさい!」
「いやだね!」
走る。走る。走る。速く、走っていく。
下りを抜けた先は再びちょっとした直線になっているのだが、そこから百メートルも進めば、次は上り坂なのである。
……息は荒く、視界は白くぼやけている。
若干。というか、かなりの酸欠状態だ。
こんな満身創痍の状態で、果たして僕は──この直線を進み、上り坂を越えることが出来るのだろうか?
──出来るか出来ないかじゃない。やるんだ。
……なんてことは言わない。
そんなんじゃない。
やるんじゃない。僕ならば、その程度のことは出来るに決まっているんだ……!
ただ、それだけでいい。
僕はそれだけを抱いて、目に炎を灯し、脚を加速させていく。
「はあ、ぁあ、ぁは!」
必死に進んでいく僕の背後から、ふと威圧を感じた。夢川ユウカによるものである。……彼女がいまにも、僕を追い抜こうとしていたのだ。彼女は、右から僕を追い抜こうとしている。
だが、それは察知していた。道の隅に溜まっていた葉の塊を見つけた僕は、それを蹴り飛ばし、複数枚の葉っぱを宙へと浮かせる。
そして、見事。
その葉っぱは空中を踊り、背後を走る僕のストーカーの走行を妨害した。
「うわっ!?」
数秒のタイムラグをおいて、夢川が叫んだ。
「僕がこのままゴールしてやるよ!」
抜かされぬまま直線を走り切り、僕は上り坂へと突入する。コースとしてはこの上り坂を越えて、数度カーブを曲がってくねくね道を走れば、ゴール地点である川が見えてくる。
「そうはさせないわよ、セコ男!」
「──言っただろ、勝てればいいんだってな!」
この上り坂はかなりキツい。
急勾配。二十パーセントの坂だ。具体的な角度にすると、大体11.3度ぐらいである。ただ歩くだけでも辛いこの坂を、走りで登るのだ。
それはもちろん、とても辛い。
だが僕は彼女に勝つためにも、ペースを保ったままこの坂を越えなければいけないのだ。
だから、僕は坂に入る直前。
大きく息を吸い込んだ。
この坂が、勝負の境目となるだろう。
だから、僕は息を吸い込むことで疲弊した体に喝を入れたのだった。
「勝負だ、夢川!」
「……っ、望むところよ!」
作者が今置かれている状況はテスト期間であり、僕は今数学やら国語やらとvsしている状態だ。
ということでテスト期間中は不定期投稿になりますが、よろしくお願いします




