23話『氷室政明vs夢川ユウカ 決着(前)』
僕は息を絶えながらも、なんとか速度を保ったまま上り坂を──駆け上がっていた。
駆け上がる。
というには、随分遅いかもしれないが……。とにかく、僕はなんとか夢川に追い越されないように走り込んでいたのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ──っ」
この坂。この上り坂ぎ、この勝負において正念場だろう。ここさえ越えてしまえば、後は緩やかなカーブ数本だけである。
だから、精一杯を込めて走る。走る。登る。
「っ!」
後ろから夢川の息遣いが聞こえてきた。真後ろだ。少しでも気を抜けば、一瞬で追い越されるようなほどの近距離──。
坂を登り切るまで。
残り、三十メートル。
行ける!
「ぁは、っぁ!」
今にも筋肉がはち切れて倒れてしまいそうである。だが僕は、こんなところじゃ止まらない。
坂を登り切るまで。
残り、二十メートル。
僕の髪が坂の頂上から吹く向かい風によって舞い上がった。髪型はオールバックみたいな感じになっているだろう。
僕は進む。
残り、十メートル。
──このまま行けば、勝てるッ!
この坂を登ることに関しては、完全に純粋な体力勝負だ。それは紛れもない事実。
そして最後の最後に、ズル関係なく、ただの真剣勝負を持ってきたのは──それも紛れもない、僕の『計画』通り。
微笑を浮かべ、息を吸い込む。
この勝負、勝てる。
「最後の最後で純粋な体力勝負──貴方にしては中々プライドのあることするじゃない?」
しかし、そんな。
一筋縄でいけるわけがなかった。
「その勝負、乗らせてもらうわよ──ッ! そして、私が完膚なきまでに貴方に敗北を味合わせるわ」
僕にとってほぼ最高速であった今のスピードを遥かに上回って、夢川は僕のことを追い越す。
一瞬の出来事。
まるで今から本気を出す、みたいな雰囲気だった。
先ほどまで僕が戦っていた夢川は、此処にはいないみたいだ。
「っ!?」
風の如く。
こちらを追い越し、彼女は坂を駆け上がっていく。
───まずい。
そこで、僕はようやく自分が危機に追い込まれたことを理解した。
「っなんでそんな体力が有り余ってんだよッ!!」
「別に、この程度じゃ疲れないわよ」
圧倒的なスピードで進んでいく彼女に、なんとか僕は食らいついていく。のだが。
やはり体力の差が大きかったようだ。
坂を登り切る──つまり、ほぼ勝敗が決まる場所を抜けきった時点で。
僕と夢川にある空間は、登る直前と比べて大きく開いていたのだ。
『負ける』。
そんな言葉が、僕の脳裏をよぎる。
……くそっ!
「あとはカーブ数本だけ……それで、その先の橋を渡ればフィニッシュ。私の勝ちよ」
颯爽と走る前方の少女は、そう勝利を宣言した。
再び広がる並木道。
日が暮れ始めているため、少し薄暗い。そして残されたコースは、たった少しの直前とコーナー二本のみ。
勝ち筋は───。
ない……無理……ではなくて。
どこかにあるはずだ!
「どうする」
僕は、とにかく全力で思考した。
どうすれば、ここから立場を逆転することが出来る?
そんな簡単で、単純明快な問いに答えを見つけようとする。
どうすれば、今から彼女を追い越せる?
どうすれば、今から僕が勝利できる?
どうすれば、今から希望を見出せる?
そこまで考えて、そして放棄した。……やめだ。そんなのは僕の柄じゃなかった。深く考えるのは好きだが、深く考えすぎて迷宮に潜り込むのは大嫌いなのだ。
だから、氷室政明は最も単純な解を導き出した。
──そう。
ここから、"純粋な走る力"で彼女を追い越せば良いのだと。
「ッッッ!!」
その瞬間。僕は残された体力の全てを出し切り、持ちうる生命エネルギー全てを使い切る勢いで加速した。
もう頭脳戦なんて出来やしない。
策なんてない。
ただ僕が勝つ方法は、この方法しか残されていないだけだ。
……彼女を追い抜く。
ただそれ一心だけを心に留めて、更に加速していく。
もっと。いや、もっと───。
「っ!? なによ、中々速いじゃない!」
「褒めなくて結構だ! それよりも、早く負けを認めて減速しやがれ!」
「……ふん。そんな甘いことはしないわよ!」
ここまで全力疾走するのは、約半年ぶりである。僕が極限までナルシストで問題児だった頃。その頃をふと想起させるような、この尋常じゃない疲れ方。
多分これは、貝絵先生ぐらいしかしらない……。僕の元々あった、優等生にすら一矢報いることの出来る特技の一端。それこそが、この『脚の速さ』である。
──ああ、この感覚を思い出してきた。
もう半年ほどマトモに走ってないため、体力は前よりも衰えているが、最大火力なら僕は夢川の速さに届くどころか……越すことが可能だろう。
「そのまま、追い抜いてやるよ!」
夢川の背後を捉えた。
同時に一つ目のカーブ目を曲がる。現状の速さならば、追い抜けるッ!
「捉えたッ!」
「なっ!?」
続いてすぐに二つ目のカーブがやってくる。そこで、なんとか僕は夢川の隣まで追いつく事が出来たのだった。
並走したまま、最後の直線──ゴール地点への橋へと続く道へと突入する。
この直線は、大体五十メートルあるかないかぐらいだろう。
「───負けないわよッ!」
「こちらこそだッ!!!」
僕と夢川は互いに全力を出し、持てる全ての力を尽くして地面を蹴り上げていく。
隣の少女を一瞥してみれば、どうやら微かに僕の後ろにいたようだった。
勝てる。
僕のスピードの方が上だ。
全速力で──そのまま、僕はゴールに向かって一直線に駆ける。
「僕の勝ちだッ!!!」
しかし。
ゴール手前、残り十メートル地点。
今度は僕がそう宣言した、その刹那だった。先ほど彼女が走るのを妨害する時に投げ、逆にやり返されたスライムが──僕の脚へと滑り落ちたのだ。
その先は言うまでもないだろう。
スライムが変に脚へと絡まり、大地を踏み込んだつもりが緑色の粘液を踏み込んでしまい……。
僕はその場で大きく転倒してしまうのだった。
「うあああああっ!?」
。
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