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20話『喧嘩。勝つ、そのつもりで』

 木曜日の放課後。曇天の空。僕は日向第二高等学校から徒歩十分ほどの距離にある──自然が輝く星覧(せいらん)公園(こうえん)に訪れていた。

 制服姿のままベンチに寄りかかって、彼女たちが来るのを待つ僕なのだが、なんだか場違いな感じがする。


 周りでは、子供たちがボールで遊んでいたりするのだ。

 その微笑ましい光景を温かい目で見つめる、子の母親らしき女性たち数名。


 そんな状況の中で、高校生である僕だけが一人、ぽつんと公園のベンチに座っているのだ。


「うーん……」


 その光景は、異常としか言えないだろう。


 星覧公園。それは、この街で最もといっていいほど大きな公園だ。自然が盛りだくさんな上、ボール遊びが可能な広大な広場、そして遊具などのある場所、体育館と様々な施設がある場所がある。


「やっほー、ひむろっちー」


「語呂良く言うなよ!?」


「別にいいでしょー。というか。なんか既視感あるよ、そのリアクション」


「べ、別に……!」


「別に他のリアクションが思いつかなかったから、適当に過去のリアクションを流用しているわけじゃないんだからね!」


 と。僕の前に現れた緩い雰囲気を放つ黒髪少女は、そんな戯言を呟いた。その構文を使っていいのは、ツンデレヒロインだけなんだがな。

 というか、彼女のその発言は図星だった。


「あう」


 完全に的を得た言葉に僕は何も言い返せない。言い返す気力も湧かないというのが、言い返さない一番の理由なんだけどさ。


「というか、ユカユカと貝絵先生、遅いね」


「まあ、まだ集合時間より二十分早いしな。夢川たちが遅いんじゃなくて、僕たちが早く来すぎただけさ」


「木杉田?」


 意味の分からない言葉を使う彼女を無視した。

 すると。


「ちょっと無視しないでよぉ~」


 そんな僕に対して、酔っぱらった面倒くさいおっさんみたいな口調で、竜舞坂緋色はフラフラと近寄り、抱きついてきたのだ。

 油断していた氷室政明。

 思わず、体が硬直してしまった。


 氷みたいに。


「ちょ、竜舞坂さん?」


「なにかなあ~ぁ」


「この状況で、”なに”ってなるかよ!? どうして、僕なんて汚物に抱きついてくるんだ!!」


 柔らかい竜舞坂の様々な体の部位が僕に触れる。冷たかったり、暖かかったり。月並みな言い方だが、ふわふわ、まるで高級クッションみたいな抱き心地の彼女は天使だった。


 抱き心地が良いせいで離しにくいのも、なんだか質が悪いヤツだとなってしまう。動揺する僕を見て、からかっているのだろう。面白おかしくね。


 ……そんな僕の耳元に、彼女は語りかける。


「私さ。ひむろっちには、退部してほしくないよ?」


 と。


 ……彼女は意地悪だ。どうやら、先程一瞬脳によぎった考えは邪推だったらしい。彼女はどこまでいっても、僕に溺愛していて、盲目であり、優しいのだ。僕もそんな彼女に微かにだけれど、惹かれてしまっているのは事実。

 僕は、彼女が動揺しているコチラを見て面白がっている悪いヤツだと想像していたけれど、実際の彼女はただただ僕が退部する可能性を心配していただけだったのだ。


 そこまで、僕のことを心配してくれるのは──流石になんだか、嬉しいというか、悪いというか、変な気持ちになってしまう。


 そんな僕に、彼女は続けた。


「別に私はユカユカに負けてほしいわけでもないんだけどね。……でも、ひむろっちが退部するのは、私がやだよ」


「ああ」


「……だから」


 だから?

 彼女は少しずつ抱きついていた体を離して起こし、僕の目を見る。そして大きく息を吸って、小さく冷静で、それでも気持ちが籠った声で。


「勝ってよね」


 とだけ伝えてくるのだった。

 微かに落ち傾いた太陽の光は逆光となり、彼女の姿を爛々と照らしていた。



 ◇◇◇



 僕が夢川に提案した勝負の内容は至って単純なものだった。それを一言で言ってしまえば『マラソン』だ。ただの長距離走……とはいっても、この星覧公園で決めたコースを一周するだけである。

 具体的な距離でいえば、大体三キロ程度といったところ。


 勝敗の決め方。

 それも単純だ。先にゴールへたどり着いたヤツの勝利。ただ、それだけ。


「……それで良かったはずよね」


「そう。それだけだ」


「で、ルールとしては。ショートカットなど、決められたコース以外は走っちゃダメで、妨害はアリ。ということで合ってるかしら?」


「うん。問題ない」


 あれから十分後。僕と竜舞坂の元に、夢川、貝絵先生が到着した。今日の部活動は課外学習という名目で……外に出させてもらっているのである。まあ別に誰かを誤魔化すというわけじゃないんだけど。

 勉強部が活動内容を欺いているなんてことで貝絵先生に迷惑かかったら、たまったもんじゃないからな。


 こうしてもらったのだ。

 ……因みに、既に貝絵先生には沢山の迷惑がかかっているのではないか? というツッコミは受け付けていない。


「コースはここ、このベンチをスタートとして星覧公園ランニングコースを走ってちょっとした丘を越えて、皆川にかかる皆川第一橋を渡ってゴール」


 星覧公園の敷地内には一級河川が流れている。皆川みなかわという名前のところだ。


「……ふん、まさか貴方が私に完全な体力勝負を仕掛けてくるとは、思ってもいなかったわ」


「でも、これぐらいしかないだろ」


「もしかして氷室クン。体力勝負なら私に勝てるとでも思ったの?」


 ルールとコースを確認した後に、彼女が素朴な疑問とそう聞いてくる。……体力勝負なら、僕が夢川に勝てるとでも思ったのかって?


「……そう思ってる節があることは否定しない」


「へぇ、じゃあ意味ないだろうけれど、期待しておくわ」


 正直、それは全くの嘘だ。嘘だった。完全な体力勝負で夢川に勝とうとなんて、思っちゃいない。僕は紛れもない劣等生であるし、夢川は紛れもなく優等生だ。

 劣等生が優等生に勝てるわけがない。

 勝てる確率はゼロパーセントじゃなくても、限りなくそれに近いだろう。


「別に油断してくれてもいいんだぜ? 僕が退部したら、勉強部が寂しくなるからな。勝たせてくれても構わない」


「まさか、これは真剣勝負。私は貴方に勝ちなんて譲らないわよ」


 ──でも、僕は負ける気なんてさらさらなかった。一ミリもなかった。


「っこちらこそ」


 作戦は昨夜、そして今朝必死に考えた。これは単純なマラソン。タイムアタックだが。単純だからこそ、出来ることは幅広いのだ。


 僕は心の中で今でも、勝つための計画を練り続けている。


 そしてまもなく、僕と夢川による喧嘩に──決着がつくことになるのだった。


 


 ……ああ、竜舞坂。もちろんだ。僕はもちろん、夢川に。喧嘩に。勝つ、そのつもりでいくさ。

 なにせ僕は、数十分前『勝ったよね』と言った竜舞坂に、あのあと「まぁ退部しないように最善はつくすとも」と誓ったのだから。


戦いの火蓋は切られた。

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