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19話『喧嘩。思考』

「ひ、ひむろっちが──退部!?」


 衝撃。竜舞坂の驚いた声が、部室内に響き渡った。声をあげたのは彼女だけだが、辺りを一瞥する感じ……僕のその提案に、決意に驚いたのは別に彼女だけではないらしい。


「ふむ、そう来たか……」


 こんな状況でも顧問の貝絵先生は微かに笑ってみせる。

 それで、肝心の夢川ユウカのリアクションはというと。


「へえ」


 こんな勇気を振り絞った勇者極まりない僕に対して、少しは感心したのかその一言だけを発する。

 なんだよ。へえ、ってさ。


「どうだ? これで決めれば、あんたも納得するだろ」


「つまり。貴方が無能かどうかを、何かしらで私と直接対決して決める──そして貴方が私に負けたら、自主的に退部する。そういうことね」


「ああ」


 そう。そうだ。その通りだ。


「意外ね。氷室クンはもっと陰キャで、もっと陰気で、もっと臆病で、もっと自虐症だと思ってたのだけれど」


「……あんたが僕に対し抱いているイメージがかなり酷いことだけは分かった」


「ふん。当然でしょう。だって今まで、貴方が活躍している姿なんて見たことないんだもの」


「ふん。当然だろう? なにせ僕は、あんたに自分が活躍している姿なんてモノを見せた覚えないからな」


 つまるところ、氷室政明は無能だ。

 彼女はそういうイメージを抱いていたのである。かなりネガティブすぎるものだが、随分、それで結構。だってそれは事実だ。訂正のしようがない。僕は高校生の平均値で見ても、かなり落ちこぼれだろう。

 高校一年生の頃はともかく、今現在は限りなくそうだ。

 そのはずだ。


 だから、僕は開き直ってそう言った。


 ナルシスト癖を治した所為で、発症した自虐癖。

 それは時が経つにつれて、悪化していくばかりである。


 自己肯定感高め癖もあるけれど──それはただの、治りかけのナルシスト癖、その残りカスみたいなものだから特に意識してなければ、いずれ消えるだろうし、それは気にしなくてもいいだろうけれども。


「まあそれは私にとっても良い条件ね。貴方みたいな無能に勝つだけで、ここから一人部員が消えてくれるんだから」


「え、えぇ~。ひむろっちがいなくなるのは悲しいんだけど……」


 対極に位置する意見を述べる夢川と竜舞坂。僕が退部することを悲しんでくれるヤツは、ドダスしかいないのか!? ドダスさん──竜舞坂さん、もっと僕を心配して!


「ごほん。っと、別にそんなゲームをしてくれても構わないが。まず大切なのは、何で対決するか。だろう?」


 そこで場を仕切るように、貝絵先生が言った。その通りである。


 もちろん、僕だって勉強部で退部したいわけじゃない。まあ負けてしまえば、潔く退部するけれども。それでも別に自主的に、ってほどじゃないのだ。だから正直な話、この勝負で負けたくない。僕はこの勝負で勝ちたいのだ。

 だが相手は夢川ユウカ。教師志望の、人にものを分かりやすく教えることが出来る──優等生だ。


 彼女の模試などの成績なんてものは知らないが。夢川とこの勉強部でちょっと接しただけでも、いくら鈍感な僕でもソレは分かりきっていた。

 優等生だ。彼女は優等生だ。超が付くほどの優等生だ。


 だから、ただの勉強──学問における勝負だと、僕は確実に負ける。


 なにせ学問において氷室政明は、超が付くほどの劣等生なのだから。


 というか、多分学問以外にも、僕が確実に負ける勝負は存在するだろう。

 そういうわけで、夢川との戦いにおいて、種目によっては始めた瞬間から僕の敗北が確定している、というものだって十二分にあり得る。だから何で勝敗を決めるかは、僕にとってあまりにも重要な決め事なのである。


「そうですね……」


 だから僕は、先生の言葉に頷いた。


「私的には、私が決めた勝負で私が勝って、それで貴方が負けて理不尽だと貴方が負けを認めなかったら困るから。貴方が勝負の内容を決めていいわよ……。氷室クン?」


 なんて読みにくい文章なんだろうか!

 そう思い、ツッコまずにはいられない僕なのだけれど、この夢川からの提案を受けずにはいられない僕は危ういところで踏みとどまるのだった。


 危ない。


 ここでそんなツッコミをかまして、更に夢川が機嫌を損ねたらたまったもんじゃないからな──。


「……じゃあお言葉に甘えて、僕が決めさせていただくかな」


 そうと決まれば早速決めよう。

 いやでも、大事なことだ。家でゆっくりと考えたほうが得策か。


「でもね、ゆっくりと考えさせる時間は与えないわよ。流石にね。それだと逆に私が不利すぎるし。それに絶対に貴方が勝てる、イカサマゲームみたいのも駄目だからね」


 しかしそこで、冷静な眼差しのまま夢川ユウカがそう言った。


 どうやらそうらしい。

 夢川の補足説明に僕は首をたてにふった。つまるところ猶予はない。ここで、決めなければいけないということ。僕は彼女に突き付けられた条件に多少の焦りを感じつつも、逡巡(しゅんじゅん)。思考を駆け巡らせた。


 ──何が、良い。


 どんなゲームならば、僕が彼女に勝つことが出来る?


「……」


 まず前提として、いわゆる国語や数学といったものでの勝負は却下だろう。僕がそのジャンルで彼女に勝てるはずがない。


 じゃあ次はなんだ?

 頭脳戦か?


 トランプによるポーカー、ブラックジャック。オセロや将棋、チェスなどのボードゲーム。


 ……残念ながら、百パーセント頭脳戦で構成された勝負には自信がない。


 でもその他といえば、料理対決とかになるが。僕自身かなりの美食家であり、家でも料理をつくったりするけど、その分野において夢川の能力は未知数だ。

 もしパティシエ並みの力を発揮されたら困るので、それも却下。


「……どうしたのかしら、随分と困った顔して」


「僕があんたに勝てる勝負が、思い浮かばないんだよ」


「当然ね」


 頭脳戦はダメ。学問もダメ。

 なら、何がある? 消去法。究極まで絞り込まれた選択肢の中、選べというのなら──縛られ絞られたジャンルの中でも更に絞り込まれれるのだ。


「っあ」


 ならば、彼女に勝てる見込みのあるジャンルは一つしかなかった。 


 ……決めた。


「よし!」


「なによ」


「思い付いたぜ、お前に勝てる勝負の内容をな」


「へぇ」


 少しだが、驚いた様子を見せる夢川に。僕はゆっくりと口を開いて、相対する少女に、勝負の内容を口にする。


「そのゲームの名前は───」


 その後、ちょっとした話し合いを経て、その勝負を行うのは明日。木曜日の放課後になるのだった。

───果たして、彼が決めた勝負の内容とは。


続きが気になる、と思った方はぜひ評価やブックマークしていただけると嬉しいです。ザマス。

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