15話『唯一の友人』
僕と夢川ユウカはどうしても相容れない性格の持ち主なのだ。あのちょっとした口喧嘩の発端も、そんな乖離が原因である。
……やはり僕は一年前からサシテ変わっていない。
人ってのはそんな簡単に変われないのだ。一年前のナルシスト癖がありすぎた僕は、まだ確かにいるのである。たとえ雲隠れしたとしても、それはただ隠れただけで存在しているのだ。
そんな昔の僕が、さっきは少しばかり出てきてしまったのだろう。
彼女に言われた一言──いいや、何言が僕の、心の琴線に触れてしまった。
たったそれだけのことで、僕は微かな苛立ちを覚えたのだ。
「ハッ……何も、僕は変わっちゃいないじゃねえか」
変わりたい。でも変われない。
何故ならば、それが人間だから。人間というものは、そういうものだから。──だから僕は変われない。
「やっぱり心のどこかで、まだプライドがあるんだろうな。自分の。醜くて、吐き気を催す」
あんなちょっとした暴言。雑音。今まで何度も聞いてきたというのに。未だこの身体は慣れることを知らない。
帰り道。僕は駅前の交通量が多い並木道の歩道を歩いていた。街路樹から散っていく深緑の葉っぱ雨。春。一か月前ぐらいならば、この道は桜で溢れかえって綺麗なもんなんだが……。流石に五月だけあって桜なんてものはすっかり緑に浸食されている。
だがしかし、この景色はなんだか夏らしくて春とはまた別の良さがある。
まあ、まだ五月だから夏ではないのだけれど。
いや、和暦だと……五月は夏だったはずだ。国語嫌いの僕でも、それぐらいの一般教養は持ち合わせている。だが、ここは順当に現在使われている暦を適用すべきだろう。
そしてもし、現在の暦でいうのならやはり五月は夏じゃない。
「……」
そうだ。
厭なことは忘れて、僕は夏のことについて考えることにした。脳内番組を切り替えて、夢川との喧嘩をすっかりと忘れられるように努力する。
夏。夏だ。夏について、考えよう。
「夏、か」
「まだ夏じゃないぜ? 相棒」
「──そういうことを言ってるわけじゃなくてだな。ちょっとサンチマンタリスム的に考えてたのさ」
「なんだよ。相棒。お前はもしかして、いまさらながら芥川にでも憧れたのか?」
「ん。いいや、僕は別にフランス文学に興味があるわけでもないし。そしてまた、拙作が夏目漱石に褒められることもないさ」
考えを紛らわせようと、街中であるにも関わらず独り言を呟いた、その時だった。とても自然な流れで、一人の赤髪少年が僕の話に乱入してきたのだ。そしてソイツのことを僕は知っていた。
名前を『暁紅蓮』。
名前の通り、紅蓮の髪色と瞳をもつ長身の──健康的男子高校生。
そして彼こそが、僕の唯一ともいえる友達だった。
「って……、なんでお前がいるんだよ」
「そりゃあ決まっているだろ? 相棒。お前の悩む声が聞こえたのさ」
「悩む声だって? 僕が? 声に出して、悩む?」
そんなはずはない。僕はたしかに沢山の難題について、解こうと悩むけれど……それをわざわざ声にして宣言してなどいないのだから。
「いや、言ってたぜ」
「そうか?」
「ああ。そして声のほうへ来てみれば。ほら。自分は何も変わっちゃいないって悩んでいるように見える相棒の姿があったんだ」
「……ああ、それは悩んでいたというより、嘆いていたんだけども」
「ソレに大した差異はないだろう。相棒?」
それは、どうだろうか。
言葉の解釈というのは、実に多彩だ。だからそれを『そうだ』とする人間もいれば、『違う』とする人間もいるんだろう。それはつまり、彼の問いは全て『人による』で片づけられるということだ。だけど、それを言っても見当違いなのは僕でも分かっていた。
彼の質問に。いいや、彼の言葉に人によると答えては、間違いなのだ。
何故ならこれは問いじゃないからだ。質問じゃないからだ。
たしかに彼は口頭では分からないクエスチョンマークを、語尾につけている。
だがしかし、違うのだ。
これは決して──質問なんかじゃない。
『差異はないという事実を理解しろ』という脅迫。
まずは悩んでいるところを認めろ。ということなのだ。
その意図を掴んでいた僕は、仕方がないと。肩をすくめながら、
「ああ、分かったよ。そうだな。その通りだ。君の言う通りだと、僕は賛成する」
と口を小さいながらも開いてそう言った。
でも実際、そうなんだろうな。
僕が言った『悩んでいると嘆いているは別のことだ』という意見は確かに個人の意見としては通用するだろう。だけど、傍から見ればそれはどちらも同じに見えるはずだ。主観的ではなく、客観的に捉える。
つまりは、内容的な話ではなく、他者が捉える表面的な話。
「お前がどう思っているかは知らねえけれど、他人から今のお前を見れば、それはずいぶんと悩んでいるように見えるからな。それだけは理解するんだな。相棒」
……要約してくれた。そういうことらしい。
僕が言いたかったのは、たった今彼が全て言ってくれた。
「そうかもな」
「そうだろう? だから、他人から見てお前は悩んでいる。だからオレは言ったんだぜ。友。悩んでいるように見えるけど、とな」
「ああ、そういうこと」
で、それで。
それはそうとして、それがどうしたっていうんだ。
「まあ僕が悩んでいるとして、なんだよ」
「そりゃあ、オレは寂しいお前が持っている唯一の友人だぜ? 友人が悩んでいそうなら、心配して声をかけるだろう。ただそれだけだ」
「ふーん……」
「だから、別にオレは話を聞いてやるぜ──? ほら、どしたん。話聞こか?」
なぜか関東出身のくせに京言葉を使う彼。口説き文句みたいなその台詞は、若干、いや普通に気持ちが悪かった。
彼はゆっくりと数歩踏み出して、こちらへ距離を詰める。
そんなイケメンキモ男を、僕はハエにするように、手で振り払った。
「なにをする貴様ッ!?」
「僕が悩んでいたとしても、お前に話す程の内容は持ってねえよ──。だから、大丈夫だ。僕は帰る」
「ふぅむ」
少々友人に悪い気がしたので、それだけ言って僕は止めていた足を再び動かし始めた。それでもなおコチラへ近づいてくる彼の脚に、自分の脚をかるく引っ掛けて転ばせた。
「うおっ!」
これは仕方がない。
「じゃ」
「お、おい。待て! 待ちやがれ!」
一瞥すらせずにひらひらと手を振る。
そして……その場に膝をつく暁紅蓮を後方に、僕は家へと向かうのだった。
唯一の友達は大切に扱うんだぜ。氷室ぉ──ッ!




