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14話『いきなりの亀裂』

「で、今日から本格的に部活動を開始するわけだが……」


「肝心の貝絵先生が来れない、んだよね?」


「ああ、そうだ。あの人がいれば色々と聞けるんだがな。仕事が忙しくて、こっちに手が届かないって言われちまったんだ」


 部室棟にある、湿った五号室。

 僕たちはパイプ椅子に座りながら、これからについて話し合っていた。とはいっても、夢川は文庫本に視線を落としていて……僕たちの会話に入ってこようとする様子は見られないのだが。


 だから実質、竜舞坂(ドダス)さんとの対談みたいなもんだ。


「──じゃあ、これからどうするの?」


 竜舞坂が僕にそう聞いてくる。まあ僕にそんなのを聞かれても困るもんなんだけどな。

 僕はこの勉強部顧問ではないし、ただ一介の生徒に過ぎない。

 そんな生徒がこれからどうすればいいか決めるなんて、不可能なのだ。


 こと僕においては、特に。


「そりゃあ、もちろんソコで本を読んでいる……ユカユカ(笑)さんが答えてくれるさ」


「無茶ぶりにも程があるとは思わない? あなたって、そういう空気を読まずに人に無茶ぶりするタイプの最低男だったのね」


「非常に、お前にだけは言われたくない!」


「はあ」


 夢川にちょっと話を振っただけなのに、この酷い言われっぷりはなんだ。僕はただ意思疎通を図ろうとしただけなのに。夢川ユウカ。通称ユカユカ。やはり彼女は一線を画す毒舌者だった。


 ため息を漏らす彼女だが、ふと読んでいた文庫本を閉じてしまう。

 そして真顔で言った。


「もちろん、これからすることは勉強でしょう? 竜舞坂さんに、しっかりと勉強を教えてあげるのよ」


 と。こんな素っ気ない態度を取る彼女だが、本心としては──やる気に満ちあふれているっぽい。眠る闘争心は僕なんかよりもずっと、大きいのかもしれないな。


「じゃあ夢川、竜舞坂のことを頼むよ……僕は勉強が苦手だからな」


「いいえ。貴方も教えるのよ?」


「は、え、なんだって? いやいや、僕はな。竜舞坂やお前なんかよりもずっと、出来損ないなんだぞ? ──そんな僕が勉強を教えるとか、無理がある」


「そんなことは聞いてないわ。貝絵先生が選んだうちの一人が貴方だもの。しっかりと役目を果たしなさい」


「……はあ」


 彼女は無力な僕に言う。劣等感から逃げようとする僕を捕まえて。貝絵先生から『竜舞坂の再教育役』に抜擢された人間なんだから、しっかりとその役目を果たせ……って。

 でも、それは僕じゃ出来ない。

 そんなことはこの前の一週間で出来ないと分りきっているんだ。


「そうは言われてもな。本当に僕は勉強を教えるってのが、どうしようもなく無理なんだよ」


「──もしそうなら、早く成長しなさい」


「分かったよ。じゃあ僕も教えるさ。サボるのは、竜舞坂に怒られるしな」


 出来ないのは見えきっている。だがしかし、ここで勉強を教えることを承認しないと話が先に進まなさそうだったので仕方がなく僕は自身の意見を押しとどめるのだった。



 ◇◇◇



「んま今日の部活動は終わりかな……」


「そうね」


 時刻にして六時頃。窓から見える景色は真っ黒である。少し早めだがもう夕飯の時間だからな。流石に外は暗くなっているのだ。

 だから僕たちは、ここら辺で今日の部活動を切り上げることにした。


「まあこの数時間であなたの無能っぷりは堪能出来たから、収穫があった一日と言えるわね」


 おい。


 トゲトゲしい、いやまさしくなトゲトゲ言葉を扱う夢川。いじらしく笑いながら、彼女は僕のことを見ていた。……トゲトゲ言葉の内容は、僕へ対する完璧な極まり切った侮蔑である。

 だが残念ながら、夢川の言うことは事実。


 僕がどう反論しても、口喧嘩では負ける未来しか見えなかったので──ここは堪えておく。


「むぅ」


「なにか文句あるのかしら? 途中から教える側ではなく、教えてもらう側に回ったひむろっち(笑)さん」


「あ。あう」


 その通り。竜舞坂に勉強を教え始めて数十分が経過してすぐ、僕は自分が何も出来ていないことを理解して、僕も一緒に夢川から勉強を教えてもらっていたのだ。本来なら僕が勉強に一家言なければいけないのだが──。


 現実というものは、非情。実力主義のこの世界において、非凡ではない僕に居場所はなかったのである。

 そんな浮かれた僕は、肝心の勉強が出来ない。


 だから、仕方がなく教えてもらっていたのだ。


「なんか文句あるかしら?」


「いいや、ないさ。ないよ。それは事実だからな」


 だけど、今決めた。

 今後一切、こいつとは協力してやらねえ……と。


「ふーん。変態馬鹿にしては随分と物分かりがいいじゃない。いいわ。その愚直さだけは認めてあげる」


「あんたの僕に対する愚弄さもな」


「正当な評価を下したつもりなのだけれどね」


「正当かどうかは、夢川が判断することじゃないからな。決めるのは、下された僕だ。僕のもつ正当な権利。正当かどうかをジャッジする正当な権利だ」


「ややこしく、同じ言葉を同じ文に二度使わないでくれるかしら?」


「ブーメランだ。夢川」


 その言葉に、少しカチンと来たのだろう。彼女が文を羅列させていく。


「なんですって? 私は、皮肉としてその言葉を使ったのだけど? 貴方みたいな馬鹿には分からないかもしれないですけどね。いいや、こういった方がいいかしら? 素人変態馬鹿童貞って」


 それは間違いなく。

 僕にとって一線越えた発言だった。


「おい。それは話がズレるぞ。──というか、いま、僕のことを童貞って言ったか! それのなにが悪いんだよ? 僕はただ健全な男子高校生でいるだけなのに?」


 口論。僕はその事態に発展していたことを否定したかったのだが、周りから見ればそうだったのだろう。少なくとも、竜舞坂から見れば……彼女の瞳にはそう映ったのだろう。

 だから、ドダスさんが制止の声をあげる。


「二人とも、ちょっとやめてよ? 喧嘩とか。馬鹿なの!?」


 お前に言われる筋合いはない──もし、彼女の台詞を吐いたのが竜舞坂以外のだれかならばそう反論したくなるであろう、ただの戯言。でもそれを発したのは、竜舞坂だったのだ。

 馬鹿を通り過ぎた妄目の彼女が言うその言葉は、やはり説得力がない。


 だがしかし、白熱しかけた。いいや、オーバーヒートしかけた口喧嘩を収めるのには、そんな更なるブーメランがちょうど良かったのである。彼女の言葉が冷却水のような役目を果たす。


「……悪い。柄にもなく、ちょっと」


「……っ竜舞坂さん、ごめんんさい。お見苦しいところを見せてしまって」


 ふと我に帰った僕たちは、共に謝罪する。視線を交わらせずに、どちらもどこかにぷいと視線を向けたまま。

 そうして気まずい空気の中、今日の部活動が終わるのだった。

6時に投稿しようと、5時に仮眠したら普通に寝落ちした僕──だが、このことは読者に内緒にしておこうと思う。

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