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13話『言葉遊び』

 金曜日。勉強部の幕開けから──はや数日が経過しようとしていた。


 人が生きている内に認知する時間の進行速度、体感時間は……楽しければ楽しい程早く感じ、つまらなければつまらなく感じるというけれど。

 どちらかというと、この数日間。僕はいつもより体感で時間の経過が早く感じていた。


 そう考えると、つまるところ僕はこの数日を、三日間を楽しんでいたように感じるかもしれない。


 だが、そんなことはなかった。

 ただ。満足感はあったと言えるかもしれない。……決して、楽しいもんではなかった。だけれど、確かに何かはあったのだ。


 アレが僕になにをもたらすのかは知ったこっちゃない。


 でも、──そうだな。


 なんで満足感を感じているのかと考えたら、そうだろう。……僕がこの三日間で多少なりとも人間性的な話で成長したからなんだろうな。


 僕は、そう結論付けるのだった。


 話は遡ること二日前。

 勉強部が始まって次の日──火曜日である。



 ◇◇◇



「ああ、やっと地獄が終わったぜ……!」


「ひむろっち。今日の授業は随分と眠そうにしてたねー」


「まあな。昨日はなんだかんだ色々あったしな」


「そうだねえ。私もこれから勉強を頑張らなきゃいけないから、大変だよー」


「ああ、そうだな……」


 部活棟に向かう最中の、長い永い廊下を歩く。隣にいるのは、もちろん竜舞坂だ。それに僕は今日の授業中、眠そうにしていたかもしれないが、事実としては別に眠かったわけじゃない。今日の天気が曇りの所為だろうか。気持ちが憂鬱で、なんだかマトモに授業を受ける気になれなかっただけなのである。


「そういえば貝絵先生は今日なんか他に仕事があるからだとかで、顧問に来れないってよ」


「そうなのか? じゃあサボり放題だな」


「ひむろっち?」


「ん?」


 ふと彼女に名前だけで呼ばれたので、僕はドダスへと視線を向けるのだった。一瞥と言えるかも怪しいぐらい一瞬だけだったのだけれど。それでも僕はそれを認知した。


 笑顔の表情を保つ竜舞坂の瞳が、笑っていなかったことに。


 ……ひええ、怖えよ。

 あんまふざけるなよガキが。って言いたいのだろうか。凶器とか持ってないよね? 僕は後ろからサヨナラと言われながら刺殺されるのだけはゴメンなんだが。


「……分かったよ。ちゃんと教えてやるさ」


「本当? ありがと!」


「はいはい」


 まあどれだけ怖い姿を見せようが……その後に見せる本当の笑顔が天使過ぎるので僕は彼女の意向に従うしかないのだが。

 飴と鞭っていうのは、こういうことなんだろう。


「でもいつも通り、僕には期待しないことだな」


「えぇ?」


「僕は勉強を教えるのが下手どころか……。自分がむしろ勉強を教えてもらいたい側だからな。肝心の数学でも、全然ムリだったしさ。学校でやる科目の勉強はまあひとまず、夢川にお願いするかな」


「ユカユカもね。昨日帰ったあと、お試しでね。図書館で教えてもらってたんだけど。めちゃくちゃ分かりやすく勉強教えてくれるんだよー!」


 ああ、そうだろうな。

 貝絵先生が見つけ出した、連れてきた人材だ……優秀じゃないほうがおかしいだろう。あの先生は状況にピッタリな人を連れてくるのが大の得意なのだ。

 そんな先生が何故、僕に竜舞坂の再教育をお願いしたのかは甚だ疑問なのだが。それはともかく、学校で習う勉強については夢川に任せることにした。


 夢川は教師になるのが夢だから、ウィンウィンの関係なのだ。


「そりゃいいな」


 それにしても、彼女は昨日ユカユカ野郎と二人きりで図書館にて勉強していたらしい。知らなかった。

 その頃の僕は独りで、家でホラーゲームにでも熱中していただろう。


 この差ってなんですか。

 この雲泥の差は、なにが原因で起きるのか。


 僕はそれを勉強(しり)たい気分だよ……。


「でしょでしょ!」


「ああ」


 僕の知らない間に青春を謳歌している彼女たち。それに対して、僕は青春とは正反対の行動に励んでいる。──あえて僕が昨日やっていたホラゲーの主人公らしく今の心境を表すとするのならば、そうだな。


『泣けるぜ』


 と、なるだろう。

 実際、僕のナウフィーリングはその通りである。


 そんな談笑(?)を交わす僕たちなのだが──、僕はなんだかソワソワしているのだった。別に女性と会話しているからとかいう、当たり前すぎる理由ではない。勿論、ソレも八割ぐらいは原因として占めているのだが。

 重要なのはソレじゃないのだ。


 八割ってのは大半なんだけどな、とセルフツッコミをしながらも……僕は否定する。


「なあ、竜舞坂さんて……あの陰キャと絡んでから、なんだかおかしくなったよな」


「マジそれな? アイツ、ぜったい竜舞坂さんに変なことしたよ。身の程もわきまえないでさ」


「オレ、少しアイツに文句言ってこようかな……」


 そう。僕がソワソワしている原因の一つにあるのは、この周りの視線と……陰口である。


 今更公表する必要はないと思うのだが、一応言っておこう。今は多少マシになったとはいえ、高校一年生の頃の僕は──周りの人間から凄い嫌われっぷりだったのである。

 前に言ったように、ナルシスト癖のせいで。


 貝絵先生のおかげで今も多少は薄まったとはいえど、まだ僕はこの学校に在籍する様々な生徒たちから毛嫌いされているのだ。


「どうしたの? ひむろっち」


「ん。いいや、なんでもないさ」


「むむぅ」


「いや本当に、なんでもないって」


 陰口をかなり大きめの声で言う男子生徒たちの横を、何も気にしない様子で通り抜けていく僕。

 もっとも心の中では、全然そんなことないのだけどな。


 そして僕の嫌われ度合いが加速する理由として──この隣を歩く元優等生の存在が一つとして挙げられる。


 彼女は周りから人気の優等生だった。

 そんな竜舞坂が、急に、短期間で、僕にべた惚れして成績を落としたのだ。そのことについて良く思わない生徒はもちろん、沢山いるはずである……。


 ということで。そんな生徒たちが、僕の悪口を言っているのだろう。

 今みたいに。


 あることないこと、悪口ならなんでも良いと。


 彼らは僕に憎しみをぶつけているのだ。その視線は慣れてきたとはいえ、やはり痛い。


「はあ……世間体というか、やっぱり学校内での、僕の肩身は狭いな」


 自傷するように。自嘲するように。

 独り言を極小の音で呟いて、嘆く僕───その思いは決して、誰にも届かない。まあこの悩みを誰かにぶつける必要はないだろうからな。

 こういう悪口の対処は、時間経過が一番効く。


 人に想いや思いを忘れる時間を与えるのだ。


 だから、このまま放置が一番いいのだろう。


「あ、っと。どうやらもう中にユカユカがいるっぽいね」


「アイツは、生真面目ぽいしな……。待ち合わせしたら、待ち合わせ時間の一時間前ぐらいにきそうだ」


「みんなそんなもんなんじゃないの?」


「え? マジ? 僕はせめて五分前行動なんだが」


「私はむしろ、四十五億年前行動だけど~」


「なにがむしろなのか分からないし──それは、まだ地球が生まれてねえし。いみが分からない!」


 気がつけば、僕たちは勉強部の部室前に到着していた。扉越しから溢れる光によって、中には既に夢川がいることが分かる。


「ひむろっち」


「なんだよ、急に冷静でさ」


「地球が生まれたのは四十六億年前だよ」


「……あ。そうか。ちょっとケアレスミスしていたようだな。でも、じゃあ、更になんでだよ。ボケるにしても何故そんな微妙な時間を選ぶんだ?」


「五引く四で、一。つまり私は一分前行動をする人間なんだよ」


「その理論だと一分前じゃなくて、一億年前行動になるはずなんだが……僕は紳士だから気にしないでおこう!」


 どうやら、これは言葉通りの意味で捉えるのではなく、ちょっとしたクイズみたいなものだったらしい。大した理論ではないし、脈絡もないので……まあ、なぞなぞではないだろう。

 本当にただのクイズだ。


「まあひむろっちの人生は、五重六苦(ごじゅうろく)だよ」


「急に僕をディスするなよ──。意味は分からないが、取り敢えず僕の人生が酷く苦しいものだということだけは分かったよ。というかなんだ。四苦八苦みたいに言うなよ」


「ほら。五六(ごろ)がいいでしょ?」


「むぅ、語呂(ごろ)は良いが……」


「じゃあ私の()ちだね!」


「いつの間に僕はゲームに参加してたんだよ!? というか、何のゲームかも分からないぞ」


「そりゃあ、ひむろっちを納得させるゲーム」


 意味不明過ぎる。この言動、一か月前の彼女がこの学校でトップクラスの成績を維持していた生徒とはとても想像出来ないな。


「取り敢えず、ユカユカを待たせるのも悪いし。早く入ろう?」


「ああ、そりゃそうだな。部室の扉前でずっと喋ってるのは、サボってるのと同じだしな」


「そうだよー」


 そう言って僕たちは部室の扉を開いて、中へと入っていくのだった。一つだけ、僕に言わせてほしい。たとえあのゲームに竜舞坂が勝ったのだとしても。


 僕はこの会話に、価値(かち)なんて感じなかったとな!

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