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TRUE HUMAN   作者: 森野熊参
探索編
98/133

第98話 遠くなる、大人の風格

 ハムエッグトーストを食べながら自転車を漕ぐ優気(ゆうき)は昨夜から自宅の時計が止まっていたことに気が付いていない。


駅に向かう人々と逆走して車道脇を走る。車通りも多くないため、時折隙を見て片手で自慢のトーストを口に含める。


スーツ姿の男性やヒールを履く女性が音を立てて走り去って行く。遅刻寸前なのだろうか、そんなことを思いながら食事を終えると立ち漕ぎで高校へ向かう。


 校門近くの人通りにて走って教室に向かう生徒が少ない。いつも遅刻寸前の生徒の尻を叩く生活指導の教員はまだ姿が無く、中へ進むと駐輪場の自転車もいつもより目に付く量ほどではなかった。


奇妙な現実に疑いの目を向けながらスマートウォッチの画面を確認すると時刻は八時ジャストと、見慣れない数字が表示されていた。


グラウンドに目をやればまだ運動部の朝練は続いていた。時計が止まっただけだろうと予想立てるも、もしかしたら神の使者の可能性を疑ってしまう。


職業病のような意識に引っ張られているとグラウンド端、野球部の方向を見慣れない大人の集団が観察していた。教室に行って上から眺めることも出来たが、『もしかして』と玄関を横切りグラウンドに近づくと、やはり優気の考察は的中した。


「片付けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええぇぇぇぇえええぇぇ!!!!!!!!」


『『はぁいっ!!』』


朝から大きな声で部員に指示を下す男は高校生としては規格外だった。誰もよりも早く球拾いを行う野球部キャプテン、佐藤健勇(さとうけんゆう)に注目が集まっていた。監督からの命により片付けも練習の一環として取り組んでおり、毎回健勇が多く球を拾う。


遅刻と隣り合わせの優気は見慣れない光景に驚嘆の眼差しを向けていた。それもそのはず、能力向上はもちろんのこと、自身の引退以降の後輩にお手本のような姿勢を見せることにつながり、大きな利を生んでいるのだ。


 老人のような監督によるミーティングによって朝練が終了すると、記者のような人々が一瞬で群れを成して健勇を囲む。


「ごめんなさい!もっと端でいいですか?通る生徒の邪魔になると思うんで!!」


健勇の移動に一斉に駆け寄ると取材が始まった。先日の東京都の秋季大会や進路のこと。次々に浴びせられる質問を簡単に答える姿は体格も相まってとても高校生とは思えない、という感想が優気や記者たちに内在していた。普段仲の深い優気は、客観的に見るとどこか一般人とは一線を画すオーラがあると感じ取り、どこか遠くの存在のような感覚に陥る。


そんなことを思っていると健勇はこちらに気付いたのか手を振ると、大きく手招いた。


俺?


口パクとジェスチャーで確認を取ると「お前以外誰がいるんだよ!!」と大きな声でツッコまれる。


「何かあったの?」


戸惑いながら健勇に問うと記者たちの目が向く。優気は(うごめ)くように集まる視線にさらに一歩引いてしまう。人前に立つのに物怖じする性格ではないものの、面識もない赤の他人に囲まれる経験はこれまでになかったため、若干の不安が過る。


「こいつが居なきゃここまでこれなかったんすよ!!」


「ふぁ?何言ってんだ健勇」

唐突な紹介に記者たちはタブレット操作でメモを取り始めた。


 「では、佐藤選手のお友達にお聞きします。佐藤選手とはいつ頃からの付き合いなんですか?」


この人だかりから『付き合い』という表現には芸能人の熱愛報道のイメージをしてしまう。


「えぇっと、小学校からの同級生で、中高現在に至るまでよく遊んだり話す仲です」


「それでは!小学校の頃から一緒に野球をする機会はありましたか?そして、当時佐藤選手の実力について、どのように感じていましたか?」


先とは異なる記者が手を挙げて質問する。


「それこそ近くのグラウンドでよくしてました。僕は運動神経が通ってないんで『遊び』って感覚で何人かの友達集めてやってましたね。そのころから打球はよく飛ぶし、球は速かったんで人とは違うフィジカルなんだなって尊敬してました」


一笑いも起こり、段々とインタビューに慣れてきた優気は真面目風ながら饒舌に話を進める。まるで、自分もスターになった気分で快い感覚がやってきた。


「それでは野球を勧めたのは君の方なのかな?」


「いや、健勇のお兄ちゃんが野球やってたんじゃなかったっけ?」


「そうだけど、他にも習い事やってて野球一本に絞るきっかけは優気っすよ!!」


優気の肩にトントンと手が置かれるも、あまりにも力強かったため、「痛えわ!」と反射的にツッコんでしまう。健勇の口ぶりから普段と変わらない口調でインタビューを受けていたと思うと、先程抱いた遠い印象はどこか影を潜めていた。


「いつもみたいに遊んでる時に、優気が俺に『プロなれっから、一番になってくれよ!!』って言ってくれたのが今でも覚えてますね!!」


そんなこと言っただろうか。当の優気は記憶を探るがそのシーンは頭に沸くことは無かった。


「それに、遊ぶ時はいっつも優気が人集めてやってましたね!!サッカーもドロケイも!他の遊びも全部優気が中心でしたよ!」


「そこまでじゃないわ!わっはっはっはっはっ!!」


「ガハハハハ!!」


「『アッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!』」


想像以上の笑い声に記者団たちは困惑してしまう。何か質問を投げかけたいところではあるが、大きな声と共に肩を叩きあう姿に傍観せざるを得ない状況が数秒続いてしまう。


 八時十五分を告げる鐘が鳴ると笑いすぎていた優気と健勇は現実に引き戻された。それもその筈、校則によって朝の部活動は十五分には絶対に活動を終えなければならないからだ。何名かの教師がこちらにやって来るや否や記者団を追い返す。


「佐藤選手!最後に一言ください!」

「佐藤選手!大学進学は考えていないのでしょうかー?」

「佐藤選手!好きな女優を教えてください!」

「佐藤選手!メジャー挑戦は考えてますか!?」

「佐藤選手!プロになるならどこの球団がいいかもう一度回答をお願いします!」

「佐藤選手!好きな牛丼チェーン店を教えてください!」


ごめんなさいとジェスチャーを取ると記者団たちは校門へ強制的に追い出されていく。健勇の進言により教室に向かうことになるが、着替えをしなければならない事に気が付くと、男子トイレ側、アジトに繋がる空き教室側の玄関へ向かった。


 「結局プロ目指すんだよね?」


「もちろんよ!」


何度も土が付き、遂には落ちなくなったユニフォーム姿で階段を上がる。先の記者の囲み取材の影響か、優気は周りの視線を感じてしまい、キョロキョロと首を左右に振る姿は動きの決まりきった人形と化していた。


「あのさ」一言、健勇が話しかけるも、それでもなお首を振っている。そんな姿関係なしに健勇は話を進めた。


「さっきも言ったけどよ。やっぱりここまで来れたのは優気のおかげだ」

「冗談よせって。お世辞もいいけど成績も出せよ?」

ってもう十二分に出しているか。笑いながら付け足すと健勇も小さく笑みを浮かべた。


「いやマジでよ。優気は覚えてるかわかんねぇけど、水泳とかサッカーとか柔道とか。色んな習い事してた中、優気の言った言葉で野球選手になるって決められたんだ」


言葉に真剣さが窺え、優気は首振り人形の動きを止め、健勇に視線を送る。屈強な身体からどこか儚さすら感じる表情に違和感は無かった。


『みんなで何かの一番になろう!』


いつも通りの何気なく遊んでいた時。経緯は忘れたが、とにかく、暑い夏の公園が浮かぶ。恥も適当さも一切ない純粋な発言を健勇は未だに覚えていた。


『健勇がやりたいことすればいいじゃん!』


まだ小学生の頃。時間に置き換えるとなれば約十年前。どの競技に向き合うか悩んでいた際に述べられた言葉だった。あの時に人生が変わったと言われても健勇は疑念すら抱かないだろう。


『お前の努力なら僕は何でも出来ると思う。ダメなんてことは絶対に無い!だって健勇は運動の才と努力の才の2つも持ってんだからここまで悩めるんじゃん!!』


階段を登りながら続けられた言葉が頭に過る。


『だからスポーツにおいて、健勇が負けることはないだろ!』


力強い笑みを浮かべながら優気が語っている。あの時の笑顔は今でも稀に見るが、やはり今でも惹きつけられるものがある。


「お前が思うなら、俺は嬉しいよ。あんがとな」

「いや、お礼言うなら俺だろ!」

「それは…そうかも」

「なんだその反応!そこはもっとボケてくれよ!」


 空き教室を横切った後、トイレにて着替えることが出来たが、靴を玄関にしまうことを忘れたため、急いで中央玄関へ向かった。


一年生のような二度手間は三年にもなって変わることは無い。学校のことは全て把握しているはずの元生徒会長と野球部キャプテンは今日も学校生活を謳歌する。

続きが気になる方は是非評価や感想等、よろしくお願いいたします!m(__)m

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