第97話 恋の行方
日付が変わる頃。今日一日、やることを終えた御堂咲音は可愛らしいパジャマ姿ながら英単語帳を広げた。
就寝前に単語等を暗記し、就寝で記憶の定着を促す。翌朝に昨晩覚えきることが出来なかったものをテストとして再び暗記を図る。人間のメカニズムを生かした学習法で受験勉強に取り組む咲音は、見事に習慣化出来ていた。
「sympathy for A、Aに同情する。A joint venture with A、Aとの共同事業。in sight into Aは、Aに対する洞察」
軽快にイディオムの意味を当て続け、ページを捲る。今日も明日に備え、眠りにつくことが出来そうだ。
「affection for Aは…」
テンポ通りとは行かず、解答に立ち止まる。しかしながら、解答が分からなかったという訳ではく、別の問題が分からなかったのだ。
「Aへの愛情…」
咲音の頭に浮かんだ事柄は幼馴染の優気。ではなく、クラスメイトの本辺美奈だった。校内一と言われるほどの美女だが、男子の相手が得意ではないという話を小耳に挟んだことがあった。
しかしながら、最近はその優気とよく会話しているイメージが付いていた。もちろん席が隣となった、ということもあるだろう。
だが、夏休みに優気と共にワックで食事を取った際や中間テスト後に行われたホームルームなどで見せた過剰な反応に女の感が働いていた。
「いけないいけない!」
就寝前のルーティンが止まりかけるも、自我を取り戻し次のイディオムを見つめ直した。
「be intent on Vingは…」
_____気になる!!
二人はどんなことがあってこのような仲になったのか。この時ばかりは乙女センサーが稼働し、勉強どころの騒ぎではなかった。
「ダメだ!集中できない。いっそ聞いちゃおう!」
_____I'm curious about his feelings!!
頭の中で英文を起こすと立ち上がり、ベッド上に縮小ディスプレイ化されたタブレットのボタンを押し、通常のディスプレイサイズに戻す。顔認証で画面を起動させ、メッセージアプリを開くと美奈のトークルームを探す。
最後に会話をした日にちは二ヶ月前の八月。美奈の部活であるテニス部での大会のことだった。応援メッセージで始まったトークは美奈の感謝とスタンプによる返答で止まっており、普段特に話す関係でもない事から、トークを切り出すのに躊躇いが生じてしまう。
「それなら、やっぱり…」
トークルームを抜け上へ上へフリックを加速させた。一番上付近で画面を止め、望みのトークルーム、優気の画面を出す。直近のやり取りは一週間前で、優気にひと悶着起こった中間テストの日だった。
内容は安静を呼び掛けるようなやり取りで、二言三言と簡素なものだった。電話という手段もあったが、時間のことを踏まえメッセージ機能を利用することに決める。
_最近本辺さんと仲いいけどなんかあったの?
送信し、タブレットをオフにするとすぐに机へ戻る。
「聞いてしまった…」
直接的すぎた。もっと良い聞き方があったはず。やはり本辺さんに聞いた方が自然だったのかも。けど、日和った私が悪かった。
「やってしまったぁ…」
顔を覆い、即反省会が開催されると既に目の前の単語帳の存在を忘れていた。後悔と疑念が姿を現し、そちらに夢中になっていたのだ。
「うっわ恥ずかしぃ…」
喚声が心から漏れ出るとそれよりも小さな音が振動した気がしたため、はっと声を止める。もう一度音が響いた。
音の方向、ベッドに再び向かうと優気から返信が返ってきていた。想像よりも速い返信だったため、内心驚いていたが、内容を見るまでは安心できない。咲音は見てはいけないものを見るようにして、恐る恐るトークルームを開く。
_勉強教えたり教わったりしてるよ
_まさか
次が気になる。ひたすらに気になる。早く続きを。
_何であんなに男と話せるようになったのかって思ってんだろ?
本心とは外れてはいるものの、疑念を抱いていることであったため、ニアピンと言った返答だった。日を跨いだこともあり、早めに返信を入力する。否、興奮が止まらなかったのだ。後悔の後、大きく動きだした会話の流れに咲音の心はついて来なかった。
そんなことをしていないで早く勉強をしろと、ベッドの上に飾られている犬の縫いぐるみが視線を送っている。それは優気と共にピアノのレッスン帰りに立ち寄ったゲームセンターのUFOキャッチャーの商品で、本来の値段よりも高い値段で優気が取ってくれた大切なものだった。今はそんなことには目もくれず、ただひたすらにメッセージを返す。
_そういうこと!
_今まで男の子と話すの苦手みたいな噂聞いたことあったからさ
上手くはぐらかし、返答を待つ。大きな息を吐きだすとすぐに返信は返ってきた。
_ほえーそんな噂あったのか
_俺はこないだ三沢さんと和野さんから聞いたけど、それまで知らなかったわ
_男嫌ってたけど、最近見直しつつあるって言ってたよ
_そんで男相手に自分から話しかけること増やしてるっぽい
本人の努力を知り、自然と背中を押したくなる気持ちになった。それもそのはず、六月には同じクラスの真峯による自殺騒動で垣間見えた勉強面の不安、七月では明らかに精神状態が芳しくなく、言動に粗暴さが見えたことは記憶に強く残っていた。しかし、ここまで平静を取り戻せたことは本人の努力の賜物だろう。
また、それには隣の席である優気が居たからこそだろうと踏んでいた。明るさや話しやすさに加え、いざとなれば心強い行動に出るところが美奈の助力をしているのだろうと感じたのだ。主に習い事のことだが、自身も過去に優気の言葉に救われたことは少ない。
_そうだったんだ
_本辺さんも頑張ってるんだね
_私も何か手伝えそうなことあったら聞いてみる!
関心を持ち、助けに加担しようと決心する。本人の頑張りを聞くと、卑しさ交じりに問うた自身のメッセージを消したくなってきた。枕に顔を埋め、声にならない声を上げる。
_そりゃいいな
_俺もわかるところは教えるけど、咲音のが頭いいし教えてあげてよ
_あいつ目標高いみたいだし
それならばと意気込みを綴ろうとしたところで、一つの疑問が過る。咲音は画面をフリックしてトーク履歴を確認した。
「やっぱり。なんだろこれ」
優気が送った『勉強を教えたり教わったりしている』という文面に疑念が過る。美奈よりも勉強法に秀でているのにも関わらず教わるとはどういうことだろうか。もちろん打ち間違いの可能性もある。
しかし、咲音の乙女センサーは僅か九パーセントほどの反応を示していたため、先のメッセージを引用して『何を教わってるの?』と念のため問う。
_あー
「それだけ!?」
思わず声を発してしまい、手で口元を抑えた。怪しさは加速し、乙女センサーは三十パーセントまで上昇した。
_おすすめの運動法とかだよ
_ほら、あいつこの間まで硬式テニス部だっただろ?
遅れた返信と慌てるような追いメッセージ。咲音の乙女センサーは七十パーセントを超えてしまう。
_怪しい…
一言だけ送信すると『何がだよ笑』と一言返ってくる。やり取りの中で唐突に語尾に『笑』を付ける男は女性関連で何か後ろめたいことがあると、過去に動画で見たことを思い出した。
思えば三沢や和野とも会話していたことが明かされたため、疑念が濃くなっていく。乙女センサーは八十九パーセントを越え、目にはパトランプが灯る。
_もしかして
既読が付くも入力で必然の間が空く。
_誰か好きな子出来たんでしょ?
_んなわけあるかい笑笑笑笑
流れからして予測していたのだろう。素早い返信速度でメッセージが投下された。否定が入ることは分かっていたが、即座の返信には思わず咲音は戸惑い、返信に迷いが生じる。ネタを交え、『またまた冗談言って~』と薄く探りを入れた。
_こんな忙しい時期に恋愛なんぞできません笑
_時をくれ!TOKIO!
明らかな誤字に咲音は笑い声を上げると『誤字った笑笑笑笑』と返信が送られてきた。更に笑いが起こるも、『何してんの笑笑』となんとか返信する。
一呼吸置き、冷静さを取り戻す。誰を好きになったとしても、相手の懐を執拗に探ることは不快感を与えかねないと考え、もうこれ以上の詮索は控えることにした。
咲音は「私もそこまで鬼ではない」と言い聞かせ、気持ちを潜めさせる。どこか消化不良なところはあるものの、優気を尊重することが最大限の考慮だろう。
_もし誰か好きな人出来たら幼馴染チェック入るからね!笑
若干ウケ狙いにしては恥じらいが生まれ、はにかんだ表情を隠すように犬の縫いぐるみを抱きかかえる。
_なんだよそれ笑笑笑笑
_聞いたことねぇわ
文面上『笑』の個数で判断するしかないが、追うように有名アニメ、『タイガーボール』の主人公が笑っているスタンプが送られてきた。
「実際に笑ってるならいいけどなぁ」
_あ、そういえばさっき可愛い子見つけたわ
目を疑うような返信が返ってくると、咲音は就寝前とは思えない目付きで画面を凝視した。
『ほらこの子』とあっさりした返信に画像が添付された。それは優気たちが通う高校の制服とは異なり、大きな瞳を浮かべる金髪ポニーテールの姿の美少女だった。
「アニメじゃん!」
同じ言葉を送信すると『悪いかよ!?』と素早く返ってきた。優気はアニメキャラにハマることは過去に何度かあったため、「またか」といった印象を受ける。
_で、これは何のアニメなの?
アニメには抵抗がなかったため、純粋な好奇心で問うと急速にメッセージがやってきた。
_ようきゃ・ざ・くらしっく!ってアニメだよ
_結構有名だから咲音も見た方がいい!
_つか、結構前にもおすすめしたはず!
よほど波が来ているのか、勢いよくメッセージが送られ若干うろたえてしまう。優気の言う通りに写真欄を遡ると四年前に同じキャラクター画像が送られてきていた。
_確かに送られてたわ
しかし、気になる所はタイトルに含まれている『くらしっく』という点だった。ヴァイオリンやピアノを嗜む咲音にとっては興味を惹かれることは間違いなかった。
_くらしっくってクラシックのことだよね?
_そう!ちなみにこの子、咲音と一緒のヴァイオリンだよ!
_えっ!そうなんだ!
_ちなみに、どんなところが好きなの?やっぱりビジュアル?
食いつくように返信する姿は既に本来の目的を見失っていた。どこか自分と同じ楽器を演奏するキャラクターに自然と自身と重ねていたのだ。
_それもそうだけど、んっぱ性格よ
_協調性が強いが故にソロパートで周りと揉めちゃったり、葛藤しちゃうとことか純粋で応援できるんだよなぁ
_ゆーくんは本当に人間味ある子好きだよね
他アプリの通知を閉じると、画面上に表示された時刻に目が付く。既に深夜一時を前にしていた。
_もっと話したいんだけどもう遅いからそろそろ寝るわ
優気側からお開きが切り出され、一呼吸した。まさか、窓から見られているのではないかと有り得ない想像をしてしまうが、思わず窓に目をやる。ならばテレパシーの類かと頭に過るも、これでは私の方がアニメチックな考え方だと一蹴した。
_私はちょっとだけ勉強して寝ようかな
_優秀
一言に加え、先程のヴァイオリン少女のおやすみスタンプが送られてくる。どうやら優気の好意は想像以上のものだと感じ、犬のおやすみスタンプで返答する。
机に戻り、残した問題に手をかけ始める。残した問題数は半ページも無く、どうせなら『取り組み終えてから聞けば楽だったのに』と小さな後悔がやってくる。それはさておき、赤シートを利用して暗記を確認する。
「be intent on VingはVする決意をしている。in light of A、Aを考慮して。be liable to VはVしがちである」
見事に正解し最後の問題に目をやる。
「a quarrel with A、Aとの口論だっけな」
これまた正解。文面だが、先程まで会話していた優気が顔がまだ離れずにいたため、Aを優気と置き換える。
「ゆーくんと口論は嫌かな。んへへ」
習慣化を止めることなく今日を終えることができたが、その喜びとは異なる喜びが込み上げ、またもやはにかむ。
単語帳を閉じ、部屋の電気を消すとベッドに飾られた犬の縫いぐるみを抱きしめる。普段は返って寝苦しくなるものの、今夜は良く眠れたのだった。
女の子の気持ちはわかりません…
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