第96話 バラ色の日々
あれから約一時間後。優気は神器の生成に手応えを感じ始めたが、進捗は神器の成り損ないのままだった。あと一歩のところでどうしても形にすることが出来ず、どんどんと時間は過ぎていく。
「あと少しなんだけどなぁ」
もう何度目だろうか、再び形が出来たものの現前することが出来ず無情にも神力の塊はサラサラと消えていく。何か手掛かりはないのかと、スサノオは適当に指導本のページに目を通していた。
「あ」
スサノオが声を漏らすのも納得の出来事。それは神器習得に際して、いくつかアドバイスが丁寧に掲載されていたのだ。取扱説明書を読まずに電子機器を組み立てる愚行と同じような過ちに思わず天を仰ぐ。
「どうしたんですか?」
美奈に声をかけられると見開いていたページを颯爽と閉じ、背の裏に隠した。「いやぁ何でも無い!」と慌てながら否定するも、「絶対何か隠してる…」と即座に怪しい目を向けられる。咳払いをして優気を呼び掛けた。
「今どんなイメージで神力を流してる?」
「え、もちろん完成形の剣ですけど」
「だよな。そしたら細長いパイプの中に水を継続的に流し込むような意識で取り組んでみろ」
「いきなり具体的…!わ、わかりました!」
優気の言う通り、スサノオにしては比喩を用いた論理的なアドバイスだったため、美奈は先程隠した本に書かれていたことだろうと察した。
スサノオの言葉を念頭に神力の込め方を変えてみる。手元にイメージを残し、大きくブレないように同じ量の神力を注ぐ。神力の光が集まり、剣のような形に変容していくも、常に意識は同じ量の神力を意識する。
完成間近、朱雀の力を身に纏い、今日に至るまで感じたことのない異様な感覚が指先に走った。
「で、できた…!」
優気の手に現れた物体はオレンジ色の光に包まれた刀身から超然とした力を放つ。まさに、四神、朱雀の神器が現前した瞬間である。
「よくやったな!」
「はい!け、けど重い…」
「それは慣れるしかないな。じゃあ適当に振ってみろ!」
今までの経験や体験で見てきた動きを再現する。想像以上に力を使い、疲労がすぐにやってくるも、多量の時間を費やした分少しでも成果を得ようと踏ん張り続けた。
「もっと重心を低く置け!」
「は、はぁい!」
腕に負荷がかかる感触が優気の心を圧迫する。焦りのようなものが生まれると、剣を振るう度に噴き出た汗が飛び散る。
スサノオは優気の修行意識を尊重し、急いで指導本を広げると、効果的な修行メニューを確認した。
習得を完璧な物にさせる。そんな目的を持った師は神力を込め、幾度となく正義と破邪を切り裂いた歴戦の剣を現前させた。一見、稲妻のように見える光は神力であり、触れると肌を痛めさせるほどのものであった。
「今からオレが剣置いたとこを狙ってみろ!」
「はぁいっ!」
投げやりだが、勢いのある返事から三分も経たずに優気の四神化が解け、同時に神器も消えていった。当の本人は全てを出し尽くし、仰向きに倒れた。疲労が限界に達し、立つことも出来なくなったが、浮かべた笑顔からは深い達成感が表れていた。
「で、できたぁぁぁぁぁあああぁぁぁあああぁぁぁぁあ!」
「よくやったぞゆうき!!」
ラグビーでトライを決めるように走り近づいたスサノオは寝転ぶ優気の顔を抱きかかえ、わしゃわしゃと頭を撫でた。飛び散る汗に嫌悪感を抱いた美奈だったが、満足気な二人の笑顔を目にすると嫌な気持ちは消え、小さく笑う。
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「くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!たまらん!!」
リビングにてキンキンに冷えたスプライトを口にすると、二階にまで轟く声が胸の内から飛び出した。模試で志望校のA判定を取る以上の喜びだろう。
「本当に良かったわね」
「あぁ!だけど、明日全身筋肉痛だろうな」
笑いながら再び口にスプライトを運ぶと先に発した言葉と全く同じリアクションを取る。それほどまでに嬉しいのだろうと美奈は察すると自身も飲み物を口に運んだ。
「私も頑張らなくちゃな」
「本辺はもう出来てんじゃん」
「ほら、放った矢のコントロールとか、能力を使った攻撃とか仕上げあることいっぱいあるから」
「その通り!みなみてぇに、ゆうきも神器を習得したからと言って、実戦で使えるまでもっと仕上げていくぞ」
「わっかりました!」
「あと、もう遅いから帰れ!」
時刻は七時半を示していた。修行としては異例の時間帯であり、飲み物を飲み切ると手荷物を整理する。
「いいですか?スサノオさんの嫌いな洗い物任せちゃって」
「今日は頑張ったからな!オレも頑張る!」
「頑張るって言ったってコップ2つだけじゃない…」低すぎるボーダーラインは神の使者相手に通じないと悟る。
「じゃあ、お2人さん。また明日な!」
「はい!今日はありがとうございました!」
「ありがとうございました」
二人はアジト出ると、駅に向かう。疲労の影響から、優気の足取りは重たいが、美奈が合わせる形で雑談をしながら歩く。
「最近勉強捗ってるか?」
「まぁ最初よりは。あんたは?」
「俺は過去問最近解いてるよ。そんで間違ったとこもっかい復習してるって感じ」
「どんな大学の解いてるの?」
「船大とか早麦田とか」
「レベルたか!えっ、船堀大学受けるんだ」
「まぁ、地元だし、近いしね。レベルは高いけど」
「そうなんだ…」
都営地下鉄の駅に着き、エスカレーターを下る。「疲れたぁ」と優気は一言。エスカレーターの制作者に感謝をしつつひたすらに地下鉄へ向かう。
「私、船大の模試判定Cだったんだけどさ、まだ間に合うかな…?」
自身の不安をなるべく小さな声で打ち明けるも、優気には無事に届いてしまう。羞恥心があったためか、聞いてよかったのか、と疑念すら抱いてしまう。
「え、本辺が?」
「そ、そうだけど…別に、何か悪い事?」
「いやそういう訳じゃないけど…もっとバカだと思ってたからさ。まぁバカなのは変わりないけど」
「バ…!何言ってんのよ!も~聞かなきゃ良かった!」
駅の改札を通り、ホームまでゆっくりと階段を下る。優気の発言に苛立ちを覚えるも、彼と比べ自身のレベルの低さを自覚すれば自然と納得がいった。通過電車がホームに目をくれることも無く駆け抜ける。
「全然間に合うと思うよ。何なら良い挑戦だと思う」
駅構内に大きな滑走音が響き、自然と優気は大きな声で美奈に返答した。聞き間違えたのかと思えたが、振り返る優気は「大丈夫でしょ」と気楽に答えたため確信へと変わった。ホームに着くと五号車辺りに並ぶ。
「ほ、本気で言ってるの?私みたいな、おバカでも」
「当たり前だろ。どんな理由があるか知らないけど受かりたいなら、むちゃめちゃ努力すれば受かる」
「何というか、投げやりじゃない?」
テキトーな発言だと感じていたが、すぐに「投げやりじゃないよ」と否定を食らう。ふぅーと息を吐きだし、優気は駅名表示の奥でも覗いているのか、どこか遠くを見つめる。
優気たちの立つホームに電車が来るとのアナウンスがかかると、優気は口を開いた。
「だってさ、人間誰しも憧れやら目標を持って生きる。時や都合で変わったり、複数になったりするけど、その思いが強ければ、行動が伴って、どんなことだって乗り越えられると思う」
待ち人を出迎え、二人を歓迎するかのようにホームドアと電車のドアが開いた。終点に近い駅のためか、車内にあまり人は居らず、二人は席に腰を下ろした。
「今本辺がどれだけの想いがあるのかはわからないけど、受かりたいなら強い気持ちでやり遂げるんだ」
ドアが閉まり、電車は動く。美奈は優気の言葉を受け、数秒時が止まったような感触が全身を伝っていた。
「俺も成績に伸び悩んでる時に塾の先生がアドバイスしてくれたんだ。おかげで、最近は過去問の点数結構好調なんだよね」
「いい先生ね」
「だろ?かなり善い人だよ」
揺れ動く電車は地下鉄ということもあってか、滑走音が大きく車内に響く。
「もし、その想いが止まるなら友達を頼ればいいよ。俺ももちろん手を貸すし」
「本当?」
相槌をする優気を見つめ、喜びが込み上げた。口は開いていなかったが大きく息を吸い、後ろに引いてしまう。
「まぁよ、人間なんてのはどんなにすっごいことしてても、ちっぽけなもんだから。支え合うのがベターな生き方だと俺は思う。何ならそれが正しい生き方だと思う」
「確かに。それは間違いないと私も思う」
「今日もスサノオさんと本辺がいなかったら神器出せなかったしな」
「そ、そうよ。だから私が勉強でわからないことあったら教えてよね!」
「だから教えるって。何でそんな弱み握った時みたいに言うんだよ」
美奈の情緒に振り回されていると電車は隣の駅に停車した。スーツに身を包む仕事帰りと思わしき人々がどんどんと空席を埋めていくと、ドアが閉まり、電車は動き出した。空席が目立つ人混みの中、優気は美奈についてあることを思い出した。
「ってか、お前は学校で『可愛い可愛い』ってもてはやされてるんだから、誰でも手貸してくれるだろ?」
「それはありがたいことだけど、内心の悩みは外見ではどうしても埋められないのよね」
「おっ。本辺にしては深いこと言うじゃん」
「しては、ってどういうことよ」
決まりきっていたかのような返答に優気は笑った。その笑顔に釣られるように美奈も笑う。静かな車内には目立つ笑い声だったが、電車の走行音で相対的に小さいものと変容した。
「ちなみに何の教科がわからないの?」
「やっぱり英語かな」
「英語は難しいよな。年々どんどん難しくなってるらしいよ」
「何でそんなことするのよ」
「外国人が日本に住むことが増えたりしてるからだよ。日本としても外国に会社を置く企業も増えてるし。社会に出たら職場に普通に外国人いると思うよ」
「えぇ…もう外国人は日本に来ないでよ。鎖国よ!鎖国!」
「極端だなぁ。ウォックさんとかフィルセルさんたち目の前にそんなこと言えんのか?」
「あ、その人たち忘れてた」「忘れるな!」
そんな愚痴を言い合っているとあっという間に隣駅に着き、さらに乗客は少し増えた。空席は無くなると、車内間を移動する人々を無視するように電車は動き出す。
優気の降りる駅まで後一駅。しばらくの沈黙の後に「あのさ」と一言。美奈は視線を落とし、優気に問いかける。
「さっきアンタが言ってたことなんだけどさ…」
語尾に近づくにつれて美奈の言葉に力が抜けていく。微量の声には優気も聞き取れず、少し俯く美奈に顔を向ける。珍しくもじもじとした姿は優気には新鮮で目の前の違和感に疑問が過った。
「か、神崎はさ、私のこと『可愛い』って思う?」
「ふぁ!?」
唐突な質問内容に驚かされ、電車内というのに大きな声が漏れ出てしまった。優気の驚嘆にイヤホンを耳に付ける乗客にまで目線を向けられる。聞き間違えかと思えてたが、美奈の目線の先が明らかにこちらを避けているような気がしてならず、それが正しさの証明を表しているようだった。
「え、えぇ…」
周りのことなんぞ気にならず、質問の意味に困惑し続けた。何故かと問うことは野暮であると間違いない。返答に困り続ける優気だったが、美奈の返答待ちの態度に早急に応えなければと頭では理解していた。
美奈の若干火照った顔色は意図していないものだったが、優気の返答に更に追い打ちをかけていた。電車の走行音が大きく聞こえ、気まずい空気が流れる。
「まぁ、何?俺は可愛いって言うよりかは、び、美人系だと思うけどな」
美奈の目を真っすぐに見れず、話しながらというのに幾度か目線を逸らす。優気としては美奈の方を見ているつもりだったが、自然に目が逃げ出してしまったのだ。
「な、何それ」
疑問を投げかけた本人、美奈は肩に触れる毛先を人差し指で弄り気を紛らわす。ボブとして切った髪の毛が長く伸びていたことに気が付くも、そんなことで気が紛れるはずがなかった。自身が投げかけた問いのため、何とか話題を進めなければと口を開く。
「まぁ、褒め言葉として受け取っとく」
「あぁ、そうしてくれ」
電車が地上に出た。美奈はそのことに気が付き、恐る恐る優気の顔を覗いてみた。
すると、同じように珍しく赤面を浮かべる優気に気が付き、恥ずかしさよりも面白さが勝る。小さく笑みを浮かべた後、にやけ面を浮かべ、優気に問う。
「もしかして照れてるの?」
「照れてない!」
「ぷっ、ははは」
からかうな、と一言発したかったが、美奈の今日一番の笑顔を前に言葉が出なかった。
優気の降りるはずの駅に到着する。何度も発せられたアナウンスによって気が付くと、乗客の流れに背いて小走りで馴染みのあるホームに降り立った。
『間もなくドアが閉まります。駆け込み乗車はおやめください』
ギリギリところでアナウンスがホームに響くと、優気は胸に手を置き呼吸を整える。扉が閉まり、そそくさとその場を去る。
『乗車確認完了です』
_______本辺の笑顔が頭を過る
まだ空気に余韻が漂うほどの時、動き出した電車を目で追い、座っていた座席に目をやると美奈はこちらに視線を向けていた。
_______なんだ、お前もかよ
何だか笑いが込み上げ、気付けば優気は手を振っていた。美奈は気付けば口が空いており、小さく笑みを浮かべながら応じる。両者、先とは異なる火照り顔で距離は遠のいてく。
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