第93話 日本は衰退。ただし、俺らの成績は向上。
「くぅ~疲かれた~」
璃久瑛は維持派アジトのリビングに設置されたソファーに倒れ込むように持たれた。もうこれ以上動きたくない。もう何にも興味何ぞ湧かない。疲労から来るそんな意思を態度に表す。
そんな姿に近づいた怜真は友人の弛緩な様子が目に入り、同情の気持ちもあったがどこか一歩引いてしまう。隣に座ろうとしたが、本来足を置くスペースに腰を下ろした。
「にしてもよ、怜真射撃上手いな。反動とか痛くねぇの?」
「まぁ、自己防衛だからな。勉強やら部活よりもより熱が入ってるのかもな」
「なるほどなぁ」
適当な相槌を返すとテレビのリモコンに手をかけ、適当な番組に変える。切り替わったチャンネルはニュース番組を映すも、璃久瑛は依然として何も興味の無い反応を示す。
「というか、今日に至っては調子が悪かったんだけどな」
「あれで?」
「あぁ。ウォックさんとフィルセルさんの顔が酷すぎてな。射撃どころじゃなかった」
「盛大なディスだな!ラッパーでも言わねぇだろそんなこと」
違う違う、と即座に否定すると「そうじゃ、そうじゃなぁい」と璃久瑛は歌い出した。ご丁寧に歌い方や表情を作り、ダンディー風に仕立て上げる。優気ならば、流れで共に歌い出していただろうが、怜真は話の誤解を解くため触れずに進める。
「あの顔色気にならなかったのか?目のクマ、生気の無い目とかやばかっただろ!」
「そうかな?教え方とかに問題はなかったし、単に疲れてるだけっt」
「いやどう見ても可笑しかっただろ!それでも演出だとか作画とか演技だとか、細かいとこ気にするアニオタかよ!?」
怜真の言葉に電流が走ると、自身のキャラを思い出したかのように手で顔を覆った。一杯食わされたと璃久瑛は心の中で猛省するも、声色を作った。
「確かに。言われてみれば、そうかもしれないな。特に目のクマ、生気の無い目は違和感の象徴だ」
「俺と同じこと言ってるだけじゃねぇか…」
噂をすると、射撃訓練を指導したウォックとフィルセルがリビングに姿を現した。小さく何かを呟いているようだったが、詳しくは聞こえず、二人は耳を立てることに集中する。
「アー」
「アー」
「むちゃめちゃ疲れてるな…」
「だから言ったろ!?何でさっき気づかなかったんだよ!」
ふらふらと歩き、キッチン付近の棚からコップを取り出すと水道水を掬って飲んだ。普段何かと揉め合う二人だが、会話のない時間が続いていることに異質さが表れる。むしろ、その光景からは話す気力をも無い様子を感じさせない。何杯も水道水を飲み、「アー」「アー」と声を放る姿に璃久瑛は恐怖すら芽生える。
「ここフィラデルフィアかよ…」
璃久瑛の例えに思わず怜真は笑いが込み上げてしまった。特に絶望に打ちひしがれるような璃久瑛の表情がたまらなかったのだ。
「アー…」
「ア、アー」
リビングを出入口まであと少しというところで、二人は立ち止まった。瞳孔を開き、こちらを見る。
すると、ウォックは両手を前に伸ばし、ゾンビのようなポーズを取り始めると、フィルセルは何故かロボットダンスを踊り始めた。あまりの疲労で、遂に脳に異常をきたしたのかと疑ってしまう。
「thriller~」「POW!」「thriller~」「POW!」
小さくウォックが口ずさむと、フィルセルは合いの手を入れる。更には綺麗なムーンウォークもセットでついてきた。歌のチョイスがこの雰囲気にピッタリであったため、怜真は再び笑いが込み上げた。
ウォックは歌いながらリビングを去り、フィルセルはロボットダンスを続けたまま退室していった。疲労を利用した芸当に怜真は思わず小さく拍手。
「あー面白かったな」
一言漏らし、璃久瑛の方を見つめると言葉を失っていた。
「や、やっぱりクスリかな…?」
「どこがだよ!?お前の感受性に薬の疑惑を抱いたわ!」
絶望的な理解度の無さに怜真は引いてしまう。普段アニメを視る際にはどのような感想を抱くのか気になる所だ。
これ以上璃久瑛の詮索には触れずに、怜真は先程から点いていたニュース番組に目をやる。白熱した講釈に苛立ち、端正な顔立ちからは想像できない、蔑み向けた鋭い目を向けていた。
内容は国内の経済低迷に関する話題で、何十年も続く日本経済の不況を専門家が指摘するという、ありふれた構図を目にする。
裏金、汚職、倫理違反。卑劣な物事が蔓延る政界に求めることが間違いだ。
政治を行う権利はあるが、自分たちが得をするために使う。
これがまかり通る汚仕事をニュースやら記事などで指摘したとて、何も変わらずに、ただ平然と国は衰退するばかりという事象を嫌でも散々見てきた。「だからニュースは嫌いなんだ」怜真の顔は段々と曇り始めると苛立ちも同時に浮かんでくる。
「まぁまぁ」
宥める璃久瑛の行動から、自身の心の声が漏れていたことを認識した。
「確かにこれが現実だよな。日本は衰退。ただし、俺らの成績は向上。ま、こんなお先真っ暗な社会で、何のために勉強してるのか、わからなくなっちまうな」
どこか明るい声色に怜真は訝る。手を後ろで組み頭に置くと、寝転がった姿勢を更に充実させた。
「璃久瑛、お前中間テストの成績上がったのか?」
「よくぞ聞いてくれました!何と、現代社会と国語…92点でしたっ!」
「おぉ!そりゃ凄いな。よくやった」
拍手をして褒めると、「どーもどーも」と照れくさそうに右手を立てる。璃久瑛にしては希少な高得点だったため、怜真は心底驚いていた。しっかりと勉強に取り組めば点数を取れるが、欲に負けて勉強をしない。そんなタイプだったため、今回は本気に向き合ったんだと改めて認識した。
「どうしたどうした。珍しいことでもあったんか?」
リビングに入った優気が問いながら冷蔵庫へ向かっていく。当たり前のようにコップを三人分取り出し、麦茶を注ぎ分けるとリビングへ向かっていく
「璃久瑛のテストが良かったって話だ」小さくお礼を言い、一杯口に含んだ。
「そう!現社と国語92だよ!あの俺が!!」
「すげぇじゃん!どの俺かはわからないけど」
再びダイニングへ戻り、自身のコップを取りに戻る。その間に璃久瑛は重い身体を起こし、注がれた麦茶に口をつける。想像以上に冷えた麦茶は璃久瑛の全身に満遍なく行き渡ると、溜まっていた疲労を吹き飛ばした。
「俺なんて90点以上取れんかったわ」
「意外だな。政経は?」
「88。一番惜しかったんだけどな」
璃久瑛が起き上がったことで空いたスペースに優気は腰を下ろした。前方に大きく映し出されたニュース番組はちょうど経済のことを取り上げている。
『約10年前には労働賃金が増えたことで、経済が活発化したんだから再び溜まった企業の内部留保を吐き出させるようにすべき』
まだ専門家は経済について力説し、議論を深めていた。ニュースのスケジュールなど考えずに話を進めているのか、アナウンサーがやや困り顔で話を聞いている。
「この時の総理大臣誰でしょう?」
三人とも何となく見ていた中で、怜真は問題を課す。つまらないというよりかは、先程から点いていた内容に嫌気が差したのだ。
「わかんねぇ~」
「安泉晋一とかじゃなかったっけ?」
「流石だな優気」
「いや今の総理と一緒だしね。これくらいわからないと」
話ながら答えられなかった璃久瑛にだんだんと視線を送ると、頭を掻きながら「そうだったそうだった」とあたかもわかっていたような口ぶりを披露した。
「ちなみにりっくん、政経の点数は何点だったの?」
「そりゃ、もう、48点だよ」
「『ギリギリじゃねぇか!』」
流れ的に察してはいたけど。怜真は一言上げると、ソファーに寄りかかり呆れた表情を浮かべていた。
「けどこの人が約10年前に総理やってた、ってなんか納得できないんだよな」
「どういうことだよ。実際10年前は安泉晋一だって習っただろ。正確には16年前だけど」
「わかってる!わかってるんだけど、なんか引っかかってるんだよな」
「どういうこっちゃ」
二人の話に璃久瑛は呆然と眺めることしかできなかった。これが政治経済四十八点の動きである。
「ゆーき!そろそろ来いや!」
「は、はい!」
スサノオの呼びかけで優気は慌てて立ち上がる。コップに入っていた麦茶を急いで飲み干す。
「それじゃ、行って来るわ」
「おう」
「頑張れよ~」
璃久瑛は気の抜けた手を振り、優気がリビングを出ていく背中を見送った。ニュース番組は経済議論のコーナーが終了しており、可愛らしい動物の特集へ移る。目障りなコーナーの終了と同時に怜真の気分は復調した。
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