第85話 正解と希望の十字架
「化物は居なくなりましたぁぁあ!安心してくださぁぁぁあい!!」
一つの車両に着く度に大きな声を上げて乗客に報告をする。どこか冷ややかな反応だが、事実は伝えなければならないため、毎車両で声を上げる。
三号車に到着すると閑散とした空間が広がっていた。しかし、奥に微かに映る一号車には化物を捌く老人の姿があった。
腕の振りが素早く、振り回している杖が見えない。剣技にも近く、どこか既視感のある動きのようにも見えるが、それよりも、神の使者ではないのかと疑念を抱く。
一号車へ移動すると完全に化物が消滅していた。老人が優気に気付くと大きく息を吐く。もっと早く来て老人を労われ、と文句を飛ばす雰囲気すら漂っていたが、優気が実際に到着すると「無事だったようじゃなー」と軽く心配を仄めかした。
「じいさんは大丈夫でしたか?」
「当然、無傷じゃー」
「当然なんだ…」一体何者なんだ、と尋ねたくなるも目的が逸れることを懸念し、電車を止めることを意識する。
「ここに来るまで考えてたんですけど、どうやって電車を止めたらいいかわからないんですよね」
「なら、手動ブレーキで止めるしかないみたいじゃなー」
何にも臆することなく杖を振い運転室の窓を壊すと、杖でブレーキの場所を指示した。少年時代はやんちゃだったのだろうか、はたまた老人故の恐れ知らずの行動なのだろうか。
「さぁー止めてくれい」
唐突に投げ出されたパスに狼狽える。ただでさえ窓を壊したことに驚いたというのにこの投げやりな発言にはついていけないのも無理はない。
「ぼ、僕がやるんですか?」
「そうじゃ。もう年寄りは動体視力が落ちてのー」
大量の化物を前にして無傷で居られていることもあり嘘は透けていたが、優気は亀有迫る電車を止めることが第一優先事項だったため、渋々運転台を前にした。
今まで深く電車に興味を持ったことがなかったため、どこをどう操作すれば良いのか全く分からない。
キョロキョロしていると背後から木刀が伸び出てきた。トントンと優気の右手側のレバーを叩く音が鳴り、ブレーキの場所に気が付いた。
気が付くのが遅く苛立たせてしまったと思い、反射的に一言謝ってしまう。同時に化物退治にはこれを利用したのかと改めて結が出るもそんなことはどうでもよかった。
「で、これはどのタイミングでブレーキかければいいんですかね?」
「確か駅に近づくとブレーキをする印みたいなものがあった気がするのー」
「すっごいテキトーだけど大丈夫かこれ…」
不安が過るもこの状況では従うことしか手段がない。背後で杖を突く老人への警戒は残しつつ、高速で進むトンネルを注視する。
「亀有まであと2駅だからタイミングを掴んでおくんじゃぞー」
「いや、ちょっと待ってくださいよ」
思わず振り向き声を上げる。老人から疑問符が声に出ると優気の心の中でため息をつく。
「確かにじいさんが居てくれたから被害は最小で済んだと思ってます。だけど、じいさんの意向を優先することは出来ないよ」
「ほう。何故?」
「突然化物たちから襲撃され、他の乗客は不安を抱えているからです。駅止まれるのなら、停車させることが先決かと」
「ほーう」納得がいったとは言えないような一言だったが、ブレーキの為に前を向く。
強気のやり取りだが優気は内心慄いていた。化物の群れを完璧に除去した者など神の使者を除けば余程運動神経が研ぎ澄まされ、筋力に恵まれているオリンピック出場者位しか見当がつかない。だとしても、避けるだけで精一杯だろう。
良からぬことを想像してしまい、自然と深呼吸を行っていた。目を閉じてもう一度を行い、前を向く。
「今!!」
停止目標が見え、ブレーキを引くと電車のスピードが徐々に落ちていく。だんだんとホーム特有の明るさが運転席を照らすと、ホームに沿ってゆっくりと減速した。
これにて一件落着。肩の荷が降りたのも束の間、首元に木刀が突きつけられているのを感じた。ブレーキに集中していたせいか、先の問答からか、ホームに着いてからか、はたまたたった今突きつけられたものなのか全くもってわからなかった。
「最後に聞きたい」思わず息を呑み頷くと冷や汗が湧いた。恐怖という実感がようやく形となって湧いてしまう。
「どうしてそんなに人間を信じられる?」
老人とは思えない目で優気を睨む。この答え次第では首を跳ねるぞ、と間接的に訴えかけるように。当の優気には見えなかったが、木刀の切っ先からその意を感じざるを得ない。
しかしながら、優気はすんなりと答えられた。一つしかない答案にしっかりと答えを書き込むようだった。
「|人間《ひと》だからですよ」
木刀がピクリと動き、優気に動揺が伝わる。堂々と言い放つも緊張しきっており、上手く纏められるか不安があった。
「同種の生物としてだとか、綺麗事を言いたいわけではありません」
「論理的な理由があるんだな?もう停車する。早く教えてくれー」
「ん~っと」答えを急がなければならないことはわかっていたが、老人の間延びした語尾が若干移ってしまう。
「じいさんなら知ってると思うけど、人は今まで争いばかりしてきました。原始人から始まった食糧や領土の争いだったり、考え方の強要だったりと。勿論喜びを得れた人もいたでしょうが、多くの血が流れ、涙が流した人がいるのも事実。こんなの僕より長く生きているじいさんには釈迦に説法だけど」
「いいから続きを教えてくれ」
ホームに完全に停車するも、ブレーキが早かったのか、始点停車位置から少しズレたところで停車してしまった。ドアが開く前に『そのままお待ちください』と駅から車内へアナウンスがかけられた。気に留めることなく優気は話を続けた。
「その血と涙が土台となって、考え方が変わり、安らぎが育まれ、平和な今がある。だから人間を信じることができる。だから…」
無言。次の言葉を探す優気を老人は待っていた。
「だから、僕は、この安寧が続くように戦っている。神の使者として、維持派として、戦ってるんだ!」
振り返り、老人の方へ向く。張りつめて表情も気の抜けた態度も一切感じられず、どこか満足気な笑みを浮かべ、「そうか」と聞こえるように呟いた。
「今日拳を振るった分と今まで流れたであろう血と涙の分、人間を救うんだな。君ならきっと、其れが出来る」
落ち着いた声が優気の胸に響く。老人はするりと背を向け歩みを進めた。
「ちょ、ちょっと!神の使者だとか、維持派のこととか聞いて来ないのか!」
アンタも神の使者だろ。優気と老人以外誰も居ない一号車内で大きく叫ぶも、こちらを見向きもしない。老人とは思えない後ろ姿はどんどんと遠くなっていく。
急いで運転席を出て老人の後を追うも耳を貸す様子もなく、一号車を出ると電車のドアが開いたため駅へ降りた。老人からすれば、散々自身のことに興味を向けなかったことに対する報復でもあったのだろうか。
「何だったんだあの老人…」
駅員がホームから近づいてくると、老人が運転席のガラスを壊したことや自身がブレーキをかけたことなど、罪に問われそうな記憶が思い起こされた。
「取り敢えずアジトに戻って報告しないと!」
逃げるように号車を移動し、下ろしたリュックサック拾うと五号車辺りで腰を下ろした。本当に一件落着。長くなるであろう電車の発進を待ち始める。
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「俺だ。今六町ってとこで降りた」
老人は一人ブツブツと話しながら、慣れない手つきで改札を出る。駅の外へ向かい、階段を登る。
「知ってるよ!!亀有で映画見に行くって言ってたのに!!」
大きな声が頭に響き、歩みを躊躇してしまう。
「悪かったよ」「今バイクで向かってるんで、ちょっと待ってて!!」
「おーいそこのジジィ」
外へ出ると老人の聞き馴染みのある声と共に身近な人物の姿がそこにはあった。
「ヘラクレスか」
「修治のやつ。待っとけって言ったのに来るっぽいな」
「一度決めたことはどうしても全うしたいみたいですねー」ヘラクレスの屈強な背中から茶色の長い髪を結わく女性が姿を見せた。
「ヘスティアも来たか」
「それはー今日はそういう予定なので」
「とか言って、亀有からこっち移動する時ヘスティアのやつ神力出しながら行こうとしてたんだぜ?」
「しっかり抜けてましたー」
「しっかりしてくれ」頭に手をやり、溜息をつく。だが、溜息と共にあることを思い出す。
「あとこの見た目、早く治してくれ。修治に見られたら引かれるからな」
「忘れてましたー」
「忘れるな」
惚け気味のヘスティアという女性は神力を断つ結界を張り、老人へ手を翳すと老人の姿が若返って行く。
「修治くんはたとえ姿が変わっても忠誠心は変わらないと思いますよー。シャーヴィンさーん」
「恐らくそんなことだろうな」
笑みを浮かべるヘラクレスは納得を示す。完全に若返った男、シャーヴィンは目元まで伸びた髪をかき上げ、視界を広げる。綺麗にセンターに分けられた髪は思いの外毛量が増えていたため、中性的となった見た目に辟易してしまう。
「で、トラブルに巻き込まれた感想は?」
シャーヴィンの悩みに気にもせずヘラクレスが意地悪そうに尋ねるとそれらを吹き飛ばす位に自然と笑みが浮かんだ。
「なかなか貴重な体験をさせてもらったよ」
「どういうこっちゃ」
修治という男性がもうすぐ着くとの連絡がヘラクレスの通信機器に入ったため、道路へ移動する。
「存在いたんだな…本来在るべき者が…」
物凄く嚙み締めた一言を漏らすも、ヘラクレスとヘスティアは共に首を傾げる。
「おーい!!ヴィンさーん!来ましたよー!!」
原付バイクに乗った男性が遠くから手を振る。周りから視線を感じ、シャーヴィンは恥ずかしさを覚える。バイクを止め、素早く一行の元へ向かう。
「恥ずかしいから街中で大きな声はやめてくれ」
「我は良いけどな!」
「私もでーす」
「お前ら…少しは|護持《ごじ》派のリーダーを建ててくれよ…」
優気たちの維持派とは異なる思想を持つ派閥、護持派一行は雑談を語りながらゆっくりと亀有へ向かうのであった。
ポイントがあると多くの人に読んでもらえるとのことらしいので、面白いと思った方や少しでも続きが気になる方は是非評価をよろしくお願いいたします!m(__)m




