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TRUE HUMAN   作者: 森野熊参
2学期編
83/133

第83話 地下鉄襲撃事件

 赤羽駅。ある男は小さなリュックサックを背負い電車を待っていた。前々から予定と時間を確認し、最前号車のホームドアを前にする。一本の電車が目の前を通り、ブレーキ音が聴こえてくる。


「違うこれじゃないな」


小さく呟くと、反対に「でんしゃ!でんしゃ!」と大きな声が響く。三歳児程度の子供がはしゃいでいたのだ。近くに居た母親に自身の把握している語彙を精一杯に使って喜びを表現しているようだったが、当の母親は適当な相槌を返すだけで主にスマートウォッチを見ていた。


「僕、電車好きなの?」中腰でなるべく少年の目線に合わせると満足げな顔のまま、何度も頷いた。


「でんしゃ!すきなの!!」


「そうなんだ」発車のメロディーが鳴り終わると駆け込み乗車の注意が駅構内に響き渡った。


「電車は人を殺すんだよ」


「ころす、ってなーに?」当然そんな言葉は知らないだろう。当然男は分かっていた。


「突然人が痛い想いをしてずっーと居なくなっちゃうことだよ。例えば、ご飯も食べられないし、お友達やおもちゃとも遊べない。電車も見れなければ、おしゃべりもできない。それに、ママやパパとずっーと会えなくなっちゃうことだよ」


説明するも子供はわかっていないだろう。しかし、分かることは分かっているし、分かろうとしていることから顔から笑顔が消えている。子供というものは非常に素直である。


「君の大好きなこと、全部全部なくなっちゃうんだ」


少年の眉間に皺がよっている。理解出来たのだろう。


「そういうことを電車さんがしちゃうんだよ」

「ちょっとアンタ!何吹き込んでのよ!?」

母親が電車の走行音に負けない声量でこちらに怒りをぶつけてきた。


「電車が人殺しているということですが?」

「ですが?じゃないわよ!私の子供になんて歪んだことを教えてるわけ!?有り得ないんだけど!」

「確かに歪んだ見方ですね」


男は顎に手を添え、考えを深める様子を見せる。最初から一貫した声色と声量で話を続けるため、母親はさらに困惑してしまう。


「ですが、人身事故というのは自らが投げ出した命というより、()()()()()()()()()()()()()()()()」返答に困る女性を前に一定のテンポのままに会話を続ける。


「そうさせた特定の誰か。そうさせた環境。そうさせた人間関係。全てが間接的に死に追いやり、最終的なとどめは当人にとって身近な鉄の凶器。つまりは電車だ。要は電車というものは人の最終地点を決めるマシンなんですよ。中世でいうところのギロチンだとか、江戸時代の刀だとかそんなところ変わらない」


理解を示していない様子の母親だったが、男は理解を求めていなかった。子供は鼻をすすり、今にも泣きだしそうな表情であるが、そんなことも望んではいなかった。男にとって少し沸いた興味であり、()()()()()()()でしかない。


「人の死において、直接も間接も関係無いんですよ」


母親は男の瞳にどんどんと引き込まれそうになり、目を外す。「意味わからないわよ」そう吐き捨て、子供の手を半ば強引につなぐとその場を去って行った。


「そうそう。ここには近づかないでくれ。()()()()の実験の邪魔だ」


元の居た場所へ歩きながら戻ると、図ったかのように目的の電車がホームを駆ける。ブレーキ音を響かせ、目の前のホームドアが開くと同時に電車のドアが開いた。


___________________________________


 優気(ゆうき)は大学模試を受け終え、電車を乗り継ぐ。あまり電車に馴染みが無いため、何度か迷いかけたが行き帰りとも問題なく予定していた電車に乗ることができ、乗り換えを完遂した。


乗り換え待ちのため、席についても発進までに時間がかかる様子だった。周りには疎らに人がいるだけで、あまり車内に閉塞感はない。しかし、模試の自己採点をしなければならないという重苦しい煩わしさが肩に乗っかっている。仕方なく問題用紙を広げて、スマートウォッチで解答と正解を照合する。


「あ、ここ合ってたんか」


 電車の扉が閉まり発進する。「うぅーわ、ここやらかしたー」ぶつくさと自身の解答に後悔しながら電車は次の駅へ進んでいく。模試の自己採点では受験した教科に設けた目標の点数を越えていたため、胸中は安堵に包まれた。さらに自信も満ちてくる。勉強のモチベーションも向上し、受験ノイローゼとは無縁となった好循環が続いていた。


 模試の問題用紙をしまい停車駅を通り過ぎる。電車の導光板に表示された内容と違い、電車は止まる気配がない。優気を立ち上がらせるほどの違和感が襲ってきた。


「各駅停車の電車が止まってない…」


機械のトラブルか、ならばアナウンスを一切しない運転手はどうしているんだろうか。そんなことを思いつつ運転席の見える一号車へ向かった。


 優気の乗車していた車両は五号車だったため、比較的近い距離で安心していた。四号車に移動すると、何にも気付かずに杖を立てかけ腰を下ろす老人など例外はあったものの、異変に気付き、携帯媒体で確認を取る者が多かった。駆け足で三号車へ向かう。


 三号車も同じような光景が広がっていたが、先の一号車で何かあったのか。前の号車に寄る席に座っていた者らが走ってきていたのだ。優気は連結部に取り付けられている窓から奥の状況が読み取るも、肝心な一号車の動向がわからない。だんだんと二号車に座る皆が三号車に乗り移りに来ると奥の様子がちらりと見えた。


「何で…何で奴らがいるんだ…!?」


「ギャシャァァアぁぁぁぁぁあァァぁぁギキィィいいぃぃぃいいいぃぃぃぃぃいいいいぃぃぃぃいぃぃぃぃぃいいぃぃぃぃぃィィィィ!!!!!!!」


 返答するかのような遠吠えを上げるケダモノには見覚えがある。今年の四月、優気の学校を襲った化物と同じ生き物の姿がそこにはあったのだ。多少フォルムが違えど、人の形を保てているかと問われれば『はい』とさっぱり言い切れない。そんな見た目は変わっていなかった。また、優気を襲撃し、スサノオが倒した狂人のような理性のある化物は見つからない。


「数は2の4の、ざっと10以上いるのか…?」


この人型の化物は優気が襲われた日から現在に至るまで世界各地で維持派の神の使者が中心となって排除しており、ここ二ヶ月間において化物討伐への出張が減っていたことから総数が無へと帰していると捉えていた。そのため、化物たちの出現が不思議でしょうがない。


 乗客が移動しきると近くの座席にリュックサックを置き、神力(じんりょく)を込めた。


結界もなく四神化することで、神力は外へ駄々洩れになり、敵陣営の神の使者に気付かれる可能性が大いにあることはわかっていた。しかしこの状況。力を持ち合わせつつも、戦わないことは見殺しと対等である。


「やるしかない」


迫りくる化物たちによって二号車と三号車の連結ドアが開くと声を上げて気と力を高める。その瞬間飛び蹴りを食らわせた。


数体後ろへ吹き飛ぶも、気に留める訳もなく、他の化物が入室してくる。狭い電車内で上手く距離を掴みながらスサノオの修行を思い出す。


『どんな状況においても、焦るな。そして、死の距離を測り違えるな』


まさに今最も意識しなければならないことが起きている。


 何とか対応は上手くいっているものの、埒が明かない。優気の予想は一,二号車からどんどんと増えているような気がしており、戦闘のこともあって一号車分引いてしまっていた。エネルギー弾なども活用し、他の乗客に迷惑がかからないよう対処する。


すると、他の化物とは毛色の違う、小柄でスピードのある化物が優気の隙を見て抜き去っていく。


「しまった!!」


エネルギー弾で仕留めようとするも、前に迫りくる化物の対処に追われる。上手く攻撃を躱し、小さな化物の元へ走る。


「おじいさん危ないぃっ!!!!」


 小さな化物は特出して素早く、先程の三,四号車の連結部の近くに座る老人へ向かっていた。気付いているのかわからないが、杖を突きゆっくりと立ち上がった刹那。化物が縦に切り落とされた。化物には知性なぞ感じられず、ただ真っ直ぐにこちらに向かって来るもののため矢庭に杖を振るったのだ。


優気にはこの現状に理解が出来なかった。もとい、見えなかった。気が付くとそこには杖の先をこちらに向ける老人と周りに血が飛び散っていたのだ。取り敢えず老人の危機は去ったが、化物の血のようなものが粉状に消える中、こちらに近づく。嫌な予感が優気へ空気を吸わさせた。


「いやぁ~びっくらこいたぁのー」


「へ?」

張りつめていた空気が弾けると、老人は大きく欠伸を掻いた。


「襲われたら自衛するのが鉄則じゃ、ろー?」


「ええっと」当然言葉に詰まる。老人も語尾が詰まったことに気がつかないほどにこのギャップに混乱していた。どのように返そうか短くも長い間がそこには生じた。


「まぁ、そう、ですね」当たり障りのない返答に笑っていたが、そもそもこちらの返答には興味が薄いのだろう。


「わし、亀有で降りたいんじゃが」話のペースが自分本位のため、優気は戸惑いを孕みながらも反射的に導光板を見つめた。


「さっき大師前を過ぎたからあと5駅位ですね」

「なら、それまでには電車止めたいのー」

「電車を止めたいのは僕も一緒です。2人で止めましょう!」


多少マイペースな老人だが、敵意はないように感じた。そうとなれば動き出すだけである。


「僕は10号車が同じようになっていないか確認してくるので、前の化物頼んでいいですか?」


「了解じゃー特撮少年」


「確かにそう思われてもおかしくない見た目してますよね、僕…」


自身が四神化によって薄いオレンジ色の鎧を纏っているため、赤の他人からのリアクションとしては当然のものであった。


 優気が走り出そうとした瞬間、「待て!」と急な言葉のブレーキが優気の身体にかけられた。真っすぐ身体を老人に向き直らせると変わらぬ視線でこちらを向いている。


「わしが何故この化物を倒せたか、また、何故平静を保てているのか気にならないのか?」先程の和やかな雰囲気と打って変わって、若干睨みを効かせ、「なんなら、わしが事の発端かも知れぬぞ?」とさらに脅しをかける。


老人は両の手で杖を突いていたが肩に手をかけ、答えに重みを乗せている気がしてならない。そんなプレッシャーを感じながらも、優気は困惑の感情が強かった。


「確かに気にはなる。だけどこの状況、おじいさん協力してくれるんでしょ?」


「まぁそうじゃが、嘘かも知れぬぞ」


「噓ならその時はその時ですよ」身体を完全に後続車両へ向ける。


「人が危機に追いやられてて、その状況を打破するだけの力があるのなら、それ以上に優先すべきことは無いと思います」


そう言い残し、老人の鳩が豆鉄砲を食ったような表情を見届けると後続車両へ移動した。通常の人間とは思えない移動スピードだったが、老人が驚いたのは優気の圧倒的な利他主義だった。


何を今さら、と優気の中では当たり前のことだろうが、得体の知れない相手を前にして持論を堂々と語り、平然と次の目的に取り組む動きに理解が追い付かなかった。確かに、特出的に神力探知に優れていなければ老人の神力は感じることが出来ないだろう。


 連結部のドア窓を覗くと、前の三号車から(おびただ)しいほどの化物がぎゅうぎゅうと車両ごと覆っていた。老人はドアがへこむのを確認すると数歩離れ距離を取る。


「さぁてと」


手を置いていた杖のボタンを押すと長い杖の側面の収納から同サイズの木刀を取り出した。


「お膳立てはしてやるぞ」


言葉を放つとドアが壊れ、化物が老人を襲った。そして、老人が化物を襲った。

ポイントがあると多くの人に読んでもらえるとのことらしいので、面白いと思った方や少しでも続きが気になる方は是非評価をよろしくお願いいたします!m(__)m

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