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TRUE HUMAN   作者: 森野熊参
2学期編
81/133

第81話 終末の刻

 九月下旬。一昔前では夏が終わる頃だったはずが、現在昼時の外の気温は四十度。随分前から地球温暖化を危惧されていたらしいが、当時の人間は一体何をしていたことやら。燃える灼熱の中、わざわざ一階の購買でパンを買うために並ぶ怜真(れいま)璃久瑛(りくあ)はぶつくさ文句を垂れていた。


「それにしても、璃久瑛がパン5個も買うとは驚いたな」


普段より三つも多くパンを抱える姿は璃久瑛から想像できない。どうせアニメ絡みの理由だろうが、ここまで自分を追い詰めようとはあまり多くの人は思わないんだろう。


「ちょっとマッチョになりたくてな」


「そんな暇あるなら勉強しとけ」


「うぅ…ぐうの音も出ん」


 教室に入り、冷房の有難みを知る。優気(ゆうき)の席へ向かい、その前の席に座る健勇(けんゆう)との間の席に座った。


「健勇が優気の飯食ってんじゃん!」


健勇が優気の弁当箱を片手にしていたのだ。いち早く気が付いた璃久瑛は思わず声を上げた。


「本当だ。どうしたお前ら。付き合い始めたんか?」

「んなわけ。食欲あんまりないのに作りすぎたんだよ」

「夏バテってやつか?」怜真はいただきますと小声でつぶやき、購買で買ったパンを食し始める。


「っぽいな。今日授業の内容何も頭に入ってこなかったわ」


「確かにな!!」「健勇は元から聞いてねぇだろ」「確かに!!」


食べながら大声を出すものだから璃久瑛の顔に米が飛んだ。案の定キレる璃久瑛に健勇が笑いながら謝ると怒りに拍車がかかる。しかし、健勇と喧嘩をしたとて勝てるわけがないため、威嚇だけの攻防に終わる。周りで昼食を取るものもいるため、怜真が宥めると璃久瑛は席に着いた。納得は出来ていなかったが、同時に閃きが頭を駆け巡った。


「じゃあその弁当半分くれよ」


「いいけど、璃久瑛食えんのか?」


「そうだぞ!お前パン5つもあるじゃねぇか」


「こないだ『南斗(なんと)(きゃく)』のパチンコを打ってかなり儲けた際に、ラオシロウの肉体に憧れてな。最近筋トレと食トレ頑張ってんだ」


「んなことより勉強しなよ…」


「ぐ、ぐうの音も出ん…」


怜真に続き優気にも指摘されてしまうと、目を逸らしていた受験勉強へ無理矢理意識が向いてしまう。あまりの勢いの失墜に優気は気だるさを抱えながらフォローに走る。


「まぁ、運動は勉強するのにプラスに働くって聞くし、いい事だと思うよ」

「だよな!?だよな!?」

「運動は身体にいい!!」


再び口に食べ物が入った状態で喋るものだから、璃久瑛の顔面に鶏そぼろが飛ぶ。デジャヴのようで、この場に居る璃久瑛以外が笑いに包まれる。


「罰としてもう残りの弁当は俺が食う!」


無理矢理優気の弁当箱を横取り、大きな口を広げると、残りのそぼろ弁当をかきこんだ。


 米一粒も残さずに食し、優気に弁当箱を返却する。流れるように購買で買った焼きそばパンを開封した。傍から見ると炭水化物のオンパレードが開演されており、今日は炭水化物記念日なのかとも疑いたくなる。


 「たはぁ~食った食った」


優気の弁当半分と五つのパンを完食し、肥大化した腹を擦る姿は妊婦のままだった。


「本当に大丈夫かよ」

「平気平気!夜も米たらふく食べてるからな」

「大きなフラグが立ったな。授業中に吐くなよ」忠告をする怜真は自身と璃久瑛の分のパンのゴミを纏める。


「そんなわけないだろ。アニメでもないんだし」

「いや、授業中漏らすかもしれないだろ?クソフラグだな!!クソフラグ!!」

「健勇、ストレート過ぎて面白いわ」

「俺の胃に入った飯でいじるんじゃない!」


璃久瑛の声尻が五時間目の始まりを告げるチャイムが重なりクラスの皆は自席へ戻る。璃久瑛は重い身体を立ち上がらせ、真ん中近くの自席へ向かった。


「健勇の弄り走ってたな」「おう!!160キロど真ん中だ!!」


若干顔を顰しかめると、「ちょっと売れない芸人の匂いがしてきたな」と一言残し、怜真は優気と健勇の座席と真反対にある遠くの座席に移動した。


「健勇には悪いが俺も怜真の捨て台詞と同じこと思っちゃったわ」

「ストラァァァァァァァァァァイクゥ!!バッターアァウト!!」


無言。


「悪かった!悪かったから!!」優気は健勇に一瞥もくれずに筆記具を準備した。


 五時間目の授業中。五十分の授業の内、三十分が経つ頃。昼食を食べたこともあり、舟をこぐ生徒がチラホラと見当たる。


中には赤みがかった長めの髪といった一際目立つ姿でも堂々と眠り着くようなものもいたが、怜真のように塾の課題を隠れて内職する者、健勇のようにストライクコースを落書きし、様々なシチュエーションを想定して投球内容を考えるといった、授業を全く聞いていない者など、それぞれが高校生三年生最後の二学期を送っていた。そんな中、教室の真ん中近くに座る男子生徒が下を俯いていた。


___________終末(ラグナロク)(とき)が来た…


健勇の見立て通りに璃久瑛は見事腹を下したのだ。それも動くと漏れる、そんなレベルのものだ。自らの腹に起こるビッグウェーブを何とか堤防が食い止めている。


もしその波を放出してしまっては、璃久瑛にとって高校生活、もとい、人生終末ものである。この状態で授業の話なんぞ耳に入るわけもなく、机に伏せるような形で腹痛を抑えつつ、激流する波を鎮圧することに徹していた。


 「花脇(はなわき)くん、起きたまえ」


「はい?僕寝てないですよ?」理解に苦しむ。クソよひっこめ。


「嘘をつけ、目を瞑った状態で机に伏していたではないか」


璃久瑛が机に覆うように伏せる前に、他にも多くの人が居眠りをしていたため、わざわざ自身が何故怒られなければならないのか。授業の声量よりも大きなものであるため、見せしめの意味合いも込められているのだろう。


実際に注意によって目を覚ます者がおり、上の空だった優気も正気を取り戻していた。璃久瑛は腹痛も相まって、怒りのボルテージは満潮に達してしまう。


「だから寝てねぇって。注意するなら授業始まって5分もしないで寝た炎示(えんじ)注意しろや」この期に及んでも居眠りを続ける炎示を指さした。


「彼はもう救いようがないからなぁ…」確かにそれは否めない。流石に共感せざるを得なかったが、璃久瑛の怒りが収まることはなかった。


「大体俺は体調が良くなくて一時的に伏せてたんだよ」


「それならば何故言わなかったのだ。可笑しいな?」煽る教師に苛立ちが更に加速する。

「突然のことだったんだよ!それも注意される5分も前じゃなかった!」


怒りによって意図せず腹部に力が入ると波が下流へ迫るのを感じた。マズイ、非常にマズイ。このままでは、尻穴のアタッカーが開き、玉の代わりに便がボーナスとして放出されてしまう。


「先生!花脇君は恐らくガチでやばいやつです!早くトイレに行かせてあげてください!!」


「と、トイレ?」そうだ、早くしろ。


「早くしろぉぉぉぉぉおおおぉぉぉぉおおおおぉぉぉおおおおぉぉぉおおおおおおぉぉぉおおぉぉぉおぉぉぉぉおおおおぉぉぉおおおっ!!!!!!!」


優気の発言に加え健勇の脅迫とも言える大声に思わず教師は狼狽えてしまう。


 璃久瑛の表情は長年闘病生活を強いられてきた患者の容体が悪化してしまったような絶望感が滲み出ていた。


___________早く許可をくれ…


声に出ない必死な思いが表情に表れると教師を狼狽させる。


「わ、分かったから早く行ってこい」


先程までの議論なんぞなかったかのように無心でその言葉を信用し、動き出す。



ブリュリュリュリュュュリュリュリュュュュュブリュリュ、ブチブリュリュリュ、ブリりりりりぃぃぃ、ブリッ、ぶりゅりゅりゅぅぶりゅりゅりゅりゅりゅぅぅぅぅぅうううううぅうううぅうううゥ…



教師。フォローした優気と健勇。一からやり取りを見ていた者。寝ていた者。この狭い空間に存在する皆が、溜めに溜めた音と認識できないその独創的で詞的とも取れるような、そんな天啓を聞いた。


誰もが瞳を黒くして何かを悟る。否、当の本人は違った。終末の刻を迎えたというのに、何か覚悟が決まったようなそんな顔つきで挙手をする。


「先生。トイレに行ってきます」


唖然とする教師はコクリと首を縦に振ると「ありがとうございます」と感謝を告げる。後ろの出入口からトイレに向かう。振り返った時、制服の黒ズボンには大きなシミが広がっていた。周囲は人間が一度は嗅いでしまったことがある臭いが鼻を(つんざ)く。


「じゅ、授業を続けるぞ」


授業の再開。居なくなった璃久瑛への懺悔とプライドを立てるため、残り約二十分の授業は誰もが真剣に取り組む姿勢となる。


恐らく、この教室で授業を受けていた者が『人生で最もしっかり授業に取り組んでいた日はいつ?』と質問でもされれば、今日この日を選ぶことは確実だろう。

盆が終わった…

時は早さは恐ろしい…


ポイントがあると多くの人に読んでもらえるとのことらしいので、面白いと思った方や少しでも続きが気になる方は是非評価をよろしくお願いいたします!m(__)m

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