第79話 ベランダから見た夜空
このエピソードは4話前からの続きです
お手数ですが、前話から読むことをお勧めします!
テーブルを埋め尽くさんばかりの料理があっという間に平らげられる。一般的な高校生からしたら割高な料金だったが、それ以上の時間を送れたことから優気は満足していた。
健勇の甲子園裏話、そこから何の違和感もなく下世話な話につながると、それぞれの進路や進捗といった真面目な話につながると、終点の無い電車が延々と走るように長々と続いた。
後にキリが良いところで優気と健勇へプレゼントの贈呈が始まる。様々な物が送られたが、炎示のプレゼントはヘアバンドだったため、五分刈りの健勇には到底使えそうにもないと笑いに包まれた。
時刻は十一時半と日付が変わることも視野となる。皆が帰宅準備をする際にこの家に住む優気は換気がてら窓を開けベランダに出る。九月前の生温い風が肌を掠めていくと少し早めに今年起こった事を思い起こしていた。
優気にとって最後の学校生活や進路のことはもちろんのこと、正体不明の化物に襲われ、世界の変革を守るためという大義名分を遂行する神の使者、スサノオノミコト出会いから始まり、そこから出会った色んな面々。
なおかつ、身に発現した朱雀の力。人間の統治を目的として、襲い来る神の使者たちとの戦いと巻き込まれた友人たち。有り得ないようなことがたくさん起こり、普段とは違った濃い日常だったと振り返ざるを得ない。
「色んなこと。思い出してたんだろ?」
ベランダのサンダルを履き、後ろ姿の優気に声をかけたのは怜真だった。
「例えば維持派のこととか」
見事に見透かされ、間抜けな声が漏れる。思えば今日は驚かされてばかりだ。
「よくわかったな」
「適当に言ったんだけどな」
一般人よりも頭が回る秀才な怜真のことだが、こればかりは凄まじさを感じざるを得ない。
「お前は神の使者みたいに能力でも使えるのかよ」
「スサノオさんみたいな与護かもしれないぞ?」
「おぉ、もうお手上げだな。こりゃ」
「在ったら良いんだけどなぁ。そんな便利な力」
怜真の目は遠くを見つめていた。曇りなき満天の星空の先の先。その視線は天体望遠鏡を利用した観測機を彷彿とさせるほどだ。怜真の視力が良かったことを認知しており、何処までも見通すことから本当に天体観測でもしているんじゃないかと疑ってしまう。
優気も一番大きく光る星に目をやると、入れ替わるように瞼を閉じ、怜真は本日の主役に目をやった。なぁ、と小さく声をかけると優気は星見つめたまま、なんだ、と応じた。
「聞くだけ野暮って奴かもしれないんだけどさ」
「野暮事は好きだよ」
それが答えだなとも思ったが、問いを続けた。
「どうして維持派のことに介入したんだ?」
「すげぇ今更だな」優気は笑いながら怜真へ向き直る。
「死が付き纏う中で戦場に出ることは人を救うことと対等にはならないだろ」ましては運動も碌に出来ないのに、と続けて難癖をつけられた。優気にとって痛いを突かれ、必然的に胸の前に手を当ててしまう。
「そうだなぁ」
呟くと優気は視線を星へ戻した。考えを光続ける星に回答を委ねるようにも見えるが、意外にも返答は早かった。予め答えを受け取っていたかのようにも感じられる。
「多くの人を守れるなら、ってことかなぁ」
随分と他人事みたいに言うんだな、とたじろぐも、何なら偽善にも聞こえるわな、と優気は笑いながら自ら一蹴した。冗談味が強くなりそろそろ続きを知りたくなる。
「まぁ、だけど結構これがマジでさ、人生って数多ある物事の中で一際特別なもので、尊い事なんだと思ってるんだ。偉人の功績だとか、凡人の生活とか善人のやらかしだとか、悪人の、悪に至るプロセスとか?」悪人は好きじゃねぇからよくわかんねぇや、と付け足すと、優気らしいと感じざるを得ない。怜真は自然と顔が綻ぶ。
「とにかく、そんな特別なことが奪われるとなったら、他人にとっちゃ望まれてもないかも知れないけど、守りたいって思っちまうんだよな」
「いや、一般的には相当ありがたいことだと思うよ」
「一般の人以外ってどんな人?」
「例えば自殺志願者とか、人間が嫌いな人間とかだな」
「確かにその層は難しいな」納得し、笑いながら言う。再び視線を怜真に向ける。改めて見ると顔立ちは整っているのに皺の目立つ服を着ている。何かが残念なんだよなと平常運転の怜真に安堵した。
「俺は今日みんなから祝われて改めて思ったよ。本当に生きていてよかったって。こういう事、誰だってあるんじゃないかな。今ここにいるという喜びに、楽しみを感じる時がさ。だから他の人の楽しみとか喜びを奪うことは悪だと思う」相槌を打つ前に言葉が続いた。
「もちろんそんな嬉しさに満ち溢れた時を忘れることはある。大きな悩みと苦しみに苛まれて立ち上がれない時、それこそ、俺なら父さんと母さんが死んだときとかが大きい出来事だったけど」
つか明日命日だわ、唐突なカミングアウトに怜真は一歩引くと「改めてお悔やみ申し上げます」と合掌を添えて頭を下げる。思ったことをすぐに口に出してしまう優気の性格上、こんな重苦しい雰囲気になると予想だにしていなかったようで、「この話もうやめよう!」と慌てふためいてしまった。
「いや」怜真が拒否を示す。言いづらい話題だが、優気から出した話題だ。しっかりと応じなければ逆に失礼に当たるだろうと踏ん切り、会話に臨む。
「身内が亡くなることは特別な辛さがあるだろうな。ましては育ててもらった、愛のある親という存在ならなおさら」
その意図を汲み取ったのか、はたまた怜真の話の食いつき具合に感服したのか、うんうん、と納得を示す優気は話を続ける。
「誰にでも不幸は襲って来る。俺みたいにね。規模はそれぞれで、その時の考えや感情なんか気にせず。だからこそ、普段生きていることに対して感謝を忘れちゃいけない。だからこそ、人を守ることは正しいことだと思う。尚且つ、自分が直接的に関わるのなら、余計見逃せなかっただろうな」
「また、他人事みたいだな」
「過去の自分はもう他人みたいなもんだろ」笑いを交えながら回答した。納得、それなら納得だ。怜真は回答に満足してベランダの手すりに手をかけた。
「ドヴォルザークって作曲家知ってる?」
「名前だけ聞いたことある。どんな曲を作ったかはわからないが」
同時に質問の意図がわからない。「流石」と一言褒められるも、怜真の耳に入ってこない。
「『新世界より』とか、『ユーモレスク』とかが代表曲かな。誰も一度は耳にしたことある曲だよ」
「昔ピアノで弾いたことあるのか?」
「いやぁ、そうではないんだけどね」柔らかい否定は忸怩たる思いを隠したがっていた。
「中学の頃、咲音が弾いてたんだよ。ヴァイオリンで。むちゃめちゃ上手くて今でも覚えてる」
称賛の途中で顔をくしゃりとしていた。どうやら相当満足度の高い演奏だったのだろう。
「そんなことは置いておいて」一瞬で軽くなった称賛が溶けて消えていく。怜真にとって、置いておかれた御堂が可哀想な気がしたが、話の趣旨をずらさないようスルーを決め込む。
「ドヴォルザークはさ、生まれ持って曲を作る才能が突出してたし、お金に富んでいる家でもない中、音楽の学校に入学させてもらって、幼いながら挽回するように頑張って勉強してた。だけど結婚して、子供をたくさん授かったのに、その長男、長女と次女は早くに亡くなった」
「人生は良い事だけで終わることはないな」
「そうだな」どこか悲しげな面持ちだが、笑顔を浮かべている。どうにかして底から明るい感情を呼び起こさせたような、怜真にとってあまり馴染みのない、そんな表情だった。
「誰もが楽しさに触れるけど、時折苦しみが蝕んでくる。だから皆、幸せと平穏を願うんじゃないかな」
十七階のマンションに夜風が駆ける。それに負けじと星空を見つめる瞳はどこか達観しているように感じた。
「神様も意地悪なもんだ」
「本当だよ。今度スサノオさんたちに文句言ってやろうっと」
「あの人たちは神の使者であって神様じゃないらしいからな。そこところ、厄介なもんだよ」
「確かにな。全くよ」
誰にも聞こえない位の声量で、何でこんなシステムにしたんだろうな、と愚痴を垂れた。この世のどこか、暗がりの隅にいけないことを隠すように。例えこの世と人類を創造した神にもバレないように、ひっそりと生温い夜にひた隠す。隣の怜真は気付かずに、優気の見ている夜空に視線を移すと満足げな笑みを浮かべた。
「優気らしい、回答だったな。勉強になったよ。ありがとな」
「なら、勉強代をくれ。もうデリバリーで今月キツいんだよ」
「噓つけ。こないだ札束で往復ビンタしてきたじゃねぇかよ」
「あれ全部千円札だわ!」
静寂な夜空に輝く星を彩るように二人の笑いが照らした。家のテレビに群がる男らの声が大きくなり、後ろを振り向くと、にやけ面を浮かべる者が特に目に付く。璃久瑛だ。こちらに気付くと手招きをしながら近づいて来る。
ポイントがあると多くの人に読んでもらえるとのことらしいので、面白いと思った方や少しでも続きが気になる方は是非評価をよろしくお願いいたします!m(__)m




