第74話 偉大なる下剋上
2024/12/15追記
最も添削に時間をかけました。是非2話前からお楽しみくださいっ!
「マジかぁあ…」
優気は首にかけていた冷たいタオルで顔を拭い、今見ている景色が幻覚であることを確認するもどうやら変わらないみたいだ。
「せっかく勝てそうだったのに…」
「ちょっとこれで厳しくなったぞ…」
「逆転にかけるしかないな」
「そもそもこの回抑えないと次の回は来ないぞ」
マイナスムード立ち込める中、一人の状況共感能力ゼロもとい、黒羽炎示が吹奏楽部の太鼓を奪い取り、ドンドンと叩き始めた。
「がんばれ!がんばれ!船高!!がんばれ!がんばれ!船高!!」相手の攻撃中に応援するイレギュラーさは周りに困惑の表情を齎した。
「ほら、お前らも声出すんだよ!!行くぞ!がんばれ!がんばれ!船高!!」
一人の船堀高校支援者として声援を送ることが今最もできることだ。炎示だから真っ先に行える、最善の選択だった。
「頑張れ!!頑張れ!!ふーなーこー!!頑張れ!!頑張れ!!ふーなーこー!!」
炎示と優気の声援に触発され、咲音、璃久瑛と順々に応援が広がっていく。気が付けば、ライトスタンドはライブ会場のスピーカーのような爆音で声援が響き渡っている。固まっていたナインの表情は崩れ、笑みすらも零れた。
そうだな、そうだよな。独りでに呟き、自身を鼓舞すると雄叫びを上げる。
「うっし!!こっからこっからぁぁぁぁあああぁぁあああ!!」
「こっち飛ばしてこいやぁあっ!!」
「ライナー全部取んぞぉっ!!」
「打球処理任せろぉおィっ!!」
「フェンスの打球も臆せず取るぞぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおぉぉぉぉおおぉぉぉおおおぉぉぉぉおおおぉぉぉおお!!!!!!」
「こっち来たらどこでも走って取るぞぉぉぉぉおおおぉぉぉおおぉぉぉぉおおおぉぉぉおおぉぉぉぉおおおぉぉぉおおッ!!!」
「ここまで飛ばしてこいやぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁあああぁぁぁぁあああぁぁぁぁああっ!!!!!!」
投手の責任は全く感じさせず、それどころか今負けている気分すら湧いてこない。そんな励ましと勢いに呼応するようキレのある球を投げ込むと、続くバッターを三者凡退に抑える。
マウンドに溢れる喜びのガッツポーズ。守備についていた選手たちに背中を叩かれると、精一杯腕を振るった選手の目に、自然と涙が溢れ出ていた。皆の温かさか、それとも責任の軽減による安心か、よくは分からないがとりあえず濡れた顔を腕で拭う。
変わった際に聞いたキャプテンの言葉を思い出す。今はバッターたちへ応援をすることが自分のやるべきことだと再認識し、ベンチに戻るや否や明るいムードを継続したまま、次のバッターを送り出した。
九回のウラ。相手の投手は今大会失点ゼロと圧巻の成績を残す高塚大付属高の守護神、佐々瀬がマウンドへ上がった。
何事にも動じずにポーカーフェイスを貫いてきたため、どんな状況にも屈せずに淡々と抑えることができるプレイヤーだ。高校生ながら、『最速165キロ』の抑え投手として、注目を浴び、何球団もの声がかかっている。
三点差の試合展開、投球確認の球はいつも通りの走りを見せ、捕手の要求した場所へ吸い込まれるかのように得意の速球を投げ込む。そんなプロスペクト選手が三点ビハインドの船堀高校の前に立ちはだかるのだ。
この回の攻撃は七番の捕手からであり、長打を望めるクリーンナップに回すのには四球や連打などの方法しかなく、その確率はサヨナラと同等の確率と言えるだろう。
後続の打者たちに弱点や傾向を掴めるよう監督から見送りの指示がされる。一方で精密なコントロールを誇る相手投手は甘くならぬよう、丁寧な投球を心がけていた。
カウントは一ボール一ストライクと両者平等な場面。ボール球と判断できる球には手を出さずに見逃し、ストライクと思わしきものは何とか手を出しファールにすることで相手へ圧をかける。
二ボール二ストライク。遂に監督が勝負をかける。送られたサインはミートバッティング。つまりヒットを心がけて当てに行けとのことだった。
外角高めに投げられた球は、外へ逃げる変化球。引っ掛けた打球は何とかフェアゾーン、三遊間へ飛ばすとショートが深い位置で捕球。送球と足との勝負となり、ランナーが間一髪でセーフとなった。内野安打である。
八番打者はバントを決め、手堅くランナーを得点圏に置くと九番バッターの打席で代打が告げられる。優気や健勇たちと同級生、秋下の名が呼ばれた。
高校一年生から野球を始めた初心者だったが、懸命な努力の末、高校野球最高峰の舞台までついてきたことに同じチームメイトからの声援は更に大きくなった。一年から知人である優気たちも声が枯れること物ともせずに大声を張り上げる。
一ストライクと早い状況で振りぬいた打球は当たりこそ悪かったが、センター前に抜けていく。ボテボテの当たりが功を奏し、三塁コーチャーは懸命に腕を回す。呼応するかのように二塁ランナーがホームを目掛け激走。アウトとなれば勝利の望みは薄くなるだろう。センターからの送球は乱れずにキャッチャーの元へ向かうが、ワンバウンド。滑り込むランナーと追いタッチの競合プレーに誰もが息を吞む。誰しもが審判の判定に注目すると無限にも感じる間を遮断するよう、腕を大きく横へ広げた。
「セーフ!!」
大歓声。船堀高校の夏はまだ終わらない。スコアボードに一点が追加され、四対六という数字が盛況を上げさせる。優気たちも周りの生徒とハイタッチやグータッチ、璃久瑛とは儀式的なハイタッチを交わす。
喜びがあふれる中、打順の帰った一番バッターは初球センター返しと絶対的な抑えから一点をもぎ取り、流れは完全に船堀高校のものとなった。
一アウトの状況変わらず二番バッターを迎えるとベンチから歴代最高打率を誇る健勇が姿を現した。健勇につなげばサヨナラの可能性は必然的に上がる。船堀高校を応援する誰もが二番バッターに出塁を願うと投手の変化球がホームベース近くでバウンドし、球を逸らした。
この隙を利用し一塁ランナーが二塁を狙う。打者に無条件でチャンスを演出するのには絶好の機会という事もあり、今まで最も速いベースランニングで二塁へ向かった。
しかし、守備を重きに置くチームは違った。すぐに逸らしたボールを捕球すると、距離の離れた位置からセカンドベース付近へ矢のような送球がグローブを構える味方へ向かう。結果は際どいタイミングでアウトの判定。何度も試合展開が動くようなプレーが観衆の気持ちを揺さぶり、再び会場がどっと沸く。高塚大付属高が堅牢な守備を実現する上でピンチをチャンスに変える術を持ち合わせていたのだ。
二アウトランナー無しと、ここで凡退すると船堀高校の勝ちは無くなる場面まで来てしまった。この状況を打破するのにはあの手しかない。
___________健勇に回す。そうすれば。
二番バッターも三年生という事もあり、何が何でも勝ちたい思いはある。それは今まで野球に取り組んできた己の創り上げたプライドをも捨て去るほどであり、ただ貪欲に勝利を願うだけが今の意思だった。
ファールで粘り、確実なボール球を見逃す。九回ウラ、フルカウントの状態が続き、会場は固唾を吞んで待つのみだった。何度も粘られ、無表情を貫く投手の顔から汗が溢れ出る。
そんな十二球目。スピードガンに『161キロ』と表示された投球に、キンッと甲高い金属音が響くと打球がセンター方向へ上がった。想像以上の伸びに打ったバッターも驚き打球を目で追う。外野手がフェンスへ向かって走る。走る。走る。打球は惜しくもフェンス越えとはならず、フェンスの上部へ直撃した。反射した打球処理にもたつく外野を他所に全速力で走るバッターは二塁を蹴った。送球は三塁ベースへ送られると既にバッターはベースに手が届いていた。
「っしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁああっ!!!」
大きなガッツポーズ。会場は選手たちの諦めない姿勢に涙する者もいたが、倦じ顔でこの状況に辟易する者もいた。これが勝負の世界である。
センターへのスリーベースヒットを放ち、今日ヒットを放っている三番バッターへ打順が回る。後ろにはバットを手にした東京の怪物が待っている。
___________健勇に回す。そうすれば。
前の打者と同じく際どい球はファールを狙い、低めの変化球は手を出さないように徹底して塁に出ることを考えた。
絶対的な抑えはポーカーフェイスを貫こうとも球数が嵩み、感じたことのないようなシチュエーションに気疲れしたのか、マウンドの土を払ったり汗を拭ったりなど落ち着いた様子が減っていくのが誰にでもわかった。
察したキャッチャーはここでど真ん中速球勝負を選択。地区大会の頃から事前に打ち合わせていた最終手段。
勝負の八球目。強い当たりだが球の球威が上回り、打球が三遊間へ転がった。遊撃手がなんとか深い位置で捕球すると、ノーステップで一塁へ思い切り腕を振るう。
唐突に飛び出した大技に対して、ベースに着いた足が先か、一塁手のグローブに収まったボールが先か。果たして審判のジャッジは如何に________
「アウトォ!!」
審判の拳は握られたまま上げた肘は直角に曲がっていた。僅かにベースより捕球が早かった。ただこれだけのことに、歓声と驚嘆が兵庫の土地に大きく響いた。ポーカーフェイスを持ち味とした相手投手は喜びが溢れ、自然とガッツポーズを取っていた。
整列の声がかかると相手チームが素早く並び、健勇たちは重い足取りでホームベース付近へ集合する。
「気を付け、礼!!」
同時にサイレンが鳴り響くと健勇に気付きを与えた。
___________負けたのか。
電光掲示板に目をやりスコアを確認する。確かに負けた。『5‐6』の表示と次の試合の時間が表示され結果を裏付けた。呆然とする健勇の周りに涙を浮かべた生徒たちが集まる。内容は謝罪ばかりでどんどんと実感が湧いてくる。負けたんだ、俺。
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「気を付け。礼」お願い致します。
かけ声でミーティングが始まる。狭い密室で一人の老人監督を囲む。
「色々と言いたいことはあるじゃろうが、儂からはまず一つ。ここまでよく勝ち抜いてきた」
その一言に鼻をすする音が増える。涙をこらえる者は堪えきれず溢れ出ていた。
「都立の高校が出場することが、私立に比べて難しいのは練習環境からお前たちが一番わかっておるじゃろう。その中で、よく、ここまでついてきた。礼を言うのは儂の方じゃありがとう」
腰が曲がった状態からさらに縮こまり、頭を下げた。反応が無いのは皆の感情の整理が追いつかないのだろうと察すると、「キャプテン、最後に締めてくれ」と健勇にバトンを渡す。ここまでチームを率いた主将、もとい、甲子園の歴史に名を遺した十八歳は何を述べるのか、この場に居る誰もが興味を示す。
「今日の試合。負けはしたが、負けた気がしなかったんだ」
遂にネジが飛んだのか、発言に理解が出来ず戸惑いを見せる者も少なくはない。
「点を取ろうという意思、追い付こうとする意思。今までのどんな時よりも、どんなチームよりも、絶対勝つ気持ちが強かったと俺は思った。だから、俺らの意思は負けてなんかねぇんだ!」
声を張った瞬間、健勇の目から涙が零れた。
「ここまで来れたのは監督の指導と、みんなの努力と、それを支えてくれた家族と、学校のみんなの声援のおかげだ。ここまで来れた感謝を!忘れないよう、また頑張ろう!!」
軽快な返事が狭い室内に反響すると最初の号令で解散となった。
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荷物を纏め、バスへ移動すると取材陣が道を塞いでいた。打率のこと、勝敗のこと、試合展開のこと、将来のこと。ミーティング後にある程度答えたはずなのに未だに質問が止むことは無かった。
「健勇ぅうぅぅううぅぅぅうううぅぅぅぅぅううっっ!!!!!
聞き馴染みのある声に咄嗟に振り向くと取材陣とカメラに潰された優気たちの姿がそこにはあった。
「感動を!ありがとな!」
優気の精一杯、枯れた声で今出せる一番大きな声で想いを伝えると、再び健勇にジワリと来るものがあった。
「あぁ!こちらこそたくさんの応援ありがとう!!」
その後、メンバー全員が立ち止まり帽子を取り健勇の掛け声で頭を下げる。
「たくさんのご声援ありがとうございましたぁっ!!」
後に続けられた感謝は野太いものとなると、それに呼応するようにたくさんの拍手が返って来る。再び帽子を深くかぶり、野球部は帰りのバスへ移動を始めた。
八月十九日。甲子園準々決勝第三試合、船堀高校対高塚大付属高の試合は『5‐6』で高塚大付属高が勝利を修めた。
約三十年ぶりの都立高校出場で順当に駒を進めるも、偉大なる下剋上は果たせやしなかった。しかし、彼らが見せてくれた夢は今後とも語り継がれることとなるだろう。
ポイントがあると多くの人に読んでもらえるとのことらしいので、面白いと思った方や少しでも続きが気になる方は是非評価をよろしくお願いいたします!m(__)m




