第73話 激闘
七回表。ここまで好投を見せていた投手が連打を浴び一点を失うも、気迫のピッチングで何とかその後を抑えた。
現在スコアは三対一。両チーム八回からは継投に入りこのまま逃げ切ることを選択する。
「今日って健勇投げないかな?」
「ないだろうな。確か、こないだ中継ぎで50球くらい投げてなかったっけ?」
「3回戦に中継ぎとして67球投げたとのことだ」
璃久瑛の問いに答える優気は曖昧な記憶を辿ると、凪行は素早く調べ上げ返答する。先ほどといい、いつ時も船堀高校の大会成績をチェックしているのだろうか。
「なら少し厳しそうかなぁ」
顔を顰める怜真は少し残念そうだ。それを見て璃久瑛にもその顔が伝染する。
「ちなみにこないだの試合では159キロ出したらしいぞ」
「えっ!?それってもう160キロみたいなもんじゃん!!」
「それがさ、あいつ前160キロ出したみたいな話してたからもっと出ると思うよ」
「えぇ…佐藤君って本当に人間なのかな…?」
「ネジが何本か無いけどな!アヒャヒャヒャヒャ!」
皆の空気が固まり、真夏の昼時というのに涼けさが場を覆った。
「黒羽。流石にお前には言われる筋合い無いと思うぞ」
「そうだぞ炎示。あいつは野球という武器があるが、お前は何も持ち合わせていないんだから静かにしてな」
「れーまがいつになく辛辣!!」
「お!辛辣って言葉知ってたのか!成長したなぁ、炎示」
「ゆーきもナメすぎ!!」
そんなことを話していると九回表の準備が整った。相手は一番からの好打順。相手チームの観客席から激しい応援が響く。対戦校はここで勝てなければ敗退ということもあるためか、今日一番の声を張り上げており、選手の名前や高校名など一言一句はっきりと声援が聞こえてくる。
フィールドでもそれは同じこと。両ベンチからも声が飛び交うが、特に負けているベンチからはより声が大きく聞こえてくることもあり、抑えに登板した投手はプレッシャーを感じざるを得ない。
緊迫した空間が災いを誘い、いきなり先頭打者に四球。その後は堅実に送りバントのはずだったが、まさかのサードのエラーによりノーアウト一.二塁という一打出れば逆転の場面となってしまう。
「ドンマイ!ドンマイ!大丈夫、焦んなくていいからな!!」
健勇の熱いエールにコクリと頷く投手だったが、バッターに投じた初球は指に引っ掛かりあらぬ方向へ飛んでいく。何とかキャッチャーが飛びつくように捕球するが、逸らしていたらあわや一点を献上することになっていたに違いない。
それもその筈、投手はまだ入部が間もない一年生。地区大会に中継ぎと抑えを通して失点三と優秀な成績を収めていたが、甲子園の独特な雰囲気に呑まれたか落ち着きがない。こうなるとキャッチャーの配球に対して投手が答えられるかが非常に重要となってくるが、果たして結果はどうなるのだろうか。
投手不利なカウントが続き、監督が敬遠を指示する。ボールが後逸でもすれば向こうに流れが完全に傾くのを恐れたのだろう。一度リズムを立て直す機会を得たものの、ノーアウト満塁。更には、野球の中で最も攻撃有利な状況で四番を迎えるという窮地に立たされる。左バッターボックスに入る前に大きなスイングを練習している姿が脅威となり、投手の顔から滴る汗は冷たいものだった。
一度作戦を考えるためタイムを取り、捕手と内野手がグラウンドに集合するが全員が投手と同じように緊張しているのだろう、皆の足取りが重い。
「ごめん、俺のエラーが無ければこんなことには」
サードの選手がミスを反省すると更に空気は重みを増す。喪の雰囲気にも似たこの状況を打破したのはやはりこの男だった。
「いいか、雛口。野球は1人でやってるんじゃないんだ。全部背負いこむんじゃねぇよ!!」
丸太のような腕周りから気合を入れるが如く背中に張り手を贈る。本気で痛がる後輩だったが、健勇はそんなに力を入れたわけではなかったためキョトンとしており、集まるチームメイトの笑いで重苦しいムードが去る。
「次のバッター。全球ストレート勝負で行くぞ」
「えぇっ!それで大丈夫ですかね…」
戸惑う投手だったが、周りのチームメイトには不満が映ることはなかった。自分の投げる目一杯を信じてくれている。その感謝に涙を浮かべる。
「お、おい!大丈夫か!?」「誰だ泣かせたの!?」「絶対健勇の張り手だろ!!」「俺か!?痛かったならほら、俺にも叩いていいぞ!」「それじゃ気合を入れる趣旨とは違うじゃねぇか!」
再び内野間で笑いが起こるとマウンドが笑みに包まれた。審判がタイムを止めにくることを察し、それぞれがポジションに戻る。鼓舞として大きな拍手が球場に響き再びプレイボールを告げる審判の声。
____絶対に抑える。
低めに決まったストレートでストライクを取ると、もう一つ真ん中低めにストレートがファールを誘い二つのストライクを取り、投手有利のカウントとなる。三振を狙うため高めにストレートを放るもギリギリでバットを引きボールとの判定。次が勝負となるであろう。
ここまで直球を続けて打者はどう感じているだろうか。本塁を封殺するか、或いは一点を献上するが二塁を経由した併殺を取るか。どちらも選択できる中間守備の陣形を取っているため、とりあえず打球が詰まりやすいように内角低め勝負を選択し、長いサインで変化球をちらつかせる。転がりさえすれば勝負がほぼ決まる。大きく振りかぶるジェスチャーで思い切り腕を振ることをアピールする。
勝負の四球目___________
投手がボールをリリースする直前。四番バッターはバットの外側を手で支え捕手のミットを覆った。この状況でバント。つまり、打球の勢いを殺し捕球時間を稼ぐことで一点をもぎ取るスクイズを敢行したのだ。捕手の要求通り内角低めにボール来たものの、バットを上手く自らの身体を方向へ引くことでバットの芯付近に当たった。
打球は投手と一塁の間に絶妙に転がる間に三塁ランナーがホームへ帰還。ホーム転送ではなく、一塁を狙うが相手の四番は気迫のヘッドスライディングにより一塁送球よりもベースは先に触れられていた。
結果オールセーフで一点をもぎ取った攻撃に球場がどっと沸くとバッターは作戦が成功した喜びを表した。例えバッティングの良い四番でも、堅実に奪取するプレースタイルを曲げない高塚大付属高の采配勝ちである。
スコアは三対二。依然、船堀高校がリードしているのものの、絶望的な展開は続く。
言葉の出ない船堀高校の野球部員。再びノーアウト満塁という状況で対戦を行うことに恐怖と敗北の危機感が襲う。
「船堀高校ピッチャーの交代をお知らせします」
ここで投手交代を告げるアナウンス。再びマウンドに内野手たちが集まり、お役御免の投手の肩を優しく叩いた。
「コース通りには投げられてたが、この結果はスクイズを読めなかった俺の責任だ。本当にごめんな」「ここまで良く投げてくれたよ」「ありがとな」「打球処理俺が駆け付ければよかったわ…悪かった」
反省が滔々と零れるも一年の雛口には届かなかった。責任という触れることのない大きな存在が耳を塞いでいたのだ。変わった投手に機械的にボールを渡すと去り際に腕を掴まれた。
「地区大会からここまでよく投げてきてくれた。今言えるのはこれだけだ」
俯く雛口に何を言っても伝わらないだろうということはひしひしと健勇には伝わっている。
「だから今からプレーで見せる。それで文句あっか!?」
球場に響く声に負けないような大きな声と同時に掴んでいた手に力がキュっと入る。思わず健勇の方向に目をやると真剣に、まっすぐに、こちらの返答を待つ姿があった。フルフルと首を振り出来る限りの声量で、ありませんと伝えると若干健勇の表情が緩んだ。
「なら、ベンチから俺らに声援をくれ!!頼んだぞ!!」
気迫に押され足早にベンチへ戻ると観客席から労いの言葉と共に盛大な拍手が送られると雛口の心はほんの少しだけ軽くなった。
変わった投手は二年生のサイドスロータイプで投球練習が終わり、審判のプレイボールで試合再開される。相手高校の応援も開始され右バッターの五番に投球を開始する。その初球だった。
「『『『『『『『『あ』』』』』』』』」
キンと響いた金属音が球場に響き渡ると、誰もが打球の行方を追った。グラウンドに居た野球部員はこの音、打球角度から察すると手応えを掴んだバッターのガッツポーズが答え合わせとなる。
打球は相手チームの応援するレフトスタンドに吸い寄せられるように入って行った。満塁ホームランである。
スコア変わって三対六。九回表に逆転され、状況が一変し球場もライトスタンド以外が、お祭りムード一色となった。
状況を飲み込めないライトスタンドの優気たちは絶望の状況を目の当たりにし、溜息がスタンドを覆う。
ポイントがあると多くの人に読んでもらえるとのことらしいので、面白いと思った方や少しでも続きが気になる方は是非評価をよろしくお願いいたします!m(__)m




