第72話 甲子園準々決勝
打率の計算間違えてました…
義務教育からやり直してきます
八月の第三週。照り付ける太陽が兵庫の空に顔を出す。時刻は十四時前ということもあり、猛暑日のピーク時のため、インドア気質の優気と璃久瑛は解氷の際にひたたる冷水さながら項垂れる。
「俺はこのまま太陽に殺されるんだぁ…」
「怜真、炎示、凪行…俺の夏休みの課題、頼んだぞ」
「ふざけんな馬鹿野郎」冷水に浸けたタオルを首に巻く怜真はツッコミと同時に開封したばかりの冷えピタを璃久瑛の前頭部に投げつけた。
「吹奏楽部の子たちは暑い中楽器持って演奏するんだよ?ゆーくんはまだマシな方なんだから文句垂れないの。はい、冷えたアクアスと塩分チャージ」
「お前は俺のオカンかいな。まぁ有難く貰っとくわ」
「おっと、お2人あっついですなぁ~そこの空間だけ酷暑日やわ」
「似非関西弁してっとほんまもんの関西人にぶち殺されるぞ」
「それはゆーくんも同じばい」
無理な博多弁に引きつった顔で反応示す優気と笑う璃久瑛たちとで表情の対比が生まれる。
「咲音。あのさ、無理して使うんじゃないよ。特に博多弁は。あれは可愛い子がやるから萌えるんだよ。お前じゃお門違いってやつだ」
夏バテによる億劫な気分ということもあり悪気はないだろうが、咲音はかなり貶された気分となる。
「御堂。こいつアルプススタンドから投げ捨てていいぞ」
「安心して川堀君。もともとそのつもりだから」無理やり持ち上げようと脇を腕に引っ掛けると流石の優気は困惑せざるを得なかった。
「冗談!冗談!ごめんって!?」
丁度夫婦喧嘩が終わったタイミングでお手洗いから戻ってきた本辺美奈が合流する。
優気の通う船堀高校の生徒一行は東東京代表として準々決勝に進出した母校の応援のため甲子園に駆け付けていた。優気たちは大親友、もとい野球部の部長である佐藤健勇の応援をすることも目的であり、チームの勝利と共に健勇の活躍も期待していた。
相手はミスの無い鉄壁守備と一点を勝ち取る堅実なプレースタイルでここまで勝ち上がってきた静岡県代表、高塚大付属高が相手となる。
「おぁっ!出てきた!」炎示が指を指す方向には選手たちが整列し、礼を交わす姿があった。試合開始の雰囲気が滲み始め優気は姿勢を正す。キャプテンを務める健勇は審判に一番近いところで堂々と胸を張っていた。
「いた。あいつ胸張りすぎてハトみたいになってるぞ」
持参した双眼鏡で健勇を確認する凪行は思わず笑みを漏らす。炎示に貸すと遠くの健勇が見えたことに興奮したのか、いきなり「かっとばせぇぇぇえええええええぇぇえぇぇぇぇぇぇええぇぇぇえっっっ!!!!!!!!!!!!!!」と発狂し始めた。試合が始まってないのにも関わらず大声を出したため、誰にも理解されずただの迷惑をかける問題児と同等に見えてしまう。
「わりぃなテンション上がっちまったんだ」
「お前が来ると碌なことが無いな」
「んだとテメェ。謝ってんじゃねぇかよ」
「その態度。とても反省しているようには見えないがな」
炎示と凪行が言い争っている間に試合開始を告げるサイレンが鳴る。健勇は四番遊撃手でスターティングラインナップに名を連ねていた。
投手は二年生の生徒で打たせて取るのピッチングスタイル。しかし、試合開始から誰もいないところにボールが転がり続ける。一アウト一、三塁。開幕早々のピンチにライトスタンドに暗雲立ち込める。
「これってマズい展開だよね」
「そう、外野に深く上がったフライとぼてぼての当たりの内野ゴロなら1点取られるかもな」
「犠牲フライってやつでしょ?神崎」
「そうだけど何でそんな嬉しそうなんだよ」
おそらく事前に勉強してきたことがこの状況として投影されていることに感銘を受けているのだろう。
理解できなくもないが、母校を応援してくれ。自信家で自己主張が少し目立つ。本辺美奈の苦手なところをまざまざと見せつけられるも、あまり気にしないようにグラウンドに目をやった。そこにはセンター前に抜けそうな打球を見事に捌き自ら二塁ベースを踏みゲッツーを取る親友がそこには居た。先制の芽を摘む大注目の選手が躍動するにあたり歓声が上がる。
「健勇いいぞぉぉぉぉぉおおおぉぉぉぉぉおおお!!!!!!!」
「佐藤君すごーい!!あんな難しい体制からダイナミックだね!」
「健勇はガタイに目が行きがちなんだけど、むちゃめちゃ身体が柔らけんだよ」
「りっくんの言う通り。体育の時間の準備運動で男子はよく知ってるんだよな」
ダグアウトに戻る健勇は投手に声をかける。幸先の悪いピッチングに対し鼓舞しているのだろうか。そんな後輩を気遣う姿は優気にとって新鮮だったが、今まで共にしていた立場としては何の違和感もない、いつもの健勇と変わらぬ姿だった。一番バッターの選手が準備をし、試合は続いていく。
四回ウラ、船堀高校の攻撃。この回は二番から攻撃が始まるいわばクリーンナップということもあり、得点に結びつけるチャンスとなる。二番の選手は速球で三振に取られるも、三番の選手が一、二塁間を破るヒットを放ち四番の健勇に打席が回った。
まだ両チーム得点が無いため、ここで均衡を破りたいところ。一球目は高めにストレートが大きく外れてボールとなり、二球目はアウトコース目一杯にカーブが決まりストライク。一球牽制を挟みセットポジションに入り投球を始めたその時だった。
「盗塁だ!!」
完全にフォームを見切り、ボールがキャッチャーミットに納まる頃には二塁ベースに到着していた。試合中盤に起こるアクションは流れが左右されやすい。しかし、その思い切ったプレーに優気は感銘を受ける。
「これ1点入るかな?」わくわくする展開に咲音は笑みをこぼしながら疑問を浮かべる。
「相手が荒れ球タイプだからカウントが悪くなればさっきの打席みたいに四球かな」
「元より、相手は当たりに当たってる健勇。あんまり勝負したくないだろう」
「御堂さん。残念だけど多分怜真と凪行が言うようにフォアボールだね。うん」
「わかったような反応だけど本当は何もわかってないだろ」
本心を突く怜真の一言に璃久瑛の身体は揺らぐ。実際のところルール位しか知らない璃久瑛は皆に乗じて知ったかぶりをしているだけだった。場面が変わったことにより吹奏楽部によるチャンステーマが流れるとそれに対応して大声で歌い出すことで会話から脱線を試みた。
「バカだなお前たち。けんゆーなら何が何でもホームラン打つよ。どんなクソボールでもな」
「バカはお前だ黒羽。クソボールにも限度がある。頭の高さまで来たらまずバットを出すことさえ難しいんだぞ」
「2人とも口悪いなぁ…」
二人の会話を聞かされる身にもなって欲しいものだ。そんなことを思いながら咲音は優気に視線を移すとホームベース付近に立つ健勇の姿をまじまじと見つめていた。
「炎示が言ってること。あり得るよ」
咲音の視線に気づいたのか、優気なりの答えが明かされる。裏付けるような根拠も試合を決める野球の神様でも無いが、何かホームランを確信させるようなそんな気を起こさせる。
「健勇ってのは一打で状況を変える男だ。あいつ、多分この打席、いや絶対、長打を打つ気がする」
カウントは進み二ボール二ストライク。何かを悟った優気の答え合わせは相手投手のリリースによって始まった。制球の甘くなった外角寄りのストレートを健勇は体の軸を残しながら全身を回転させライト方向へ思い切り引っ張る。手応えは感じるも上がった場所が場所。問題はどこまで伸びるか。高々と舞い上がる打球は勢い衰えず、失速を予感させない。
勝負あり。ガッツポーズを堪えゆっくりとベースを回る健勇を他所にライトスタンド中段に打球が落ちた。球場全体がどよめき歓声に包まれると、優気たちは前後左右の友人たちとハイタッチを交わし、更に会場全体を沸かす。
「入ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁあああッッッ!!!!!!」
「マジで持ってったな!!」
「すんげぇえ!やっぱりホームランじゃねぇか!!!!けんゆー信じてたぞ!!」
「外角の152キロだぞ?何で引っ張れるんだ?」
冷静な凪行だったが、身体の向きに反して炎示と力強いハイタッチを何度も交わす。
「佐藤君凄い!!本当に昔から変わらないホームラン打つね!」
「そうだよ!!思えば健勇は小学校からすげぇんだ!!見たか甲子園!これが佐藤健勇じゃい!!」
「いやもう知れ渡ってるだろ!うわぁ!生ホームラン見ちまったよ。ガチで健勇ってバケモノなんだな」
「そうだよ!!思えば健勇は昔っからすげぇんだ!!見たか全国のテレビラジオ中継視聴者!これが佐藤健勇じゃぁぁぁあいっ!!」
「ゆーくんがボットみたいになっちゃってる!?」
六回のウラ、一アウト一、二塁。連打でチャンスを作り、迎えた健勇はヒットを放つも当たりが痛烈すぎたため打者は帰還することが出来ず一塁打となる。満塁となり、五番打者の犠牲フライで更に一点が追加され、『3‐0』。その後は続かず攻撃が終わった。
データを調べていた凪行は普段見ることのない驚いた表情と小さな声を上げてしまう。
「どうしたんだ凪行。猛スピードで泳ぐイルカを見た鷲の顔して」
「怜真の表現は良く分からないが、これで健勇は大会打率9割1分6厘で歴代の大会でトップ。出塁率は7割程と現実離れした数値に加え、更に長打率が1.6程と途轍もない指標になったぞ」
あり得ない数値にあり得ない表情を浮かべる優気は言葉を失う。
「にわかな俺でもゲームみたいな成績になってるのわかるぞ…」
「要は歴代の選手で一番打つし、打った安打がほぼ長打ってことか。本当に人間か?あいつ」
「お、お、おm、お前らよく落ち着くんだだだだd」
「壊れたロボットみたいだな」ニタニタ笑う凪行とそのツッコミに笑い転げる璃久瑛だったが、「ゆーくんが落ち着いて!!」と笑いながら心配をする咲音に場が和んでいく。
「だって俺たちの友達が歴代甲子園記録に名を連ねたんだぞ…落ち着けるわけないだろ?」
安易に考えていた璃久瑛は段々と事の重大性に気付き始めると顎ががくがくと震え始めた。
「ほら、これが普通のリアクションなんだよ」
「いやこうはならないだrrrrr」
「ゲボ吐いてるじゃねぇか!!」怜真のくだらないノリボケに付き合うと思い出したかのように後ろを振り向く。
「凪行、詳しい出塁率教えてくれるか?」
「.761だがどうかしたか?」首を上向かせた優気に視線が集まる。
「2.4くらいか!ヤバすぎるな」
「何なのその数字。呪いの番号?」
「話の流れ的に無いだろうな」
「御堂は昔から天然のところがあるからな。まるで、『走り込むハムスターの脳内』という訳だ」
少し沈黙が走ると怜真を睨み「何も考えてないわけではないわよ」と一蹴された。ちょっとした弄りがバレたが、造語が理解されたということが怜真の中では大きく、注意が耳から耳へ流れていった。
「オーピーエスってわけね」その声は優気たちの前の席から聞こえた。
「打者の有力な指標で、数字が高い方がスゴイってやつよ」
「お、本辺良く知ってんじゃん」
「ま、常識よ常識」
明らかにこの日のために勉強してきたであろう知識でマウントを取る。優気は引きつった顔を隠せずにいたが、咲音は肩を持つように褒めちぎっていた。予め学んできたことは賞賛に値するが、ここまでひけらかされると誰かしら苛立つ者も出てくるだろう。しかし、場所が場所、相手が相手のため面倒事を避け皆がスルーを決め込んだ。
ポイントがあると多くの人に読んでもらえるとのことらしいので、面白いと思った方や少しでも続きが気になる方は是非評価をよろしくお願いいたします!m(__)m




