第66話 原点回帰
八月の第一周こと夏休み真っ只中。学校が無いというのに塾に通う毎日。受験生には勉強の日々が続く。夏の馬鹿野郎め。
気温は夕方にもかかわらず三十五度。暑くも熱い夏を迎えねばならぬ気候変動の現状に過去の人々へ鬱憤を募らせる一方で、家に帰ると冷房に頼る優気の頭には『電気機器による温室効果ガス排出』という問題は体内が涼むに連れて消えていった。
洗面を済ませ、部屋で神力を練り始める。自身の修行態度をゼウスに指摘されてから早や六日。あれから優気はメンタルと向き合い方を改め、受験勉強を勤しみつつ毎日長時間ものトレーニングを行っていた。
もちろん、連続で行うといつも通り倒れてしまうため、時間を置いてトレーニングに打ち込んでいる。気分転換がてらのランニングも厳しさはあるが思いの外楽しむこともできていた。風呂場ではスサノオとの近距離組手を模してシャドーを行うなど、修行を生活の一部にのめり込ませているため、辛さなどは感じづらく、無事習慣化出来ている。
明日はアジトを訪問するのに丁度一週間経つ頃。つまり約束の修行日だ。寝る前に瞑想する形で第一形態となり最大限の神力を体内で広げていく。
もっとだ。もっともっと広く、大きく、深く_____________。
大きく、広大で空虚な世界をイメージし、無限に神力を押し広げていく。この世の海や空、地や空間までも自分の神力で満たすように。
「ぷふぁ!」
シンクロ選手が水中から地上へ顔を出す時に見せる呼吸と逆に、大きく息を吐きだすと薄っすらと優気の覆う甲冑が消えていく。
明日には一週間前と違う自分を見せるんだ。そう意気込むと寄りかかっていたベッドに潜り、部屋は消灯に包まれた。
___________________________________
起床。予めタイマー設定で冷房をセットしたからか、寝室から夏の蒸し暑さを感じることは無かった。正直維持派のアジトに行くことに若干の抵抗があるものの、かといって寝穢うことにも抵抗がある。そんなジレンマに半強制的に動かされるも、いつまでも引きずるわけには行かないのだ。幼馴染や塾講師からもらった言葉を背に受けると大きく家を飛び出した。
健勇の夏の甲子園を懸けた地区予選決勝の結果を見ながら学校へ向かっていく。今のところ打率は驚異の八割三分九厘、本塁打は二十本近く出ており、ヒット半分近くがと本塁打という現実離れした結果が数値として示されていた。
今日もまた当たり前のように打点を稼ぎ、チームを甲子園に距離を進める。投げては二試合『防御率1.00』とエース級の働き。現在八回ウラ三点リードの中学校に着き、廊下に響く足音が止まる。
目の前にはいつもの空き教室が広がると、どことなくアジトが自身を手招きしているようにも感じていた。スマートウォッチを閉じ、大きく深呼吸をして間を取る。健勇のように俺も頑張るぞ。そんな意気込みで入室し、そのまま修行部屋に直行した。
「オぉぉぉぉぉッス!!今日はよろしくお願いしまぁぁっす!!」
頭を下げるその姿と反響する声は道場に入る選手さながら。顔を上げると見慣れたリビングが広がっていた。
「朝からうるせぇよ!」
声の元を辿るとキッチンでパンを齧るウォックの姿がそこにはあった。初めの導入として気持ち籠りすぎてしまい、想像以上の大声で気分を害してしまったのであろう。裏付けるようにアジア人の差別ポーズのような目の鋭さでこちらを睨みつけている。
「まぁまぁ。それほどやる気があるってことか?」背後から肩にどっしりと手を置かれる感触が身を奮わす。
「す、スサノオさん。いるなら返事くださいよ」
「わりぃな。少し今後のことを話してたもんで。そんじゃ修行だな!!」
「はいっ!よろしくお願いします!」
やる気を前面に出した返事で部屋を移動する。「どうしたんだ優気は。スっさんに感化されたんか?」こないだまでのモチベーションとまるで違う優気についていけないウォックは再びパン齧り進めた。
先に肩に手を置いた際に急に感じた神力。あれは咄嗟に攻撃された際における抵抗反応だろうが、かなりの戦闘意識と経験が無ければ出来ぬ芸当だ。スサノオは組手に興味が湧くも、まずは自主トレでどれほど神力が付いたのか、バーベルを使って確認してみることにした。
「確認だけんど、ちゃんと肩くらいまで下ろさないと駄目だからな」
「はい。お願いします」
第一形態となった優気は天井を見つめる顔つきに緊張が見えるもやる気に満ち溢れ、エネルギッシュな雰囲気は変わらぬままだった。スサノオはゆっくりとバーベルを優気に預けトレーニングが始まる。
ゆっくりと上下に動くバーベルに安定感があり、あっという間に二回半を超える。
「すごい進歩だ…!想像以上だぞ!」
神力のペースを保ち、前回目標の五回を超えた。感激の混じった吐息が漏れ、思わず身を乗り出す。
「いけいけいけ!!限界まで上げろぉぉお!!」途端、大きくバーベルが震えだし、優気も一生懸命歯を食いしばる。ギリギリのところで数秒止め、何とか継続させていく。九回目を迎えたところでバーベルは上に掲げたまま下ろすことはなく、そのまま大きく呼吸をし始めた。
「もう、死ぬか、も」
「死ぬなぁぁぁぁぁぁあ!!!だぁアッ!!」
スサノオは気分が向上した勢いで掲げられたバーベルを殴り飛ばしてしまった。途轍もなく響きのある重音がアジト全体を揺るがせる。それは見事にバーベルが壁にめり込んでしまった合図であり、ドタドタと階段を下る音は一つの楽譜の色付けとも言える。
「な、何なんだこの光景は…」
注目を集める美術作品の如く、壁にめり込んだまま落ちてこないバーベルはジャンジャンを驚愕させる。四神化が解けてしまった優気は自分のフォローをしてくれたお礼として、なんとか弁明を発そうとすると顔の前に大きな掌が覆う。もう片方の手でスサノオは自身の顔を覆い、人差し指を眉間に立てる。
「ふっ、計算通り」
「どんな計算してんだよ!」
絶対に直しておけと釘を刺され、呆れ果てたジャンジャンはとぼとぼと部屋を後にした。
「いやぁ!すげぇじゃねぇかよ!おいおいおいっ!!!」
全身脱力した肩にドシドシと力が加わる。ほとんど力の入らない腕がぽろっと落ちそうになるまでの振動が、先程のことなんぞ何事もなかったかのようなテンションだという事がわかる。
「前回4回だったのにすげぇぞ!!」
「ありがとうございます!だけど、10回に行かなかったので僕としては消化不良ってとこですね」この向上心。まさにスサノオの求めていたような姿に感服せざるを得ない。
「少ししたらまたバーベルを」
「いや」言葉を遮ると瞬きよりも速く刀を抜き優気の顔の前に出す。
「殺し合いだ」
「く、組手ってことでいいですよね…?」
コクリと頷くも、スサノオの言う事には本気度が窺えるは何故だろうか。
そんなことを思っていると、時間差でほろりとバーベルが床に落下し、またもやアジトを大きく揺るがせた。
「コラァぁぁぁあああああああああぁぁぁぁ!!スサノオノミコトてめぇおいゴルァ!!」
真剣な表情で優気に刀を向けるスサノオ。この光景に危機感を察知し、激怒するジャンジャンはゆっくりと息を吸い込む。冷静さを取り戻すと、背を後ろに向け二階に戻り始めた。
ポイントがあると多くの人に読んでもらえるとのことらしいので、面白いと思った方や少しでも続きが気になる方は是非評価をよろしくお願いいたします!m(__)m




