第65話 面談
「どうだ。最近勉強捗ってるか?」
「正直言って…微妙ですね」
「おいおい勘弁してくれよ受験生。なんだ微妙って。いつも通りの謙遜か?」
呆れたような声を漏らしつつ苦笑いを浮かべる坂藤とは反対に前に座る優気は視線落としたままだった。
「何か、他に何か行き詰ってることでもあるのか?」
「まぁそんなところですかね」
こないだの咲音の励ましによって優気の中で解消されたと思い込んでいたがどうもそうではないらしい。直近の修行に成長が見えず、結果として表れていないからだろうか。疲労が貯まる一方、勉強に集中できる時間は限られているものだから勉強に身が入らないのもおかしくはない。
『力無くば、本当に守りたい者を救う想いも叶わぬぞ』
再びゼウスの言った言葉が脳内で再生される。感受性が人よりも強く、自身の思う正しさに素直である者であるが故に責任感を余計に感じてしまう。
「元々ピアノで大会出たりしてたんだろ?それか?」
「いや、ピアノは中学で辞めました。たまに今でも弾きますけどね」相槌の後に少量の溜息をつく。「うーんだとするとなんだろうなぁ」坂藤は再び考え始める。平常に会話を交わしていることから酔いは覚めていたが、酔っぱらっている時に見せる若干のへらついた笑いを浮かべ始めた。
「花脇やら~涼風、は話さないな。んーと、川堀だ。花脇やら川堀やらに話を聞くところによるとお前はお節介焼きらしいじゃん」
「あいつら何話したんだ…まぁ褒め言葉として受け取っておきますね」
お節介焼きという表現は坂藤によるものだが、人間性的に善い者だという認識をしているのは変わりなかった。実際に授業が始まる前、年寄りが持ち運べない大きな買い物袋を自転車籠まで運ぶ姿を見たことや、同じ塾生がガラの悪い外国人に絡まれたところを助けて遅れてきたエピソードがあったことなど、窮屈な現代社会では珍しい人格者を裏付ける結果を知っている。
他の生徒と態度の差が大きく生じることはあってはならないが、塾生徒としては勿論のこと、一人の人間として神崎優気には後悔はしてほしくないという気持ちが強く出ていた。
「悪いが塾講師としては『そんな事より自分の運命が決まるかもしれない受験勉強に集中しろ』と言いようがない。何故ならそれが学生の本分だからな。これで落ちたら塾の評判は悪化するし俺の役割を全うできていないことになる」
「重々承知しております…」
「だけど1人の人間として言葉をかけるとするなら」
一息を吸い込む音が静謐で、こじんまりとした教室に反響した。
「己を信じて、絶えず、継続するんだな」
え、唖然とする優気を他所に流れるように話を続ける。
「そうだ。今行き詰ってることが解決するまで、努力してやり遂げるんだ。その代わりにちゃんと勉強するときは手を抜かないこと。そして肝心な受験に落ちないこと。これを守ってくれればなんだって応援するぞ」
今にも感謝を伝えようとする優気の表情に坂藤も嬉しさが溢れるが、話を続ける。
「何に打ち込んでるかようわからんが、時にはやり方や視点を変えてみるのがきっかけになりやすいな。例えば野球でミート力を上げたいのならバトミントンの羽使って芯に当てる練習したりとか。サッカーならフィジカル鍛えるためにチューブ使ったりするみたいな。例えがスポーツばっかりで悪いがそんなところか」
「先生…」感涙を漏らすかの如く満面の笑みで回答する。
「普段酔っ払って酒臭くて正常じゃない先生がそんなことが言えるとは…はぁ、本当にありがとうございます」
「おいおい一言いらねぇって!!あーもういい。もう応援しないからな」
「噓噓嘘!!!ごめんなさいって!」
授業が終わった塾に二人のほんの一笑いが普段より大きく響いたような気がして特別な雰囲気を感じずには居られなかった。
二人は塾の玄関先まで移動すると、同じ居残りだった璃久瑛と他の授業を受けていた怜真と凪行が待っており目が合うと「遅ぇよ」と声が届いた。ジェスチャーで手を揃え、ごめんと口を動かし靴を履き終えると再び坂藤を方へ向く。
「先生。今日は背中押してもらってありがとうございます!おかげでモチベスイッチ点火しました」
「あぁ。なんならそのスイッチが永続的にオンになるような発明をしてくれ」
「僕は共通テスト以外文系利用ですよ」
「関係ない。そしたらノーベル賞ならぬSAKATO賞をプレゼントしてやるよ」
「うーわいらねー」「うるせ!今から長時間居残りにするぞ?」「それは嫌だ!!」
逃げ出すように塾を出て友人たちの待つ場所へ移動する。坂藤もサンダルで一、二歩外へ出て「気をつけて帰れよ」と別れ際に挨拶をした。それに応えてそれぞれの生徒たちがさよなら、と気さくな挨拶で背を向けた。
数秒見届けると駆け足で先居た教室へ戻った。部屋の扉を閉めたことを確認すると、全身の筋肉が一気にしぼんでいくように崩れ落ち設置された机に寄りかかる。
大きく深呼吸をして全身に酸素を巡らせる。神崎の悩みとストレスを緩和ケア出来たことに安堵し胸をなでおろした。それと同時に酒の酩酊作用が切れた後、瘦せ我慢は良くないことを思い知らされると震える手で何とか自身の胸ポケットから写真を取り出す。
これでも一児の父だったんだからな、そんな思いで神崎の背中を押したことを自身で誇ると一人の女性と子供が写った写真を再びしまう。
___研究再開だな
床に設置された消火器裏のボタンを三秒間長押しするとホワイトボード横のネジが一本飛び出る。長時間支え続けた手荷物を壁に押し付けて無理やり持ち上げるように、鉄鉛でできた身体を立たせ、ネジを下方向へ引くと狭い部屋に地下へと続く階段が出現した。歩き出し、まばらなテンポ感で階段を下る。
「課されたミッションは残り1つか…」
声を漏らしたのは自身を奮い立たせるためか、或いは贖罪に釘を刺したのか。どちらかは分からない。それでも。確実に言えることは、私、坂藤は、今でも家族を愛する気持ちは変わらない。
ポイントがあると多くの人に読んでもらえるとのことらしいので、面白いと思った方や少しでも続きが気になる方は是非評価をよろしくお願いいたします!m(__)m




