第63話 2つの春
「あ、俺も頼んでいい?」
「もちろんもちろん」
「じゃあ6角カスタードパイで」
「じゃあ私いちごにしよーっと」
スマートウォッチから電子マネー決済を完了させると優気はポケットから自身の料金分の金を取り出すためか、視界に入る財布を前に手が出てきた。
「これは私の奢るよ」
「えっ、良いよ悪いし」
「いいのいいの気にしないの!」優気は察する。
「どうせ『褒めてくれたから』とかだろ?いいっていいって気にすんな」
褒められて嬉しかった気持ちが無に帰す。何なら嫌な気持ちすら感じる。言いたいことを真っ直ぐに伝える人間だが、その言葉が当てはまりすぎて機械的に設定されたロボットのようにも感じてしまう。思わず頬を膨らませ「うっざ」と声を漏らした。
咲音がイメージしていた優気は、素直に奢られることに感謝しているような姿だったため、余計に苛立ちを隠せずにはいられない。一体どうしてしまったのだろうかと「何でそんな奢られるの嫌がってんの?」と反射的に聞いてしまった。だって、と答えるの躊躇しており返答に数秒を要する。
「だって、男女のご飯は男が奢るって相場決まってるって…世間的に…ね?」
想像より浅い理由で咲音は思わず吹き出してしまった。おかげで優気の表情は赤面一色だ。
「幼馴染には奢られたくないとかいうくっだらないプライドだと思ったら、もっとくっだらないプライドじゃん!」
「だってもう高校生じゃん!半分大人だよ俺ら!」
必死の弁明も面白く思え、腹を押さえることに腕を要した。笑いも収まり、ようやく返答をし始める。
「例え世間がそうだとしても私はそういうの嫌かな。申し訳なくなるし、逆に相手の財布心配しちゃうもん」
おぉ、と声が漏れ優気の関心が前のめりになる。
「割り勘で良くない?というか、割り勘の方が良くない?」
「だけど世間一般の女の子は『割り勘は萎える』っていう声が多いみたいだよ」
「えぇ…噓でしょ。世間の女態度デッカ!」
「いやぁ~咲音みたいな女性が増えると男性陣は有り難い次第でございますよ」
「だってさ、ゆーくんが女側だったらさ、絶対私とおんなじ意見にならない?」
沈黙。
「なるな」「でしょ!?」「絶対なるな」「でしょでしょ!?そういうことよ」
想像以上に強い説得に共感するもどこかたじろいでしまう。それほどさっきの発言は嫌悪感を抱かせてしまったことに理解がいった。失言を反省していると咲音はここであることに気づく。
「というか、世間の女性の認識で奢られるの拒否ったんだよね?」唐突な質問に首をかしげると頷いて内容に肯定した。
「ってことは私のことも1人の女として見てるってことなんだ」
またもや沈黙。
「いやいや、そういうのは全くない」
「いーや嘘だね。ゆーくんは何やかんや意識したことあるでしょ?」
「ありません!」
冷静に対応したかったが、咲音の煽りに意識してしまう。実際、咲音を特に意識しているわけではなかったため、否定しなければ恋愛対象として見ていると、誤った判断がされるようで更に対抗心が盛り上がってしまった。
モバイルオーダーが優気と咲音の席だと判明するとアルバイトとして働く美奈は若干、否、かなり意識した。友達だから一言挨拶をしたいとホール担当に乞い、了承を得る。商品を完成させそのままの流れでテーブルまで届けに行く。席はもう目の前となり声をかける。
「いーや!それは咲音が世間の女性の枠の中にいるってことで、きーちゃんが特b」
「あっ!きーちゃんって言った!!」若干狼狽えるも動じないように再び会話を続ける。横に立つ美奈には気が付かないままに。
「とりあえずきーちゃんは幼稚園児から小中高、かつ習ってたピアノ教室が一緒の幼馴染であって!その」
「そう考えるとかなり親交深いわね私たち」
落ち着いた考え直すとアニメや漫画でしかないような関わりの深さに、両名は驚きが走った。
「確かに。何なら小学校3年から中学1年までおんなじクラスだったよな。あんさ!授業中にりっくんの厨二病発動で凱矢が愛想付かせたやり取り覚えてる?」
「うーわ柴澤くん懐かし!なんだっけなそれ。確か国語とかの時間じゃなかったっけ?」
「確かそん時だったかも!そんでさぁ、あいt」
「お客様…」言い出さなければ気づかれないと思い思わず声をかけてしまった。慌てる二人は咄嗟に謝り商品を受け取る。
「そちらお下げしますね」前に頼んだ商品トレイを渡す咲音は美奈を認識した。
「えっ、本辺さんじゃん!」
「えっ、あ、ガチじゃん」
「2人とも今更!?」意識していたのは自分だけだったことが判明し少々恥ずかしさを覚える。
「さっきからキッチンで商品化してたよ」
「いやーキッチンじゃわからないよ。ってか本辺ってここで働いてたんだ。知らんかったわ」
「私も知らなかった」
二人は顔を見合わせる。美奈は二人が入店してからずっと仲睦まじい様子を見せつけられ何故かは自身でも分からないが、あまりいい気分ではなかった。原因は仕事へのストレスなのか、どこか残念そうな面持ちでテーブルに広がる商品を見つめる。
「どうしたの?まさか妬いてるの~?」咲音は冗談のつもりでニヤつきながら振ると呆気にとられたような面持ちを浮かべた。
「なわけっ!!誰がこんな鳥みたいな顔面な奴に妬くわけ!?」
「おいおい酷すぎるよ…要は焼き鳥が食いたいってことか?」
「むちゃくちゃつまらないから二度と喋らないで」
「急に冷酷すぎるだろ。悪かったって」
反省とともに滑った空気を忘れようと、頼んだサイドメニューを大きく被りつた。優気の面白さの欠片もないボケに咲音は反応せず、寧ろ優気の人中付近についた薄っすらついたソースを気にする。
砂糖まみれのパイを両手で持っているため仕方なく咲音が紙ナプキンで口元を拭ってあげると、これには優気も赤面せざるを得なくなり思わずくしゃくしゃな反応を取る。さっきまで熱弁していた幼馴染を意識してない発言は早々に破綻したかに思え、自分の芯が生クリーム作りにてボールの中でかき混ぜられるかのように情緒をかき乱されるのを感じた。
嫌気が刺した美奈は慌て気味に「ごゆっくりしないでください!」と言葉をテーブルに叩きつけるように吐き捨て足早にキッチンへ戻って行った。
「あいつアタり強すぎじゃね?女の子の日なのかな」
「そういうことあんまり大きな声で言わないの!」
美奈の勢いに優気の羞恥心は完全に消えた。咲音の言葉で冷静さを取り戻すと、今度は味わいながらパイを口へ運ぶ。
商品、『6角カスタードパイ』の美味しさに感動が芽生える。中のカスタードはクリーミーかつ疲れた身体に沁みる甘味があり、パイはチョコクロワッサンのようにふんわりとした食感は高貴なパンとも思える。優気にとって美奈に罵倒されたことも一瞬で過ぎ去るようなそんな素晴らしい食べ物であった。
「本当に妬いてたりして…」
咲音は小言を漏らしながら『6角ストロベリーパイ』を小さな一口で食べ始める。一口が故に、舌はクリームに到達しなかった。
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荷物を持って店を出ようとすると先ほどの美奈の様子が気になったため後ろを振り向く。勿論と言わんばかりに優気のことを睨みつけており、足早に外へ出た。
外は夏に入ったというのにもうすでに暗がりの空となっていた。時刻は午後七時と駅周辺に溜まり始めた人々は皆気怠けな表情を浮かべている。
そんな中、先の咲音との談笑や助言により優気の中に溜まっていた不安な大部分が払拭され、他の者らとは差異がある気分であった。
二人で盛り上がった店内のテンションのまま話していると気付けば家の近くまで進んでおりブレーキをかけるように足を止めた。
「じゃあもう家着いたから。今日はマジでありがとうな。色々話せてちょっと気分良くなったわ」
「私も久々にこんな話して楽しかった!こっちこそありがとね」
別れの挨拶を済ませてマンションのエントランスへ入る。その姿を見届けた咲音は一歩踏み出し帰路へ辿る。ここまでフランクに話せたのは本当に久々だったため、何だか新鮮で忘れない一日となりそうだ。
そよそよと吹きめく風を感じると心の底から湧き出た笑みを浮かべ、自然と歩調も速くなる。春の残りともいえる薫風が初夏の夜を感じさせた。
ポイントがあると多くの人に読んでもらえるとのことらしいので、面白いと思った方や少しでも続きが気になる方は是非評価をよろしくお願いいたします!m(__)m




