第62話 気付かぬアオハル
ゼウスの指導で自身の浮かれ具合に嫌気が刺して仕方がない。過度に落ち込む優気は無性に肉厚なハンバーガーを食べたくなり、学校帰りにファストフード店へ寄り道することにした。普段友人たちと行くことが無い限り外食に立ち寄ることはなかったため、少し特別な気持ちでいるともっと特別なことがあった。
「あ、咲音じゃん」
「え、ゆーくんじゃん」
見覚えのある顔、御堂咲音が偶然そこにはいた。幼馴染の二人が見事にファストフード店の目の前で遭遇したのだった。
「咲音が1人ワックって想像もつかなかったな」
「そういうゆーくんこそ単品ご来店とは珍しくない?」
「人を商品みたいに言うな」
「と、言うか」足を止めて優気をじっと見る。急な変化に優気は戸惑いを隠せない。
「今周りに私たち以外の船高生いないよ」何が言いたいか察し、溜息をついて顔を手で覆い隠した。
「別に良いだろ。咲音でもきーちゃんでも」
「やだよ冷たい感じがして。それに私だけ浮くし」
「ならお前が呼び方変えればいいだろ!」
「無理っ!もう癖付いて直らないもん!」
談笑しながらレジに並んでいるが、久しぶりに咲音と話している気がしてとても新鮮味を感じる。
最近の学校生活といえば専ら維持派のアジト行き来していたためか、怜真と璃久瑛と健勇に加え炎示や凪行たちと話すことが多かった。そのため、他の生徒と話すことはほとんどなく、それは幼馴染かつ同クラスという近しいポジションの咲音も巻き込まれていた。
「何食う?俺はビッグワックって決まってっけど」「うーん、安定のえびフィレかな」「単品?」「いやセット」「飲み物は?」「アイスティー」「かぁ~大人になったもんやのぉ」
財布の中を確認する優気の行動を察して少し慌てる。幼馴染、珍しくの談話という中で気を遣わせるのは絶対に嫌だ。咲音はレジに向かって一歩踏み出した優気に「自分のは自分で出すからっ!!」と声をかけた。
「いいんか。わりぃな、助かる」再び前に向き直りレジで注文をした。咲音は一般的に大きな問題ではないものの、危なかったと一息つく。
裏腹に、少々大きな声で呼び止めたことにより、レジ奥の厨房にもその声は聞こえてきた。そこにはレジで会計をしている優気を青龍の力を宿す本辺美奈の視界が捉えたのだった。
「いっただっきまぁーす!」
「いただきます。って凄い元気だな」
「だって久しぶりのワックだもん。興奮するよ」
確かにと相槌をしながら優気はビッグワックを頬張る。
「うっま」自然と声が漏れ感動すら覚える。味付けの濃さが若者の舌を刺激する。これぞまさにジャンクフードであるといったところだろうか。
「思ったんだけどさ」
「ん?」
「量、多くない?」
「あー確かに」
「小食なのに大丈夫なの?」
指摘された自身のトレイを見て頼んだ商品を視認する。今回優気が頼んだハンバーガーは通常のパティの倍にサイズ変更し、ポテトはLサイズを注文していたことで、柄にもない優気は気遣われた。
「最近結構運動的なことして動いてるからね。ってか今日は色々あって…ドガ食いしたい気分って感じかな」
運動をしているということから体つきに目をやると以前よりも良くなっていることに席を前にしてようやく気付く。
しかし、咲音には優気の浮かべる笑顔とは裏腹にどこか暗い印象を強く受けた。長きにわたり幾度となく会話を重ねたからこそわかる変化。そんな感情をどうにかして励ましたい思いがあったのだ。
「…なんかあった?」
口の中で暴れる肉と野菜を嚙みほぐし数秒の間が空く。次に口全体を覆い、見透かされたことに驚きながらも眉をひそめて「やっぱ、わかる?」と確認される。長年の付き合いというものは裏切らないことが証明された。
「だってゆーくんは顔に出やすいしね」
「絶対隠し事は出来ないな。特に咲音やら怜真には」
咲音以外の人物の名が出て少し対抗心を燃やす。ゆーくんにとって一番の幼馴染はどこか特別であって欲しい。そんなことを思いながら、咲音は少しだけ真剣な面持ちで話をすることに切り替えた。重苦しくならないように若干の笑みを込め、頼んだアイスティーを口に近づける。
「で、何があったの?」うーん、と言葉を選ぶ優気から悩みであることと確信する。
「もし、言いたくなかったら全然言わなくていいから!」踏み込みすぎたことに謝罪を添える。
「いやぁ、説明するのが難しくてさ。なんつうか、最近色々なことに動きすぎて初心を忘れてたんだよ。整理がついてなかったというか、自然となぁなぁになってたって言うか」
何の初心だよ。とツッコまれることを想定するほど優気は自身の語彙力の無さを恥じた。しかし、目の前の咲音は飲み途中だったアイスティーに手を添えたまま下を俯き、考えてくれている様子だった。
「ま、あるあるだよね」「そ、あるある」
そう言いだし二人は飲み物を口に含む。珍しく同じタイミングだったために咲音はカップ内に吹き戻しかけた。
「ちょ、同じタイミングとか」「意図してないもん!俺絶対悪くない!」咽かえる咲音と否定する優気という文章や声色からするとマイナスなやり取りだが、笑顔を浮かべあったやり取りだとどうだろうか。
人員不足故にモバイルでオーダーされた商品をテーブルに運ぶ美奈は両者盛り上がっている印象を受けた。会話の内容が気になるも丁度お客が入店し、すたこらと持ち場へ戻った。
「まぁさ」咳払いをして口元をハンカチで拭い話始める。
「躓くこともあるからまた歩き出せるんじゃない?」理解が出来ない優気は呆けた顔を浮かべた。
「ほら、よく『失敗は成功の基』って言うじゃん。要はさ、ゆーくんは悪く捉えすぎなんだよ。多分何かやらかしたんだろうけど、だったら今度はこれをきっかけにまた頑張ればいいじゃん」
「その頑張ることが難しいんだよな…」努力することは分かるが、今まで通りの方法では何も変わらないため、未だ努力の方向性を見いだせていない。優気にとってこの状況は四面楚歌といったところだ。
「とか言ってさ、結局そこらの人よりも遥かに努力して成し遂げたとこ、私見たことあるもん」
「…2人でピアノ習ってた時のことか?」
「そう!だってあの時練習室で泣きながら弾いてたじゃん」
「そういうむちゃめちゃ恥ずい話掘り起こすな!」笑いながらも赤面を浮かべる優気が面白くてたまらない。咲音はつられて軽快に笑う。
「だってあの時は本当に出来なかったからな。周りの子とも比べられて劣等感感じまくってた。つか何より先生がクッソ怖かった」
「うーわ山佐でしょ?わかる~」
講師のスパルタ指導により、優気が涙を流して悔しがることもあったが、何度も何時間も練習を繰り返し見事にコンクールで賞を獲得した。あの頃が短い人生の中で最も努力した瞬間だと感じていたし、やりがいを憶えていた。
「とか言って咲音はあんまし怒られてるイメージないけどな」
「んなことないよ。『ラフマニノフ』やった時めためた怒られたもん」マジか、と気の抜けた声で席に寄りかかる。咲音は基本的に何でも器用にこなすが、正直ピアノのレベルは常軌を逸していた。
幼稚園時代からの長い付き合いだが、小学生の頃は一時期顔も見たくないほど妬むこともあった。遠く、どこまでも響きのある音質と快活のある連符は時を忘れるほどの没入感を与えるのだ。コンクールで賞を取った時も咲音のレベルには達していないと体感するほどで、いつでも咲音が目標かつレッテルとなっていた。
「だけど、俺未だに咲音がピアノ辞めてヴァイオリン始めたの意味わかんねぇんだよな」
「だから何回も言ってるけど、もう限界だったんだって。他の教室の子とかゆーくんが上手くなってきてビビっちゃったの」
優気の努力の凄まじさと成長余地から同等レベルであった咲音は手を引いた、ということも一理あるが、咲音の真意として、ヴァイオリニストとしていつか優気とセッションしたいという気持ちが一番強かった。その気持ちを打ち明けるのに何度もタイミングを失い、気づけば打ち明けるのも恥ずかしくなっていた。どうやら今日このときも打ち明けられそうにもない。
「ま、案の定むちゃめちゃ上手いけどな」
「ほ、ほんと!?めためた上手い??」
「おん。めためた上手い」
照れながら肩に置かれた髪の毛を指先で巻くと、軽くクルクルといじる。気分が上がるのに乗じ甘いサイドメニューをモバイルオーダーで注文し始める。
ポイントがあると多くの人に読んでもらえるとのことらしいので、面白いと思った方や少しでも続きが気になる方は是非評価をよろしくお願いいたします!m(__)m




