第61話 現(うつつ)~下~
食事が終わり、再びバーベルかと思いきや違うようだ。陰鬱だった優気は回復するまでの合間合間に退屈さを感じてきたため有り難いに越したことはなかったが、代わりのトレーニングは何をするのか。仁王立ちのスサノオを目の前に息をのむ。
「よし決めた。第1形態になってくれ」
返事をしながら立ち、第一形態に四神化するとスサノオは腕組みを外しファイティングポーズを取り始めた。刀を主に使うスサノオだがそのようなものは持たず、一般的なボクサーがカメラに向けられて取る軽めのポージングだった。
「俺の身体に当てないように今から寸止めで殴りかかってこい」
「わかりました。もし当てちゃったら」
「そうだな。3回当てたらカウンターを食らわす。3秒休んでも食らわす。いいな?」
「わ、わかりました。やってみます」
「そうとなれば、来い!」
スサノオの掛け声で懐に潜り込み身体に触れないように拳を振るう。肝、身体、顎、顔面とありとあらゆる場所へ拳を向かわせる。
打ち始めてから打ち始めてから二分近くなったところ。胸辺りに力の籠った右ストレートを打ち付けてしまった。ハッとし、顔を上げるとにんまりとした表情で「あと2か~い」と声を弾ませる師がそこにいた。
現実に引き戻され再び拳を振い始める。数分後、キレの無くなったアッパーが直撃するも、楽々と首を立たせ「あと1か~い」とさらにプレッシャーを与える。
「おいおい。届いてないぞ~もっと近づけ!近づけ!」
ぜぇはぁと大きく呼吸をして何とか修行を形にしようと健闘する。しかしながら既に優気のスタミナは底をつき、パンチのスピードはカタツムリの移動する速度と同等となっていた。
「あと3秒以内に拳が届く範囲に来なかったらカウンターな。はい3,2」
「も、無、理ぃ」
カウントが始まり急いで拳を振いながら近づくと思わず心臓部分に当たってしまった。
「はい、残念っと」
中指の第一関節を折り親指の第一関節で作ったストッパーにかけると優気のおでこ辺りで勢い良く解放した。所謂、デコピンというやつだ。痛い、という声を上げる前に頭が地に付いており、後頭部から落ちることで二重の痛みを感じる。
「ッつぅ~!!」
「体力は良い感じだが、やっぱりパンチの制度がな。体力が切れたとしても100%のパンチは出せるようにしないとな。5分休憩したらもう1度同じことやるぞ」
休憩後、同じことを繰り返し再びデコピン。そして休憩。またもや近距離で一方的なラッシュを続け再びデコピン。そして休憩。スサノオの狙いとしては第一形態は近距離型であるため、実践的な距離感と体力を養う必要があった。今のままでは動きは良いものの深いダメージまでは見込めない。第二形態に成れない以上、今以上に攻撃を磨くことは必要不可欠なのである。
「もっと肩甲骨から入れてこい。そう!足の踏み込みも入れてけよ」
最初よりかは上達しているが、相手が神の使者ならどうだろうか。未知数な能力にも対応しなければならず、上手く立ち回れないことは明白だ。
実際、蔵前高校でギルガメッシュとアレスと戦った時には、ヘラクレスの援護が無かったら生命があったかもわからない。優気一人が戦うことなど語るに及ばないのだ。
「作ってみたよ~、等身大の的!かなり時間かかったけどこれなら練習になるかな~って思てね」
「ぐわぁぁぁぁぁあああああああああああああ」
_____________あ。
士純の作った等身大の射撃的がスサノオのデコピンで吹き飛んできた優気と重なり、惑星同士の激突の弊害のように的の手や足が粉々に宙に舞う。
「あぁ…あぁ…僕の作った的が…ハンニョンがぁぁぁぁぁぁぁあああ~!!」
「名前まであったんですね…」
「ご愁傷様ってやつだな」
「一応十字架を切っておくか」
そんなタイミングで小柄な和服姿をした女性、クシナダが怪訝そうな顔で部屋に入ってきた。客観的に見れば的の散状と壁に顔を打ち付ける優気に加え、泣き叫ぶ士純という構図は理解し難いものである。
「何この混沌は…」
「おっ、ヒメリン。なんか用か?俺に用でもあるか??ん???」
「顔がうるさい奴ね。お茶にしようかと思って声をかけただけなんだけど」
「だけじゃないよだけじゃ。ヒメリンのお茶は世界平和くらい幸せなことなんだから」
暑苦しいもここまで褒めちぎられるとその気になってしまうクシナダは喜びを隠すように他の面々も誘おうと反対方向に向く。
「みんなはどう?」
「お、それはいいですね。璃久瑛、どうする?」
「もちろん休憩で。キリも良いですしね」
「そうとなれば決まりだ。喜べ、クシナダさんの茶ぁうんめぇぞ」
「おぉ優気。復活早いな」
驚異的な早さで立ち上がると璃久瑛の肩に腕を回し、意気揚々と部屋を出て行った。
_____俺ならこの後も修行してただろうな。
そんな想像がスサノオには頭を過るも、部屋を出る優気たちについていく。
クシナダと共に茶菓子などの準備を手伝うスサノオはリビングで談笑する輪の中、優気の満足げな顔を見つめていた。深呼吸で吐く息よりもだいぶ軽めだったが、ふっと息を吐き準備を進める。
「あんた何かあった?」
唐突なクシナダの質問に思わず間抜けた反応を示してしまう。スサノオとしてはうーん、と人差し指で唇を持ち上げる姿が可愛すぎてたまらない。そんなにやけ面にクシナダは怒りを示すも表情が変わらないためエネルギーの無駄遣いに若干後悔していた。
「案外、大きな悩みかもね」
「何でそんなことがわかんだ?」純粋な疑問に思わず笑いが零れる。
「じゃあ逆に聞くけど、私たち何年の付き合いだと思ってるの?」
不意を突かれ、目を見開く。冷水を被せられたような感覚であり、自然と口が開いた。
「スサって自分のことより他人のことが主な悩み事になるのよね」
沈黙。答えが完璧に刺さり何も返答出来ずにいるも、クシナダの話は続く。
「ま。そうゆうところが尊敬できるし、すごく好き」
クシナダの発言と洞察力に最大級の尊敬を感じると同時に最高の愛情と尊びを直に感じる。自分じゃ恐れ多いと謙虚にもなるが内心にとどめ、平常心を保とうとなんとかスサノオノミコトを紡いだ。笑い飛ばし、小さな頭をわしゃわしゃと撫で立てる。
「そりゃどうもありがとござんす」
「なぁにその言い回し」
笑みを浮かべるクシナダはどこ恥ずかし気な気持ちでもあったのか、若干頬を赤らめる。トイレに行って来るといいその場離れ、クシナダの淹れた茶と和菓子をリビングに運んでいく。
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「お前今日叫んでるだけじゃなかったか?」
「んなことないよ。最後バーベル4回上げたし」
「目標5回だったじゃん」
「それは流石に無理だよ」
帰宅準備を済ませベランダ付近に立つ。外国人四人とスサノオが見送り、外に出ると姿がパッと消えた。この仕様は既に慣れた光景であり、それぞれが持ち場に戻るため二階へ移動していくも、スサノオは一人浮かない顔を浮かべていた。
軽い溜息をつき、振り返るとキッチンの陰からガタイの良いハードボイルドな年寄り、ゼウスがぬっと現れた。道端で野良猫と相対するようにジッと見つめる。何事もなかったかのように修行部屋に移動しようとしたところ「無視すんな!」と一喝響く。
ゼウスはキッチンシンクで一杯の水を汲み一回でそれを飲み干す。そのままシンクに寄りかかり「珍しいな浮かない顔して」と声をかけた。
「あんたもわかるのか?そんなわかりやすい表情してんのかな俺」
「わかりやすいのもそうだが、儂たちは何年の付き合いだと思って居るのだ?」
あんたに言われても嬉しくねぇな。クシナダの言葉と比較するとその嬉しさは大きく異なるが、気にしてくれているという有難みが湧くのは間違いない。
「優気のことなんだけどよ。最近修行への意欲が減っててやりずれぇというか。弱音が多くなってきたんだよな」
「まぁ慣れてくると初心は薄れ、驕りも出てくるしな」
「そう!最近はウチの使者とか俺らに加担してくれる同胞とかと談笑するために来るのが目的になってるんじゃねぇのかって思っちまうんだよな」相槌を含みながら話を聞く。
「それによ。何でこんなに期待してるかってのはさ、俺らに加担してくれる時、すげぇ覚悟の据わった目をしてたんだ」言葉は早まり続く。
「あいつには前人類が願った平和や、崩壊の一途をたどる現人類が時折見せる真実のある行動が、現れる時があんだ!!」
湧き上がる気持ちと比例して声が次第に大きくなるスサノオの表情からは悲しさもあるが、同時に情熱も入っていた。それほどまでに優気を思う気持ちは心なしか強い。
「だからあいつにゃ、どうしても肩入れしちゃうだよな~」
スサノオの言葉を受け、ゼウスは蔵前高校でのことを思い出していた。いくら旧友を救うからといって殺されるかもしれない敵の間近まで近寄り、説得を促す姿は現代の日本人もとい、人類の中では少ない。その行動に敬意を表したことはゼウスの記憶に新しいものだ。
「それじゃ、儂が憎まれ役を買うとするか。たまには刺激も必要不可欠だ」
「いや、ダメダメダメ!あいつは素直でなんでも受け止めるとこあっけど、あー見えて繊細なとこあっから言うときはやs」
「わかっておるわ。しっかり言葉を選んで言うつもりよ」
寄りかかっていたシンクから歩き始める。「内気な言葉を2、3度吐いた時にはそれが本心よ」
スサノオをその場に置き去りリビングを出る。とりあえず明日はどうなるのやら。答えがゼウス頼りになり若干の心残りがあるものの、先の言葉を信じ、自身の修行に打ち込み始めた。
二階へ上がったゼウスは自室の黄金に輝くソファーに寄りかかり腕を組む。
_____________全く。クシナダから『スサに悩みがあるから聞いてあげて』と言われたものの、まさか『優気の悩み』という予想まで当てるとは。
やはり妻の予感は鋭いと感服する。関連してゼウスは自身の妻、ヘラが思い浮かんだ。女好きが災いし何度もこき下ろされた体験やヘラの手で転がされる姿が頭に過り、恐怖を抱いてしまう。他のことを思念しようと、明日のことを考え始めた。
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翌日。昼からスサノオとワンツーマンで修行をこなす。ブッチューバーベル、野球ボール掬い、近接格闘、神力トレーニング専用のランニングマシン、組手。様々なトレーニングに向き合い日が進む。
時刻は四時頃。ゼウスが部屋の入り口で修行を監視しているとその時は訪れた。バーベルの上げ下げがどうしても進まず再びスサノオに支えられると優気は大きく呼吸を繰り返して干乾びたような腕の治療に神力を回す。
「また3回か。昨日から進歩無しか」
「もうこの練習は無理ですよ。それも強化されてるような気がしないんですよね」
「そうだなぁ。進歩がないと実感しづらいよな。ただこれが5回も上げられるようになれば恐らくだが、第2形態と同じくらいの神力量を貯えることができるようになったってことだから今は耐える時期だぞ」
「5回も上げられる時がいつになるかなぁ」
呼吸と溜息を混ぜ大きく息を吐きだした。かなりナーバスな状況ではあるものの、言葉を当てるのはこの状況だとゼウスが部屋に一歩入室した。
「ちょっといいか優気よ」
返事をして腹筋だけでなんとか起き上がると大きな体つきをしたゼウスがそこには君臨していた。その姿からは何か圧があるように感じ、自然と背筋が正されるような感覚が身を駆け巡る。
「お前は何のために修練を積んでいるのだ?」
先程のトレーニングに加え唐突な疑問に頭が真っ白となる。声は出なかったものの、おろおろと口が答えを探る。
「四神化第2形態になるためか?自身の身体づくりのためか?或いはここにいる人々と小話をするための謂れか?」
連続する質問に重みが感じるとともにどこか、『責』というものがのしかかる。怒りは感じないが、諭されるニュアンスでもない。あまり慣れない感覚に戸惑いが隠せずにはいられない。
「どうなんだ?」「あ、っと」言葉に詰まる。これは間違いない。何か今までやらかしていたことを確信する。
しかしながら、優気は答えには至らない。軟弱な身体に今までかけたことのない負荷が圧し掛かる。これまで肉体の強化といったものが初めてと言ってもよく、トレーニングの結果が身に付かない現状に懐疑心やモチベーションの向上などは薄れるばかり。そんな状態から、本質を理解することは出来る訳がなかったのだ。
「どうなんだ?」
「人類を、人類が悪い神の使者とか、人々とかから守るために力をつけてます」
「そうか。それならば先程までの取り組みはその思いを念頭に取り組むことが出来ていたか?」
ゼウスにどこかに隠れていた思いを突かれると何も言い出すことは出来なかった。それは自身の口からも言いたくない事だからでもある。強く望んでいた願望。それがどれだけ空虚なものなのか、言い出すのが堪らなく愚かなことはわかりきっていたのだ。
「悪いがこの際正直に物申す。お前のような根が緩んだ者が大功を成し得るわけがない」
迷いのない目が優気の心を突き刺す。思わず目線を逸らしてしまい下を俯く。
「力無くば、本当に守りたい者を救う想いも叶わぬぞ」
この状態が続く限り、確実にだ。
追い打ちをかけるように言葉を続けると、優気の中のどこかに沸いた悔しさと拙さから唇を噛む。
弱き優気に背を向けて人間に全能神と崇められる者は部屋を出た。見事に落ち込み、その場で項垂れる。
「確かに何やってんだ俺は…」自分を責め始めると対処がわからないスサノオは心の中で静かに慌てふためく。そこから捻り出せた言葉は「もう今日は解散ってことで」といったところで、発言は百八十度別だが八百屋の初売りのように「さぁ帰った!帰った!」と勢いよく帰宅を促す。
あれから十分近く経ち、腕もかなり再生されてきたため静かにベランダに向かった。
「こ、今度来る時までちょっと時間開くけど自分でトレーニングするんだぞ!!」
優気自身でも発したかわからない程度の声量で薄っすらと返答をするとこの場を去った。そのまま学校の空き教室を出ると、廊下や壁に溶け込んでしまうのではないかというほどにゆっくりとしたペースでそのまま帰路を歩み始めた。
ポイントがあると多くの人に読んでもらえるとのことらしいので、面白いと思った方や少しでも続きが気になる方は是非評価をよろしくお願いいたします!m(__)m




