第29話 壁
真峯を尾行していると屋上の扉を強く押し、屋外へ出る姿を目撃した。小雨の降る中立ち入り禁止の屋上になぜ入るのか。理解ができず、もう一度屋上への出入りは禁じられていることを確認するために辺りを見渡す。
『屋上に出ないでください』という注意喚起の貼り紙が目に入った。特に意味をなさず、労力と思いが通りすがってゆく。というのも、頑丈な鍵を施錠するだけで良いのではないかと感じてしまうからだ。
真峯が柵に手をかけ俯いている姿を見て本辺は嫌な予感がした。深呼吸をして立ち尽くす姿はいまだ迷いがあるのか、気が固まっていないのか心の現れだろう。慌てて次世代型タブレットを開き、上に出てきた和野千沙と三沢智奈、御堂咲音に現状報告を雑なフリック入力で伝える。真峯の行動を止めるために相手の気持ちに立つ者を増やし、誰かと一緒に説得することがベストだと感じたのだ。
再び真峯に視線を戻すと柵を跨いで柵の外へ既に移動していた。後ろに手をかけているが流石にマズイ状況である。思わず本辺は扉を飛び出して真峯と対峙した。
先に連絡を受け取った三人と本辺が屋上へ出ると霧雨が降る中、自分以外の生徒が来るわけないと思っていたのか、真峯は無表情を装ってはいるものの「あなたたち本辺さん以外にも…なんで…?」と現状を理解できていない様子を浮かべていた。
「ウチがつけてたからだよ。すぐ帰れるのにわざわざ上に行くのか不思議だったもん。それで気になって後つけてた」
「真峯さん。もう帰りのホームルーム始まるよ。教室戻ろう」
咲音の説得を受けるも真峯が教室へ戻る様子は一切感じられなかった。
「真峯ちゃん。単刀直入に聞くけど、あなた、自殺しようとしてるでしょ??」
本辺がそう言い放つと再び体をびくつかせ、手に掛けていた柵を強く握りしめる。
「そ、そうだけど。それがどうしたっていうの?」
「どうしたって、心配して今止めに来てんじゃん!」
「そうだよ!!美奈も咲音も千咲も私も、あなたのこと心配してるんだよ!」
本辺に呼ばれた二人の女生徒は必死に呼びかけるも真峯は暗く俯いた表情は変わらない。
「だって普段からそんなに関わりないじゃん。どうだって良くない?」
「そんなことないよ!!真峯さんは同じクラスメイトでいつも_」
「同じクラスメイトだからなんだってのよ!!」咲音の言葉を遮り、先程の表情からは考えられないほどの癇癪を上げ大きく開ききった目で咲音を凝視していた。
「あなたはいいわよね。全てにおいて優秀でみんなの人気者なんだから。どうせ今回のテストも学年上位だったんでしょ?家庭環境にも恵まれて受験に何の不安もないあなたに、私の気持ちなんて到底理解できないわよ!!」私なんかいつも怒られてばかりなのに、と涙交じりの声を漏らし手で顔を覆い隠す。
この発言により、真峯の行動の原因は勉学に対する不安やストレスからだということが判明した。受験を控えた学生は周りとの勉強格差に過敏となり、家族や塾講師などからの期待も高まる中で、それに応えることができない自身を追い詰めてしまい、自殺を図るといったケースは同じ学年の者たちならばわかりたくなくてもわかってしてしまう。言わば、受験ノイローゼという現象に陥っていたのだ。
実際にその光景を眼前とすると四人はたじろいでしまう。それは自身ら生徒という立場であるからである。悪気は一切なく、やらなければならないことに努力した結果、他人を間接的に貶めてしまっていることに気付かされたのだ。できない者は蹴落とされるとともに、ステータスに影響を及ぼす学歴社会構造のため、こればかりは仕方のない競争と言える。
「大丈夫、大丈夫。ウチだって全然点数取れてないから。真ん中よりちょい下くらいだったし志望校の判定も悪かったからさ。まだ6月なんだからもっと気楽に行こーよ。ね?」
「なんでそんなにもたもたしてられるの?これからの人生が大きく変わる時期だってのに。あなたはよっぽど甘やかされてきて育てられたのね」
安に見くびられた本辺は雨に紛れていたものの、舌打ちが漏れる。
「はぁ?あんたさっきから他人の家族のことばっか言ってるけどねぇ、」
話の途中で仲の良い友人二人に止められる。この時には本辺の目的は自殺を止めることを忘れ、言い負かしてやるといった目的に変わっていた。確かに勉強面で正論の矢が直撃したことに苛立ったが、それ以上に他人の家庭事情を一蹴されたことが本辺の怒りの琴線に触れたのだ。
そうこうしていると真峯は柵に足を掛けて柵外に立ってしまう。五階建ての屋上から下を覗くと足元には木々が立ち並ぶが、すぐ奥には石畳があり、終いにはいつも使う校庭が恐ろしく見える。柵外の足場は内側の足場よりも高くなっており、段々と自分の今いる場所に恐怖感を抱いて後ろの柵を手を翳す。
「もう、私のことを理解してくれる人もいない。支えてくれる人もいない…」
涙交じりながら呟いた声と震える足を目にした咲音が再び口を開く。
「真峯さんから見た私はそんな秀才なんだね。私は勉強で1位を取ったことなんてないしなんなら真ん中らへんの順位だったこともあるの。最近はさ、遊び更けっちゃって模試判定Bでさ、何やってんだろって感じなんだ」
「あの咲音が以外…」「知らなかった…」二人が声を漏らしているのと同時に真峯の表情も少し驚いているように見える。
「勉強で躓いてるけど昔から習ってるヴァイオリンでも躓くことあるんだ。もちろんいい時もあるけど全然ダメな時もあってさ、大切な時って絶対壁にぶつかると思うの」だからさ、と少し間を空けるとともに目線を一瞬外しもう一度目を合わせる。
「もうちょっと受け止めて頑張ろうよ!!」
雨が掠める中、耀げな笑顔に曇がかかることはなく、その晴れた表情に真峯の心が綻んだ。
すると、どたどたと大量のクラスメイトが息を上げながら屋上に入ってくる。何事かとその場にいた四名は驚くと怜真が息荒げる中声を上げ始めた。
「今の御堂みたいに。皆も個々でジレンマ抱えてるんだよ。だから真峯さんは決して1人じゃないよ」
「そうだよ。俺なんてまだ就職か進学で悩んでるとこなんだぜ。だから心配しなくて。いいよ。身体能力に全振りしたバカもいるしな」
「そうだぞ!!俺は野球しかできない!!安心しろ!!真峯さん!!」
「オレもバカだから安心しろー!!」
その後息を整えながら優気が前に向かい「みんな足速すぎ。健勇と、炎示の、でけぇ声しか、聞こえなかった」と運動が苦手な者にとって、羨望の実力を称えつつ、かなりどうでもいい二人の言葉しか聞こえず残念がる。
「怜真とりっくんはなんか言った?」
「伝えた」
「むちゃめちゃかっけぇこと言った」
「いや、全然大したことなかったぞ」
「怜真君、口の中にゲリラ豪雨ぶち込んであげようか?」
しょうもないボケに怜真が対応していると、ようやく優気は息が落ち着いてきたためこの一帯を呼び出した当人が呼吸を整え終える。
「りっくんのことだから大したこと言ってないと思うし、怜真のことだからサブいこと言ったんだろうな」と二人を煽りつつ真峯に向かって声を上げた。
「今多分誰かしら言ってたと思うけど、人生何度かターニングポイントがあって、その度に辛い現実に直面すると思う。けどさ、俺は悩めるその時こそ進歩の時でもあると思う!」
真っ直ぐな瞳で真峯を見つめる。お世辞や煽てるような意図は感じられず、一心に思いを伝えた。
「つか、真峯さん自殺しようとしてるけど、俺だったらそこ立った瞬間小便ちびって2秒で引き返しちゃうもん」
折角説得力のある持論を述べたにもかかわらず、デリカシーのない発言に皆が鼻先で一笑するオチとなる。こんな場面で何も考えずにそんなことを発言できるのは他に炎示くらいなもので、現状優気は少し焦っていたこともあり咄嗟に言葉を選ばず発言してしまった。
「逆に考えてみれば、そこまでの覚悟と行動力があるってこと!それを有していて今の悩み乗り越えていけば、この先どんなことでも進んでいけるよ!」
優気を言葉が身に染み、辺りの生徒を見ると心配そうな表情を浮かべる者と明るい表情を浮かべる者の二択しか設けられてなかった。
「真峯さん。さっき言いかけてたんだけど、真峯さんっていい所いっぱいあってさ、いつも教室に落ちてるゴミを拾ってゴミ箱入れてくれてるし、他の人が答えに困ってる時に囁いて教えてくれてるの知ってるよ」
咲音は最初に遮られた言葉を再び発する。それは普段の真峯の行動についてのものであり、称えるのものであった。
「そうだよ!私校長室の前の花の水取り替えてるところ見た!」
「あ、それ俺も見た!」
「こないだだって具合悪くなった私のこと介抱してくれたじゃん」
咲音に続き、周りのクラスメイトから普段行ってきたことに称賛と感謝が贈られると、自身の存在を肯定されたことで胸が温まり始める。真峯はホクホクと温かい言葉に抱きしめられ、自然と涙が流れてくる。
「そうじゃん!オレが投げてゴミ箱に入らなかったゴミ拾って捨ててくれてたな!!」
「いや、それはお前が捨てろよ」
「そんで、何も話聞いてなかった時に当てられてよー、そん時に答え教えてくれたし」
「さっき咲音が言ってたこと全部お前のことじゃん!!ホントに何してんだ!!」
そのやり取りを見て思わず真峯から小さく笑い声が聞こえると、「笑った!!笑った!!」と指をさして『デデーン』と喜ぶバカ三人に「アホ使かよ」と怜真のツッコミが入る。周りも落ち着いたところで「皆さん」と一声かけその場を立つ。
「私を勇気付けて、死を止めてくれて、本当に、ありがとうございます!!」と真剣な声を上げ、深々と頭を下げる。
「んなこといいから早くこっちこい!!危ないから!!」若干焦りながら手を手前に引く優気から呼びかけられると皆に迎えられるように柵内に戻った。
「じゃあ、教室戻ろっ」咲音が優しく声をかけると「うん!」と頷き健気な顔をする。霧雨が小雨程度となり、用も無くなったクラスメイトの軍勢はぞろぞろと教室へ戻っていった。
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「まさか皆連れてくるとはね。流石神崎くんって感じ」
「それ!流石元生徒会長だよね。ちょっとユーモアもあって人望あるのも納得」
皆が教室に戻っている間に本辺たち三人は話しながら階段を下りていた。
「ほら見て、さっきまであんな暗い顔してた真峯ちゃんが咲音とか男の子グループたちと笑って話してるよ」
「はへーホントだ。影響力すご」
二人の惜しみない称賛と尊敬に関心を持つ。なんにせよ自殺という大きな事件を救ったのだから尊敬を抱くのは当前のことであった。
「これには美奈も男の子グループのこと、ちょっとは見直したんじゃないの?」
いつもより変化を期待しながら三沢はそう言いながら本辺の顔を覗き込むと案の定むすっとした表情を浮かべていた。
「別に。ユーモアって言ったってね、ただの小学生みたいな発言しただけじゃん」
「はぁ~やっぱり変わんないかぁ」
「けど、かなり良いこと言ってたよね。私ちょっと元気出たもん」微々たる沈黙を挟んで本辺は再び変わらぬ口ぶりで話を続ける。
「そんなの、咲音ちゃんだって言えるんじゃないの。智奈だって千咲だって」
「みーな。そろそろ認めたら?」
「ここらで偏見壊しなよ」
「まず男である以上認めたくない」
教室に着き、若干早足で本辺は席に着いた。『女の感』が働いているのか、二人とも本辺の後ろ姿から不満げな心情を察知することができ、目を見合わせて首を傾げる。流れるクラスメイトに続いて席に座り始め、帰りのホームルームが始まってもその不機嫌な感情は柔らかくなることはなかった。
ポイントがあると多くの人に読んでもらえるとのことらしいので、面白いと思った方や少しでも続きが気になる方は是非評価をよろしくお願いいたします!m(__)m




