第22話 ルシフェル
午前十一時三十四分、昼時となった頃。児童や学生は授業を受け、会社員は昼食前最後の営業に奔走し、警察官は地域の治安維持のためにパトロールに勤しみ、公園や街のベンチに寄りかかる高齢者はご近所さんと暇つぶしに会話を交わして昼食まで時間をつぶす。
しかし、一人の男はいつ何時もある人物を探して色々な学校を歩き回る。ただ目当ての人物に会うためだけにだ。しかしながら訪れた学校の数は五十校ほどにその人物を見かけることはなかった。今日は三校目、船堀高校を訪れようと近づいた時だった。
_____________この高校には何らかの違和感ある。
少し作られた感触、制御されるような圧迫感などは肌にも感じないが言葉には形容しがたい何かが引っかかっていた。男はその大元がどんなものなのかが気になり、校庭付近に近づいて行く。
本棟四階建ての校舎がそびえ立ち、それに対するように男は背筋を伸ばして向き合った。広い校庭の真ん中で感覚を研ぎ澄ませ、目的の人物を探知しようと試みる。男から見て校舎二階の左側の部屋から何か神力に近しい何かを感じ取れた。間違いない。捜し求めた者はこの学校にいる。
目的の者はまだ完全に力をモノにできていないのか、率直な感想としてそれは弱々しいものに感じ取れた。男は目的のいるその部屋に向かって手を伸ばし、銃を二丁具現化する。大体の場所に狙いを定め、高く飛び上がり引き金を引いた。
しかし、弾丸は教室へ到達することはなく、不意に現れた勇ましい青年の刀によって切り裂かれた。青年が現れると同時に校庭を何かで覆うようなものを感じる。結界のようなものだろうか。男の狙う目標の者、神崎優気の拉致を不可能に近づける弊害が相次ぐばかりの状況となる。
「今の攻撃、狙いは優気で間違えないようだな」
飛び上がり、銃弾を切り落とすと着地と共に足早に狙撃者へ向かう。
「そのようだな。2つ目の結界を張ったからもう大丈夫だろう」
二人の使者、スサノオとジャンジャンが姿を現し会話を進める。テストを受ける優気の護衛のため、予め注意していた甲斐があった。
「お前見たこともねぇやつだな。なんでゆうき狙うんだよ」
「まぁ、慌てるな。私はルシフェル。天使と悪魔の中継役であり、中間の存在だ。以後お見知りおきを。スサノオノミコト、カラマノランジャン」
丁重に右手を左胸に当てながら頭を下げる仕草と、真っ白で高貴な服装と相まって、慎ましやかなその姿にスサノオは困惑した。
「お、おう。そこら辺の界隈と関わったことねぇからな…そりゃお前のこと知らないわけだ。よ、よろしく…」
なんか、お前みたいに堅苦しいやつだぞ、と小声でジャンジャンに話しかけるが、「なにを日和ってるんだ、質問の続きをしろ」と怒られる。対するスサノオは、「こう見えてオレは人見知りなんだよ!」と強気に言い返す。
そのやり取りの間、恵まれた神力量に瞬時の対応、ルシフェルはスサノオの全身をじっと観察した。
「まぁ、慌てるな、カラマノランジャン。神崎優気を狙う理由は、彼はこれから私たちの勢力に必要なピースだからだ。だから今回目標としてこちら側に招こうとした。それだけだ」
「中継役ということは天界か魔界のどちらかに肩入れしてる状況下で、優気が必要ということか。如何にも何か企てているようにしか思えんな?」
だからそう慌てるな、と言葉を投げかけた後、大きな息を吐き出す。自身を落ち着かせる深呼吸だと思われるが、肝心な息を吸う動作はあまり顕著に現れなかった。ジャンジャン、スサノオ共に慌てるなと言われたが当人たちは慌てている様子はなく、両者共にただそのセリフが言いたいだけなのでは?と疑問を浮かべていた。
「それはご想像にお任せしよう。カラマノランジャンよ。君たちに答える理由なんぞ無いからな」フルネームで相手の名前を呼ぶことが好きなのか、それともそれなりに敬意を持って接しているのか、どちらかははっきりとわからないがジャンジャンは何度もフルネームが呼ばれる違和感から気味の悪さが生じる。
「つか何が『それだけだ』だよ。ゆうきはオレらの仲間なの!わかったら大人しく帰ってくれ。後あいつ大事なテスト中だから。できるだけ静かに帰れ」テストというものの重大性を知っていたのか、ルシフェルは「それはすまなかったな」と一言謝罪した。
「だが、目標は目標だ。それこそテストと同じように、成果は持ち帰えらなくてはならない。邪魔するのであれば、退かすまでだ」
言葉を言い切る前にゆっくりと先程の銃を構え、臨戦態勢を取り始める。スサノオは少し笑みを浮かべながら、こちらも臨戦態勢を整え始めた。
「神器は二丁の銃か。2つってのがおもれぇな」
『神器』というものは自身の神力を媒介に武器を具現化することができる力のことである。例外はあるが、武器は一種類しか具現化することはできず、具現化するのにも生まれながらにして決まっているため、自身の望んだものが自由自在に現前させることができる力ではない。ルシフェルの場合、望んだ場合に神力を込めれば二つの銃を具現化できる。
「刀と銃。どちらが上回る強さか、気になるところだな」
少し間が空いた後、ルシフェルが具現化した銃から弾丸が何発も発射され、スサノオは物凄いスピードで刀を何度も振るい身を守る。発砲音が鳴る前にスサノオが刀を振るう描写が理解できず、ジャンジャンはその場で身構え続けた。
戦闘の常識、特に神の使者が絡む争いでは考えられないことが多発する。何が起こるかわからないこの場において、とにかく身構えることが大切なのだ。
何度も発砲が続き、その攻撃に慣れてきたのか、スサノオにとって都合のいい瞬間を狙ってルシフェルの元へ向かい始めた。その移動も最初は地道に斜め移動をして距離を詰め、時折少しの間を取るなど慎重に進んでいたが、向かう銃弾を左半身に向かうように上から振りかぶって切り落としたタイミングで、体の元に戻る刀を勢いのまま左手首を折って背中側に裏返した後、左手を刀側に持ち替え、一瞬のタイミングで急激に距離を詰めた。
この戦闘スタイルはスサノオ自身全て計算立ったものだが、容易に想像できるような動きではなく、あまりの緩急さにルシフェルは狼狽える。
例え理解出来ていたとしても行動には起こせないだろう。狙いは銃二丁を持つ両の腕。ルシフェルの斜め三歩先にて左足を踏み込み、相手の左肘に向けて、おもいきり刀を振り上げた。
一方ルシフェルは、唐突な切り返しに躱す対応はできず、少し身を引く体制ながら二丁の銃をバツ印を描くように重ね防御をする。すると、重ねた銃のトリガーガードとフレームの間を切り口に真二つに切られ、スサノオの振り上げる刀の勢いにルシフェルは斜め上向きに吹き飛ぶが、背から羽を生やして宙に浮く。具現化された銃は両方ともサラサラと消え去り、あまり変わらない表情でスサノオの表情を窺った。
「すげぇ、マジで天使じゃん。ありえん…」敵ながら美しい羽を広げるルシフェルにスサノオは興奮気味だった。
「そちらこそとても理解しがたい戦闘スタイルだな。中々対応が難しい」
発言後、ルシフェルは自身の右人差し指に血が滲んでいるのを視認した。おそらく重ねた防御した際、銃のトリガーに掛けていた右人差し指が振り上げた刀の勢いによって少し擦れたのだろう。それが少し癪に障り、スサノオを睨む。
「しかし、私の銃撃を防ぐとは何という反射神経か。称賛に値する」
「ありがとな。ただ、それは『与護』のおかげだろうな。お前の発砲、多分光の速度くらい速えだろ?」
「そうだ。正確には光の14倍速いな」こりゃあバグってんな、と笑いながらそう言い放ったが、離れた場所にいるジャンジャンは対照的に真顔で危険視する。
『与護』というものは、神の使者が常時備え、発動される力のことだ。人間に例えると感覚器官によって、熱いものを熱いと、冷たいものを冷たいと認識できる機能が身体のために備われている。それと同じように、『与護』は神の使者自身を守り、更には援助するために備わっている特殊な機能といったものである。
これは能力と一緒で多様な種類があるが、それらと差異のある部分として、そもそも『与護』を宿していない者も存在している。現にこの場にいる者でもスサノオは宿しているが、ジャンジャンは与護を宿していない。このように、神の使者を該当するタイミングで発現する力を『与護』と言うのだ。
「そりゃ与護が発動するわけだ。オレの与護は光の速さ以上の速いものを先に感知することができる目があっから対応できた。まぁ、感知することはできても自動的に体が動いて対処できるっつうわけではないから反射神経も必要だけどな」
「スサの馬鹿野郎!自分の与護を自分でバラすやつがいるか!この馬鹿野郎!」
「あっ、確かに。つか、めちゃくちゃお前離れてんじゃん!!」
スサノオが移動したこともあるが、実はスサノオとルシフェルの交戦中に少しずつ離れていた。腰抜け、と言われてもおかしくはないが途轍もない交戦を目の前で繰り広げられると距離を置くのも当たり前である。
「ご丁寧な説明感謝する。ところでこの広場周りに結界を張ったのはカラマノランジャンか?」不意にジャンジャンに質問を投げかけられ、冷静に対処する。
「そうだが、一体それがどうしたんだ?」
「通りで薄い神力で覆われてるわけだな」
「うるさいっ!こちとら本業じゃないんでね!弱々しい結界で悪かったな!」
意図しない煽りに反論した後、間を開けずにルシフェルは再び銃を二丁具現化してジャンジャンに向けた。
「なら、対象はお前だ。カラマノランジャン」




