第84話
「君が、 兄と同じ職業だったなんて…」
俺はアルフレッドに『観察者』がどのようなものなのか…そして、 その職業が律者と呼ばれるこの世に2つとない職業だということを明かした。
「そうか…その説明が本当なら、 この眼は君に返さないといけないみたいだね」
動揺や驚きといった感情の起伏さえ読み取ってしまう…言わば『看破の眼』は便利だ。 それを手に入れることが出来れば、 今後の交渉にも何かと役に立つだろう。
…しかし、 俺にはそれは出来ない。
「いえ、 その眼がたとえ『観察者』が持つべきものだとしても、 お兄さん…先代がアルフレッドさんに渡したのだと言うなら、 それを僕が返せというのはおかしな話ですよ。 その眼はもうアルフレッドさんの眼です」
俺は『看破の眼』を手に入れる事を諦めた。 その行為は俺の先代が決めた事なら俺が口を挟むべきでは無いと感じたからだ。 俺の言葉を聞いたアルフレッドさんは、 そっと先代から引き継いだ瞼に手を翳していた。
本当は渡したくはなかっただろう。 しかし、 アルフレッドさんは俺に返すという選択を選んだ。 その覚悟には俺もしっかりと答えるべきだ。
「ありがとう、 君には感謝してもしきれない…」
「いえ、 僕は先代からの責務を果たすべきだと思っただけです。 その…代わりと言っては何ですが、 アルフレッドさんが知り得ている闘技大会の情報を教えて貰ってもいいですか?」
ここで俺は本題に戻ることにした。 本題に入る前に色々な事があり、 本来の目的すら忘れそうになっていたが、 既の所で思い出す事が出来ていた。
「うん、 構わないよ。 これから僕は、 この眼の恩を返すために君の求める情報を集めることに決めたからね」
それは、 これからは俺専属の情報屋になる…という事だろうか。 それならば、 やはり俺がその『看破の眼』を持つよりも最も有効な使い方だ。
「助かります。 多分、 その眼を完璧に使いこなすことが出来るのはアルフレッドさんくらいでしょうから」
「あはは、 それは期待に答えなくちゃいけないね。 なら、 とりあえずは闘技大会の選手…そして、 『ローブ』という人物について教えようか」
その話をアルフレッドさんから聞いた途端、 やはり俺の選択は間違っていなかったと確信した。 話を聞いた限りだと、 『看破の眼』は決して情報を集める事が出来る眼という訳では無い。 相手の些細な感情の変化、 不安や焦りといった流れを見る事が出来るだけなのだろう。 しかし、 アルフレッドさんはその情報だけで相手から欲しい情報を聞き出す実力…というより話術を持っているという事だ。
しかも、 名前しか判明していない謎に包まれた『ローブ』に関しても何かしらの情報を掴んでいる…。
「是非、 聞かせてください…」
そして俺は、 まだ食べ足りないと駄々をこねるニルヴを引き摺りながら一旦宿に戻り、 アルフレッドさんが知り得ている闘技大会の情報を聞かせてもらった。
─────────────────下界の果ての村。
その小さな村のこじんまりとした、 古びたと言うより、 むしろ趣すら感じさせる小さは家に国宝級と称えられている英雄2人が暮らしているという事実だけでも受け入れ難い真実だが、 今はその2人に加えてグロリア王国の現国王、 さらに聖騎士長を務める男が集まっている事は、 今後誰に話しても信じる話ではなかろう。
しかし、 今現在の状況は紛うことなきそれだった。
「…そうか、 ゼンが」
ガイルから話を聞かされたゼンの育ての祖父、 オルフェウス・デウスは腕を組み、 グリシャ・デウスに淹れてもらったコーヒーを何かを考えながら眺めていた。
「2度も同じようなミスを犯してしまい、 本当に申し訳ありませんっ!」
ガイルは勢いよく席を立ち、 オルフェウスとグリシャに見事なまでの直角謝罪を行っていた。 だが、 そんなガイルにオルフェウスは「よさんか」と一言だけ伝え、 背中をポンと軽く叩いた。
ガイルは『顎』との一件のような状態を想像いていたようで、 安心…というよりも、 唖然としたような顔をしていた。
「この国を出たのはゼンが決めたことなのじゃろ? ならば前回とは違う、 お前が謝ることではなかろう。 しかし、 わしらにも何も言わずにどこかへ行ってしまうとは…」
そう言いながらコーヒーを口へ運び、 オルフェウスは少し寂しげな眼をしていた。
「私から言えることは、 彼はまだグロリア王国からの籍は外していない…という事くらいですね」
それがせめてもの救いと思っているのか、 それを聞いたグリシャは小さく安堵の息を漏らしていた。
「一応、 ゼンのクラスメイトのアランは何か知っているようですが、 今のところ彼の口からは何も話してはくれていません。 何か事が起きてしまう前に彼の口を割らせますか?」
と、 ガイルはあまり教師とは思えないような発言をしていたが、 それはこの事態がガイルにとっていかに重要なことなのかを指していた。
その教師らしからぬ発言にも、 今はグロリア国王もゆっくりと目を閉じていた。 それは文字通り目を瞑るという行動の現れだったが、 そんな発言に、 オルフェウスは首を横に振った。
「そこまでせんでもよい。 そのクラスメイトもゼンに口止めされているのじゃろうて…自分から話すまで何も聞くまい」
「そう…ですか。 失礼しました…発言を取り消します。 あ、 そういえば…もうひとつ確認したいことが────」
「師匠、 材料を確保してきましたが…失礼しました、 お客がいたとは知らずに」
そう言って戸を開けて入ってきたのは、 かつて『顎』のNo.6の名を冠していた女性、 ティンゼルだった。 両手で抱えている木箱の中には多種多様な鉱山が山積みになっており、 どうやらそれらをここに届けに来たようだった。
「師匠…というのは?」
ガイルはティンゼルの発した『師匠』という言葉に疑念を持ち、 それを質問した。あれから少し経ったとはいえ、 彼女はかつてグロリア王国の騎士団を殺害した組織の一員だ。 ガイルも彼女の記憶は書き換えられていたという事実は聞いているものの、 その行為が消えるわけでも、 ましてや死んで行った騎士達が戻ってくる訳でもない。
そんなことを考えていると、 無意識に剣の柄を掴んでいる事に気が付いた。 ちらりとグロリア国王を見るが、 国王本人は特にびっくりしたような様子もなく、 しかしガイルの行動を咎めもしなかった。
「すみません、 この方は何故私に向かって剣を抜こうとしているのでしょうか?」
ティンゼルから放たれたその言葉に、 ガイルは怒りのあまり柄を握る力が増した。
「この男はグロリアの聖騎士じゃ。 『顎』が殺した騎士達は、 皆この者に鍛えられておる」
「なるほど…理解しました」
そして、 ティンゼルはグリシャから説明を受けると、 自分が持つ木箱を近くの机に置いてガイルの方を見やる。 そして、 そのまま彼女は──土下座をした。
「貴方が私に復讐したくなる気持ちは重々理解しました。 貴方は私を殺す権利があります。 しかし…もう少し待っては頂けませんでしょうか…。 今は師匠の元で魔道具の研究をさせて頂いてます。 そして、 私に出来る最大の償いは『魔道具』で返そうと考えています」
そう言って彼女はゆっくりと顔を上げた。 その彼女の眼は、 一切の曇りもなく、 ただ純粋に罪を償おうとする後悔の眼差しだった。 そんな眼をしたティンゼルを斬れるはずもなく、 ガイルは柄から手を離した。
「国王がお認めになっているのであれば、 私がとやかく口出すするつもりはありません…」
そうして少し会話をした後、 グロリア国王とガイルはその村を後にし王城へと帰って行った。
「彼女がグリシャ様の元で魔道具の研究を行っていることには驚きました…。 しかし、 ゼンの居場所が分からないのは不安ですね…」
ガイルはそのままグロリア国王と今後の会議をするべく、 城の会議室にて方針を固める事にした。
今回に関しては聖騎士達に協力を仰ぐことは出来ないだろう。 内容が個人的すぎる上に、 ゼンは自らの意思で旅に出ているのだから。
「さて…どうしたものですかねぇ…」
天を仰ぎながら空笑いするガイルの肩を、 グロリア国王は優しく肩を叩くのだった。




