第82話
かくして俺たちは、 闘技大会へのエントリーに来ていた。 闘技大会の開催にはまだ5日と時間があるにも関わらず、 思っていた以上に人は集まっていた。 大半はエントリーした人の調査だろうが、 チラリと掲示板に目をやると、 それでも100人近い人数の職業が公開されていた。 その掲示板は、 ありがたい事に職業のランク事に欄があり、 その欄が上にいくにつれてより強い職業と名前が貼り出されていた。 今のところ最上欄にある職業は『聖騎士』がほとんどで、 ちょくちょく『大魔導師』やら『変身士』といった職業も見られる。
掲示板を見ながらエントリーするための列に加わっていると、 後ろの方がやけに騒がしく感じる。 掲示板から目を離し後方を見ると、 俺の後ろには既にかなり長い列が並んでいた。 そしてその奥では、 何やら数人が揉めているらしい。 『心眼』を使用して揉めている場所を確認してみると、 そこには少年3人組…といっても、 この闘技大会にエントリーする条件である職業の獲得はしているはずなので、 恐らく俺と同じくらいの歳だろう。 そしてその3人を上から見下ろすように睨みつけている大柄な男性が立っていた。 少年3人組の中でも、 赫髪をヘアバンドで逆立てている少年は、 残りの2人を庇うように前に一歩出ていた。 下からではあるものの負けじと睨み返す少年をバカにするように笑う大柄の男性。 周りの人集りは特に制止させることもなく、 ただただ見て見ぬふりを貫いていた。
だから、 誰もその揉め事を止めようしない。
誰もその揉め事を見ようともしない。
「…比較的安全なんじゃなかったのかよ…」
そしてその少年は大柄の男に首根っこを掴まれた状態でその人ごみを離れ、 それを追うように残りの2人も慌ててついて行った。 俺が『心眼』で確認出来たのは裏路地に連れていかれる前までで、 そこからは視界から消えてしまい見えなくなってしまった。
俺は堪らず追いかけようとした時、 俺の手を掴んだのはニルヴだった。
「やめた方がよいぞ、 主よ。 安心せい主が心配しておる少年は無事じゃろう」
いつもになくやけに冷静なニルヴに、 俺は戸惑いを覚えつつ、 やはり先程の少年が気になっていた。
「この街の住人である以上、 手出しは出来んのじゃろう? あれじゃ…『禁忌』…とかでの」
…いや、 どうだろう。 守衛の人が言っていたセリフ…『八百長』という言葉。 それは守衛だけでなく、 この国に住んでいる住人ならば感じているとするならば、 あの少年は今回から参加出来るようになったから参加しているとして…あの男はそれでもエントリーしているというのだろうか。 俺のように他の国から参加しているとすれば…『禁忌』に触れるから攻撃はされないという条件はこの場合発生しない。
──なんてことを考えていると、 なんと少年達は傷1つなく路地裏から再び列に並び直していた。
どうやら俺の考えていた事は取り越し苦労となっていたようだった。 いや、 無事だったのならば取り越し苦労だろうがいい事だ。 俺は一安心して自分のエントリーの順番が来るのを待つ。 思っていたよりスムーズに登録は行われているらしく、 意外と俺のエントリーの順番は訪れていた。 流石に毎月のように開催されている運営の手際はかなりのものだった。 肩の紋様を見せ、 用紙に名前を記入するだけで登録自体は完了した。 ニルヴにも偽造の紋様を施しており、 もちろんそれが見破られることもなかった。 その技術力は流石『研究者』といった所だろう。 モノには俺が旅をすることは言わずに、 前々から万が一のために頼んでいた紋様偽造用のシールを作成してもらっていた。 本当に自由勝手で申し訳ないと心の底からの謝罪を伝えたいが、 今はその気持ちも底に閉じ込めておく事に決めている。
「登録も終わった事だし、 そろそろ飯にするか」
「うむっ! それしか選択肢はなかろう!」
残りの数日で可能な限り情報を掴みたい所だが、 『ローブ』と呼ばれる人物が毎度参加するこの闘技大会に、 果たして何度もエントリーしている者がいるかどうか…といった不安はあるものの、 それはつまり『ローブ』と呼ばれる人物は毎度参加しているという事。 それだけで『ローブ』についての情報にはかなり期待せざるを得ない。 戦闘スタイル、 スキル、 そして、 実際にローブと戦闘した者からの実感等が聞ければ申し分ないだろう。
俺はそんなことを期待しながら近場に良い匂いを漂わせている店へと足を運んだ。
店の扉を開いた瞬間に、 今まで嗅いでいた匂いは残り香程度で、 本当の香りのその一遍ですら嗅いでいなかったと知ることになった。 鼻腔を刺激するその香りに、 俺は不覚にもじゅるりと涎が口の中に溢れ出ていた。
「な…なんじゃこの香りは…っ!?」
やはり竜人族だけあって、 人より鼻が利くらしい。 ニルヴは涎を床に付くのではないかと言わんばかりに垂れ流しており、 他の客に並べられている料理を、 まるで野獣が如くキョロキョロと選別していた。
「おい、 涎垂れてんぞ、 全く…とりあえず空いている席に座ろ────」
「早くするのだ!!」
一瞬の目を離した隙に、 ニルヴは既に近場の席に腰を下ろし、 無邪気な子供のように足をバタバタと動かしながら俺を呼ぶ。 その燥ぎっぷりに俺は恥ずかしさを覚えながらもそそくさと席に着く。
「いらっしゃいませ♪ ご注文は何になさいますか?」
「全部じゃ!」
ごっ。
「あいたっ! 何も叩くことなかろう!」
「1つにしろ! あ、 俺はこの『ネオスネイクのクルルギ炒め』でお願いします」
「え、 えぇと…わ、 わしは………はっ! これじゃ!!」
メニューを高速でペラペラと捲り、 その中から1つのメニューを選び出した。
「かしこまりました、 『お子様ランチ』ですね♪」
かくしてオーダーしたメニューは程なくして運び込まれ、 俺の前には『ネオスネイクのクルルギ炒め』が、 そしてニルヴの前には『お子様ランチ』が並べられた。
俺の注文した『ネオスネイクのクルルギ炒め』は、 文字通りネオスネイクという魔物の肉を使用した炒め物だ。 クルルギという木の実と一緒に炒めることにより、 ネオスネイクの野生臭さが全く無くなり、 ネオスネイクの肉を噛み締めると、 更に歯ごたえも加わる事でより食感にアクセントを生み出していた。 この腕前はかなりのもので、 職業が『料理人』の腕前が伝わってくる1品だった。
ニルヴの『お子様ランチ』は、 ファンシーに彩られた温野菜と、 メインにはハンバーグが主張しているものだった。 こんもり山のかたちに盛られたご飯の上には、 この国の国旗が刺さっており、 まさにお子様ランチといった見た目だ。 極めつけはデザートにプリン。 恐らくニルヴはこれを見て注文したのだろう。
ニルヴは自分の目の前に置かれたご飯をキラキラした目で眺めた後、 少し握りにくそうにしてフォークでそれを口に運んでいた。
これからニルヴには色々な事を教えていこうと考えていた俺は、 まずは『食』から教えていこうと決めた。
「そんなに楽しそうに食べるんなら、 連れて行き甲斐があるってもんだよ」
口の周りにこれでもかとソースをつけながらも頬張るニルヴを見ると、 俺が色々なことに悩んでいる事が小さく思えてしまう。 保護者のような感覚でいたが、 どうやら支えられていたのは俺の方だったようだ。
「おいおい、 食べ物は逃げねぇから…もう少し落ち着いて食えよ」
俺は備え付けのナフキンでソースだらけの口を拭う。 この様子だと、 今のうちに聞き込みをしていても良さそうだ。 そう思った俺は辺りを少し見回すと、 この場には割と戦闘向きの軽装をした人々が沢山いることに気が付いた。 恐らく彼等もエントリーを済ませた人ばかりで、 俺と同様情報を集めるべくここに誘われたのだろう。
しかし、 俺の見立てでは何度も闘技大会に出場している人はかなり限られているはずだ。 大抵諦めの悪い大バカか、 もしくは鍛えてきた強者か…。 後者を探し出すのは至難だが、 それをどうやって探し出すか。
「君、 闘技大会に出場するのかい?」
…と、 考えていたその時。
突如真後ろから声をかけられ、 瞬間的に腰のナイフに手をかけてしまっていた。 振り向いた先に立っていたのは、 青い短髪に青い眼をした青年だった。 腰にも背中にも武器は持っておらず、 殺意や敵意の一遍も感じさせない雰囲気だった。
「そんなに警戒しないでおくれよ、 初めまして、 僕の名前は『アルフレッド』。 職業は情報屋だよ」
そう言って、 彼はにこやかに笑った。




