第75話
アランの手を握っていた力も尽き、 その手は地面へとパタリと音を立てて落ちてしまった。 安らかに、 そして少し笑っているような表情をしたままクリスタは息絶えてしまった。 あれだけギチギチと音を立てていた腹部から見えている歯車も、 今は静寂を一貫して動かなくなってしまっている。
アランは地面に落ちてしまったクリスタの手をそっと手に取り、 より強く握った。
「おいおいおいお〜い…そんなんで逝っちまったのかァ? こんなんならもっと早くに殺っとくんだったぜ…あ〜あ、 興ざめだ」
青年の言葉に苛立った赤髪の仮面の人物は、 怒号を上げながら駆け出していた。
「貴様ァーーーーーーーッ!!」
「……うっざ」
しかし、 その復讐も叶わず、 進行方向に突如現れた空間の箱のようなものに進路を阻まれるも、 急な出現に停止することは出来ず、 そのまま空間の箱に閉じ込められてしまった。
「どいつもこいつも耳障りだなぁ…んで、 そこの勇者様よ…どうする? お前もその女の復讐の為に俺と戦るか?」
「少し…静かにしてくれないか?」
アランの放ったその一言で、 この場の空気が一変した。
その優しい言葉遣いとは裏腹に、 とても重圧的な覇気を纏っていた。 急な空気の重圧に萎縮したリリィは泣きやみ、 しかし先程までとは別の涙で瞳を更に濡らし、 その覇気にニルヴはなにやら楽しそうに笑みを浮かべていた。
そして結界術師の青年は額に冷や汗を垂らしていた。
「リリィ君、 彼女の手を握っておいてくれないかい?」
アランはそっとクリスタの手をリリィへと手渡し、 ゆっくりと立ち上がった。 反射的に青年は後方へ後退りながらも、 再び空間に箱を出現させていた。
「貴方は…何故平気で人を殺せるのですか? リーダーだった彼女でさえ、 後悔に苛まれ…そして行く宛を無くした先にやっと辿り着いた事だと言うのに…」
そう言ってアランが顔を上げると、 青年は固唾を呑んだ。
その表情は憎しみでも復讐でも怒りでもなく────哀れみ。
「そんな顔で俺を見てんじゃねぇ!! 俺はただ、 人を殺すその瞬間にのみ生き甲斐を感じるから殺すんだ! テメェみたいなガキにそんな舐めた顔されたくて殺してんじゃねぇんだ!! 『第1蠱毒 解放』!!」
その瞬間、 空間に現れていた箱がガチャリと音を立てて開き、 その中は虚空の闇が広がっていた。
「きゃはははは! この中の蠱毒はてめぇらのお仲間さんでも倒せなかったやべぇ奴なんだぜぇ? テメェら雑魚に勝てる相手じゃねーーんだよ!!」
その虚空の闇からは、 おぞましい叫び声のような音が反響しており、 その中に潜むナニモノかの異様さを物語っていた。
「ほほぅ、 これは…いやはや何とも見事なものじゃな」
その虚空の闇を見たニルヴは、 何かに感心するように腕を組んで頷き、 その中に潜むモノへと賞賛を浴びせていた。
「ニルヴ君、 僕はこの中の怪物に勝てるとおもうかい?」
「十中八九…無理じゃろう」
ニルヴの血も涙もないような回答に、 アランはそう返ってくると分かっていたかのように空笑いし、 エクスカリバーの顕現を解いた。
「おいおいおいおい〜、 勝手に絶望してんなよぉ? 」
しかし、 青年の言葉にアランとニルヴは顔を見合わせ、 くすくすと笑っていた。
「お主、 まさかわしらがその中の死体に恐れたとでも思うておるのか? それは滑稽じゃの」
「あぁ? 何言ってんだ? 現にそのガキは顕現を解いて────」
「あー、 お取り込み中申し訳ないんだけど…そろそろ出てもいいか?」
虚空からひょっこりと顔を出したのは────ゼンだった。
「やっと出てこれたぜ…さて、 シュルベルト・アジェン…ラウンド2だ」
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「お、 お前…何故出てこれる!!」
「なんでっ言われてもなぁ…あ、 アラン! こいつの治療も任せていいか?」
俺はイグニスに治癒スキルを使用していたアランに、 仮面を付けた赤髪の人物を空虚の中から連れてきた。
「ニルヴ、 お願いできるか?」
「ふっ、 わしを運びに使うとはな…」
軽口を叩きながらも赤髪の人物を受け取り、 アランの隣まで連れていってくれた。
「お前…どうやってあの最強の魔獣を…」
シュルベルトがここまで驚愕の顔を浮かべるとは思っていなかったが、 どうやら俺を蠱毒の箱に閉じ込めた事で完全な勝利を確信していたようだった。
しかし俺は、 そんなシュルベルトに少し申し訳なさそうに思いながら言った。
「いやぁ〜、 なんでか分からんが…懐いてんだよな」
俺は蠱毒の箱から出てくると、 それに合わせるように魔獣も顔をひょっこりと出し、 俺の身体に鼻をすりすりさせていた。
今回は正直やばいと思っていたが、 俺の中に半分流れていて、 嫌っていた『魔族の血』のお陰で助かったのだと思う。
過去に任務で魔獣と戦闘はした事があったが、 決してこの蠱毒魔獣のように懐くようなことは無かった。 今まで自分の身体に魔族の血が混ざっている事を知らなかったからなのか、 それを知ったことにより、この蠱毒魔獣のような状態になっているのかは不明だが、 いづれにしてもいい方向に転んだことには変わりない。
グルルルと唸りを上げながらザラザラとした舌を俺の身体に擦り付けてくる蠱毒魔獣の鼻にデコピンしていると、 その行動にシュルベルトはわなわなと震えだしていた。
「……巫山戯るなぁ!! 俺がそいつにどれだけの時間を掛けて完成させたと思っている!こうなったら…『第2蠱毒解放』だぁぁぁあ!!!」
そう叫んだ瞬間、 もうひとつの空間の箱はバキリと音を立てて崩壊した。
その中から現れたのは…赤黒い球体だった。




