第74話
「イグニス君!!」
敵からの攻撃で負傷してしまい、 脚を抱えてその痛みを堪えるために唸り声に近い声を上げているイグニスに、 アランはすぐにでも駆け出したい衝動に駆られていた…が、 それを阻止しようと常にアランへと切っ先を向けている『擬似生物鋭槍』のせいで自由が効かない状態のまま硬直してしまっていた。
「こちらに構うな! 貴様は目の前の相手に集中するがよい!」
アランが聞いたニルヴのその言葉は、 『任せておけ』と言わんばかりの気迫を感じていた。
そしてそれを実行するかの如く、 2人の猛攻を何とか遮りながらも、 その戦闘で受けた傷口から流れる鮮血を、 イグニスへと腕を振って飛ばしていた。 気持ち程度ではあるが、 心做しか唸り声も落ち着いてきているように思える。
今の状況では自分はそちらに加勢することは出来ない、 ならば、 ニルヴの言った通りこちらに集中する方がいいと決断したアランは今1度聖剣エクスカリバーを構える。
「…へぇ、 やる気だね」
アランの構えは今までの剣道のような、 両手で剣をしっかりと持ち、 前に構える一般的な構えではなく、 左手を前へ、 エクスカリバーを右手のみで持ち、 後方へ…そして腰を深く落とす構えを見せた。
それは防御を捨てた構えで、 まるで『攻撃は最大の防御』と言わんばかりの超攻撃特化型体制だった。
「僕が勇者となった役割も、 きっと貴女と同じだと思っています。 世界中が平和に…なんて事は、 僕の実力では叶いません。 それは友人に譲ります。 だから僕は…今その瞬間、 目の前に居る人達を幸せに近づける為に剣を振るうと誓いました」
アランの台詞を聞いたクリスタは、 無意識に歯噛みしていた。
まるで…自分の代わりを務めると、 年下の…それも学生の身分である少年に言われたとなると、 かつての勇者だった自分が途端に情けなくなってくる。
努力は惜しまなかった。
訓練も欠かさなかった。
…だが、 成し遂げられなかった。
長い物に巻かれてしまい、 多くの生命を奪ってきた。
──そして、 それは100年以上経った今でも変わっていない。
暗殺業に手を染め、 挙句の果てには自分を生き返らせた少女さえも殺人者の道へと引き込み、 穢してしまっている。
「…だったら、 ここで私を殺さなきゃいけないな」
クリスタは、 全てを見透かされてしまったかのような気持ちの、 せめてものアランへの試練…いや、 当て付けのようにそんなことを言ってしまっていた。
世界中が平和に、 なんて事は理想論。 そんなことは決してありえない。
「人が人である以上、 平等も救いも希望も理想も幸せも平和も……ただ力ある欲望に飲み込まれて終わりなのさ。 それが現実ってやつなんだ、 勇者の少年」
本当に、 自分はつくづく残念な人間だと心の中で笑ってしまったクリスタ。
「僕は────貴女を殺したりなんかしません。 平等も救いも希望も理想も幸せも平和も、 力ある欲望に飲み込まれてしまうというのならば、 その欲望すらも断ち切る為に…僕は勇者になったんだと思います」
クリスタの目に、 アランは輝いて見えていた。
今や何十何百と人を殺してきた自分に、 あれだけ輝きのある言葉をかけた相手はいただろうか。
まだ希望に包まれていたあの時の自分ですら、 今目の前にいる『勇者』の後継には遠く及ばない。
そして、 その瞬間に湧いた感情。
それは『死』だった。
彼になら、 殺されても構わない。 自分の汚れきった人生に、 ここで終止符をうちたい。
「…ふふ、 まさかこんな少年に諭されるなんて思っていなかったよ」
不意に零れてしまった言葉は、 アランの耳には届かなかった。
「私の負けだ。 早くその少年の助けにいって来るといい」
アランは、 一瞬ぽかんとした表情を見せたが、 クリスタの朗らかな笑みを見て、 その剣を下ろした。
「2人とも、 これ以上の攻撃は不要だ。 たった今をもって、 『夜』は解散する」
『夜』のリーダーの命令により、 ニルヴに攻撃を仕掛けていた2人の猛攻が止んだ。
疲弊しきったニルヴは、 所々から血を流しているが、 その傷は徐々に塞がっていっていた。
「…オオサマ!」
リリィがそう叫んだ瞬間は、 もう遅かった。
既にクリスタの胴体には巨大な空間の歪みが発生しており、 その歪みによって腹部は虚無と化していた。
「きゃははははははははははははは!! おいおい有り得ねぇだろぉ? あの血も涙もないリーダー様がこーんな理想論でしか物事を計れねぇクソガキに手篭めにされてんじゃねぇよぉ? 俺が『夜』に入ったのは、 リーダーの綺麗な顔が涙と血でぐしゃぐしゃに歪む姿を、 俺の手で完成させる為だぜぇ?きゃはははははははははははは!!!」
突如屈託のない…だが歪んだ笑顔と高笑いを上げながら現れたのは、 ゼンと対峙していた青年だった。
しかし現れたのはその男のみ、 その場にゼンの姿はなかった。
「…取り乱すでないぞ、 主との契約は未だ切れておらん。 そしてわしが死んでないというのなら、 主も死んではいないはずじゃ」
アランに背中越しに呟くようにニルヴはゼンの無事を伝えると、 少しだけアランの表情の焦りは消えていた。
「なら、 未だ隔離空間の中か…もしくは別の方法でゼン君の姿を消している可能性が高い…という事。 一先ずクリスタさんの治療を最優先させよう」
アランはクリスタに駆け寄り、 治癒スキルを使用するも、 とても治癒スキルで修復出来る傷では無い事は目に見えて分かる。
「ニルヴ君…君の力で何とかならないかい!? この傷は…スキルでは不可能だ」
しかし、 ニルヴは顔を横に振った。
「此奴の肉体はほぼ機械で出来ておるようじゃ…わしの血は再生能力を向上させることは可能じゃが、 機械を修復するのは不可能じゃ」
「…オオサマ!!!」
リリィも、 自身の大剣を放り出しクリスタの元へ駆け寄り、 その手を握る。
「あ…はは、 すまない。 私としたことが……油断してしまったよ」
抉れた腹部から見えている歯車も、 大半が歪んでしまっているせいで上手く回らず、 ギチギチと音を立てていた。
「きゃははは! うちのリーダーはそのガキの作った『擬似生物鋭槍』の性能のせいで、 常時警戒体制が整えられてんだよ。 だからこそ不意打ちすら効かない最強だった。だが!! てめぇのお陰でその警戒すら解かれたって訳だ…お手柄だな♪」
青年はニヤニヤと笑いながらアランへと挑発していた。
「リリィ君、 君なら彼女を直せるかい?」
「こ…ここまでの破損は修復できません……オオサマァ…うぅ…ひっぐ…」
しかし、 アランはそんな挑発など全く聞く耳を持たず、 クリスタの治癒を最優先させていた。
薄れゆく意識の中、 クリスタは治癒スキルのために自分に向けられたアランの手をゆっくりと握った。
「人間…というの、 は…温かいもの……なのだな、 あ、 はは…知らなかったよ」
クリスタがアランの手を握ったのは、 『もう直らない、 スキルの使用を止めてくれ』という意味だということをアランは理解していた。 それでも、 アランは治癒スキルを止めない。
「貴女は、 生きるべきだ。 今まで背負っていた罪を清算し、 そして次からは子供の頃の夢をゆっくり叶えるんです。 僕は…目の前の人を救う為に勇者になったんですから。 貴女も…必ず救います!」
アランの言葉を聞いたクリスタは、 温かい気持ちに包まれながら…ゆっくりと涙に濡れた瞳を閉じた。
ありがとう。
もう声を発する力すら残っておらず、 それは口の動きだけでアランへと届けられた。




