第71話
「あはははははははははははははは!!」
仮面を割られた青年は、 何か解き放たれたように高らかに笑っていた。
何がそこまでおかしいのかさっぱり分からないが、 仮面をつけていた時の笑い方とは全く違う。 喋り口調、 佇まい…どれを見ても先程までの人物とは掛け離れていた。
「いやー、 バレちゃったんならしょーがないよなあぁー」
これを狙っていたといわんばかりに引き攣った口角は、 得も言えぬ不気味さがあった。
「君がさっき壊した仮面はねぇ〜、 己の私利私欲を抑制させて、 恐怖心を無くす為の…いわゆるおまじないのような効果があるものだったんだ」
「…おまじない?」
つまり、 魔道具のように明確な効果を発揮する為の代物ではなく、 言ってしまえば元々はなんの効果も発揮しないただの白仮面。 しかし、 グループとして付けることによって暗示をかける事が出来る…という事なのだろうか。
「そう、 おまじないさ。 なんてったって俺達の仕事は暗殺…つまり人を殺す事が絶対条件なんだぜ? まともな精神で出来る仕事じゃないだろ?」
復讐に駆られた人間でさえ、 その復讐を終えた際に精神を崩壊させてしまう人が殆どで、 たとえ精神を崩壊させなかったとしても、 どうしようもない殺人衝動に苛まれてしまい、 挙句の果てには『禁忌』に手を出してしまう…。
仮面の『おまじない』というのも、 恐らく結界術師であろうこの男の口調や一人称の変わりようを考えると…信じざるを得ないな。
そして、 今やその抑制を解放されてしまっている。
「まぁ俺は────初めっから壊れてんだけどなァ! 」
男が指を鳴らした瞬間、 左右に透明の箱のようなものが現れた。 その箱は、 蓋を開けるように正面から黒い空間のような物が見えており、 その中で何かが蠢いているようにも見える。
「なんだ…それ」
その箱の中で蠢く何かから放たれるプレッシャーに、 俺は無意識にナイフを両手に構えていた。
「あっははははは! これは俺のスキルの特性で作り上げた『蠱毒』だよ…子供でも聞いた事あるんじゃねぇかぁ? 」
『蠱毒』
本来は大きな壺に毒を持った蟲を大量に入れ、 その中で共食いをさせる。 そして最後に生き残った蟲を最強の蟲とする…一種の呪術のようなものだ。
「その隔離された空間を壺に見たてている…って訳か」
この凄まじいプレッシャーからして、 ただの蟲を入れただけ…なんてことは無いだろう。
考えうるのは。
「お前…まさかその中で魔獣を使役しているのか…っ!?」
「流石だなぁ〜。 それではお披露目…『第1蠱毒解放』」
瞬間、 左側の透明な箱がヒビ割れはじめ…やがてその空間から獣の手が伸び、 箱の縁を掴んで這い出てきた。
その姿は…狼の形をしているものの、 その魔獣は狼とは言いきれない。
体毛は最早針金のような硬質を持ち、 牙や鉤爪からは毒属性を感じる。 最早魔剣レベルだ。
「こいつぁ中々面白い魔獣なんだぜ? 攻撃力、 防御力、 俊敏…どれもそこら辺の魔獣とは桁外れの性能をしているんだぜぇ。 さて…あのガキを殺れ」
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「…一体、 ゼン君は何処へ行ってしまったんだ…っ!?」
この空間を作り出し、 アラン達を隔離した張本人とゼンは一瞬にしてその姿を消してしまっていた。 まさか…とアランの脳内には最悪の事態の光景が脳裏に浮かんでしまっていた。
「狼狽えるでない、 小僧」
カタカタと手が勝手に震えていたアランの背中を、 そこそこの威力で叩いたのは二ルヴだった。 正面を向いたまま器用に尻尾で叩いてきたようだった。
「主との契約が繋がっている今、 わしには主が何処にいるかは分かっておる。 転移した訳でも、 ましてや消された訳でもないようじゃな」
その言葉を聞いたアランは、 自分よりも小さく幼い少女に不安を察され、 挙句の果てには励まされてしまっている事に酷く後悔していた。
「ゼン君にあんなことを言いながら…僕は何を焦っているんだ」
「そうだぜ、 アラン。 とっととこんなヤツら追っ払って早いとこゼンと合流しようぜ!」
「……そろそろ始めてもいいかな?」
情けからか、 『夜』のリーダー クリスタ・アリスは暗殺部隊だと言うのに律儀にアラン達を待っていた。
「情けない所を見せてしまった。 僕達も────始めよう!」
アランの掛け声と共にクリスタはライフル型魔道具の銃口をこちらに向け、 その引き金を引いた。
瞬間、 光の魔弾が一直線にアランに向けて放たれていた。その魔弾がアランの元へと届く前に2回3回と立て続けに引き金を引いていたクリスタ。
そのライフル型魔道具から放たれたのは炎の魔弾、 そして次に氷の魔弾だった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
その3発の魔弾をアランはスキルを使用せず、 剣技のみで全てをエクスカリバーで切断した。
「…ほう、 情報にあった通り、 中々の剣技のようだな。 その歳で良く練られている…流石『勇者』と言った所か」
クリスタはアランの剣技に賞賛し、 何か嬉しそうに微笑んでいた。
たまらずアランは、 ずっとクリスタ・アリスの情報を掴んだ時から考えていた事を口に出していた。
「…何故、 貴女は『勇者』でありながら暗殺業に身を落としたのですか!」
ずっと疑問に思っていた事があった。
『律者』について調べていくうちに、 何故勇者だけ知れ渡っているのか。
しかし、 その謎は割と呆気なく判明した。
モノが。
モノがアランの元へ持ってきた書物には、 その謎が書かれていた。
そもそも『律者』は何か他とは違う、 言ってしまえば選ばれた人間にしか与えられない物であり、 その何かというのは律者事に違う。
『観察者』は、 尋常ではない集中力で周りの情報を観察することに長けた者。
『研究者』は、 その飽くなき探究心を枯らす事無く、 研究という事一点に身をやつすことが出来る者。
そして『勇者』は、 こと書いて勇ましい者…。勇敢で、 勤勉で、 皆に希望を与えられる光になれる者。
彼女…クリスタ・アリスが勇者となったのであれば、 彼女はその素質があったということになる。
「かははっ! 私の弾幕を断ち切りながら戯言を吐くか…いいだろう、 その技量に敬意を評し答えてやろう」
そして彼女は、 決して魔弾を止める事無く語り始めた。




