第70話
『殺す』
この一言に込められた殺意は、 今まで戦ってきた相手が放ってきた殺意よりも濃密で、 そしてそれを行ってきた実績からの自信を感じられた。
正直、 クリスタ・アリスが持つライフル型魔道具の性能を把握するためとはいえ、 相手を煽るような発言をした事に対して、 後悔の念に駆られざるを得なかった。
しかし今となっては後の祭り…どうにか全員が生きてこの場を逃れることさえ出来れば俺達の勝利と言って差し支えないだろう。
「それで、 作戦はあんのか?」
イグニスは俺に指示を仰いでいるようだが、 ライフル型魔道具の性能しか把握しきれておらず、 相手の職業すら分からない相手との作戦など立てられるはずもない。
「これといって作戦はない…ただ、 1体多を避けるためにも1体1を意識して立ち回る方がいいと思う」
クリスタ以外は真っ白の仮面を被り、 顔は把握出来ないが、 この隔離空間を作った術士は黒髪。 そしてクリスタと共にやって来た2人は赤髪と茶髪と、 それぞれ髪の色が違う。服装も仮面も同じである以上、 とりあえずは髪の色で相手を識別していくしかない。
「それで、 あの女は誰が引き受けるのじゃ?」
二ルヴの意見は最もだ。 リーダーを務めている以上、 生半可な強さではないはずだ。 更に言えば元『勇者』の職業すら獲得している人物ともなると、 その経験も折り紙付きなのだろう…。
俺の提案でそんな相手を誰かに押しやることは出来ない。
「俺が────」
「──僕に…任せてくれないかい」
と、 俺の言葉を遮るようにアランはクリスタ・アリスとの戦闘に名乗りを上げた。
何か策があってだと思ったが、 その表情からは『勝ちの確信』ではなく、むしろ『挑戦』といった感情が大きく見えていた。 恐らく…元とはいえ同じ『勇者』の職業と合間見える事など、 今後二度と訪れない。 だからこそアランはそのチャンスを逃したくないのだろう。 今の自分が『勇者』として、 どれだけの実力があり、 先代であるクリスタ・アリスとの差を知りたい。
「…お前も意外と挑戦者なんだな。 クリスタの相手…任せる」
そして、 残る俺、 イグニス、 二ルヴは自分と1番近い相手に向けて戦闘体制を整えた。
俺は結界を貼っている仮面の男。
二ルヴはクリスタにライフル型魔道具を手渡した茶髪の仮面。
イグニスは残る赤髪の仮面。
「ほう、 私達と1体1で勝てると思っているのか?」
「やめてあげましょう…ボス、 あれでも頑張って単価切ってるほう────っ!?」
仮面の男は咄嗟に自らの目の前に強力な障壁結界を貼って俺の攻撃を塞いだ。
投擲が失敗したナイフは地面に落ちてしまったが、 それでも俺が移動する為には十分だ。
しかし、 厄介なのはその障壁結界だった。 見た限りだが、 その障壁結界は俺には視認することは出来ていない。 どの程度の範囲を覆う障壁結界か分からない以上、 回り込もうとしても無駄だろう。 しかも、 視認出来ていない以上俺の職業の観察対象外だ。
「全く、血気盛んな少年ですねぇ…それでは──」
ぱちん!
と、 仮面の男が指を鳴らしてスキルを発動させると、 俺はこの男と2人きりの空間に飛ばされてしまった。 感覚からして恐らく転移に近いようだが、 周りに広がる光景は街中とは全く別で、 山々に囲まれた鉱山地帯といった印象の場所に移動していた。
「クフフ…お友達が心配ですか? でも御安心を、 直ぐに同じ場所に行けますよ」
仮面の男の言う同じ場所というのが、 元居たグロリアの街中…ではなく『死の世界』だということはすぐに分かった。
「お前ら…本当に俺達の事調べあげたのか? 」
俺の皮肉に仮面越しでも分かるほど苛立ちを見せていた。 口調や立ち振る舞いからして、 この男は余程自分の事を高く評価している男なのだろう。 そんな男が従うことを決めたグループの悪口ともなれば、 苛立つのも無理もない。
「…少年、 その口を閉じることをオススメしますよ」
「図星をつかれたからってムキになるなよ…こちとら命掛けてんだ。 そう簡単に殺られてたまるかよ」
試しに俺は『天眼』を使ってみたが、 竜の血の影響は未だ通常通り使えているようだ。 更にいえば俺と二ルヴは一定の範囲を離れる事が出来ない制約になっているが、 その影響下の範囲内…。
感覚からして転移かとも思ったが、 俺はあの場所を移動していないという仮説も出てきてしまった。
「命を取られる覚悟は既に済んでいるというなら、 その覚悟に免じてすぐに終わらせてあげますよ──ッ!」
相手のスキルの事を考えていたばっかりに反応が少し遅れてしまった。
しかし、 俺に向かって駆け出してきた仮面の男は、 俺の不意を付いた移動といえど思っていた程の速度は無く、 取り出していた剣を振り下ろされる前に距離をとる事ができた。
「中々良い動きをしますね…流石に修羅場を潜り抜けてきただけはあるようです」
回避した後に気付いたが、 仮面の男が持っていた剣は…いや、 柄は奇妙なものだった。
相手が持っている柄の先には、 あるはずの刃はついていなかった。
少し大きめに回避していたから良かったものの、 刃が見えないとなれば回避しづらい…。
『観察者』で把握出来ないのは辛いところだ。
つまるところ、 俺の天敵…ということになる。
「…なぁ、 命を取られるかもしれない相手の名前を知らないってのは中々つまんないからさ、 職業まで教えて欲しい所ではあるけど、 せめて名前だけでも名乗ってくれると助かるんだが」
何とか会話の中から相手の職業でもさぐれればいいのだが。
「ふむ、 では名乗らせて頂こう。 僕の名前は『シュルベルト・アジェン』という。 再び言っておくが、 僕は子供の殺しは好きじゃないんだ。 だから、 出来るだけ手早く…そして苦しませずに────ッ!?」
「あんまり冗談言うなよ? バレバレだぜ」
自己紹介の途中で投げたナイフは、 仮面を掠めて外してしまったが、 付与された電撃とも相まって男のつけている仮面にはヒビが走っていた。
そして、 その仮面のヒビは徐々に広がり、 やがて粉砕し、 その仮面の下に隠されていた素顔が顕となる。
青年…未だ10代とも言えるその顔に張り付いていた表情は歪な笑顔を見せていた。
「────────バレてた?」
その笑顔からは恐怖しか伝わらない不気味なものだった。




