第66話
「お、 おい…モノ…何やってんだ…?」
俺は忘れていた。
俺が初めてモノの家…バエル家へ侵入したあの時、 そしてあの後どうなったかを…。
あいつがどんな事になっていたかを。
その結果が今目の前で起きていた。
────実妹であるウルスラを四つん這いにし、 その上に平然とした表情で腰掛けるモノの姿が目に焼きついていた。
「お、 お久しぶりですね…ゼン様」
「お、 おう…げ、 元気そうで何よりだ」
「あなた…この姿を見て元気そうと思うなら眼科に行ってきた方が痛たたたたたたたっ!!?」
俺に嫌味を飛ばそうとしていたウルスラの背中を、 モノが抓っていた。
しかも無表情で。
「その位にしてやってくれ…モノ。 あの時は俺が侵入したのがまずかったから。 ほら、 罰を受けるなら俺も受けなきゃだろ?」
正直、 瞳をうるうるさせてこちらに助けの目線を送ってくるしかないウルスラがいたたまれない…。
俺の話を聞いて、 モノは少し何かを考えているような仕草をみせ、 ウルスラの上から腰を降ろしてくれた。
「ありがとう、 モノ……………ん?」
しかし、 降りたモノはじぃっと俺を見つめており、 更に突き出している腕の指先は床を指さしていた。
「…罰は、 平等……でしょ…?」
俺は反射的に、 先程までのウルスラと同じ格好…四つん這いの体制に無意識のうちになっていた。 有無を言わさぬ気迫、 決定権はあちらにあると思わせるには十分すぎる言葉の圧だった。 流石のニルヴも、 自分の契約主の突拍子もない行動に驚いている表情を見せていたが、 今はそんなことを考えている余裕すら持ち合わせてはいなかった。
「ふむふむ、 なるほどぉ〜。 そんなことがあって、 ゼン様はあの暗殺特務部隊『夜』に襲われている…と」
「そういうことなんだが…先にこれをどうにかしてくれないか?」
俺はウルスラに事の経緯を説明している間も、 ずっとモノを背中に腰掛けさせたまま説明していた…。
「わたしはそんな物騒な団体よりもその子の事が気になって仕方がないのだけれど…」
そう言うと、 バエル家の料理人達にひたすらプリンを作らせ、 それを数秒で完食していっている存在…ニルヴを指さしていた。
「我が主よ! ここのぷりんはやばいぞ!! やばやばじゃ!」
もうニルヴのプリン爆食いを見てもなんとも思わなくなってきた…。 しかし、 これだけ食べているプリン達は一体どこへ消えていっているのだろう。 ウルスラが興味を持っているのは、 ニルヴの存在そのものだろうが、 正直俺も詳しい話自体は知らない。 研究の末に誕生した…いや、 させられたと言った方が当てはまる存在だということ位だ。 あまり良い過去とは言えないので、 ニルヴが自分から話してくれるまで聞くまいと考えているので、 ここは断るべきだろう。 ニルヴもあまり掘られたくない過去だろうし…。
「協力を頼んでおいて、 済まないが…ニルヴの件は掘り返さないでやってほしい。 代わりに俺ならなんだって調べてくれてもいい」
そんな俺の言葉にピクリと反応したのは、 目線の先にいるウルスラではなく、 俺の背中に腰を落としているモノだった。
すると、 モノは俺の背中からスクッと降り、 あまり邪魔にはならなそうな長さの紫色の髪を後ろで纏め始めた。
「…モノ?」
俺は今までの気怠そうな眼とは真逆な、 真剣そのものの眼に驚きつつ声を掛けるも、 モノは気にもとめずに部屋から静かに出ていってしまった。
「…俺、 何か怒らせる様なこと言ったか?」
少し焦りを覚えつつも、 溜息を吐くウルスラに問う。 あそこまでの真剣そのものな表情をするモノは見たことが無い。
しかし、 そんな焦りを覚えていた俺への質問に対し、 ウルスラが答えたのは全く検討外れなものだった。
「あれは怒ってるんじゃなくて、 単にスイッチが入っただけよ。 ああなったモノ姉様は自分が納得のいく結果が出るまで研究を続けるの…でも、 あれだけのスイッチの入り方は見たことないわ」
以前の『顎』との戦いの時ですらあれだけ真剣な表情はしていなかったと思う。
「俺は…てっきりモノは職業やスキル…魔道具にしか興味がないとばかり思っていたんだけど、決してそういう訳ではなかったんだな」
流石研究者とでも言うべきか。 自分の知らない事は知りたくなる性分なのだろう。
しかし、 そんな俺の台詞を聞いたウルスラは再び大きな溜息を付いていた。
「……全く、 モノ姉様が浮かばれないわね」
ウルスラから零れた言葉は俺の耳までは届かず、 それは虚空へと消えてしまっていた。
「…とりあえず、 モノ姉様の方が終わるまでは、 あたしが知っている情報だけでも伝えておいてあげるわ」
そうして、 ウルスラは事前にファイリングしてくれていたノートを俺に渡してくれた。
そのノートによると、 暗殺を生業とする団体の中でも『依頼達成成功率』『情報保護』共に完璧であり、 最も厄介と言えるのはその『隠密性』だ。
『夜』という団体名しか分かっておらず、 やはりその人数や職業といった情報は掴めていないようだ。
…だとするならば、 何故俺とアランとは顔を合わせておいて1度撤退という形を取ったのかが謎だ。 そんなことをすれば暗殺の成功率も下がってしまう事は目に見えている。 現に俺達は次なる襲撃に備える為に情報を集めている…。 しかし、 これだけ色んな人に聞いても同じような内容しか集まらない事を考えると、 撤退したのも余程自分たちの隠蔽捜査に自信があるという事なのだろうか…。
何れにせよ、 強敵であることには変わらない。
しかし、 ウルスラが用意してくれていた情報には、 今までの情報とは違う点が書かれていた。
それは、 暗殺特務部隊『夜』のリーダー名だった。
そして、 その名は『クリスタ・アリス』
────────女性の名だった。




